長い手で手にいれるモノ
「どうにも収まりがつかねぇ」
日の沈んだ暗いスラム街の片隅で、長手のカトゥンはバラックの柱を蹴飛ばし、中で寝ていた住人を驚かせた。
廃材のような家から出てきた男は、文句を言おうとしたが、相手が長手のカトゥンと知ると、まるで主人に怒られて犬小屋に戻る子犬のように小さくなって戻っていった。
長手のカトゥン。
新式魔法を使って、普通では手の出ない物を手に入れる事から、長手と呼ばれていた。
決して足が短いからではない。
彼は昼間、怪物と呼ばれる少年に、手ひどい恥をかかされた。
見逃されたのはいい。悔しくないといったらウソだが、スラムで生きてたらこの程度のことはよくある。
しかし、魔法が通じなかったのは、どうにも我慢ならなかった。
彼は才能があった。だが、素行が悪かった。
驕り、欲望に負け、得意の新式魔法で犯罪に手を染めた。
そんな道を選びながら、エンディアンネス魔法学園に通う生徒たちを妬んでいる。
カトゥンは、もういい歳だ。そろそろ三十路である。にも拘わらず、エンディアンネス魔法学園の生徒たちを眩しく思い、妬んでいた。
スラムに優男の学園生徒が迷い込んできたときは、憂さ晴らしをするつもりだった。
その妨害をされ、自慢の魔法が怪物に通じなかった。
今日だけで、カトゥンはいくつもの嫉妬と劣等感を味わい、こうして自分に腹を立てていた。
「ちくしょう。なんとかならねぇもんか。あのガキに一泡吹かせてやりてぇ」
どうにもならないと分かっていながら、カトゥンは口先だけで強がる。
誰も聞いていないのに。
これは自分に言っている。劣等感を持つ自分に。
見晴らしのいい場所に腰を下ろし、質の悪いタバコに火をつける。
「あー、なんか、どうにか、こう、そうなんか上手いこといかねぇかなぁ」
曖昧で要領を得ない願望を、紫煙と共に吐き出す。
ふとタバコの煙を吐き出した先に、彼は妬みの対象であるエンディアンネス魔法学園の制服を着た少年を見つけた。
スラムと市街の緩衝地帯。無人の遺跡があるところだ。
火をつけたばかりのタバコを消し、カトゥンは飛び出した。
今更、追いかけたって間に合わないだろう。だが、カトゥンは駆け出した。
魔法学園の制服を着た少年を見かけた場所までたどり着くと、カトゥンは周囲を探った。
「ちくしょう、やっぱいねぇか」
あの少年は怪物ではない。別の少年だった。
カトゥンは、魔法学園の生徒なら誰でもいい――と、憂さ晴らしをしたかったわけではない。
少年が出てきた廃屋に興味があった。
廃屋に近づき、ドアの様子を探る。
「やっぱ、ドアに魔法でカギをかけてやがるな」
新式ではない魔法だ。解除できないかと、しばらく魔力の流れを確認するが、複雑な上に立体的で、なおかつ認識できない辺や数式があった。
「俺がわからんってことは、古式か……。手が出せないな」
ドアには触れず、カトゥンは諦めの嘆息を吐いた。
だが、その顔がすぐに笑みに変わった。
「ツいてるぜぇ……」
カトゥンは少年の出てきた廃屋に見覚えがあった。
彼が小さいころ、ちょっとした隠れ家に使っていた遺跡だ。
ここには抜け道がある。
カトゥンは昔の記憶を手繰り寄せ、近くに散らばるガレキを押し退けた。
「おお、あったあった。昔のまんまだぜ」
地下へ通じる道。
そこから、少年が魔法でカギをかけた遺跡の地下に行ける。
気が付かれてなければ、抜け穴として侵入できるだろう。
魔法の光を灯し、カトゥンは地下道を覗きこむ。
「よし、おもったより狭くないな。これなら通れる」
子供の頃でも屈んで通った道だが、なんとか大人になったカトゥンでも通れそうである。
「こんな時間、あんなところにいたんだ。なぁにかあるだろうぜ」
お宝というほどでないにしろ、魔法学園の生徒を困らせることくらいはできるだろう。
カトゥンは淡い期待を持って、地下道へと潜り込んだ。
その先に、想像以上のお宝があるとも知らず――。




