ミカエラ・ナイビジン (挿絵あり)
ヨーカン騒動がひと段落してから、事情説明やらしに王城へ向かい、そこにたまたまいたすごい忙しそうなルジャンドル中央官を捕まえて事情を説明。
なし崩しとはいえ、せっかく来たんだから……ということで、古竜の長レッデカエサリは、城に招かれた。
さらにこれまたなし崩しに、元の姿……元? 通常のゴーレム体に戻ったディータも城に帰った。
「あーあ、じゃあゴットフリートのところへ行ってから、帰りますか。空飛ぶお城に」
エンディ屋敷に戻ってエト・インを回収して、空中遺跡へ戻ろうとつぶやくと、アザナが立ち止まって手を振った。
「あ、ボクはいいです。一度、王都の屋敷の方に帰ります」
「なんでだよ!」
一緒に空中遺跡に帰ると思っていたアザナが、袖を振ってきた。
「勝手に押しかけたのオマエだろ?」
「だって歓待料理のアドバイスとか、もう必要ないでしょ」
そりゃレッデカエサリが、なし崩しにラブルパイル城に招かれた時点で、あっちは後片付けしかないが。
「でもさぁ、いちおう責任者の一人なんだから」
「でもですねぇ、ボクは接待料理人スタッフの監修者の補佐のアドバイザーのアイデアマンですよ」
「責任回避のための役職っぽいな、それ」
役職増やして責任分散。きたないな。
「とにかくオマエもいったん帰ろうぜ」
「そんなにボクを……空飛ぶお城へお持ち帰りたいんですか?」
「ば、おま!」
城の使用人や兵士、騎士たちの目線が痛くなるようなこというな!
なんで自爆覚悟なんだよ、アザナは!
「と、とりあえず、また伺いますんで」
役人にはそう告げ、一先ず反徒アジト=魔力プール端末部屋に戻ることにした。ゲッツさんを回収しないといけないので。
あとは後日、王城にてエイクレイデス王から直々のお言葉を頂くこととなった。
「ゲッツ……」
勝手な解決の事後承諾を得たあと、反徒アジト最奥に戻ってゴットフリートとトゥリフォイル(胴体)を回収。
「じゃ、アザナ。ゲッツさんを魔力プールから切り離すから、回路からの反動を受け止める古式魔法をいっぱい用意してくれ」
「わかりました」
こと魔法に関してアザナは頼りになる。
鬼発注ともいえる大まかな要求に、最適以上の結果を返してくれる。
これを利用して、ゲッツさんを解放…………。
「あ……」
* * *
地味な赤い花。
葉っぱは茶の木に似ているが、花は大輪だが奥ゆかしい。そしてどこか剛健さのある灌木が、オレの周囲をぐるりと垣根のように囲んでいた。
まだ身長の低いオレは、この木立の向こう側を見通すことができない。大人になれば、この木立より頭一つは高くなるだろうから、向こうを見渡せるのだが……軽くジャンプしようとしても、なんとなくそれを試みることができない。
二次元人ってこんな気分なのだろうか?
あ、これあれだ。
アザナの前の人格……男性だが女性格のアザナと、渋いおっさんのアザナたちと会った場所と同じだ。
感覚から出た勘だが、まちがいないだろう。
あの二人が現れるかと、身構えるがその様子はない。
とりあえず、ここから出る手を考えよう。
おそらく魔力プールとパスが混線?
いや、接点を辿って、入口の方向はわかる。混線はしていない。
ただオレの主観が、物理的な空間に囚われている。
魔力の目は入口を捉えているが、オレが身体と認識している部位は地面に捕らわれ、垣根に阻まれた不自由な感触だ。
仕方ない。少し歩いてみるか。
垣根に囲まれているとはいえ、道がないわけではない。
庭園迷路にでもなっているのだろうか?
迷路歩きもいいだろうと、近い道に足を踏み入れる。
両手を広げて歩ける程度の道を進み、何度か分岐を選んで角を曲がり、二つ目の広場にたどり着いた。
そこには日傘を広げて肩から上を隠し、赤いドレスを着て茶の木?の花を眺める女性が立っていた。
高位種……いや、古来種か。
一瞬、アザナの別人格かと思ったが、体形が明らかに大人の女性だ。
無名ではないな。
なんというか、格が違う。
遠巻きに女性の顔を伺おうと移動してみるが、傘が……いや、彼女の向く方向がオレの横移動に連動して変わる。
常にこちらに傘を向け、顔が見えない。
嫌がらせか、とも思ったが、どうも空間そのものがおかしい。
どんなに位置を変えようとも、彼女の斜め後方45度にオレはいる。
こちらから挨拶をすべきか悩んでいると、女性の方から声をかけてきた。
「赤ちゃん。こんにちは」
「そりゃ数億歳のバ……古来種様からすりゃ赤ちゃんだろうがさぁ」
挨拶で煽られたような気がしたので、言い返そうと思ったがなんとなく憚られた。
このオレが、古来種をおもねるとはどうしたもんか。
「こんにちは」
くりかえして抑揚のない挨拶がかかる。
どことなく融通が効かない、そんな雰囲気が伝わる。
……これが本物の古来種か?
「はいはい、初めまして」
面倒くさいなという気持ちを込めて、傘の女に挨拶を返す。
「こんにちは」
「なんで?」
「こんにちは」
「だから、初めまして、ザルガラです」
「こんにちは」
なんだよ、コイツぅ。
同じことしか言えないのか?
いやいや、待てよ。もしかして……。
「こんにちは」
「はいはい、こんにちは」
「ようこそ。私のもとに」
会話が進んだ。
こんにちはって言ったから、こんにちはって言わないといけないの?
なんか面倒臭いな、この傘女。
「招かれました。で、アンタの名前は?」
「名前はまだない」
「じゃあ、つけてやるよ。【見返らない美人】」
「私は……ミカエラ」
「見返ら・ない美人だよ。勝手に改変するな」
おちょくるつもりが、天然カウンターを受けてしまった。
それとも美人じゃないから、美人部分を削ったのか?
美人かどうかについて詰めようとしたら、先にミカエラが自己紹介してきた。
「ミカエラは閉路回路の管理者」
「サイクルオプスの?」
イマリひょんはこの傘女にアクセスして、閉路回路を利用してたのか?
あの顎上無し巨人が、閉路回路の端末だったはずだが……?
そう思って周囲の垣根を探ってみる。
俯瞰してみれば、これも回路か……。模型? 試作品?
もしかして閉路回路のオリジナルか!
そうだよな。顎上無し巨人という端末は、移動させるメリットがある。だけど移動させる予定がないなら、据え置き型でもいい。
最初に作ったのは、コレなのか?
アザナが負けた後、2回繰り返されたこの時代。その中でオレが記憶を残している1回。
魔力プール内にあるこの閉路回路が原因か?
じゃあこの聞く耳持たずの女が、魔力プール内に固定された閉路回路のアドミニストレータ?
前と前々回のアザナは、ゲストとしてコイツに頼んだか、一時管理権限を貰って時間を巻き戻した。
いや、このミカエラが巻き戻したのかもしれない。
あと地上に降りようとする不逞古来種の中の誰かが、閉路回路へのアクセス権を持っていて巻き戻したかもしれない。
「そのとおり」
「この時間を巻き戻している大元は……? 先に答えるってことは、心を読んでる……いや、質問を聞いた後に巻き戻したか? で、そのとおりってことは、オレの推論のどれもが正解なんだな」
こくりとうなずくミカエラ。
なんにせよ、時間をどうこうできる相手には違いない。
警戒せねば、と思っていると、ミカエラは胞体石を一つ、オレの前に差し出してきた。
傘で相変わらずそっぽを向いているのに、オレに向かって不自然に突き出される腕はキモチ悪いぞ。
「これは?」
「胞体鍵」
「見たところ……この閉路回路を制御できるみたいだが……ああ、どっちかっていうと魔力プールにアクセスする鍵か」
ミカエラは傘の向こうで頷く。
傘で見えないはずだが、なぜか頷く仕草が見えたような気がした。
「ふーん。じゃあコイツを使って閉路回路を閉鎖すれば、古来種たちはオレたちの次元を巻き戻すことはできないのか?」
「降りたい者たちも。持っている」
「なんだよ、アイツらも再起動できるのか」
あー、そうか。そうだよなぁ。
起動も停止も閉鎖もできるなら、取り留めのない応酬になるだけだ。
「バイバイ」
急にお別れを言ってくるミカエラ。
「なんでだよ」
問いただそうと追いかけるが、距離が縮まらない……むしろ離れていく。
「バイバイ。赤ちゃん」
誰が赤ちゃんだ。バイバイじゃねぇよ、このバ
* * *
「センパイ! 大丈夫ですか?」
うっすらと開くオレの瞼。その先にはアザナ……?
え? じゃあもしかして、オレ今、アザナに抱きかかえられて!?
なんとなく頬に当たる感触は……胸!?
おっぴゃい!?
「うわぁ、よせっ! ……って、あれ?」
オレを抱きかかえていたのは、トゥリフォイルの胴体だった。
アザナはデュラハンの首無し部分から、オレの顔を覗いていたようだ。
なんだ、その配置?
お、驚かせやがって……。てっきり、アザナにおおおおおおっぱいがあるのかと焦ったぞ。
「よかった、もし起きないようなら、これを使うチャンス……使うしかないところでした」
アザナは胞体石になんだかよくわからないコードとむき出しの魔具が取り付けられた、奇音を発するごちゃごちゃした小物を懐にしまいつつ悔しがる。
「なんとなく試作品っぽいのを実験に、ちょうどいいからオレに使うつもりだった?」
「センパイの寝顔、可愛かったですよ♥」
「誤魔化されんぞ」
* * *
ザルガラは空中遺跡へ戻り後始末に追われ、アザナは自宅へ帰り熟眠して、甘く黒い一夜が明けた。
朝、甘い匂いが立ち込めている以外、王都は日常を取り戻していた。
破壊された倉庫の入口や、鍋など調理器具の片付けは行われているが、概ね日常である。
反徒改め、食品倉庫を襲撃して、ヨーカンの材料を奪った暴徒の首謀者たちは捕まった。
つぶ派であるエイクレイデス王への対抗心はともかく、王国への反乱の意思は見受けられないため、重いであろうが通常の刑罰が課せられるだろう。
扇動に乗ったり、ヨーカンを食わせようと乱闘を起こした者たちは罰金刑で済む予定だ。
ただ、数のが多いので検挙と量刑が言い渡せるのはのちのちになるだろう。
うやむやになったり、何らかの恩赦の可能性すらある。
昨夜の騒動は、その程度となった。
むしろ、ヨーカン騒動より、王国を騒がす事態があった。
古竜の来訪だ。
ディータとザルガラが、古竜と交渉を任されていることは、役人など関係者の間では知れ渡っている。
庶民の一部にも、その事情は伝わっていた。
しかし、今回の件で、劇的に、そして大々的に、さらに尾ひれがついて広がることとなった。
なにより大衆はわかりやすいほうがいい。
「ディータ様は素晴らしいご活躍をされたそうだ」
「新男爵でこんな働きができるなど思ってなかったが、いやいや、恐れ入ったものだ。サード卿は」
ディータとザルガラの評判が上がっている。
まるで古竜を従えたかのような帰還とともに、昨夜の騒動を収めて見せたのだ。
目に見えていて、とてもわかりやすい。
外交担当や情報担当が実務を行った。そんなつまらない実態などわからない、知らないのだ。
なりより大衆は勇ましいほうがいい。
「あのデカい古竜の頭、みたか」
「ああ、見た見た」
触れてはいけない剣に、触れる王都の民たち。
「姫様があんなものを振り回すとは思えないから、あのザルガラ・ポリヘドラがやったのだろう」
「古竜の長が、力を見せてみろと決闘を挑んだらしい」
「それでザルガラがあの剣を突き立てたのか?」
「ああ、そうだ」
そんな事実はない。
「商人に強力な魔剣を探させて、買い集めていたと聞いたがこれが理由だったのか」
「魔法だけでなく、剣の腕も立つようだな。サード卿は」
ザルガラにそんな腕はない。
剣は貴族として恥ずかしくない程度に練習した程度だ。
体力は鍛え始めたばかりで、へっぽこである。
酒場のそんな噂を、苦々しく聞く集団がいた。
赤で統一された印象的な者たちである。
赤い服、赤い靴。赤い鎧に赤い盾、さらには赤い髪の者までいる。
赤い柄の剣を佩く集団。
赤柄組だ。
その中でも、取り分けて怒りをあらわにする者がいた。
赤い集団たちも、その苛立ちに身を竦めている。
「アタシの功績を取りやがって!」
赤い髪の女は顔を赤く怒りに染め、魔剣を掴んで立ち上がった。
「サード卿……いや、ザルガラめ! その剣の腕、このアタシが確かめてやる!」




