飛んで帰る方法
「アン、あーアン、アン、ああー、なんだあんだなんだあんだ。ちょっと来い、アン」
「え? な、なんですか! なに? なに? え?」
アンの不用心な「反乱です」という言葉にかぶせ、オレは無駄に声を出した。
アザナやヨーヨーに聴かれる分にはいい。
だが隣の貴賓席に座るレッデカエサリに聴かれてはまずい。ドア付近は沈黙の魔法がかかっているが、アンはその効果範囲から飛び出て叫んだ。なによりあの古竜の長は耳がいい。
もう聴かれた可能性もあるが、とりあえずアンの肩をガッと強く掴んで引き寄せ、廊下に連れ出す。
「ちょ、ちょっ……なにか……、でもあの……」
「何をなさっておいでですか?」
アンを睨んでいたら、声をかけられた。顔を上げるとティエが怖い顔をして、廊下に立っていた。オレも背が伸びて、そろそろ身長が並んできたはずなのに、なぜかティエが大きく見える。
「お、おう。アンのやつ、まずい報告を客人が聞こえそうなところで叫ぶんだぜ。オマエからも叱ってくれよ」
「そうでしたか。その件は後で。まずは王都の――」
「あ、そうそう、そうなんです! 王都で反乱が起きて、アリアンマリ様が飛んできて王都が反乱なんです」
驚きのあまりなのか、アンは真っ赤な顔で慌てふためき、報告がとっ散らかってる。
「アン、オマエはもういい。ティエ、オマエからタノム」
ティエの報告の方が、絶対にわかりやすい。
「現在判明している範囲で報告します。王都にて古来種再来を謳う組織が蜂起、一部の軍事施設を占拠。陛下の滞在している離宮は、反徒に包囲されているようです。護衛は最小限。各地で呼応している動きありとの未確認情報もあります。王城から緊急時には一時、こちらにつめる役人に今後の対応を任せたい。との伝達をルジャンドル中央官から託されております。これらの報告と指示書を持って、脱出してきたアリアンマリ様には、別室で休んていただいております」
ティエは王都の地図を持参し、おおよそ占拠されたと判明している施設にしるしをつける。
そのいくつかは不可解であった。
「民間の施設もいくつかあるな。どういうことだ?」
「主に大店の商人の食糧庫などが反徒に占領されているようです」
「食料……? あ、ベデラツィのところもやられてやがる。ベルトランのレストランと孤児院用に、ちょっと手を出しているだけで、そんな量じゃないはずだが……。いやそりゃたしかに食糧は重要だが、反乱が長期になることを想定してるか、反徒が飢えているか、ってことか?」
「そこまでは……。しかし、真っ先に抑えられたという話もあるそうです」
「わからんなぁ。特に民に食料がいきわたっていない、なんて話は聞いてないし……。どういうことだ」
王国内はもともと古来種の祝福もあり、開拓済みの場所はどこも豊穣の大地だ。さらに南方諸国から穀物、食肉など大量の食料を輸入している。
ここ数百年、戦時とその後の混乱を除けば飢えと無縁だ。
スラムで生活しているものだって、豊かとはいえないが今日、明日に食うモノが困るというほどではない。
反徒たちの意図が読めない――
……いや、古来種が再度、この地を支配するつもりならば、長期戦略も狙っているということか。
「どうしたんですか、せんぱい」
「ああ、アザナ。一報はアンから不用意な発言で聞いたと思うが、細かいことは後だ。アリアンマリのことは任せた。アン、案内してやってくれ」
会場から出てきたアザナを、さっそくアリアンマリのもとへと急がせる。アザナはいた方がいいが、アリアンマリの対応させたほうがいいと判断したからだ。
休んでいたアリアンマリまで、アザナへ報告しないと、ここへ飛び込んできたら、騒がしくてレッデカエサリが聞き耳を立ててくるかもしれない。
オレのわざとらしい当てこすりの一言に気が付いたのか、アンは萎縮しながらアザナを案内するため一礼して行く。
「で、ティエ。なんでそんな大ごとになったと思う?」
内乱が10年前にあったばかりで、王都の警備は万全を期しているはずだ。何にでも完璧はないが、数日のうちにことを為せるとは思えない。
「アリアンマリ様の話によると、確定ではないようですが……。とあるお方が加担して拡大したと……その方は……」
「ティエも口籠るほどか」
「侍従長のゴットフリート氏が反徒を率いている、という未確認情報も」
「うそだろ、オイッ!」
侍従長というのは王家の家臣というより、王の分身、または王家の化身と言ってよい。
特に権限があるわけではないが、王を身の回りを世話や業務の補助をするだけではない。侍従長は王家の影のようなもので、その影を見て王家の姿形を見るものだっているのだ。
その侍従長ゴットフリート……なんかすごい名前だな。その彼が反徒に加わっているだと?
「まちがいないのか?」
「アリアンマリ様が中央官より託された書簡を見る限りは。あくまでそのような情報があると……」
「そうか……」
古来種に身体を奪われた可能性もある。侍従長が魔法に長けているという話は聞いていないが、立場が利用できると判断した古来種がゴットフリート……名前すげぇな。彼を乗っ取ったか。
この可能性が事実だとして、事情がよくなるわけではない。むしろ一側面では悪化しているが、この方が王国の今後にはいい。
「加えてさらに」
ティエが不穏な一言を漏らす。
「さらに?」
「ヴァリエ様と、ユスティティア様も加担しているとの情報も……」
「操られたか」
自発的にあの二人が、反乱に加わるわけがない。アリアンマリのように、中に古来種が入ったか。
アザナの取り巻き中でも、立場が強く有能なユスティティアと、なんかオレに辛辣で個人戦闘力の高いヴァリエが反徒に加わっているか。
そんな風に悩んでいたら、アザナが一人で戻ってきた。
「おい、アザナ。アリアンマリは?」
「ご心配なく。ボクの顔を見たら安心して眠りました」
「そこは一緒にいてやれよ」
「は? なんでリアンマにそんなに優しいんですか?」
「は? なんでアイツにそんなに冷たいんですか?」
なんだ? オレがアリアンマリのことを気にかけているとでも思ったのか? ヴァリエほどじゃないが、苦手な部類だぞアイツ。
「様子を見ておきたいところだが……。おい、アザナ。オマエのことだから、もう集団転移魔法くらい使えるだろ?」
いくらオレでもこの距離を、しかも複数人で転移などできない。
また、あまりに南方すぎて、通常の飛行魔法では遅すぎるし、アザナの怖い高速飛行……飛行? 魔法では遠すぎる。
アザナが勝手にオレの独式魔法をコピーして、さらに高めている可能性に賭ける。
「はい。……え? いえそんな集団転移なんて出来ませんよ。服が裏返しになるなんてみっともないし、ボクはザルガラ先輩と違うんで、人前ではあんまりやりたくないです」
「どういう意味だよ。好きで服を反転させてるわけじゃねぇよ」
未だ、転移の副作用?で服が裏返るときがある。
制服など作りが同じ服ならばいいのだが、初めて着る服などはその構造を回文魔法陣に落とし込まないと確実に裏返しの反転になってしまう。
だが、アザナはまだ集団転移で服の構造をレピュニットに落とし込む作業が終わっていないようだ。
そうか、オレはまたアザナを超えてしまったのか。
いや……、これはオレの家系が代々服飾に関わる才人だったからだろう。
この点はオレはスタートから有利だった。
「なんだったら今度、一緒に裁縫でもやってみるか? 服の作り方や構造がわかれば、レピュニットに変換しやくすなるぞ」
「あんまり興味ないんですよねぇ」
腕を組み、首を捻るアザナ。
ソーイングに対し、アザナは反応が薄い。
「好奇心の塊のオマエが珍しいな」
「だって採寸とかいって、ボクの服を脱がせたり、身体に……触ったりしてくるんでしょ?」
ピリッ……とした空気が漂う。
コイツ、オレをからかう気満々だな。
だが、王国貴族は狼狽えない。
「しねぇよ。オレくらいになれば、胞体で包んで相手を一瞬で採寸できる」
ポリヘドラ家に伝わる採寸の独式魔法を、オレがさらに突き詰めたシン・新式魔法だ。
まあ、これがないと【極彩色の織姫】なんていう全裸を即着替えさせる魔法は使えないわけだが。
なんでこんな魔法を造んだんだ、アントキノオレ。
「ザルガラ先輩、すごいですね。さすがです」
「ふふん、そうだろう」
アザナを超えたくない時は、聞きなくない言葉だった。超えたその瞬間、オレは化け物の二つ名を再び貼られてしまうからだ。
しかし、今は言われると素直に嬉しい。
あのアザナに、「さすがです」なんて言われる日がくるなんて――
「そうやって学園の女の子のサイズを調べているんですね?」
「してねぇよ!」
そっちの意味かよ!
「ザルガラ様……よろしいですか?」
ティエがカットインしてきた。
「あ、うん」
今はそれどころじゃないね。
「それと幾度か、私もそのような魔法を受けた覚えがあるのですが……」
「あ、うん。大丈夫、記憶も記録もできないその場限りの魔法だからさ」
アザナとのじゃれ合い……会話を止めに入ったティエだったが、状況を見てというより、自分の体形をオレに知られていないかどうかが気になったようだ。
「それに転移なんて怖い魔法は生体実験を繰り返してから……あ、なんでもないです」
「今、なんか怖いこと言ったよね?」
ダメだ。
オレは違う意味で、まだアザナを超えていない。
オレはそこまで割り切れていない。
「なあ、アザナ。あの弾かれるように飛んでいく魔法、あれを繰り返して王都まで行けるか?」
手を変え、現状長距離で最速であろう移動魔法に頼るが……。
「人間の尊厳を失う覚悟と下着の替えさえあれば」
ダメそうだな。
「ぎゃお! まかせて!」
数日かかってもよいから、偵察を送るかと思ったところで、エト・インが駆け寄ってきて手を挙げた。
そうか、幼くても古竜。並みのワイバーンより速い。
「そうか。頼めるか!」
「でも、乗せるのはザッパーだけだよ」
ここで思わぬ制限がかかった。
オレにしか背を赦さないのか。あと、たしかに古竜状態のエト・インの体格では、一人乗るのが精一杯だ。タルピーなら何とかなるだろうが……。
かと言って、エト・インを一人で偵察に行かせても……、あんだよ、アザナ。睨んでもエト・インには乗せてくれないと思うぞ。
* * *
「気になりますかな」
ディータはレッデカエサリの一言に身をこわばらせた。
もともとこわばりやすい身体であったが、目に見えてその様子がうかがえた。
レッデカエサリだけでなく、ディータの高性能な耳にも、アンの不用意な声が届いていた。
通常の肉体と違うアンバーボディだったが、報告にディータは心奪われ、わずかに緊張した。それをレッデカエサリに見抜かれた。
「聞かれましたか?」
「ぬはは……、演奏中に気が散るなど、奏者には非礼ですがな」
レッデカエサリは頭を掻いた。その手が頭頂部に突き刺さる剣に触れかけ、ディータは別の意味でこわばった。
「恥ずかしながら、報告が気になってなりません」
見抜かれたディータは、駆け引きなく正直に答えた。
「かくいうワシも気になっております」
レッデカエサリは王都での反乱が気にかかると言――
「王都で半裸」
どうやら違うようである。
「気になりますなぁ。王都で半裸。そんな祭りが開催されているとは」
「私不参加で、そんなお祭り……」
アンの報告である王都の反乱は「はんら」までしか届いていなかった。
日本語でしかおきない聞き間違いですが、ご容赦願います。オリジナル言語を造ればきっと発音が近いんです!




