後始末は丸投げ
「かつて怪物と呼ばれていたというが……。なんの、それほどでもないようだ。そして皆に言われるほど天才でもなかった、ということか?」
ザルガラが聞いていたら歓喜するような発言を、エイクレイデス王は執務室で呟いた。
相対するルジャンドル中央官も頷く。
「そのようですな。評判こそ悪く、そして良かったので心配しつつも、期待していたのですが……。やはり神童は神童、怪物……などと言われれても人。魔法が秀でていれば、なんでもできるというわけでもない。その才能と成果は、私的には褒めることではありますが……、私の立場からすれば褒めるほどではありませんな」
ザルガラがこの場にいたならば、「もっと言ってくれ! もっとだ!」などと言い出して、なんだこいつ……王と中央官から引かれていたことだろう。
実のところ、エイクレイデス王は今回のつぶこし闘争の解決法に、心からは満足していなかった。
ヨーカンを食べたい一心であったディータの行動も困ったものだが、ザルガラの解決法はその場を取り繕うには良いが、後のこと考えると最適とは言えない。
ディータの暴走と、反徒の趣旨を塗り替えたゴットフリートの行動を、咄嗟の機転で見事に纏めたといえるが、結局のところ後の調整はすべて役人頼みである。
そういった後始末が役人の仕事とはいえ、ザルガラに騒動解決の権限などない。権限がないのだから責任もない。
緊急時だから、とは言い訳にならない。なのでエイクレイデス王が「よくやった」と、赦して褒め、行動を後から認めて王が責任を取る表明をし、役人に差配しなければならないのだ。
ルジャンドル中央官も、ザルガラが身内となったため、厳しい目を向けている。
解決は見事。
それはそれ。
ディータを利用して、事を収めるは見事とはいえ冴えすぎ。ゆえに落第。
お上を利用しすぎる切れ者は、権力権威が合わさり切れすぎるゆえに嫌われる。
「私としましては、もう少し手加減……いえ、自分の力と権力の範囲で切れるものが、姫殿下に相応しいかと」
ルジャンドルの意見を静かに聞いて、王は首を振る。
「……いや、そうとも言い切れん」
「現状、姫殿下の隣に配するにはサード卿がふさわしいと?」
「出来ぬことを認めて、できる人に任せる。意固地になって自分で成そうとしない。仮にできるとしても、他者にチャンスを与える。しかもこの一手によって、こし派とつぶ派の闘争を一時的に封じ込むができた。これは一種の才覚ではないか?」
「そういった判断は、ディータ殿下にしていただきたいところです」
ディータの意図をザルガラが地につける。それが理想である。
「では……ディータの教育が先か?」
「私からはなんとも」
先だ、とルジャンドルは言っている。
「まったく、こし派とつぶ派を競い合わせるなど……。これでもしも、こしヨーカンを食べたディータがこし派になってしまったらと思うと」
「どうやら陛下への教育も必要のようですな」
私情を挟む王に、中央官が冷たい声を浴びせる。
冗談じゃよ。というエイクレイデス王の言葉は遅かった。
* * *
学園へ久方ぶりに登校した俺は、どことなく甘い匂いがする昼休みの教室で、ミカエラ・ナイビジン(仮名)から貰った鍵の解除に当たっていた。
「あの女ぁ……。鍵付きのカギとか、微妙に面倒くさいもんを渡しやがって」
胞体石の中に羅列された数列を書き出し、篩にかけた素数をかけ合わせて暗号を解く作業に没頭している。
時間がかかる、面倒だ。隙間時間を利用して、一つ一つ潰すしかない。
とはいえ。
こんな鍵胞体石一つを持っていれば、簡単に時間の巻き戻しとか魔力プールにアクセスできる。なんてのは問題だし、暗号で鍵付きにするのもわかるが……せめて暗号キーが1つなのか2つなのか3つなのかくらい教えろよ。
胞体石をいくつか潰しながら、紙にも素数を書き出していると、トイレから帰ってきたぺランドーとチャールポールがやってきた。
「ぬははははっ! なんだその数列?」
「ザルガラくん、なにしてるの?」
「ん? あー。暗号解読。おっと、タルピー、邪魔だからオレの頭の上な」
そう答えつつ、用紙の空白部分で踊っていたタルピーを除けた。
「暗号? どんな暗号なの? 誰かの恋文かなにか……げ」
オレの手元を見たぺランドーが、カエルが潰れたような声を上げた。
「なはは……えっと、なになに? これあれか? 二つの素数を探してるのか? 総当たりじゃないようだけど」
オレの手元の作業を見て、何をしているかを推測できる程度に、チャールポールも優秀だ。
「そうそう。ある程度アタリをつけた桁数の二つの素数を篩にかけて探してるところ」
「た、大変だな」
「そうでもない」
時間かかって面倒なだけだ。
「なはは、そうかー。ザルガラにはそうでもないってかー、うははは。で、その暗号を解いてるのもなんだが、たまに魔力弾を撃つのはなんなんだ?」
「癖になってんだ、魔力弾撃つの」
「危ないよぉ、ザルガラくん」
発射後即、5次元世界に消えていくので、見た目は不発だ。たしかに魔力弾用の平面陣が常にあるのは、周囲に緊張感をもたらすだろう。
癖になっていても、この平面陣さえ出してなければ、余計な不安を周囲に与えることはない。
配慮して平面陣を消すと、ふと視界が冴えた。
「お、解けた」
「マジで!」
「まあ、候補だけどな。相手が古来種だし、ダミーの答えを引いた可能性もある……あ、違うわ。4文字目から意味不明だ」
答え合わせの時間が無駄になった。
「ザルガラくんが何やってるか、さっぱりわかんないよ」
「これができるようになれば、他人の独式を見て、魔法を盗めるようになるぞ」
「無理」
あっさりと諦めるぺランドー。
ぺランドーも優秀だが、他人の独式を盗み見て暗号解読できるほどではない。オレやアザナが異常なだけだ。
演算能力が学生レベルでも、まるまる暗記できるヨーヨーならば、後でじっくり数人がかりで解読という手もできるだろう。
そろそろ絞り込めたあたりで、教室の扉が荒々しく開け放たれた。
「センパイ! 責任取ってください!」
「な、なんのだよ!」
アザナが飛び込んでくるなり、冷や汗が出るようなことを口走った。
クラスメイトたちに緊張が走り、「責任?」「思い当たる節がそんなにあるのか」などと言い出しやがった。
「ちょ、ま、お、オマエ何を言い出してるんだよ」
暗号解読を放り出し、つかつか突き進んでくるアザナを指差す。
教室のクラスメイトたちの視線が刺さる。
ぺランドーとチャールポールまで距離を取る。
その隙間にアザナが入り込んできた。
「センパイのせいなんですからね!」
驚いたことに、あのアザナが涙目だ。
あのアザナがオレを頼っている。
これは……これでいいのでは?
「ど、どうしたんだい、アザナくん。なにごとかな?」
「ザルガラ先輩が気持ち悪い……」
「話を聞いてやろうと思ったらそれか。大した事なさそうだから、あっちいけ」
「そんな、捨てないで! 責任取ってくださいよ、ボク、がんばって何発でも受けますから!」
「お、オマエ、わかって言葉を選んでるだろ! おい、違うからな! わかってんだろ? ほらなんかオレって癖になってるじゃん? 魔力弾撃つの! それのことだよッ! あとあの魔力弾、オレからコイツが奪い取ってるしぃッ!」
クラスメイトたちが、ひそひそと話しているので、訂正をするがまったく信じてくれない。
口先だけでも、「そのとおりです」とか言ってくれない。
コイツら、オレを舐めやがって……ちょっと嬉しい。
「で、どうしたんだよ」
言いたければ好きに言え、そんな態度でドスンと椅子に座りなおす。
アザナはどこから説明しよっか、という顔で上を見る。
「あずきで失敗しました」
「わからん。オマエ、絶対からかうために脳みそ使いすぎて、言うべきこと纏めてきてないだろ? 時間はあるから説明しろ」
時間があると言ったら、隣の席に――ヨーヨーの机の上へ、アザナは腰を下ろした。
あっちでヨーヨーが「ふおおおおおっ」とか言ってる。
「ボクの領地で馬の飼料を育てる傍ら、あずきにも手を出してたのですが……。ある貴族が双方を5年契約で毎年同定数を同価格で買ってくれていたんです。でも今年はあずきの作付けが少なかったので……」
領地持ちの貴族は、地元を産物を現金化するため「先に売る」ことがよくある。
買い手は先に纏めて支払い、手元に産物がない代わりに安めの価格で買う。
売り手は先に現金がもらえるため、物入りが必要な場合は有益だ。
古来種の祝福のおかげで収穫が安定しているから、通常そんなに価格は変動しないのだが……
「……あー、わかったぞ。あずきが値上がりして、足りない分を買って補うと足がでるんだな」
先日のこしつぶ騒動でオレが示した解決法のおかげで、一時的にあずきが高騰している。
むろん、食糧庫を襲ってまであずきの在庫が少ないのも原因だが、ディータ姫に食べさせるヨーカンを作るため、全国的に需要と投機が始まっているのだ。
アザナの実家ソーハ家は、今回の件で運悪くあおりを食らったわけか。
「さすがセンパイ。これだけ説明で理解できるなんて、天才ですね。というわけで、お金貸してください」
「あのな、天才って言われるとな、オレ、からかわれてるって感じすんだよね。特にオマエから言われるとさ。お金は貸さない」
隣でぺランドーが、どっちもどっちだよとつぶやき、チャールポールが笑う。
「というかさぁ、なんであずきの作付け減らしたんだよ。ちゃんと定量作ってれば問題なかったんだろ?」
「父の領地が最近、馬を買いそろえまして……それで大豆や燕麦などを大目に……」
「間が悪いかったな」
馬の飼料は重要な軍事物資なので、普段から値段が安定して高めだ。あずきの値段と比べて、作付けを優先してしまったのだろう。
「だが自業自得じゃねぇか」
「センパイがあずき価格を吊り上げるようなことを言ったからです!」
ぷんぷんとしながら、ぶんぶんと手足を振るアザナ。
すると机の上に座ってるから、白く細い足が収まっていく短パンの裾から……。オレは目を逸らして、背筋を伸ばす。
「それ、オレのせいだけじゃないだろ? 誰だよ、つぶだのこしだの問題になるような甘味を作ったのは?」
「それはボクですけど、高騰の直接原因じゃないです!」
即反論。あながち間違いでもない。
「だけど騒動の原因でもあるよな」
「この国の人が、つぶだのこしだので争いすぎです! どうしてみんな『これ美味しいね』で終わらないんですか」
「ん、まあ、たしかに、そこはな」
アザナの言い分もわからなくもない。
ぺランドーとチャールポールも納得して、そうだねーと同意するほどだ。
この国はくだらないことで対立し、勝負が決まるまで歩み寄らない妙な気風がある。
……あれ?
オレもじゃねぇか、これ。
反省。
「なははは。まあ高騰どころか暴騰してることは、父上もいろいろ悩んでたな」
チャールポールが困ったもんだと笑いながら……困ってるように見えないな、これ。
そうだった。コイツの父親は財務の官僚だ。
「おい、チャールポール。あずき相場ってどうにかならんの?」
「統制はできるはず。そういう法律もある」
「それです! 自由経済を殺しましょう!」
アザナが食いつく。言い分がすごい怖い。
「うわははっ。自由? 自由経済なんて、もとから無理だしな。そうでなくても、あずきの価格是正はしないだろうな。うわははは。統制ではなく買い上げて介入して価格を是正するにも、お金かかるからさ。やんないよ。うはははは」
チャールポールが賢く見える。いちいち笑うんでマイナス大きいけど。
ぺランドーはついてこれないのか、興味がないのか、タルピーを預かって手の平の上で踊らせている。
「どうして……介入しないんですか?」
「ぬはは、あずきって王国の重要産業でも、主食でも必須食物でもないからさ」
「これから重要産業になるじゃないですか……」
「ぐはは、それも一時的だ。作付け面積増やす地主もいるだろうが、それも一種の投機的なもんだろう」
カラッとしたチャールポールの意見が、アザナをどん底に突き落とす。
「ぐはは。そういえばエイスター連合国じゃ、あずき産業は大きいな」
サラッとチャールポールが救済案を出すが、アザナの反応は鈍い。
「遠い……」
距離の問題は大きい。買い付けにいく旅費や時間もさることながら、あちらに伝手がなければどこであずきを売ってるかもわからないだろう。買うどころじゃない。
無事適正価格で買えたとしても、輸送費がかさむ。
片道ゲートだって荷物の量で使用料が高くなるし、輸出入が関わると関税だってとられる。
「あー、そういえば」
エイスター連合と聞いて、オレはあの話を思い出した。
「近いうち、オレとディータがほとぼり覚ます理由もあるんだろうが、挨拶かねて連合国へ行けって言われたな……」
「連れて行って!」
あのアザナがオレに縋りつく。
あのアザナが、だ。
アザナがオレを頼っている!
「か、買い付けするつもりか? 元金は?」
「貸してください!」
「虫が良すぎる。オレを頼りすぎ。あと空中遺跡で運べば、関税かからないって思ってるだろ」
「思ってます」
「密輸だからな、それ」
大げさな土産や産業興新のため、ある程度、貴族は免責されているとはいえ、がっつり商売に関わってしまうなら密輸は許されない。
アザナが同行する可能性も考えて、財務の官僚も連れていくことにしよう。
……待てよ。
このままだと、アイデアル公爵のところに泣きついて、またアザナはユスティティアに頭が上がらなくなるんじゃ。
少し不愉快だし、アザナの自由が制限されるかもしれない。
オレと遊ぶ時間も減るかもしれない。
「仕方ねぇな。貸してやるから、あとでベデラツィと相談だからな」
「ありがとうございます。センパイ! 身体で返しま――んわ!」
変なことを言い出すアザナの口を、オレは慌てて抑えた
「言い方ぁッ!」
ディータの威光を利用したザルガラの解決法は
「みんなで幸せになろうよ(上司や先輩を利用して)」
杉○さんや後○さんの卵状態。




