絶対に触れてはいけない古竜交渉
空中遺跡は広い。小さな町が積層構造になっていて、会合の場を選ぶには困らない。
いや、多すぎてむしろ困るか。
便宜上、第3大ホールと名付けられ、寒々しかった部屋が今は活気にあふれていた。
白柄組の連中が荷解きをし、城から出向している才人が飾り付けをしている。
その中でオレは最後の箱を、ティエとともにチェックしていた。
ベデラツィが逸品ではあるが、具体的には分らぬと申し出た剣を取り出し、ティエが目を光らせる。
「これは300年ほど前に、西部のアーチ遺跡から発掘された【魔術師殺し】ですね。使い手の魔力がすべて切れ味に変換されると伺っております」
一目見て、ティエは剣の出自と能力を言い当てた。
出所は確かだが、どのようなモノかわからない。という話でベデラツィが持ち込んだ調度品だったが、ティエの目と経験を持ってすれば問題ない。
「なるほどねぇ。下位種の魔力でも切れ味に特化させた変換をさせるため、並みの魔法使いの防御陣をも切り裂く魔剣か……」
目凝らし解析してみると、ティエの説明通りの術式が見つかった。
ティエの事前説明がなかったら、デコードにもう少し時間がかかっただろう。古来種が個人的に作った魔具は術式がいくつもの階層に分かれ、どこにメインフレームがわからない。
依頼者からの仕様書などなく、作り手が造りやすいよう思いのままに作るため、こんな有様になっていることが多いからだ。
すごい武器ではあるが、オレがこれを持ってもアザナに当たらない。もちろんトゥリフォイル相手じゃ、振り上げた瞬間にオレが斬られるだろう。
ティエ相手にだって、オレは負ける。
なにしろすべての魔力を【切れ味】などという無駄な力に変換するのだ。
どんなに魔力をつぎ込んでも破綻しないところは素晴らしいが、尖り過ぎている……いや、切れ味が良すぎる術式だ。
「しかも、持ち主はすべての魔法を封じられるから、防御陣の一枚も貼れない。それで【魔術師殺し】ねぇ」
魔法が使えなくなる分、持てばオレは弱くなる。
魔術師殺しとは皮肉を込めた名前だ。
これ、蛍遊魔やアポロニアギャスケット共和国の反乱組織にでも渡ってたら大変だな。
だが、見目が良い。
オレが使うにはどうかなぁという代物だが、古竜の長とエト・インの父インゲンスを出迎える間に飾るにはいいだろう。
いやぁ、飾るにはいいな。ベデラツィのヤツ、面白いものを仕入れてきた。
「これで一通りの魔具は判別できたな。あとは任せたぞ」
間の準備はティエや出向してきた才人に任せる。オレは調度品の並べ方など知らないからな。
アザナも来ているようだし、振る舞いの料理でも試食してくるか――
「アザナ様のところですか?」
「な、んんばっ! ちがっ! 試食だ、試食!」
ティエが剣を箱から取り出しつつ、変なことを言いやがった。
思わず変な声がでてしまった。
「かしこまりました。ご試食へいってらっしゃいまし」
「おう、そそそうだ。試食だぞ」
こういう時、ティエは目が隠れてよく表情がわからないから困る。
「試食だぞ!」
もう一度、念のため大切なことなのでしっかりはっきりたしかに言い含めて、オレはホールを後にした。
* * *
試食のため、調理室へ向かった。
料理器具の再起動のため、入口にアンがいた。
褐色の肌をつま先から襟まで侍女服を纏い、立ち振る舞いもまあまあらしくなった彼女だったが、オレを見ると飛び跳ねるような仕草で姿勢を正して、遅れて優雅にカーテシーを見せた。
「ザルガラ様。先ほどすべて準備が終わりました」
「ごくろう」
アンは彼女しかできない仕事を、いち早く終えていた。
備え付けの魔具は一度停止させると、アンやオレの再起動コマンドがないと動かないため、ちょっと面倒だ。警備用や危険な魔具など以外は、後で共通コードで再起動できるように直しておこう。
が、それはとりあえず後だ。
アンを伴い、調理室に入ると、せわしく働く料理人たちの姿があった。
オレを見て手を止めるが、そのままを目くばせすると、一礼してみな作業へと戻る。
奥にはアザナがいた。
そしてその隣に、怪しい女たちの影があった。
その女たちは、そっと皿をアザナに差し出して言った。
「ぎゃお。おかわり」
「おかわりいただけますか?」
「おかわり。いただけますか?」
「おかわりいただけますか?」
おわかりいただけただろうか?
そこには……エト・インとオティウムにまぎれ、呼んでいないヨーヨーとイマリひょんと姿が!
「おい、アン。オティウムとエト・イン。それから能力的にイマリひょんはともかく、こっちのコイツは入れるなと言ってあっただろう?」
ヨーヨーを指さし、アンに確認を取る。
「はい。……え? 仰ってませんよ」
「ああ、そういえば言ってなかったな」
アンは素直に返事をして、素直に否定してきた。
オレの家臣としてどうかと思うが、ちくしょうその通りだ、言い忘れていたよ。
「よう、アザナ。フモセは来ているようだが、ほかの三人……はいないな、はい」
ユスティティア、アリアンマリ、
の話を出したらアザナがちょっと不機嫌になった。
ケンカでもしてるのかな。
「さて、料理の準備は万端なようだな。試食を俺より先に済ませた奴らがいるようだが」
話題を逸らしつつヨーヨーたちを睨むと、エト・インを除いて、全員がそっぽを向く。
そんな中、アザナが機嫌を取り戻したのか、嬉しそうに並んだ料理を自慢する。
「どうですか、この海産物の数々!」
「かい、さん、ぶつ?」
豪勢かつ美しく並んだ奇妙な料理……いや、それほど奇妙でもないが、海産物と言われてもそう見えない。
素材の形がないとか、飾り付けでそう見えないとか、そういう話ではない。
「なんだコレ?」
「カニカマです」
「コレは?」
「ちくわです」
「このいかにも作り物なエビは?」
「かまぼこです」
「じゃあ、こっちのやっぱ作り物感すごい鯛は?」
「かまぼこです」
「…………」
「…………」
「どうですか、この海産物の数々!」
「改竄物じゃねぇか」
手は凝ってるが、こんなのお出ししていいのか、おい。
「そんなに怒らないでくださいよ。事前にオティウムさんの話を聞いていたので、こうなったんですから」
「古竜の長、カエサルなんとかかんとかは魚介類が好きで、特に加工した物が好きだそうです」
聞けば、古竜は海産物が好きだという。
そういえば古竜は西に閉じこもって、大陸中央には狩りに出てこない。
あの狭い土地で――というほど狭くはないが――あんな巨体が動物を食いつくさないのは、変だなと思っていたら海産物が犠牲になっていたようである。
まあ、その分、アポロニアギャスケット共和国は、海へ出る古竜を恐れて西へ船を進め難いし、漁師も仕事が減っているようだが……。
「へえ、竜って生肉とか食いそうだけどな」
「ぎゃお? エトだってそのままより、こっちのほうがいいよ」
一言で舌が肥えた、というより、もともと加工食品を食べられない環境で、仕方なく獲物をそのまま食べていた。それが竜下人など人間と交流するようになって、改善されていった経緯があるらしい。
「ママ言ってた。古竜が人に変化するのは、人間の料理を食べたかったから」
「わからなくもないな」
欲望に忠実だが、かわいい理由ともいえる。
「ぎゃお。あと人間のわかいひとと交尾したかったて……」
「オティウムさん。娘の教育は子供向けにしなさいよ! てめぇ! あらあらまあまあ、とカニカマうまうま食ってるんじゃねぇよ! オレの食う分ねぇじゃん!」
「まあまあ落ち着いてください、先輩。試食に来たんでしょ? ……はい、あーん」
「くっ! わたしはナイフになりたい!」
オレの口の中をズタズタにする気か?
「あ、よく見たらフォークだった」
見間違えたのか、ヨーヨー。
* * *
いよいよ、婚約破棄のち古竜と挨拶の日がやってきた。
「貴様との婚約ぶわっ、ぶわっ! ぶわっはっはっはっ」
「そこで笑うな。オマエとオレが婚約したみたいじゃねぇか」
まずインゲンスが飛んでやってきて着地するなり、古竜の巨体そのまま広場のど真ん中でエト・インとの婚姻破棄の声を張り上げた。
出迎えの人たちも引いてる。
「無事、我が愛娘である我がママとの婚約が解消されてよかった。ママ娘は安泰だ」
ウマ……ママ娘?
なんだ、ママ娘って。
ドラゴンランゲージもひどいが、ドラゴンブレインもたいがいオカシイ。
「さて、これで我の用事は終わったわけだが……。ところでな、長についてだが、竜ではあるが頭に着けているものについて……。そのことには触れないでほしい」
長い首を後ろへと巡らし、やがてやってくる古竜について、触れてはいけないことについて触れた。
インゲンスは婚約破棄の用事もあったが、古竜の長老の道案内でもあった。
護衛も乗り物もいらない古竜で、大陸各地を自由に飛べるとはいえ、道案内は必要だ。
インゲンスは娘エト・インと妻オティウムの位置を探知できるため、彼が長老に先行して飛んできたわけである。
このあと来る長、なんとかカエカエとかいう古竜は、頭部になんらかの問題をもっているようだ。
……そうだな。
それは繊細な問題だ。
触れないでおこう、うん。
インゲンスはこのままエト・インとオティウムを連れて帰ろうとするが、二人は晩餐会に出たいとゴネていた。
結局、インゲンスは一人で飛んで帰っていく……。
少しくらい食べていけばよかったのに。
そんな気持ちでインゲンスを見送ると、入れ替わりで月桂冠を被った古竜が飛んでくる。
カツラでもつけてるのかと思ったが、月桂冠か。
傷でもあって隠しているのか……いや、人間の姿になるとやっぱりアレがカツラになるのかもしれない。
しかし、遠目で見てわかる大きさの月桂冠である。
竜の大きさに合うならば、人化して小さくなると大きすぎる。
そういった不格好さについて、触れないでくれ、とインゲンスは言ったのだろうか。
頭頂部について不安になりながら待っていると、インゲンスを上回る巨体が、空中遺跡の広場にゆっくりと降り立つ。
カッと古竜が輝き、一瞬にして巨体が消え去った。
そこにはッ!
こんもりとした月桂冠が載る頭頂部に、剣が突き刺さった壮健な老人がいた。
「よ、ようこそ、おいでくださいました」
「出迎え、うむ、ご苦労。そなたがエト・インの婚約者か?」
「はい。いえ、先ほど解消しました、が」
「ふむ、そうか」
身長の半分ほどの剣が、老人の頭頂部に突き刺さって、まっすぐ天へ伸びているのは異様と言うほかない。
頭部の数倍膨らんだ月桂冠とか、もうどうでもいい。
その剣、抜かないで平気なのか?
気になって、気になって気になって気になって、とにかく気になってツッコミ入れたくて仕方ない。
び、びっくりした。
辛うじて声が出た。
古竜の長は、物理的にも、言葉的にも、触れては危険なヤツだった。




