下心の積載量は積めるだけ
レッデカエサリ・クウアエスントカエサリは……長ぇな、名前。
レッデカエサリの頭について触れてはいけない。
オレは空中遺跡の機能を使い、アンへ連絡した。念話はできないが、照明機器のオンオフで疑似的に通信ができる。
アンは即座に文字を書き出し、その文章は遺跡内の各所に伝達される。アンの手元のボードから、同時に書き換えられる掲示板、といったモノだ。
それらを駆使して「来客者レッデカエサリの頭についているものに触れるな」と、指示を受けた官吏と使用人たちは慌てふためく。
「触れるな。って物理?」
「そりゃ触ったら危ないな」
「いや話題的にだろ……」
官吏も使用人も、みんな困惑している。
当たり前だな。
指示を出したオレも困惑している。
オティウムのヤツ、こんなヤバイことをオレに知らせてないとはどういうつもりだ。
「おお、エト・イン。それにオティウムか、久しいな」
「カエカエのじーじ!」
「ご、ご無沙汰してます」
レッデカエサリと久々の挨拶をするオティウムを睨む。
すると彼女も想定外だったのか、頭に突き刺さる剣を見て困惑していた。
オレの視線に気が付くと、小さく困ったように首を振っている。オティウムも知らないならば、時期的に直近で突き刺さったのか、あの剣。
エト・インが頭に手を伸ばそうとするが、オティウムが抱きかかえて事なきを得る。
この状況、一番困っているのは王城から派遣された官吏たちではないだろうか?
うちの使用人に混じって、レッデカエサリを出迎える官吏は外交担当の「主力」だ。
オレはまだ気楽だ。
オレは外交のとっかかりにすぎない。
オレと古竜の挨拶をとっかかりにして、外交を任された官吏たちがアプローチする。
食事会など交流を通して、オレが紹介した官吏たちが何気ない会話から入り、次に繋がる約束をする。
――後日、面白いモノをご紹介しますのでぜひご来訪ねがいます。
――今度、こちらからお伺いいたしましょう。古竜のみなさまにお渡ししたいものがあるのです。
――ほう、そのようなものをお探しでしたか、ではこちらでも少々当たってみましょう。
などなど、会話の流れから詮術を駆使し、次の機会を得る。
そこにオレの出番はない。
まあ当然だな。貴族とはいえ子供だし、橋渡し役でも大任だ。
実務は王の配下である官吏たちが行う。
「あの頭、どうダレンシャンッ!」
「バカ、オマエ!」
会場にまぎれていたイマリひょんが、マッハでカエサルの頭部に指を指してなにやら言い出したので、慌てて背後から口を抑えて首を捻り落とす。
「ワシの……頭がなにか?」
頭になにか刺さってるが触れてはいけない。
どうする?
いつもだったら遠慮なく、頭に剣が刺さってるぞハゲ……いや、頭に剣が刺さってるぞ変態、と言ってやるところだが、今回ばかりはそうもいかない。
オレのすべきことは子供の遣いのような外交挨拶だが、これは第一歩である。
その第一歩を崩したくはない……。
だが、イマリひょんはその頭と言ってしまった。
「オマエ、マジ有能だから今回はお目こぼしするが、とりあえず後でお仕置き加えてこき使うぞ、イマリひょん」
「ひゃ、ひゃいいぃぃ」
さて、どう誤魔化すか?
セーフラインを探す……。
すでにギリギリだ。
時間もない。
回れ、オレの頭脳!
くそ、セーフの範囲が狭い……。
あの月桂冠……あれは固定されているように見えない。
あれは……突っ込んで……いや、尋ねてもセーフだろうか?
オレの腰にぶら下がるエト・インにそっと短く尋ねる。
「あの葉っぱ?」
「ぎゃお? ファッションだよ」
エト・インが短く小声で答えてくれた。
ナイスだ、エト・イン。
「い、いやぁ。その月桂冠……」
途中まで月桂冠について触れたら、勝手にカエサルは嬉しそうに語り始めた。
「そうじゃろう、そうじゃろう。これがのう。以前のは枯れていたのだが先日、めんこい子がのぉ。ワシのため造ってくれての」
よかった、正解か。
オレ、外交とか交渉とかダメだな。
理屈ではわかるが、実際に行うとなると言いたいことを言うオレの気質が合わない。
貴族の職務、甘くみてた。
「先日、王都を訪れたさいにのう」
来たのかよ、古竜の長。勝手に侵入するなよ。
これから付き合っていくならば、そういったお忍びは控えてもらわないとならない。これを聴いて官吏たちもその辺に切り込むため、バックアップをする下級官吏たちが集まってすぐさま相談しあっている。
「この月桂冠をな、はにかみながらそのめんこい子が、ワシの身体を登って載せてくれたのじゃ。その子が転んでちくっとして、その子は恥ずかしいのかすぐに逃げてしまってのぉ。どこへいったのやら……まあそれも愛嬌じゃ」
「それが原因か」
そのめんこい子とやら、友好的に見せて頭に剣を突き立てたんじゃないか?
「なにが?」
「いえなんでも。よろしかったらこちらでもその少女、お探ししておきましょう」
「うむ、それは助かる」
思わず声が出てしまったが、そこは華麗に誤魔化す。
華麗か、オレ?
まあ古竜の長に剣を突き立てるというその不届き少女は、探し出しておいたほうがいいと思うので、嘘ではなくガチで探す。
妙な緊張感を孕んだ食事会とダンスは滞りなく進み、お茶会の最中にうまく懐へ潜り込んだ高級官吏が、レッデカエサリと今後の交流……というより雑談にまぎれて今度、どこでいつ会いましょう的な内容に切り込んでいた。
改竄……海産物満載の食事は、いたく気に入ってくれた。
ダンスは慣れないのか踊ってくれなかったが、女性が踊る姿を見るのが好きなのか、その点は喜んでくれた。
ここではヨーヨーが活躍してくれた。あとで褒めてやらんとな!
お茶は実家ポリヘドラ領の最高級品を用意したが、どうも中品質を色濃く味濃く渋く出したモノが好みだったらしい。正道とは違う淹れ方だったが、別に邪道でもないのでこれは好みだ。
外交を任された官吏とレッデカエサリの会話が弾んでいるので、給仕をやらせていたアザナと……なんでまたメイド服なのキミ? メイド服のアザナと雑談を装って相談をする。
「どうも魔剣のようですね」
「あまり視線を向けられなかったから」
オマエなら、アザナなら解析を終えているよな、と期待をこめて尋ねる。
「たいした魔剣じゃないし、表面だけ。普通……というわけではないですが、業物だとは思いますよ。ただ古来種製ってことはないです。新しいですね」
「そうか」
オレの代わりに、アザナが解析をしてくれていた。
突き立てた犯人割り出しのヒントになるだろう。
「なんだか海で脳天に包丁が刺さったように見える人の心霊写真みたいですね」
剣の刺さった老人を見て、アザナがそう例えた。
なぜかオティウムが噴き出す。
なんだよ、しんれいしゃしんって。
アザナはオレの知らないどうでもいい何か知っている。ほんとどうでもいいな、今回。
「アレは着けているというより、刺さっているでは?」
「触れないでほしい」
「物理的にも触れたらヤバいもんな、アレ」
王国を代表して挨拶するオレは、できるだけアレに触れない……でおくことができるだろうか。
「先輩、我慢できずにツッコミ入れそうですもんね」
「うん」
素直にオレはうなずいた。
* * *
レッデカエサリは、畏怖されつつも軽んじられていることを感じていた。
古竜の一団は国家どころか、組織ですらない。
家族の延長であって、部族ですらない。
レッデカエサリという長老に、若い者たちが従うという家長制度の竜版である。
明文化された法体系どころか、口伝される慣例法すら存在しない集団である。
この点で軽んじられ、侮られている。
しかし、王国側は古竜側が劣っているとは思っていない。
それは間違いなかった。
レッデカエサリへの対応は、最敬礼ではないがかなり重んじている。さらに畏怖する姿は
――オティウムから聞いておった小僧も、ワシには畏怖するか。事前に訊いていた話では、かなりひねくれた悪童だったが、ワシを見て態度を改めた。
そう印象を覚えたレッデカエサリだったが、畏怖と感じるそれは、頭に突き刺さる剣への対応に苦慮する姿である。
誰だって頭に剣が突き刺さる存在を見たら腰が引ける。
恐れはいないが、畏れてもいない。
慄いているのだ。
そう感じるなか、会食の会場に入ってレッデカエサリは驚いた。
料理にではない。壁に飾られた剣に驚いた。
――見栄えばかりよい剣の上に、魔力のすべてを切れ味に変換する剣を重ねる。
魔術師……魔法使いであることを捨ててでも、形骸化するような存在、国や組織は切り捨てる。
そういう意思表示と、レッデカエサリは解釈した。
むろん、そこまで考えていない。
ベデラツィがかき集めた武具を飾っているだけで、レッデカエサリが慣れていないための深読みである。
オティウムに訊くに、ザルガラは古来種にも従わない。国にも故あれば従わない。
まるで古竜のようではないか、と感じ入った。
――エト・インを預けてみるにも良いかもしれんな。
人間社会に、主に女性関係で潜り込みたいレッデカエサリは、ザルガラがその足掛かりになるのではないか。
下心しかないレッデカエサリは、ザルガラを対等に付き合いながら利用して気の病まない相手と評価した。
――しかし、気に入らないな。
レッデカエサリは満足しながらも、不満も抱いていた。
それは頭頂部に触れるような触れないような、よそよそしい気配であった。
レッデカエサリを出迎える空中遺跡は、一触即髪の空気が張り詰めている……。
誤字報告くるかなぁ…




