あれやこれやと集束する者たち
遅くなりました。
ですが3話同時進行で書くということしていたので次回、次々回は早いと思います。
エイクレイデル王国でつぶだのこしだのと、仲良く楽しい反乱ごっこをしていた頃……。
西の隣国アポロニアギャスケット共和国では、かなり気合の入った本当の反乱が起きていた。
各地から言い合わせたように集まった反徒が、あっという間にちょっとした勢力と化していた。
大湖北部の王国の国境付近の共和国領地が、古来種再来を願う反徒によって占拠され、続々と賛同者が集まり始めている。
そんな事態も知らず、人質となって監禁されていたボトスたちは疲れ切っていた。
穴を掘る道具を放り出し、大の字になって絶望と天井を仰いでいる。
「ステファンさんは、どうしているんだろう?」
脱出を諦め、折れた心は折れた道具ともに投げ捨てる。
「もう俺たちのことなんて、忘れているんじゃ……」
「ばかやろう!」
ボトスは跳ね起きて、疑心に捕らわれた同郷の仲間を蹴った。
「今、ステファンさんは俺たちのために、望まぬ仕事を嫌々にやらされてるんだ!」
残念、ステファンは望んで喜んで楽しんで、我が世の春が来たと生き生きやっている。
ついでにボトスたちのことも忘れている。
「ここで俺たちが、無駄な穴を掘っていた間に、刻々と事態は悪化しているんだぞ」
この認識は間違いない。明確には知っていない彼らだが、確実に古来種の代入先が作られている。
もしも数が揃ってしまえば、大攻勢にアザナやザルガラはもちろん、国家も抵抗することは難しい。
古来種再来を喜び、歓迎する人たちも増え続け、国境付近を占拠する反徒と合流して、一大勢力となるだろう。
ボトスたちはそこまでわかっていないが、不安からくる推測は当たっていた。
「でもさぁ、逃げるの無理だろ」
二人は掘りぬいた土壁の中を顎で指した。そこには壁があった。
掘ることも、崩すこともできそうにない絶望の石壁である。
新式手帳が無ければ、魔法も使えない。道具がなければ正確な図形……魔法陣も描けない彼らでは、ここから抜け出すことは不可能である。
仮に新式手帳や図形を描く道具があっても、彼らの使える魔法では監禁生活をちょっと楽にするくらいであろう。
「外に見張りだっているんだ……。どうやっても逃げられないよ」
「それはそうだが……」
さっきまでの勢いはどこへやら。ボトスの声が陰っていく。
仲間の二人も同様だ。元から元気がない。
ここ数月巡りの間、何度も繰り返されたやり取りが終わったその時!
喧騒と怒号と重い音が鳴り始めた。にわかに壁の外が騒がしい。
「な、なんだ? 火事かなにかか?」
「ステファンさんが、助けに来てくれたんじゃ?」
そんなはずはないのだが、彼らは期待してしまう。
何が起きたのか?
助けがきたのか?
もしかしたらこちらに危害が及んでしまうのでは? と、期待半分で身を竦める。
誰かがごくりと唾を飲み込んだ時、土壁だと思われたいた壁の一部に幾何学模様のヒビが入り、そこからバラバラとなって左右と上に移動し、外に繋がる通路が現れた。
そこには土埃で汚れたマントを纏う旅姿の中年の男がいた。
魔法と無手で無力化したのか、腰の立派な剣も抜かず大勢の警備の者が倒れ伏す中にいた。
無精ひげと旅で乱れた髪ではあるが、野性味あふれ醸し出す雰囲気と整った顔かたちで、都で歩けば妙齢の女性たち10人中9人が振り返りそうな男である。
男は乱れた髪をかき上げながら、ボトスたちと監禁部屋の様子を見回してから口を開く。
「全員、そろっているかね?」
短く渋い声で尋ねてくる。
ボトスたちは事態が呑み込めないまま、一斉に頷く。
「そうか、時間がない。逃げるなら私についてこい」
「あ、あなたはいったい」
ついていこうか、行くまいか。迷う3人の中で、ボトスが尋ねる。
「同郷の者たちが異国で捕まってると聞き、義によって参じた元騎士のサスピ……いや、その家名は捨てたな。私はただのラルゴゲイだ」
――誰?
* * *
ボトスたちがラルゴゲイに助けられる前日。
古来種の再来は佳境に入っていた。
無骨な作業場で何百という肌色の美しい素体、だが未完成のそれらと様々な人体パーツが並ぶ光景や異様である。
その中で技術者たちが、代入された古来種の要望に応えていた。
「眉をもうちょっと上に……行き過ぎだ。しかしそうなると、鼻が少し長いか? ちょっと小さくしてみて……」
「は、はい。ではこのように……」
「いや、やっぱり眉を戻そう。あれ? さっきの鼻の形、どんなんだったっけ? ちょっと戻してもらおう……」
「そ、それが……」
「なに? わからないだと?」
古来種の指示を受け、20人の作業員が大忙しで最後の仕上げを行っている。
鼻長侯爵ブラエはこの光景を、作業場の高所から見下ろしながら憤りを押させられない。
手すりを叩き、血でも吐きそうな声を絞りだす。
「まさかと思うが、ステファンのヤツ。これを狙っていたのか?」
ステファンが造った素体ゴーレムの数々。様々な人体パーツは古来種の代入ボディとして、やや偏っているが多様な要求に対応できる。
昨日までのブラエ候は、これはいいアイデアだと思っていた。
しかし今は違う。
古来種の要求が高すぎる上に、だれもかれも妥協を許さない凝り性なのだ。
下手に要求に答えられる分、簡単に「これで良し」とならない。
まるで下水道から日の光の下に出る直前で、顔をいろいろ弄って日が暮れて夜が更け朝を迎えるような状況だ。
あと地味にお金がかかる。
様々な色と長さのカツラだけで、いったい何百と用意したのか?
古来種の要望に合わせてカットし、やはり他のカツラだと言われて、廃棄されたカツラは両手に余る。
ブラエ候はステファンに皮肉の一つも言いたかったが、今はそれもできない。
最後の大事な場面に何かの仕掛けでご破算とされてはいけない考えと、ステファンは隣の建物に軟禁していたが、今となってはこの場で、あのすかした顔を殴りたいブラエ候であった。
だがこのはた迷惑な配慮も、古来種に好評なのも事実だ。
うまく顔が整ったとなると、古来種も上機嫌でよくやったと褒めてくれるので、痛し痒しである。
「いつ終わるんだ……」
顔の調整が終わった古来種は5人。あとひゃくにじゅう……。
「ブラエ、この顔。横から見たらなにかオカシイ。リテイクだ」
最初に顔の仕上げが終わった古来種が、手鏡を持って戻ってきた。
「またですかぁ……」
作業員たちとともに、ブラエ候はげんなりとした顔で肩を落とした。
* * *
図らずも牛歩戦術を成功させたステファンは、呆然とした様子でソファに身を預けていた。
気の抜けた顔なのだが、顔の作りが良すぎるため、気だるい雰囲気を漂わせている。
「アザナきゅん……」
最高傑作の素体は、サンプルとして高次元に送られてしまう予定だ。
これがなかなか好評で、牛歩戦術に繋がっているのだが、当のステファンにとっては不満だった。
「寝よう」
夢の中ならアザナに会える。と、ステファンが睡魔に身を任せたその時――。
「どーーーーんっ!!!! ぶわっはっはっはっ!!」
十字の変な男が、警備兵を巻き込んで壁と窓を破壊し飛び込んできた。
回転十字はそのまま床を削り、反対側の暖炉にぶつかり破壊して止まった。
「ディヴイ・ディッドヴァイタイム推参! ……ふっ。さすが我がライバル。突然のことにも動じないとは感心だ」
十字のゴーレムに貼り付けにされた男、デッドヴァイタイムが、土埃の中から立ち上がり、冷静に座るステファンを賞賛した。
寝ぼけて動けないだけである。
実は心底びっくりしている。
眉を顰め、微動だにしない。
「まあそう身構えるな、今日の私は敵ではないぞ、強敵よ」
ステファンの様子を警戒していると捉えたデッドヴァイタイムは、自嘲して敵意がないと見せる。
「私がどうして来たのか、なぜ助けるのか? 気になるだろうが、信じてついてきてほしい。逃げるぞ、我が強敵」
十字の男デッドヴァイタイムは有無を言わせない。
「……行くわけにはいかない」
だがステファンはデッドヴァイタイムの提案を断った。
まだアザナの姿に似せたゴーレムを作りたい。ここはその環境が整っている。
しかしデッドヴァイタイムは、彼が逃げ出さない理由を、従者たちが人質に捕られているからと受け取った。
「安心しろ。お前の従者たちは、協力者がいまごろ助け出している」
「誰だ?」
「お前の同郷の騎士……いや元騎士が助けに行った」
勘のいい方はお気づきだろうが、ステファンの言う「誰だ?」とは、「従者って誰?」という意味で、協力者とは? という意味ではない。
「いいか、貴様を倒すのはこの俺だ。……あー、そうそう。お前の作った最高傑作のゴーレムも、我々(・・)が確保してあ――」
「無事かどうかを確認したい……。でなくば、ここに戻る」
ステファンは急に立ち上がって見せ、デッドヴァイタイムを驚かせた。
「お、おう。そうか? そんなに心配か。……ふっ。我が強敵は甘いな。だがそれでこそ我が強敵……」
デッドヴァイタイムはボトスたち従者のことかと思ったが、もちろんそんなことはない。
「行くぞ」
最高傑作のアザナきゅんに会いに――。
これにてこの章は完結です。
そろそろ佳境に入っていきます。
 




