所詮、その程度
ザルガラから期待を込められ、帰りのハイトクライマーに乗るベデラツィは、王都の家々を見下ろしながら、これから忙しくなるぞと気を引き締めた。
ハイトクライマーから降りると急いで倉庫兼事務所に戻るなり、ベデラツィは金勘定をしていたニヤニヤ顔のウイナルと、倉庫の整理をしていた顔を埃で汚しているバトを呼び寄せる。
「いよいようちの商会の力を見せるときがきたぞ。さあ、現金をできるだけ準備するんだ」
「やけに元気だな、ベデラツィ。どういうことだ? 発掘品の売買仲介と薬の販売に手一杯で、でかい商売なら人が足りないぞ」
有り余る金貨を箱にしまい込みながら、ウイナルが疑問を声にあげた。
「必要なモノを買いに走るだけだから、なんとかなるだろう。ザルガラ様が……空中遺跡が出発するまで時間はまだある」
「ザルガラ……サード卿に金を使うのかよ」
「ウイナル! おまえ、そんなんだからせっかくの伝手を生かせないんだぞ」
取り入る商法に長けたウイナルだが、金の使い方はさほど上手くない。
たしかにザルガラが、直接的に金を儲けさせてくれるわけではない。だが、彼の行動と取り成しがあってこそ、ベデラツィは商売を拡げ、続け、儲けることができる。
単純に商人は儲けた分に合わせ、税金を納めるわけではない。王国での徴税方法は、儲けに対して納める税金がかなり少ない。
儲ける前と儲けた後に、後ろ盾つまり庇護者に利益を差し出して、その分また商売のネタを用意してもらう。
痩せ薬販売と庇護だけでなく、ベデラツィは見返りに天空の遺跡の発掘品を、優先して取引させてもらっている。
遺跡開発局や有名冒険者チームと懇意にしているザルガラだからこそ、そういった仕事を回してもらえるわけだ。
賄賂に見えるが、別にただの賄賂ではない。でも賄賂的である。社会観や価値観によっては、そこは否定できない。
だが現在の王国では、違法でもないし、倫理的にも間違っていない。
「わかった、わかったよ。ザルガラ……様のために頑張るよ」
「……わかればいい」
説教にうんざりだ、とウイナルは適当にわかったといい、ベデラツィはそれを知っていながら話を進めるため受け入れる。
「で、急にそんな大金を使うって、なにがあるんだい?」
「いよいよザルガラ様がサード卿としてではなく、その力で力を示すときがきたんだよ。つまり形あって見える、そしてわかりやすい力を我々が用意しなくてはいけない」
ベデラツィはザルガラの意図を、完全には理解していなかった。
ザルガラは自分が強いと自覚している。別に力の顕示などいらない。いや、顕示するという発想がない。
彼は力を象徴する物品や、武器としての力はいらないのだ。
しかし、ベデラツィはそこまで理解していなかった。
「力を見せる。……ってなんだ?」
「まあお前がわかりやすいところで、財力だな」
「ああ、そういうことね」
ウイナルは貴族と付き合いが多いため、財力の顕示はよく理解できていた。
権威を顕示するため、称号や経歴。財力を顕示するための服や調度品。商人は後者を、貴族に売って儲ける物だ。そのあたりはウイナルでもすぐに思い当たる。
「しかし、相手が相手。物理的にも魔法的にも力がある見える物がいる」
「あの遺跡そのものが、すごい力のように思えますが?」
バトが口を挟んできた。彼の発言はウイナルの気が付かない点だったが、これはザルガラに多少なりとも近しいからでてきた発想だ。
「確かに空飛ぶ要塞のようなものだなぁ。それを気遣って南海の上で会談をおこなうのだが……。アレだけでは王国の力に見える」
いくらザルガラが譲り受けた遺跡とはいえ、管理や維持は彼の一門だけでは行えない。
ディータ経由で王国に献上したのも、王国の維持管理を当てにしていた節がある。
ザルガラの負担は大幅に減ったが、そのためあまり勝手な移動や活動ができなくなっている。
「そうだ、ウイナルさん。コンバージ様のところにあったアレ。いいんじゃないんですか?」
話を聞いていたバトが、唸るウイナルに提案した。
ウイナルは取り入ることこそうまいが、そこから商売のネタを探す、商売に繋げる才能は乏しい。
そんな彼を補うように、バトは目端が利く。
彼らの些細な雑談も覚えており、ベデラツィの提案に結び付けるなど、商売に繋げる才能があった。
見習いバトは、ウイナルにただ付き添っているのではない。
着々と成長していた。
「コンバージ……男爵様のところ? ……ああ、売れずに死蔵しているというアレか」
ウイナルもまったくの無能ではない。
ベデラツィの提案から思い浮かべることはできないが、バトに言われれば思い出すくらいはできる。
「コンバージ男爵? すまない、その方のことについても良く知らないが、死蔵されているってどんな物なんだ?」
ベデラツィは生まれが貧民であったこともあり、貴族の世情に詳しくない。
3人は互いに苦手分野を補いあっている。
ウイナルは自分がベデラツィより優れていると実感し、得意げに語り始める。
「コンバージ男爵家の4代前の当主がなかなかの剣コレクターでね。今の代ではそれほど剣に興味がないようで、その都度処分してるんだが……その4代前の当主がある一本だけは『何があってもこの値段以下では売るな』と遺言を残しているんだ」
その値段を聞いて、金余りを起こしているベデラツィでも舌を巻いた。
「ははぁ……それで遺言を守って売れずにいると?」
「それだけの価値があると信じて、売りそびれているんだろう。まったく欲深いヤツだよ」
自分を棚に上げて、貴族を笑うウイナルだった。
「で、どんな剣なんだ?」
「で、どんな剣なんだ?」
ベデラツィに尋ねられ、ウイナルはそのまま右から左へバトに受け渡した。
「え? あ、はい。ええっと、たしか強力な魔法がかかっているようですが、なんでも解析できていないそうで……。先々代の話では相当なものと……」
「伝わっていないのか?」
「そのようです」
それも買い手がつかない理由か。と、ベデラツィは納得した。
「うーむ、まあいい。それはそれで購入の打診をしておいてくれ」
普通の商人ならば尻込みするような売却希望価格であったが、間の悪いことに……いや間の良いことに今のベデラツィ商会はかなり資金に余裕があった。
「それとウイナル。商会関係と貴族様のコミュニティから、まとまって統一された調度品すぐ準備できるところを探してくれ。買い付け後の運び込みと設置は……白柄組がいるし、手が足りなければ、孤児院の子に手伝ってもらえばいいか」
現場仕事に長けてきた白柄組とその親方衆、それにザルガラの手伝いを経験して魔具にも多少明るい孤児たちは、下手な運搬会社より信用できた。
装飾品、調度品を用意し、さらに加えて魔法使い専用の武器を買い集めても、まだベデラツィ紹介の資金には余裕があった。
装飾品と調度品、料理などをザルガラが見ても、相当の金を使ったと思う。
しかし、ザルガラが武器防具に疎い面もあった。
ベデラツィが見せ武器として用意した逸品が、どれほどの価値があるなど知らない。
力の誇示のため用意された名剣を見ても、ザルガラは良い調度品だと考えるだろう。
「できれば武器ももう少し用意したいところなんだが……」
多め想定した予算にも、まだ余裕がある。ベデラツィは何かないかと二人に尋ねた。
ぼやっするウイナルの横で、バトが恐る恐る手を挙げた。
「あの、それでしたら……東地区のフェリックス武具店で良い出物が先日ありました。少々、お高いそうですが、それはそれは素晴らしい造形の剣だそうです」
バトは自分の才能の乏しさから、憧れる騎士への道を諦めた。
だが、それでもまだ未練があった。騎士を見れば目で追いかけてしまうし、売られている武器の輝きに心を奪われてしまう。
そんな気持ちでウイナルに連れられ、王都をあちこち移動していると、店頭に並ぶ武器防具を眺め、出物の噂話に聞き耳を立ててしまう。
それは自然と武器関係の取り引き情報を仕入れていることとなった。
好きであること。他人からすれば高望み。それらは無駄ではなかった。
ベデラツィとウイナルの苦手分野を、バトは無自覚に補っていた。
「そうか。ご趣味に合うかわからないが、見栄えのいい武器の用意も必要だろう」
ザルガラはきっとベデラツィの意図も知らず、壁に飾るだろう。
飾るだけだ。
ザルガラにとって、対アザナ用でもない他人のために作られた武器は、その程度の物だった。
* * *
ベデラツィたちが準備を進める中、王都で蠢動する者たちがいた。
「こんな計画でうまくいくのか」
薄暗い地下室で、ざっと纏められた計画書を見ながら、ひとりの男がつぶやいた。
そうだな……と、不安げに数人の男たちが頷く。
彼らはつい先日まで、細々と慎ましく、だが不満を持って日々を過ごしていた庶民である。
確かに、古来種から貴族――中位種たちにも負けない魔力と演算能力を授かった。
その力を使って新しい世界を造れと言われたが、計画そのものはほぼ丸投げといっていい。
軍事や政治に疎くても、やはりうまくいくのかと、誰もが心配になっていた。
「みんな、大丈夫だ。侍従の中にも我々の仲間がいる」
遅れて地下室へやってきた男が、そんな雰囲気を打ち払う事実を告げた。
これを聞いて薄暗い地下室の集団は、一斉に表情が明るくなった。
「おおっ! 王様の侍従にか?」
「王に近しいなんてもんじゃないな!」
「侍従に同志がいるなんて、やはりオレたちは間違っていないぞ!」
無論、それだけで彼らの目的が簡単に達成されるわけはないのだが、少しでも明るい要素があると、イケると感じてしまう。
所詮、その程度の集団であった。
「でも、それだけじゃだめだ。物資……そうだ、特に武器がいる。こう……すごい力がある感じがするような雰囲気の……」
侍従が味方にいるだけで、勝てるわけがないと考える者もいた。
だがうまく言葉にできない。ほかに何がいる? と言われてもうまく答えられない。
所詮、その程度の集団であった。
「武器といっても、すぐに用意は……」
庶民も庶民。一時的だが従軍経験がある。
しかし幸か不幸か、経験を活かせる生活を送っていなかった彼らには、武器というモノは縁遠い。
従軍経験を無駄にせず、知識と伝手を残していただろうが、そこまでの能力は彼らになかった。
所詮、その程度の集団であった。
「なーに、安心しろ! 古来種様より預かった金がある」
またも遅ればせやってきた男が、沈んだ空気を打ち払った。
「おおっ! そんなにも」
額を聞いて誰もが驚愕した。目の色も変わっている。
この次元へ降りようとする古来種たちでも、魔具はなかなか用意できない。
高次元から物体を持ち込むことは難しいし、この次元に残した物資は遺跡の中か、発掘されて誰かの所有物である。
支援者からの援助で、なんとか資金だけは用意できた。
しかし、古来種はこの集団に、そのまま金を渡しただけだった。
「これで強力な武器を買えばいい」
「……どうやって?」
すぐさま集団は問題に突き当たる。
伝手と情報も持っていない。
所詮、その程度の集団であった。
「たしか古来種様が、必ず手に入れろと仰っていた魔術師殺し……とかいう武器。そいつが、高値で売りに出ているという……。どこかの貴族が持っているものらしいが」
「それだ!」
しかし、貴族に伝手のない彼らが、購入の意思をコンバージ男爵の御用商人に伝えるころには、ベデラツィ商会が先に買い入れてしまっていた。
所詮、その程度の集団であった。
……今は。




