希望あふれる未来
古来種は支配者として不適合なのでは?
アポロニアギャスケット共和国の4大貴族、ティコ・ブラーエ侯爵は屋敷の執務室でそんな結論に至って青ざめた。
疑念を払うため、いったん頭を振って椅子に背を預ける。
「どうしたのかな? ブラーエ侯」
勇者の姿をした古来種が、不敵な笑みを浮かべて尋ねてきた。
「い、いえ。伺った計画に少々驚きまして」
かつて尊きかつ貴き者と崇めた彼らに、ブラーエ侯は取り繕う嘘をつく。
勇者の姿を模したゴーレム体に入る古来種は、その嘘を聞くなり表情を明るくさせた。
「そうか。驚いたかね。素晴らしいだろう」
ブラーエの拙い嘘を見抜けない古来種。
強者の油断というか、おおらかさというか、それとも愚かというべきか、判断が難しい。
今度こそブラーエ候は、表情にそんな思いを出さない。
彼は貴族として揉まれ、12貴族から4大貴族に統治体制を移行させた男である。
敬愛する存在の本質に気が付き、心の底から幻滅したとしても平静を保てる。
「では計画は進めておいてくれ。こっちはこっちで進めておく」
少女のような少年のような姿をした古来種が立ち去り、ブラーエ候は顔に出さず思い悩む。
下がらせていた使用人を呼んで酒を用意させ、軽く飲みながら思考をめぐらす。
支配体制を大幅に変える。
この次元に降りてこようとする古来種の次なる手は、そんな壮大で浅はかな計画だった。
古来種を敬いつつも、貴族はあまり古来種の再来を好ましく思っていない。
これらを排除するため、人間の下位種、つまり庶民や流民に大きな魔力を与えて次世代の統治者を約束して先兵とする。
なるほど、戦力は増える。
だがしかし、とブラーエは悩む。
現在、魔法能力を向上させた中位種の子孫が、王もしくは貴族という支配者側に収まっている。
正直にいえば、その魔法能力など国家運営の前にもはや意味はない。
古来種によって改造された優秀な人物の末裔、といった権威付けくらいだ。
魔法能力の高低など領主や代官の必須要素ではない。
人治と能力主義のエイクレイデス王国は無論、アポロニアギャスケット共和国でも能力が高ければ、地位は低く扱われたままではあるが相応な役職につける。
もちろん、魔法の能力はないよりあった方がいい。そして使える独式魔法が、統治の助けになるならば喜ばしい。だがそれは第一条件ではない。
古来種が下位種たちに与えた力とは、その程度のものだ。
王の魅力強化が残る国は、大陸中央のエウクレイデス王国のみ。他国では指導者に魅力強化の能力がなくも、程度の違いはあれ国は治まっている。
貴族の魔法は便利かつ強力ではあるが、国家を回すには統治能力という後天的に得た知識と積み重ねが必要だ。
だというのに、古来種たちは能力の低い庶民たちへ、大きな魔力を与える計画を口にした。
たしかに現状の統治体制は、あまり古来種の再来を歓迎しない節がある。
そういった人物を協力的な貴族や役人などに挿げ替える計画であれば、ブラーエ侯も納得しただろう。
だが庶民、つまり下位種に力を与え、現在の支配体制を変えて古来種を迎える準備をさせるという。
無茶がすぎる、とブラーエは唸る。
ブラーエなど当初から協力的だった者は、新体制で重用するというが、彼からすれば新体制で壊れた馬車を曳いて馬車馬の如く働けと言われたような気がした。
気分を変えるため、いくつかの報告書を手に取った。気分を変えるため、仕事に手をつけるなどかなり仕事中毒である。
ふと見ると、ザルガラについての報告書があった。
これを見て、思わずブラーエはため息をついた。
「これならば、ザルガラ・ポリヘドラ……いや、今はサード卿か。彼の方が話ができるかもしれん」
古来種への不信感が募んでいくにつれ、ザルガラという人物の方がまだ信頼できる。
ブラーエはだんだんとそんなふうに考え始めた。
間者として送り込んだジュールとナインの報告書を手に取り読む。
「なんだこれは……」
報告書の要点を羅列すると――
・彼の周辺で全裸が多い理由は、合法的かつ合理的に服を脱がせる独式魔法のためである。
・友人と孤児を集めて教育し、数で古来種に対抗しようとしている。
・母親を新しい魔法の実験台にしている。
・ディータ姫のゴーレム体は、放熱に問題を抱えており、その結果が全裸である。
「最初と最後の報告は、関係性を打ち消してないか?」
ジュールとナインの報告に顔をしかめた。
ただし、ザルガラに身近な情報が増えたことは確かである。
もともと2人は12貴族の一門で、あまり信用はしていない。
巧みに潜り込ませた別の間者からも、情報を逐次得ているから信用できないことは問題ない。
信用できる人物からの情報と信頼できない人物からの情報が一致すれば、その情報確度は高まる傾向があるからだ。
これらを照らし合わせるに、とりわけて疑わしい情報はない。
むしろ調査時間が経過するにつれ、ザルガラについて情報が増えている。
訂正。
余計な情報が増えている。
一時は当初の推測通り二重スパイとなった可能性も考えたが、その場合はこんな自分の恥を晒すような情報を流す意図がわからなかった。
「余すところなく報告しろとは言ったが……」
手柄を上げるため張り切っているのか、ただのヤケなのか。
ブラーエは判断がつかなかった……
* * *
翌日、ブラーエは領内のゴーレム工房を視察することにした。
多くの古来種が降りてくる時が目前である今、その精神を代入するゴーレムの大量生産が迫られていた。
リマクーインが出奔したが、後任が彼女以上に優秀であったために、大量生産の目途は立っている。
しかし、古来種への疑念が浮かんだ今、ゴーレムの生産状況は懸念となってしまった。
古来種の再来を、「準備がまだです」と言って止めることができないからだ。
「ようこそおいでくださいました」
工房の職員がブラーエ候を出迎える。
リマクーインがいた時期は設備が研究所的だったが、今はすっかり生産工場といった様相になっていた。
以前は工具や実験器具が散らばっていたが、今は素体が並ぶ整然とした生産工場と化していた。
素体をざっと見渡し、ブラーエは職人に尋ねた。
「完成品ではないのだな」
「そ、それは……か、彼にお伺いを……。少々お待ちください。お、おい! 侯爵様がお越しになられているんだ! 作業をやめろ!」
職員はブラーエ候の対応を、作業場にいる若い男を呼んで任せた。
作業とやめさせられた若い男はステファン・ハウスドルフ。かつてアザナを怯えさせ、ザルガラを警戒させた青年がここにいた。
鬱陶しい……と、気だるく振り向く姿は、男でありながら怖気を誘うほど艶めかしい。
ブラーエ候は改めてステファンに状況を尋ねた。
「並んでいるのはすべて完成品ではないようだが……」
「…………」
ステファンは口を噤む。
視線の先には未完成のゴーレム素体……。少年のような少女のような、どちらともいえない中性的な身体が並んでいる。
未完成だが、すべてが同じ工程で止まっている。
「これらを完成させる必要はない」
「ほう? ……ほう、そうか。なにも言わんでよろしい」
ぶっきらぼうに答えたステファン。これに対し、ブラーエ候は何かを察した様子で追及をやめた。
「古来種たちもどのようなボディを望むかわからんだろうしな」
彼の従者たちを人質を取り、無理に作業をさせている自覚のあるブラーエは、未完成品を作り並べるステファンの行為を『好意的に』解釈した。
ステファンは必死に抵抗している。と、まず考えた。
未完成品ばかり大量生産して、せめてもの抵抗をしているのだと。
そしてその抵抗の理由に、効率を見せているのだと好意的に解釈した。
未完成といっても、あとは顔かたちを整えて、髪の毛を植毛すればよいのだ。
これらの作業は一般の職人でもできるし、なにより古来種の好みに合わせられる。
むろん、ステファンの真意は違う。
勝手についてきた自称従者たちに、命をかけるほどの理由はない。
当初こそ、無理に連れてこられたステファンだったが、「アザナを模したゴーレム」を造れる環境を大手を振って得られることに歓喜した。
しかも予算付きだ。
無表情なので渋々受けているように見えるが、内心うきうきで、心中わくわくな、本音はイエスイエスという状況であった。
未完成が多い理由とて、仕上げの段階で「なんか違う……」となっただけである。
ブラーエが考えるような理由はまったくない。
「君が協力的で良かったよ。ありがとう」
ステファンの下劣な思惑に気が付かないブラーエは、形式的だが感謝の念を表した。
リマクーインは優秀であったが、頑迷なところがあった。
自己を優先するところがあり、ゴーレムの姿を機能的にすることにこだわっていた。
無骨で節々で機械音の鳴る高性能なゴーレム。それはそれで魅力的だが、古来種の代入する身体としては見合わない。
支配者として、彼らの姿は衆目に晒されるのだ。
ゴーレムゴーレムしい姿で、ギギギガシャングポーンと下々の前に出られては威厳がない。
ゴーレムとして高い性能はいらないが、見た目は多少なりとも気遣ってほしい。
リマクーインはそれが理解できず、一般的な美意識を受け入れて自分の理想を横に置いておくことができなかった。
あと、彼女は美的センスがかなり変であった。
その点、このステファンが造るゴーレムは美しい。
古来種の代入先としてふさわしい。やや偏っているが、未完成であるためこれを素体として変化を付けられる。
ステファンは様々なパーツを用意している。
これらを組み合わせれば、古来種の要望に応えられるだろう……なぜ猫耳やら犬しっぽなどあるのか?
ま、まあ亜人の姿を望む古来種もいるだろうし、古来種になった亜人が元の姿に近い姿を望む場合もあるだろう。
ブラーエの目は曇っていた。
さらに言えば性能が低いということは、万が一のときはブラーエ候にとって有利に働く。
魔法の能力が高いうえに、ボディも頑丈で高機能では手に負えない。
不信感を抱き始めたブラーエにとって、ステファンのゴーレムは幾重にも都合が良かった。
「これからも頑張ってくれたまえ」
「無論だ」
――たかが従者のためにけなげなことだ。
ブラーエ候はこの返答を、従者の安全確保のためだと捉えた。
* * *
「お前ら休むなよ!」
押しかけ従者のボストは、仲間を叱咤しながらスプーンを振るう。
スプーンが小さな音を立てて、壁を少しだけ削った。
「そんなこといっても、こんなので脱出できるのかよ」
隠し持った粗末な木のスプーンで、塗り壁を掘る作業は無益と残りの2人は考えていた。
だがボストは違う。
「こんな掘っ建て小屋なら、いつかは脱出できる!」
床こそ石だが、壁は塗り壁。内材は土で骨材は入っているだろうが、おそらく木材で隙間も多いだろう。
希望がある。
「俺たちがここで毎日食っちゃ寝している間、ステファンさんは望まぬ労働をしているんだぞ」
望んだ作業をしている。
「ああ、そうだな」
人質ながら待遇は悪くない。それに甘んじていたことを2人は恥じた。
主人と仰ぐステファンのため、3人は壁を掘る。
外に希望を求めて掘る。
出口のない石の壁に囲まれているのを見て、たぶん3人は絶望する。




