空飛ぶ城の実用度
虎に翼ならぬ、怪物に城。
古来種から下げ渡されたという空中遺跡とザルガラの印象は、だいたいそのような感じである。
怪物という評価は、今では大分変化して恐れている者こそ減ったが、それでも警戒する者はまだ多い。
空飛ぶ遺跡は王家に所有権があるが、その他権限の多くはザルガラが持っている。
実際に遺跡を管理運行できるのは、ザルガラとその家臣の二人だけだという。
これで無警戒でいる者は、少々危機感が足りない。
急先鋒はスクエアード候である。……実はもう一つ変態な一派がいるが、実害はたぶんない。
スクエアード候は勉強会という会合を開き、派閥の貴族を集めて意志や立場の再確認を行っていた。
「スクエアード候。この時期に陛下が、あの城を……いえ、ディータ殿下を東へ送るご理由は?」
派閥の一員である貴族が、スクエアード候に尋ねる。
派閥の末席だが、何もわからないわけではない。会合の場であえて質問し、派閥内での認識を相互に理解するため必要な質問であった。
「陛下に殿下の連合国訪問をおすすめしたのはこの私だ。ルジャンドル爵は追随したにすぎない。だがまあ……ルジャンドル殿のお考えには、西の時節もあるのだろうが」
「西、ですか」
反徒が騒ぐ共和国のことか、と聞き手の貴族は頷く。
「今まで存在していなかった一つの戦略兵器とも思える城……実情は書類上でもまだまだのモノだが……。それが北の国境にいかずとも王都に待機していては、西も落ち着かず心配であろう。真逆の東――連合国側に送れば、それは西へ意志表明にもなる」
「それは……おお、なるほど。兵を用意して国境を警戒してはいるが反乱に乗じて、こちらが攻撃を仕掛けることはない、と態度で見せるわけですな?」
意志表明をしない場合、最悪、呼応したのではないかと思われ兼ねない。
慌てて兵を動員して国境を封鎖してはいるが、反徒には関わってないし利用するつもりもない。
辺境の貴族が国境への兵の配置は、あくまで警戒であると表明する意味もあった。
「その通り。東の連合国側へ外遊に回せば、有事に西へ取って返すなど不可能。そしてこの時間的猶予……空飛ぶ城とともにディータ殿下が戻られるまで、それまでに収めてくれ、という意味もある」
争う意志を見せないと同時に、解決への時間的猶予も暗に示す。
それまで収められなければ、こちらはもう気遣いはしない。そういった意味もある。
急いで収めればよし、焦り自滅するならばそれまでだ。
「しかし、その意志表明のため送られる当の連合国側はたまりませんな」
「今まで自然の障壁となっていた高い山脈と深いエルフの森が、防波堤にならないわけだからな」
雪を冠する山脈の上を、悠々と進む城を想像して、頼もしいと思いつつも同じ王国の陣営ながら寒気を感じた。
無論、その寒気は雪と高高度からくる連想ではない。
しかし、これは軍を知らぬ法服貴族の考えであった。
城一つが山と森を超えるとはいえっても、城一つだ。山と森はまだまだ高く深い障壁である。
「そういえばスクエアード候。最近、ザルガラ殿を目にかけているという話は」
「デマだ」
聞き手のアドリブを、スクエアード候は一蹴した。
* * *
空飛ぶ遺跡の執務室で、オレは頭を抱えていた。
唸るオレの肩の上で、タルピーが呑気に踊る。
「この空飛ぶお城、いや空飛ぶ遺跡、本当に心底マジ使えねぇ……」
「ぎゃお? ザッパー、大丈夫? もう休んで」
いろんな事情で仮の婚約者である古竜の娘エト・インが、お茶を載せたお盆をテーブルに置いて、背伸びをしてオレの頭を撫でようとした。
だが優しい幼い手から逃げて、お茶だけ手にとる。
「ぎゃお?」
「お茶だけいただく」
あいにく子供から子供扱いされる趣味はない。
あと頭は触らせない、絶対に。
冷たくあしらって、熱いお茶を啜る。
「あ! あたしにもあたしにも! ちょうだい、ちょうだい!」
部屋の端の席にいた少女が、長い耳を立たせて茶を要求した。
前生徒会長のテュキテュキことハーフエルフのテューキーだ。
生徒会長の任期も終え、就職先を探し始めたのだが、知り合いということを利用して先んじお手伝い料を弾むからと、お試し雇用した。
下っ端として使うといまいちなテューキーだが、人の上に立たせると有能なハーフエルフである。
そして書類仕事ができないわけではない。
なので、人を管理する仕事をさせれば、なかなか役に立ってくれる。
お茶汲み係りのエト・インは、喜んでテューキーはじめ、手伝い事務員にお茶を配っていく。
「はぁ~。今日のお茶は渋めですね。疲れた体に効きます。ありがとう、エト・イン」
テュキテュキの手前には、アザナもいる。
連合国での同行を許可するかわりに、仕事を任せている。
コイツ、マジで王城から派遣されている文官並み……いや、それ以上の仕事をしてくれる。
余計なことさえしなければ、本当に心底有能だ。
東への同行を許し、倉庫の一つを貸すだけで、この働きは望外の幸である。あとは余計なことをして、妨害をしなければいいけど……。
あとそれから――
「しっぶい! ねえ、おやつくらいないのー?」
「はしたないですわよ、アリアンマリ」
アザナの前後左右に、女の子がいた。
ユスティティアを始めとした、アザナの取り巻きアリアンマリにヴァリエにフモセだ。
連合国への外遊にアザナが同行するため、取り巻きたちも同行すると言い出した。なので仕事を手伝わせている。
なにしろ今まで存在しなかった移動する城で、初めて人を乗せ遠方へ外遊するため、やるべきことが多すぎる。
王城から文官が多く派遣されているが、それでもてんてこ舞いなので彼女たちの「自発的協力」は助かる。
「まったく……なんでわたくしたちがこんなことを」
ユスティティアは不満そうに、お茶を飲む。
彼女はやや仕事をさぼり気味だ。その一方でアリアンマリは生意気な態度をしているが、なかなか真面目に働いている。
「今から帰ってもいいんだぞ。ワイバーンなら半日もしないで帰れる」
ユスティティアが何度目かの愚痴をつぶやいたので、ちょっと強く当たってみる。
「な……。卿が今回の外遊で責任者であることは重々理解しておりますが、最終かつ最高の責任者ではないはずです。私はアザナ様の同行者として中央から正式な許可を……」
「最終で最高じゃないオレでも、その正式な許可を正式に不適当と判断を下せる権限も持っているんだぞ」
「うぐ」
中央官から渡された王家の紋章入りの書類をチラつかせて一歩も退かないオレに、さすがのユスティティアは怯んだ。
「さ、おしごとおしごと」
「わたしはサインをもらってきますね」
「では私は皆さんのを束ねてますね」
「あ、ちょっと。ヴァリエ!」
ユスティティアはオレの態度に不平を漏らしたが、アリアンマリたちは違うようである。
アリアンマリは計算に入り、ヴァリエは各部署に足を運び、フモセは大量の書類を分類して紐で縛り始めた。
「感心感心、自発的お仕事ごくろーさん。ご三方は残られるようだ。で、帰る?」
煽るように身体を傾け、顔を覗くとユスティティアは顔を背けてアザナに助けを求めた。
「アザナ様……」
「あー、忙しい忙しいなー」
アザナも仕事を再開した。なにしろもっとも連合国に行きたいのはアザナだ。
あずきだけでなく、連合国の東部にはカンテン? とかいうヨーカンの材料であるらしい。なんでも今使っているゼラチンより、良いものだそうだ。
下心のあるアザナは、ユスティティアに目も合わせない。
嫌われても知らないぞ、オレ。
「で、帰る?」
再び煽ると、ユスティティアは憎々しげにオレと3人の仲間を睨みつけ、震えながら答えた。
「や、やりますよ!」
「は?」
「やります」
「は? おい、アン。お嬢様方がお帰りだ。イシャンに連絡を……」
天井に向かってどこかで聞いているはずのアンへ、飛竜隊長を呼ぶように指示する。
ユスティティアは慌てて椅子に座りなおし、ペンを持って書類の壁に取りついた。
「待って! 待ってください。や、やらせてください」
「よし、がんばれ」
やや物足りないが殊勝に言い方を変えたので、オレは許してやった。
「ところでセンパイ。ちょっと聞きたいんですが?」
「なんだ?」
休憩の時間を稼ぐつもりなのか、アザナが何か質問をしてきた。
いいだろう。ノッてやる。
オレも休憩したい。
「さっき、この空飛ぶお城が使えないと言いましたが、どうしてですか?」
「うーん、でもこれを言っていいもんかどうか」
「詳細わからなくても、ここにいるみんながもうザルガラ先輩の『つかえねー』って独り言を聞いているのですが」
「あー、失言だったな。って、今更か。王城でも巷でも、この遺跡が戦争で使えるだのいってるが、ダメだこれ。拠点としても微妙」
「そうなの? 相当の兵力運べると思うけど。速度が遅いから?」
アリアンマリが食いついてきた。中央官の孫だけあって、興味があるのか?
それほど軍事にも政務にも興味なさそうなヤツなんだが……。
「速度も遅いってのもあるな。それはまだ積乱雲に隠れられるメリットもあるので、まあなんだ……これはまだいい。速度に加えて戦えるだけの兵力乗せたら、もちろんそれを補助する人も乗せるだろ? 無論、この遺跡の維持管理の人もいる。そうなると物資が大量だ。にも関わらず速度が遅いんじゃ、物資も余計にいる」
「わからなくはないですが、この城なら物資を一杯詰め込めると思うのですが?」
「と、思うじゃん。でもその物資を大量に運び込むのが大変だし、それほど載らないし、途中で補給するのも難しい。部屋も多いが、物資を運び込む起重機はないし、迷宮のような内部の倉庫まで運ぶのも大変だ」
「なるほど。毎日ちまちまハイトクライマーで運んで備蓄して3つも月巡りかかるのに、大軍を乗せて一回遠征したら空っぽになりますね。それも道中でなにも無し、の計算で」
さすがアザナ。書類仕事をさせてたせいで、実情をよく理解してくれた。
「そういうこと。アリアンマリ。あとでこれをルジャンドル子爵殿にも伝えおいてくれ。他にはしゃべるなよ」
「……?」
あ、コイツ。わかってないようだ。
「アザナ。アリアンマリと一緒に報告しておいてくれ。あとみんなこれ、緘口令な」
「報告書類の仕事を一つ投げられた気もしますが仕方ないですね。ザルガラ先輩のためにしてあげます」
「言い方がすごい気になるが、頼んだぞ」
アザナを使って、報告と口止めを確約する。
「下界と隔絶された城、ですね……」
もくもくと書類を束ねていたフモセが、悪い意味でそんな感想を洩らした。同意するかのように、誰もが無言で目を伏せる。
遺跡を守る魔物だって、だいたいは非生物や魔力を食べて生きる魔物が多かった。
あの人の服を脱がせるスフィンクスって何を食べるんだろう、服か? って思っていたら、魔力だけで生きられるという。
門番としてずっと待ち構えるんだから、当たり前といえば当たり前か。
「空母だって港で物資の積み込みが大変だって言いますね。そのうえこれは浮いてますからね」
「なんだよ、クウボって」
アザナがなにかまたよくわからないことを言った。
しかし、だいたいなんとなく推測はついた。
「ハイトクライマーで運べる物資なんて馬車5台分。大型資材は運べない。帰りは空荷で無駄。コレが着陸できれば大分違うんだが……、安全のためか一定の高さより高度下がらない。じゃあ山に乗りつけようとしても、そんな高い山は王国の東の端か、大陸の西くらいしかない」
「はいはい、いいアイデア!」
テュキテュキが挙手してきた。
「空飛べる人や、飛べる魔獣を使役してる人たちで、いっぱい物資を早くこの城に運ぶお祭り大会を開いたらいいんじゃない?」
ふわっとしたアイデア。
だが悪くない。
オレとアザナ、それにユスティティアは、その意図に気が付きなるほど、と頷く。
「面白いアイデアだな。準備と告知から実施までの時間差を考慮して、優勝者への賞金をうまく調整すれば、補給をイベントと見せる欺瞞工作にもなって、一回だけなら使えるだろう」
人をこきつかうこと関しては、テュキテュキ元会長は天才じゃないだろうか?
「最低限の人員でザルガラ先輩が、この城から大威力の魔法を撃つって使い方は?」
対抗する気なのか、アザナがありきたりなアイデアを出してきた。
アザナの真価は正攻法ではなく、嫌がらせにあると思うのだが、それを出してこないから物足りないアイデアだ。
「まあ、悪くはないな。やる気はしないけど」
高々度の移動する城に籠って戦略級の魔法を撃つって、あとでなんて言われるかわからない。
「それにアザナが壊した雷撃装置での襲撃や、ゴーレム生産して空中から投入ってのはできるが、これは敵を疲弊させるだけで制圧や占領できるようなもんじゃないって、素人のオレでもわかる……ん、なんだ、アン?」
『た、大変です、ザルガラ様!』
アンの声が天井から降ってくる。
いかにこの城が使えないか、という話をしていたら、この城を手足のように扱えるアンが連絡を取ってきた。
そんなことない、このお城は立派ですという意見をいいにきたのかと思ったが、違うようだ。
『侵入者、多数です! あっちこっち! あっちこちからです!』
アンの報告を聞いて、手伝いをしていたアザナたちが、一斉にオレの顔を見る。
視線を浴びて、オレはそれほど慌ててはいない。
「そうか……」
これは以前から懸念していたもう一つの問題だ。
それがついに起こったようだった。




