言い訳無用の調査隊
町は採掘場から遠い。マナーハウスを挟んで反対側だ。
採掘される褐炭は火災などの恐れがある。そのため農夫や商売人などの住民だけでなく、鉱夫たちも安全のため、採掘場からは離れて暮らしている。泊まり込みなどは輪番制だ。
「こんな形の紹介で申し訳ないんだけど、事態を鑑みていただきたいの、サード卿」
夕暮れ時、ドーケイ代官に案内され、オレたちはサード領の町へとやってきて、錬金術士に聞き込みを始めた。
中年の錬金術師と挨拶したが、代官としては双方に対して申し訳ないという気持ちが見えた。
「こ、こちらこそ、このような格好で申し訳ない」
仕事着姿の錬金術士も、道具を置き首を竦めてみせた。その姿はどこか恐れているように見えた、
オレの悪名もまだここでは健在、なのか。
「あ、あの……ご領主様も……抜き打ち女装を?」
「おーいおいおい、なーんの話だ?」
ヒゲ面中年の錬金術士は、いそいそと工房隅のタンスから女物の服を取り出す。それを見てオレはだいたい察して、右後ろに控えるドーケイ代官を肩越しに見据える。
「違うのよ」
怯む代官。
「違くねぇよ!」
睨むオレ。
「言い訳を言おうとするヤツは、だいたいまず違うといってから言い訳考えるからな。いいか。オレにはよほどのことがないかぎり、直接的な解任の権限ないけど、中央官に報告くらいは……あ、そうだ、アザナ。まだその格好か!」
少し脅すつもりだったが、それはそれでオレの方も報告されたらまずいことがあると思いだし、女装しているアザナを責める。
代官が言い訳を繰り出そうとしているが、まず隣りのアザナだ。
「だって急に出かけることになって、着替えがなかったから……。似合ってません?」
自分は悪くない顔をしていないアザナが反論する。
「似合ってるけど、じゃない。似合ってるとか似合ってないとかじゃなくダメだろ」
「そう思うなら、いつもみたいに着替えさせてください」
「いつもみたいって、オマエ相手じゃないだろ! ……あ、まて、ドーケイ。違うんだ」
どこか冷ややかで、しかし真反対にも微笑ましくオレたちをながめるドーケイ代官に、オレはちょっと待てと手をかざす。
「アザナの言ういつもみたいにというのは、オレ相手じゃなくてやたら全裸になる奴らがいてな。だからそいつらに服を無理に着せているだけで……」
「つまり違うわけではないのね?」
「違うんだよ! ……あ」
そこではたと気が付く。
オレ、さっきのドーケイ代官と同じ弁明をしている。
問い詰めたいが押し黙っている。そんな様子でオレをじっと見ているドーケイ代官。
「……あの、サード卿」
「ああ、お互い見なかった聞かなかったということで」
ここではなにもなかった。
そういうことにしておこうと、オレと代官が意見が一致した。
「うわ、大人っぽいやり取りだぁ。きたないほうの」
アザナが呆れる。大人になるってきたないことなのよ。
……じっとオレを見つめるアザナ。
止せ……、普段しないような、そういう目でオレを見るな……。
「ザルガラさまー。ここ、精霊の力あるー」
実体化して外で踊っていたタルピーが、誤魔化し……絶妙なタイミングで入って来た。
「お、おう! そうなんだ。なんたってここ錬金術士の工房だからな!」
アザナの視線に耐えられず、話題を変えるためタルピーの話にのった。
錬金術士は上位の精霊たちを信奉していることが多い。古来種を信仰するより、火や水、地や風などを崇拝する。
おそらく魔法そのものより、物質の反応や振舞いに触れている機会が多いからだろう。
南部地方で一般的な精霊信仰の祭壇が工房の高いところにあり、精霊の力を秘めた魔具や触媒があちこちにある。
信仰対象の登場に、もっとも反応した人物は当然、錬金術士だった。
「おお、こちらがイフリータのタルピー様! 拝顔の栄に浴するにあたり、このような姿である無礼をお許しください。先に知っていれば正装で出迎えたのですが……」
「まさかと思うけど、その握りしめてるのが正装じゃないよね」
「ち、違います、こ、こんな物! こんなモノっ!」
「ああっ! アタシの思い出の品が! 足蹴に! 止めてっ! 興奮しちゃう!」
動揺する錬金術師は、まだ女物の服を握っていたので確認したら、慌てて否定しそれを投げ捨てる。もっとも動揺したのはドーケイ代官だ。
どうもヨーヨー側の人間らしい。
しかし、見て見ぬふりをする。中身が大人だからな、オレ。
アザナの視線も痛いし、ティエからは少し失望されているような気がするけどオレは負けない。大丈夫、強いから。
タルピーの登場により、錬金術士は協力的になった。
それを確認してから、聞き取りを始める。
「悪いな。あんたを疑っているわけじゃないが一応、話を聞かせてくれ。なんであんな美人なゴーレムを――」
「アレが美人!?」
「造るつもりになったんだ?」
アザナが疑問の声を上げたが、錬金術士への質問を優先する。これに錬金術士は重々しく苦々しく、そして言い憚れるという複雑な表情で答えた。
「領主様はまだお若い……。ですからわからんのでしょう」
どれほど深刻な理由があるのか。
歯を噛みしめ、今にも泣き出しそうな顏で錬金術士は叫んだ。
「彼女いない歴イコール年齢の苦悩をっ!」
「そんな理由かっ!」
酷い話かもしれないが、叫ぶ中年錬金術士の言う通りだ。オレにはわからん。
アザナは苦笑いだ。自分から関わっては悪い、という表情である。黙認していたであろうドーケイ代官も仕方ないわねぇと呟き、溜息をついている。
だが、そんな孤独な彼に助け舟を出すものがいた。
「元気だして! あんしんしてっ!」
タルピーだ。
ふわっと飛んで寄り添い、小さな手で錬金術士の背を叩く。
錬金術士がなにか期待を込めた顔を上げた。
その顔に向かって、小さな胸を張ってタルピーが自信たっぷりに言った。
「アタイだって、カレシいない歴×ねんれいだよっ!!」
「そこ、かけちゃったか~。億っちゃったな~」
そこはイコールだろ、かけるなよ。
胸を張るタルピーの頭を撫で、オレも苦笑いだ。
しゃべると格が下がるぞ、タルピー。
愛嬌的にはいいが、神秘性は激減だ。
しかしタルピーのおかげで場が和んだ。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
信仰する相手に慰められ、錬金術士は手を合わせて涙を流す。
「よかったわねぇ。上位種様がご理解してくださったわ」
呆れていたドーケイ代官も、ハンカチで涙を拭きながら錬金術士を肩に手を置き慰藉する。
彼は……彼? どっちでもいいが、まあ彼だろうな。彼は統治代行者として、民である錬金術士の事情をある程度は理解し、同情していたのか。不気味の谷のゴーレムを黙認していたのも、理解と同情の上だろう。
「今は暴走してますが、あのゴーレムに配置した胞体石の調整は、ボクも見習うところがあります」
細いボディのため、胞体石は変形もしくは細くて小さい。それに大き目の術式を無駄なく配する技術は、オレもアザナも参考になるほどだ。
理解者に囲まれ、錬金術士は男泣き……。
「あの、調査始めません?」
「あ、はい」
控えていたティエの一言で、オレたちは目的を思い出した。
* * *
工房の魔具や胞体石、普段つかっている術式もこちらの要求通り提示してくれた。
「ザッと見たところ……あやしいところはないな」
「術式の方も簡単に調べてみましたが、これといって何もないですね」
オレとアザナは手分けして、錬金術士が差し出した魔具と素材を調べて上げた。
「え……いやその、ザッとか簡単とかおっしゃいますが、この短い時間でそこまで……いえ、なんでもないです」
オレとアザナが書き記した走り書きを覗きながら、錬金術士が恐れ入ったという態度を見せた。
能力を見せつけるつもりはないのだが、暴走事件調査のために、手を抜いて実力を隠すなどということはする意味がない。
子供であるオレたちの能力に、嫉妬と羨望の目を一瞬浮かべた中年の錬金術士。だが、大人であるオレは見て見ぬふりをする。
アザナにもそうしろと目配せする。少しの間だけ何のことかわからない、という表情を見せたのち――。
「ちぇき」
ポーズを決めて、ウインクを投げてきた。
「いや、そういうウインクとかいらないから」
「だって、してほしいって顔してましたから」
「どんな顔だよ、してねぇよ」
オレはアザナから顔を背けた。するとその先に、ちょうど調査を終えたティエが立っていた。
「ザルガラ様…………」
「お、おう。ティエ。そっちの発掘品関係はどうだった」
なにか言われそうな感じがしたので、すぐに調査について尋ねた。
「はい、こちらも問題はありません」
ティエが調べていた特殊な魔具や発掘品からも、この錬金術士が悪だくみをしたような痕跡や、暴走事故につながるミスなどは見つからなかった。
ゴーレムの核となる胞体石への術式の書き込みは、新式のモノばかりで、古式も独式もなかった。特に怪しいところも目立って変わった応用などもない平素な施し方だ。
錬金術士の実力の問題もあるが、加工施設の質からしてあれほどの暗号化、圧縮化した術式を扱えるとは思えない。
再度、話を聞きに来るかもしれないことを伝え、ひとまず錬金術士の工房での調査を終える。
こうして街中の食堂で夕食を済ませてから、ゴーレムの素体を作っているというゴーレム造形士に会いに行く。
「馬車には乗られないのですか?」
錬金術士の工房からは、ずっと徒歩だ。案内する代官は、心配になって確認をとってきた。
「こうしてオレの顔がまだ知られていないうちに、拝領した土地とそこに住む人たちの様子を直に見ることが大切なんじゃないかな? 少なくともオレはそう思っている」
「そうですか。若いのに素敵な考えをお持ちねぇ~」
真に受けたドーケイが、お世辞なのかどうなのかひとしきり感心してみせる。……頬を赤らめるな。
「まあそれほどでも。馬車からでは見えないなにかが、こうしていると見え」
「馬車が嫌いなんですよね」
「バラすな」
隣のアザナがご破算にしてくれた。
「なんでオマエはそう一言多いのかな」
「なんですぐバレるのに、そんないいわけをするんですか?」
「いや違うんだ」
「違くないです」
バレてるんじゃない、オマエがバラしたんだ。そう言おうと思ったその時、目的地あたりで火の手が上がっているのが見えた。
「なんの火だ? 火事か?」
「煙も見えませんか?」
オレが火の手を指差し、アザナが目を凝らす。
ティエが警戒してオレたちの前に出るが、それを押しのけてるようにして火の手を見るドーケイ代官。
「あ、あそこはゴーレム制作の工房じゃない! なにがあったの!」
どうやら目的地だったようだ。
事故か、事件か。どちらにせよ緊急事態に間違いない。
護衛であるティエの反対を押しのけ、オレとアザナは高速移動でゴーレム工房のある家屋前まで飛んだ。
そこにあったのは燃え落ちる二階建てのゴーレム工房と、それを眺めるかのような武装した鋼鉄の鎧姿をしたゴーレムたちだった。
「あれは……マイカ・ネーブナイトが使っていたゴーレム?」
イバラ夫人と呼ばれているマイカ・ネーブナイト。彼女が使役していた共和国製のゴーレムに酷似していた。
まさか……ネーブナイト夫人が?
いや、それはないと思うが、アポロニアギャスケット共和国が関係していることは間違いない。そう思わせる光景だった。
「やった! お代わりだ! ザルガラ先輩! ボクのものですよ、アレ!」
人命を尊重したのか、すぐさま消火を始めたアザナだったが、その口から出た言葉はとても即物的だった。
 




