大可人
夕刻前の王都。
王国の騎士を務める軍人たちが、多く住まう区画。
その一つの邸宅に、ステファン・ハウスドルフが帰宅した。
彼の自宅は、小さいながら庭もある、軍人らしい簡素な住宅だ。
先祖代々、この地で軍人を務め、騎士として功績を重ね、王国から賜った邸宅である。
ステファンは歴史ある屋敷に帰宅すると、疲れたと両親に一言残し自室へと入った。
ステファンの部屋は異質という他ない。
暗い。
暗闇の中に、部屋を作ったのではないか?
そんな印象の不気味な部屋だった。
窓を塞いだ真っ暗な部屋の中央。
うっすらと見えるベッドに、身動き一つしない人影があった。
ステファンは部屋の戸を閉じ、小さな明かりを灯す。
中央のベッドには、エンディアンネス魔法学園の制服を着せられた、可愛らしい子供がいた。
銀色のアンシンメトリーな髪、いたずらっこのような無邪気な瞳、何もかも許してしまいたくなる微笑。
だが、その子供は動かない。
その子供に向かって、ステファンは野獣のごとく襲いかかった。
「あああっ! うあああぁあああぁっ! アァザナきゅぅぅぅううん! クンカクンカ、怖かったよぉぉぉっ! 会いたかったよぉっ! ごめんね、一人にさせてぇっ! でも僕も寂しかったよぉおっ! ハァハァ……、ああ、アザナきゅんの制服に残る香りぃぃぃっ! クンカクンカ、クンカクンカ!」
ステファンは変態だった。
アザナの生き写しのような人形に抱き付き、ベッドの上を転がって床に落ち、そのまま転がって部屋の隅までいってしまう。
「聞いてよ! アザナきゅぅん! 今日は酷い目にあったよー! 剣を受け取りに行ったら道に迷うし、変な人たちに絡まれるし! しかも、しかもだよ! あの怪物まで僕の前に出た時は、死んじゃうかと思ったよぉ~」
ステファンは、ガチで道に迷っていた。
チンピラに囲まれたときは、何もできないでいた。
背後から襲いかかられようとしたとき、彼は土下座しようとしてた。
ザルガラに挑発されたときは、腰が抜けそうになっていた。
ペランドーが声をかけなければ、気を失っていた。
ステファンはダメな子だった。
あと、アザナ人形に着せている制服は、彼が決死の覚悟で盗み出した脱ぎたての制服(パンツ無し)である。
大多数の人には要らない情報かもしれないが、この人形には新品の女性物パンツが履かされている。
しかし彼の変態性を強調するために、提示が必要な情報だ。
なお、ステファンの気分で男性物パンツが履かされる場合がある。
しかし彼の変態性を強調するために、まことに遺憾ながら提示が必要な情報だ。
なおパンツはいずれも新品未使用が利用されているので、一応は安心して欲しい。
今、この程度で「よかった」と安心した人は、ちょっと感覚がマヒしていると自覚して欲しい。
「でも大丈夫。僕は君の前以外じゃ死なないよ。僕は君を抱いたまま、バラの中で眠るように死ぬんだぁ。ああ、もちろん君を残して死なないから、僕は不死身なんだよ、クンカクンカ!」
もうダメだった。
ご両親はすでに諦めていた。
ごろごろと転がり、ベッドの端まで戻ってくると、ステファンは人形を抱きかかえてベッドの上に戻る。
「ああ、運命って素晴らしい。なんで魔法の才能がない僕が、魔法学園なんかに……と、思ってたけど、それは君と僕が出会うための試練だったんだね! うん、僕は性別も乗り越えられる! クンカクンカ」
それは基本的に、乗り越えてはいけない。乗り越えていいのは、正しい愛を持つ者だけである。
再び彼は回転を始め、ベッドから落ちて逆側の壁まで転がっていった。
なんのためにベッドの上に戻ったのか?
誰か人がいたならば問いたかっただろうが、結局は誰も問わないだろう。ただ冷たく汚物を見る目で、彼を見下すに違いない。
「僕は素体を投影するのが精いっぱいだけど、パズルだけは得意なんだ。あれがなかったら、僕は本当の落第生だったなぁ。そうなったら、僕は君と出会えなかったんだ。パズルが得意で良かったよ。パズルが、バラバラだった僕と君の愛を、1つにしてくれたんだね!」
本当は、パズルなんてものじゃない凄いことをやらかしているのだが、彼は分かっていない。
人を越えた領域の能力が、彼の中に潜んでいた。
だが仮にステファンがそれを理解しても、通常の古式や新式魔法には全く役立たない。
やっぱりステファンはダメだった。
「ああっ! アザナきゅんの服に汚れがぁあああっ!」
盗んだ服は洗濯できない。洗濯すれば、その香りが失われてしまう。
だったら床を転がるな、と誰かが見ていればツッコむだろうが、結局は誰もがツッコめないであろう。
あのザルガラですら、ツッコミに躊躇するに違いない。
いやザルガラはツッコミを友情と勘違いしてるので、あえてツッコまないだろう。
「そうだ! 図書室の新書コーナーに、失敗魔法として、匂いが残ってしまう洗浄魔法があったはずだ! 新式だから、僕でも使えるぞ!」
ステファンは翌日の朝、さっそく図書室の新書書庫へと向かう。
本来ならば、彼はそこで古来種の再現魔胞体陣を手に入れるはずだった。
だが、なんの運命の掛け違いか、ステファンはもうそれを手に入れる事はない。
新しい運命は、すでにユールテルという少年を餌食にしていた――。
朝に変態を投入するスタイル。




