ゲッツはゴットフリートの愛称
ゴットフリートが、自分の略称である「ゲッツ」と言った途端に、アザナが苦しみだした。
「ど、どうした? なにか指向性のある攻撃を受けたのか」
あのアザナの防御陣を貫通させるだと!?
姿隠しの魔法が解ける寸前、手を伸ばしたが間に合わない。
アザナは誰かに後頭部でも殴りつけられたかのような勢いで、身体を曲げて通気口の入口から飛び出していった。
危険な落ち方だったわりに、床には激突するようなことはなかった。
いつもの不自然な挙動……ふわっというか、ひょいっというか。安全とは言い難いが、落下速度は床直前で急激に弱まって軟着地した
だが、苦しむままだった。
隠れていても優位性はもうない。オレも姿隠しの魔法を解いて、アザナの隣に飛び降りる。
痛みに苦しんでいるのだろうか、アザナの小さい背中が震えている。
これを見て、カッとオレの顔が赤、いや頭に血が上がった。
「おい、侍従長ゴットフリート! いまなにやった!」
「ゲッツ」
「ッズヒ!」
また言いやがった。
そしてアザナが変な悲鳴を上げた。とりまき連中には聞かせてはいけない、どこかかっこ悪い悲鳴だ。
しかし、あのゲッツというのはなんだ?
たしかにゴットフリートの愛称はゲッツだけど、自分で自分の愛称を連呼するって意味わからん。
オレだったら自分で「ザルちゃん」って言いまくるようなもんだ。恥ずかしくてできん。
「とにかく、オマエがなにかやったことは確かだ」
苦痛を和らげる魔法をアザナにかけ……え? アザナ、なんで余計にうごめいてるの?
身体をよじりながら、懸命に床を叩いたり蹴ったりしている。
それほど苦しいのか……。
とにかく自分で愛称をいうゲッツのヤツに対処せねば、なんかアザナがぷるぷる可愛い状態から復帰できそうにない……もうちょっと見ていたいけど。
そうだ。古来種が中にいるかどうかを見抜けるタルピーを、ここに連れてくればよかった。でも空中遺跡の留守番はアンに任せるとして、ディータの警護にタルピーが必要だったし、ただの偵察のつもりだったし、とにかくもうどうにもならない。
ゴットフリートはオレの質問に対して、首を捻るようなしぐさをした。
まったく意味がわかっていない。という表情もおまけつき。
違う、のか?
オレは防御陣を固めながら、金色ゴットフリートの周囲を探る。
ゴットフリートは、魔力プールと微弱ながら繋がっていた。
一週目のステファン、二週目のオレが魔力プールに繋がっていた時より、はるかに薄く細く微かに繋がっている。
「ずひー……せ、センパイ……どひー……、あの人……洗脳魔法使ってます……」
ゴットフリートを探っている間に、アザナは魔力プールから発せられる魔法を読み解いていた。
辛そうなのに、よくやってくれた。
涙目のアザナの顔から眼を背け、ゴットフリートを睨みつける。
「そうか。なるほど、そういうことか、ゴットフリートさんよ。信じてた、というのは大げさだが……」
二重スパイにしていたナインたちから上がってきた報告と、一種の共通性もあった。
地上に戻ろうとする古来種たちが、共和国で現体制を崩そうと暗躍していたようだが、それは王国でも行われていた。
それをゴットフリートは察知し、彼なりに解決させようとしたのだろう。
オレは侍従長の忠誠心と、民を労わる心に感服した。
「つぶ派とこし派の闘争に書き換えて、事件を矮小化。これなら確かに反徒は反徒ではなくなり、市民の罪は軽くなる。まあ騒乱を起こした罪くらいにはなるだろうが、その程度だ。これならバカらしくて、反逆罪にはならんしな」
なんてヤツなんだ、この金ぴか。
反徒の誹りを厭わず、敵地で事件の矮小化を図ったのか。
感心しているオレの隣で、アザナが涙を拭きながら起き上がる。
「おい、だ、大丈夫か……」
「あー、笑った笑った。久しぶりにお腹よじれるかと思った」
「オマエ、笑ってただけなのかよ。どこか笑う要素あったか?」
回復し膝をついて立ち上がろうとしていたアザナが、オレの考えに首を捻った。
「ところでセンパイ。本当にそ、そうなんですか? ゴットフリートさん、そんなつもりだったんですか?」
「ああ、そうだろう。ここで洗脳魔法を維持し続けているのがその証拠だ。言語障害が出ているのは、なんのせいか解析しないとわからないが」
* * *
――違うんだが。
金ぴかゴットフリートは、ザルガラの推察に困惑していた。
ゴットフリートの主目的は、エイクレイデス王にこし派へ鞍替えしてもらうことだ。
魔が差した、というほかない。
当初は反徒の捕縛が目的であり、彼らの身を案じたことはなかった。
事件を矮小化して、罪を軽くするなどという考えは毛頭ない。
エイクレイデス王が、こしあん派になり、おやつがこしあんのヨーカンとなり、王宮内のおやつもこしあんが主体となる。
王宮の使用人や侍従のおやつは、基本的にエイクレイデス王と同じである。物品質管理と毒味の必要性があり、そして見栄えを優先して盛り付けるため、お残りやお下がりが多いからだ。
彼はここが魔力プールの端末であることを知らなかった。
しかし、洗脳魔法が発動。状況が変わるにつれ、反徒たちは……
「古来種再来をこの地とするため、国家体制を転覆」
などという曖昧で夢物語から
「つぶ派である王を、こし派に」
「改宗しなければ、こし派の国家体制に」
「こしあんで古来種をお出迎え」
などという具体的な……具体的? 具体的な標榜を持つに至った。
組織弱体化のため、独断で行った反徒こし派化計画は、魔法の暴走から組織の暴走へと突き進んだ。
「どうしよう……」
魔力プールに存在に気が付いたゴットフリートは、制御しようと、あれこれやっているうちに、逆に取り込まれることとなった。
この場所から離れることもできず、身体も服も金色に輝いている状態だ。
そんなゴットフリートの前に、二人の子供が現れた。
ごわごわヘアのいかめしい眉毛で、そろそろ大人になりかけた少年、ザルガラ・ポリヘドラ。
さらさらヘアのやさしい顔つきで、まるで少女になりかけたような少年、アザナ・ソーハ。
「ゴットフリートさん…いや、ゴットフリート殿。ここは任せますんで。オレはあんたの奮闘を伝えて、対策と解決を試みます。このまま、洗脳魔法を維持してもらえますか?」
普段、小生意気なザルガラが、少し態度を改めてゴットフリートに協力を申し出る。
だが、そうじゃない。
「ゲッツ……」
違う、と否定したいができない。かつ、否定したところで、好意的に解釈した彼を止めるのも問題だ。
「さあて、アザナ。ここ、任せられるか?」
「えー、ボクも一緒に行きたいです」
立ち直ったアザナは、ザルガラを慕うように隣へ寄り添った。
仲睦まじい姿に、困惑していたゴットフリートの顔も綻ぶ
「じゃあ、そうだな。トゥリフォイル=ボディに任せるか」
そうザルガラは決断すると、排気口外部に待機していたトゥリフォイルの身体を呼び出した。
「ゲッツ!」
綻んでいたゴットフリートの顔が強ばる。
反論も提案もできず、残された首無し騎士とともに、ゴットフリートはこの場に残された。
「ゲッツ……」
「…………」
反応がない。ただの首無し騎士のようだ。
* * *
「センパイ、聞いてるんですか?」
「ん? え? あ、ああ?」
魔力プールの端末に続く通気口から出ると、アザナは金網をかけてその周囲を瓦礫で隠しながら尋ねてきた。
瓦礫を動かす魔法の力の根源を探っていたので、集中しすぎて何を言ったか聞いていなかった。
「聞いてなかったんですね?」
「うん、わりぃ」
素直に謝る。
アザナは「もう!」と、両手で何もないところを叩くように何度も振り下ろす。
「ゴットフリートさんには、センパイはああ言ってましたが、どうするつもりなんですか? アテとかあるんですか?」
アテ?
ああ、解決の仕方か?
「ゴットフリートの素晴らしい業績を報告してあとは丸投げすればいんじゃ……なんてことはないよ、ははは。ちゃんと考えてるよ」
思いっきり丸投げするつもりだったんだが、アザナの視線が痛くて放物線染みた放言を軌道修正してしまった。
そういえば誰に話を持っていけばいいんだ?
役人や中央にいる貴族に知り合いは何人かいるが、今、どこにいるのか判然としない。
「アザナ。オマエの案は何かないか?」
「アイデアが出てこないから、ボクに聞いて考えようって魂胆ですね?」
さすがアザナ。敏い。
思わずオレは言葉を失う。
「ボク、センパイのことならすぐなんでもわかっちゃうんです!」
「それ、変な魔法使ってないよな?」
「このくらい魔法なんていらないですよ」
さすがアザナ……というのは違うか?
「た、確かにその場の考えだったが、まあ、大丈夫だ。アテならたった今できた」
オレはそう言って、王都に近寄る気配に対して顎で指し示す。
排気口を隠すため偽装に力を使っていたアザナも、遅れてその気配に気が付き――
「えー……」
露骨に不満そうな表情だ。
う、上目遣いで、オレを蔑むな!
「安心しろ。ちゃんといくつも案が浮かんだうえで、さらにアテがあるんだよ」
……たぶん、大丈夫だよな?
月明りを背にし、王都に影を落とす古竜の長。
その背にはどうやって飛び出してきたのか、ディータ=ゴーレムの姿があった。
ついでにディータの服変わりに、炎を纏わせるためタルピーも来ている。
普通に、常識的に、そしてマトモならば、どう考えてもこれは騒動の種だが、考え方を変えればこれは奇貨に間違いない。
「でもその前に、どっかに権限のある役人か、中央に伝手のある貴族いないかな? まずゴットフリートの考えを、誰かに伝えておかないと」
「それ重要なんですか? 別に後回しでもいいと思いますよ」
「ちょっと前のオレならそう思っただろうけどさ……」
悲しいけど、立場ができるとそうも言ってられないんだよ。
いろいろ考えてたら、考え無しに来たディータのヤツにイライラしてきた。アイツこそ立場考えるべきだろ!
思いっきり利用してやるから、覚悟しやがれ姫殿下!
サブタイがサブタイしてないサブタイ。




