ツインチャージの騎士たち
空中遺跡の執務室で、ディータとともに連合国への旅の準備のため書類を整理していたら、なぜかアザナがやってきた。
「センパイ。お届け物と騎士団が到着しましたよ」
ハッとさせられるパッと明るい笑顔で、書類仕事の疲れがバーッと抜けていく。
だが、そのアザナの持ってきた報告は、新しい仕事も来たという意味でもあった。
「騎士団? そうか。無断侵入のオマエを捕縛にきたのか?」
「ひどい! ボクのこと追い出す気なんですか? 前はあんなにかまってくれたのに!」
からかうと、からかわれた。
「時と場合と仕事ってモンを少し考えろ!」
「それ2年前のセンパイに聞かせたいですね~」
「ホント! ちくしょう! その通りだよっ! ちょっと前のオレぇっ!」
だから説教するのは嫌いんだ! いつも鋭く帰ってくるから!
区画がほぼ100%解放された今、冒険者たちのほとんどが撤収している。
現在、この空中遺跡は王国の役人やオレの家人ばかりだ。
外郭に遺跡と冒険者たちの管理の事務所があるので遺跡全体が侵入禁止というほどでもないが、執務室などある内部部屋まで勝手入ることは許されない。
『……アザナさんは特別。顔パス。になってる』
オレの後ろで書類を読んでいたディータが、オレの知らない遺跡の警備事情を述べる。
「そういうことです。それに最近は多少、お手伝いだってしているんですよ、ボク」
「勝手に遺跡解析してるの間違いだろ」
「いえ……それは最近できないんですよね。アンさんがこのところ、すぐにボクの作業に気が付くんで」
「つまり出来たらやる気だな、オマエ」
アザナの解析作業に気が付くとか、アンのヤツもなかなか優秀だ。成長しているのか、この遺跡に慣れてきたのか。それとも両方か。
「それで……届け物と騎士団? なら騎士団の方を先に対応するか」
話題を本題に戻す。
「着任する騎士団が届け物を持参したといった方がいいかな。なので一緒です。呼びますか?」
「そうだな。そうしてくれ。ディータ付きの武官として騎士がくると聞いたが、団を率いてきたのか」
オレのところに武官が足りないので、連合国へ表敬するのに手が足りないと、王城側が配慮してくれた。
そうどこかの書類に書いてあったな、と思いおこしながら、アザナに通すよう伝える。
『……いいの? ザル様』
気だるそうに身を寄せ、ディータが尋ねてくる。
「ん? ああ、その騎士団が倍々卿……スクエアード候の口添えで、騎士団が派遣されてることだろ?」
嫌がらせをしてくるスクエアード候だが、別に国の足を引っ張るようなことはしないだろう。
スクエアード候の計画が成功したら……ではなく、オレが成功したら国のためにもなって、オレの功績にもなり、失敗したら国に迷惑が係る。といった微妙なラインで、陰湿な手を打ってくる。
これ、とっても参考になる。
「それにさあ、共和国の反乱で北西が騒がしいし、動かせる兵力が少ない中で、こっちに優秀な人材を融通してくれるんだ。むしろ幸いだよ」
『……そう捉えるなら、それもそうだけど』
納得してない様子のディータ。
ぶっちゃけ、ディータの貴族としてのお勉強より、スクエアード候の嫌がらせの方が楽しい。
やがてアザナに案内され、騎士たちがやってきた。
さて、どんな嫌がらせの騎士団かな? と、わくわくしていたら女性ばかりの騎士団だった。
歳はオレのちょっと上くらいから、20半ばほどの面々で、一番前にいる団長らしき女性は最年長のようだ。
長い髪を垂らし、それで戦えるのかという気もするが、サーコートなど前時代的な儀典用の装備をしているのにそういう見た目の部隊なのだろう。
お届け物らしきものを持っているので、今回はお使いか。大変だな。
『……あ、あなたたちは』
「ご無沙汰しております、殿下。マニフォル・ド・フォーフォルド。これより再び殿下の警護に当たらせていただきます」
ディータの知り合いか?
話からして、以前は近衛か王宮付きの騎士だったのだろう。
あと家名と名が完全に、露骨なまでのスクエアード候の関係者だ。
あんまり貴族に詳しくないオレだが、ツゥフォルド家、スリーフォルド家、など[n]フォルド家表記の家名はスクエアード候の分家や重臣寄子だとマーレイから教わったので知っている。
フォーフォルドとなると、まあまあ近親者か。
マニフォル・ド・フォーフォルド……マニフォフォーフォ………フォフォフォって呼ぶか?
フォフォフォー。
「サード卿のお手持ちの兵が少ないようなので、志願して許しを得てここに参りました」
なんか余計なこと考えていたら、フォフォフォ……マニフォルがオレにも挨拶してきた。
「そりゃ助かる。これからよろしくな」
皮肉を混ぜられたような気がしたが、助かるのは事実なので素直に返した。
先頭にいた団長らしき女性の目が冷たく細まった。
「殿下の指揮下に入るため、サード卿の意には沿えないこともあるかと思いますがよろしくお願い申し上げます」
「それでいいって。ディータの事は頼んだぜ」
オレの態度に思うところがあるのだろう。特に『ディータ』という呼び捨てに、目を鋭くして反応していた。
「ところで、まずできたばかりの騎士団らしいけど名前は?」
手元の資料には、新設としか書いてない。正式名称を書類に記する必要があるので尋ねてみた。
「私たちはディータ殿下の警護を担うあんこくう騎士団」
「暗黒騎士団? そりゃまた豪快な」
真っ黒装備ではないが、まず名ではったりを効かせるつもりなのか……と考えたら、フォーフォルドは首を振って否定した。
「違います。あんこくう騎士団です」
「暗黒空騎士団?」
横で聞いていたアザナが首を傾げながら、近くの黒板に書き出して確認を取る。黒板、この部屋にあったっけ?
「ああ、この遺跡は空飛んでるからか――」
黒板の字を見て、なるほど、と頷くが、違いますとフォーフォルドがチョークを取って、騎士団名を黒板に書き込む。
「サード卿が提案された、殿下の食されたつぶあんかこしあん。どちらを国民食にするかの問題に対応するため、新設された【あんこ食う騎士団】です」
「これ、事務方に説明しておかないで書類に記載すると、絶対訂正される名前だな」
書類に【あんこ食う騎士団】と書き込みながら、愚痴ともツッコミともいない言葉がオレから漏れた。
命名はひどいが、騎士団の女子面々は誇らしげなのであまり言ってもしょうがないだろう。
この件は半分、責任がある感じするし。
「で、騎士団のやることって、もしかしてヨーカン食うことなの?」
呆れながら質問すると、騎士団たちは背筋を正し、声をそろえて騎士団の方針を述べる。
「ディータ殿下のため、ヨーカンを先んじ、お毒味をするためです」
「それ、騎士の仕事なの?」
『……なんで私より先に』
「もちろん最初はこのように……袋へ入れた羊羹に危険がないかを確認し……すうはーすうはー……。女は香りで差をつけろ、といったところでしょうか」
「懲罰の差くらいしかつかねぇよ」
そう言って、マニフォルは袋にヨーカンを入れて、手慣れた様子で呼吸に合わせて袋を収縮させスーハースーハーとし始めた。
「うわぁー、絵面ヤバーい。……ああ、アンコだからアンパ――」
「ん? 待てよ。てことは、届け物のそれってディータに献上されたヨーカンか?」
「はい。これが今回の献上の品々です」
毒味? 毒嗅ぎを終えた羊羹を置く。
「どうぞ」
「ん? オレが食うの? 毒味か? このオレが毒味?」
「はい、そ……いえ、サード卿は部分的に高次元化されているとのことなので、確認をお願いしたいのです」
「ガチ毒味しなくて済む、ちょうどいい言い訳があってよかったな」
皮肉を言いつつ、試しに一つのヨーカンに「右手」を伸ばしてみる。
「そちらは、つぶあんとこしあんを合体させたヨーカンです」
触れてみて感触を確かめたあと、一切れ食べてみる……が。
「とりあえず混ぜた感がすごいな。ダメ、次」
マズいわけではないが、これはディータが食べられる要素がまるでない。
次に出されたヨーカンは、これまた基本的なヨーカンだった。
「こちらは、バカには食べられないヨーカンです」
「それ作ったヤツ、投獄しておけ。しかもかなりうまいのがムカつく。あと高次元じゃ食えないなこれ」
『……うん。投獄』
ディータも地味に怒っている。
『……ザル様、それ食べて私が食べられなかったら』
「逆説的に殿下がバカということになるますね」
アザナも意を理解して、呆れましたと肩を竦める。
「ディータ姫がバカには食べられないヨーカンを食べられなかったら、バカってことになっちゃうから、それを避けるために食べたという発表させる。つもりでしょうか……。ああ、だからセンパイは投獄しろと」
「わかったか? ムカついたから、投獄って意味じゃないぞ。作ったヤツの意図が悪質だぞ、このバカには食べられないヨーカン」
『……食えないヨーカンですね』
「だれがうまいこといえと言った。旨いヨーカンだけに。はい、次ぃ!」
「はい、次ですね。こちらはヨーカンから魂を抜けるヨーカンです」
「食うと魂が抜けるの? あ、ヨーカンから何か抜けるのか……ヨーカンに魂あんのか?」
意味が分からないので、少々混乱してしまった。
マニフォルも少し困った顔で答える。
「たぶん……あんこにはあるかと」
「ねーよ」
「一応、毒……試食をお願いします。食し方としては、このように袋にいれて漂ってくる魂……高次元化したヨーカンを」
騎士団長はまたも、ヨーカンを袋に入れて、袋口に口をあてて、スーハースーハーとし始め説明する。
「では、毒味を」
「毒味って言っちゃったよ、この人」
「失礼、毒嗅ぎですね」
「毒を確かめさせんのがダメだろ、って言ってんだよ」
スクエアード候の嫌がらせか、コレ。ほんと疲れる。
キレるオレに悪びれることなく、別の袋を差し出してくる年少の女騎士団員。
強いな。
「まったくディータにそのアンパンアクションをやらせるのか、オマエらは。……ん? 軽いぞ? ヨーカン入ってないんじゃね?」
騎士団員から手渡された袋がやけに軽いので覗いてみると、小さく丸まった白い布切れだけが入っていた。
「ま、間違えました!」
慌てて袋を取り戻そうとする団員。だが、オレは何かを察知して、袋をディータにパスした。
さすがにディータの手にあるものを取り返そうとはせず、年少団員は青い顔で引き下がった。
『……なにこれ? パンツ?』
ディータは袋の中身を取り出して開いて見せた。それは女物……というか、小さいので女児物の下着だった。
マニフォルが怒気をあらわに、子供っぽさの残る団員の胸倉をつかんで問い詰める。
「それは殿下がまだお身体をお持ちであった幼少期に穿いておられた下着! 大切に保管してあったのに、なぜ平団員の貴女がそれを!」
『……なぜ騎士団の貴女がそれを』
ディータも問い詰めたいようだが、震えて声も小さい。
年少の団員は泣きながら弁明する。
「ご、ごめんなさい! 団のロッカーにいっぱいあったので、一枚拝借してスーハーを……」
「あれはスーハーに使用せず保存しておいたものです! なんていう団規違反を! 貴女はスーハーターボチャージャーの刑です! みんなにスーハーされて来なさい!」
「赦してください! マニフォル団長ぉ~~~~」
盗んだパンツを盗んだ年少団員は、でっかい袋の中に押し込められ、数名の騎士団員に引きずられて退室していった。
廊下から悲鳴と荒々しい呼吸音が聞こえてくる。
「まったく。いくら王家の下着が使い捨てとはいえ、そのお身体の問題から殿下の下着はとても少ないというのに……」
「ロッカー内で濃縮した空気が解放されてしまった恐れがありますね」
「密封を強化しないと」
団長含め残った三名の騎士団員幹部が、深刻な顔でそんなことを言っている。
「オレたちは何を見せられているんだ」
『……知りたくなかった』
オレとディータは、目の前で繰り広げられる変態のやり取りに圧倒されて固まっていた。
アザナは笑っているが、目が笑っていない。
「お許しください、殿下。彼女は大袋に入れて、団員からターボスーハースーハーされる罰を受けておりますので」
『……無限遠に飛んでいくほどツッコミたいことがありますが、まず言わせていただきますね。間違って私のパンツを出した彼女の行動。それは貴女たちに取って不都合なだけ。まず罰すべきなのはパンツを盗って保管してた……。そう、貴女を含めて団の総員では?』
ディータが饒舌に文句言ってるぞ。
「こんな変態騎士団を送り込んでくるとは……。このオレを確実に苦しめる手に気が付いたか。恐るべし、スクエアード候の嫌がらせ……」
「違うと思いますよ、ザルガラセンパイ」




