谷底の不気味なモノたち
「アタシもかつて、化け物と恐れられた過去があるの」
不本意ながら嫌いな馬車に乗り、ティエは御者台の助手席に、侍女姿のアザナを隣りに座りサード領のマナーハウスへ向かう道中。
なにやら思い耽っていたドーケイ代官が、突然迷惑なことにどうでもいい身の上を吐露した。
「不遜なことかもしれないけど……、そしてアタシもそうなんだけど思い出したくもないことでしょうが、サード卿の……ザルガラ・ポリヘドラ様の御幼少時代からの評価を聞いて、親近感を覚えたのよ、アタシ」
「それはさぁ、その格好のせいだろ? オレと一緒にするなよ、おっさん」
オレとは理由が絶対違うだろ。その化粧をやめて、ぴちぴちな服ではなく体格に見合った衣服を着れば、少し口調がおかしくても化け物とは言われないはずだ。
かといってかつて化け物と呼ばれていたオレが、他人を化け物と言うのは憚れる。だから言葉は選ぶ。心が乙女気分なジュン・ドーケイ代官にとって、おっさんというワードは突き刺さるだろう。
だがドーケイ代官は微笑んでいた。
なんてこった、効いてない。
「ふふ、そんななじる言葉でも、化け物や怪物と呼ばないところに優しさが感じられるわ」
ドーケイ代官にとって、おっさんという言葉は事実であるし、なにより人扱いなのだろう。
すべて悪意に全称量化した気持ちで、おっさんと言ったオレだが、少し同情してしまう……だが、違うぞ、オレとは違う。
「…………はぁ」
「? おい、どうした?」
ドーケイ代官が左胸を抑えた。なにか病気でもあるのだろうか
「おっさんと言われて、うれしいはずなのに……」
打ち取られたかのように、こうべを垂れてグッと心臓のあたりの服を握り絞める。
「でもこの辺がキュッする」
「直撃してるじゃねぇか」
よかった、通じてた。
なんか悪い気がしてきたが、いいんだよ。オレは悪意を持って煽ったんだから。
「もしかして、これが恋?」
「おい、やめろよ。悪意の言葉で殴られて恋とか、殴られて喜ぶようなもんだぞ! 誤射だよ」
「うぐっ……」
慌てるオレの隣りで、アザナが急に胸を抑えてうつむく。
「おい、ど、どうした? アザナ」
「跳弾が当たりました。これが……恋?」
「…………」
「ノーリアクションはやめてください、先輩……」
わざとらしい演技だ。まったくふざけやがって。
少し動揺したのはオレの演技だ。アザナに対抗した演技だ、うん。
「誤射も跳弾もジュン代官殿の過去とかも興味ないしどうでもいいしむしろ聞きたくないから、説明しろ、状況を」
「サード領はご存知の通り、鉱山が主産業ですが……」
「鉱山?」
「ああ、アザナは知らないだろうが、サード領って炭鉱があるんだよ」
会話がまた止まるが、一応説明をしておこう。アザナは重要な助言者かつ協力者になり得る。
「炭鉱なんですか! すごい領地を貰ったんですね!」
アザナの目がお金の目をしている。
なんだか生活が心配になってきた。
「オマエ大丈夫? ちゃんと食べてる?」
「バカにしないでください。ちゃんとごはん食べてます。試作メニューとかが多いけど……食べてるけど、こんど美味しい物おごってください」
「一回、遊ん……勝負を受けてくれたらな。……で、炭鉱っていっても石炭じゃないぞ。褐炭だ」
確認のため、ドーケイ代官に視線を向けて追加の説明を求めた。
「そうねぇ。先代の時は褐炭が多かったそうだけど、近年は亜炭と言われても仕方ないような物ねぇ。もちろん、大部分は褐炭として使えるけど、選別しないと苦情がくるくらい? そんな感じよ」
「そうなのか? 採算取れるかどうか気になるなぁ。後で資料見せてくれ。中央官から送られたのって、だいぶ大まかな数字しか出てないからさ」
「わかったわ。報告書の原版があるから、まとめ直させるわね」
さすが一つの領を任されている代官だ。すぐに対応を約束してくれた。
「……褐炭? たしかそれはあまり燃料としても使えないものじゃないですか」
説明を聞いたアザナが首を傾げる。
「オマエ、それってお金にならないとか考えてるだろ?」
わかっちゃうんだよな、そういうの、オレ。
しかし、その通りでもある。
石炭に水分や泥など不純物が多いのが褐炭。さらに不純物が多いのが亜炭だ。
火力が弱く、とても鍛冶屋の燃料などには向かない。
もしも……もしも魔法などない世界ならば、家庭の熱源や燃料としてくらいならつかるだろう。その程度のものだ。
サード領を貰っても、普通の貴族ならば領全体を見た収支の数字をみるだけだろうが、オレにとって褐炭には価値があった。
【険路求道】の村にとって、これらは貴重な燃料となるはずだ。空気が汚れるが、薪の消費は減って里山の資源に余裕がでる。石炭に比べてると火力は低いが、薪に比べたら高い。
魔法に頼らないというあの村にとって、褐炭は助けになるかもしれない。
まあ褐炭は自然発火するのでそれを防ぐ加工と、なにより輸送コストの問題が大きく立ちふさがるのだが、それは後で考えよう。
「あん、でもアザナ様。褐炭鉱もいいところがあるのよ。ジェットが取れるの。どちらかというと、こちらがサード領じゃ有名なくらいよ」
褐炭の利用価値に渋い顔をするアザナに、ジュン・ドーケイ代官がウインクを投げかける。
聞きなれないのか、アザナは顎に手を当ててさらに首を捻った。
「ジェット?」
「これよ、これ」
熱い胸板の収まる胸元から、真っ黒な玉を取り出した。
黒という色に不釣り合いな鋭い光を放つそれは、泥の宝石と言われるほどの物品だ。
「わ……、なんだかゴ○ブリみたい」
「言いかたぁっ!」
アザナの正直で素直でまっすぐな感想に、思わずオレは怒鳴ってしまった。たしかに楕円形だと形も似てるし、黒く鋭い光り方は近いが違うぞ!
もしかしてアザナは、あまり宝石類に興味がないのか?
お金に困っているわりには、えり好みするのか、それとも宝石に限って興味がないのか、気になるところだ。
「黒玉は化石化した樹木だ。胞体石に使える琥珀と違って樹脂の化石じゃない。透明度がないから胞体石には使えないが、宝石じゃないが宝石扱いの一種だよ」
魔法の利用価値と需要から、価格は落ちるが黒玉の需要はかなりある。たとえば……。
「先の帝国時代は、喪中のアクセサリーとして、婦人の間では流行ったのよね。いまでも古い家では好まれるのよ、これ」
ドーケイが代わりに説明してくれた。さすが代官だ。代わりに言ってくれた。
「でも適度な水分を含んでないとひび割れるし、燃えるし、管理が大変なのよ」
「そっか。以前は大森林で、その後、浸水したから褐炭が取れるんだ。黒玉が取れるのは……断層でもあるのかな?」
なぜかアザナは、大きな時間の流れを思い描いて納得していた。
宝石をあまり知らないわりに、ジェットが出来る過程を推測できるなんて、知識と興味のバランスが偏っている…………オレもだが。
「話がそれちゃったわねぇ。それで炭鉱ということもあって、ゴーレムが多いの」
「単純労働の補助だな?」
以前、見せてもらった資料に、ゴーレムの保有数など特記されていたが、そういう理由か。
「そのゴーレムが暴走したのか。見た方が早いんだが、見せてもらえるか?」
マナーハウスへ向かう予定を変更して、ゴーレムたちが暴走しているという炭鉱を見せてもらった方が早いかもしれない。
しかし代官の反応は渋い。
「あれを……見るの? あまりお勧めできないんだけどぉ……」
「ん? なんだ? 暴走してるのが危険だから、なんていうのか? なんだったら、ゴーレムを綺麗さっぱり原材料に戻してやってもいいんだぜ。」
この発言は慢心している子供としか見えないが、オレにとって数百数千の作業用ゴーレムの暴走など危険の内には入らない。破壊して解決じゃないから、それが最善じゃないのでやらないが、オレが被害を受けるなんて万に一つもない。
ましてやアザナがいる。
危険なんて感じられない。
むしろ暴走の原因を一発で見抜ける可能性の方が高い。
「かまわないけどぉ……。片目を失うくらいは覚悟してね」
「なんだ、その脅し?」
オレはドーケイ代官の発言の意図を読み切れなかった……。
* * *
「うわあああああっ!」
あのアザナが慄いている!
「ひぃ……」
ティエが青ざめた顔で、今にも倒れそうだ!
馬車が封鎖された露天掘りの炭鉱区画へ辿り着き、高台から暴走するゴーレムたちを見下ろした時、二人は悲鳴を上げて後ずさった。
「どう? 恐ろしい光景でしょ? 目を覆いたくなるでしょ?」
ドーケイ代官は、私は遠慮しておきます。という態度で、最初からゴーレムたちを視界に入れてなかった。
「ん、まあ……まあすごい光景かな?」
アザナとティエと違い、暴走ゴーレムを見てもオレは驚きつつもまだ冷静だ。
ゴーレムは程度の違いはあれ、腕の稼働範囲や挙動などほぼ人の動きと同じである。オレのグレープジョーカーのように魔力の噴出で加速したり、アザナのコウガイのように浮遊という特殊要素はあっても、人型でありそれに即した動きだ。
それがここの暴走ゴーレムは違う。
背面四足歩行とか、うつ伏せで右足が左肩の前に伸びて這いずり回るとか、不気味としか言いようのない動きをしている。数十のそれらが、露天掘りですり鉢状の炭鉱内であちこちうろつき回っていた。
「まあ、確かに暴走しているな。こりゃ採掘どころじゃない」
「せ、先輩! そこだけじゃないでしょ!」
「ザルガラ様! わ、わたしは今回、本当にこれはダメです!」
アザナの追及と、ティエの断念の声がオレに振りかかる。
震える指で崖下のゴーレムたちを差し、アザナが叫ぶ。
「あの顔……あれは不気味の谷ですよ!」
「谷? いや、ここは露天掘りだから谷ってわけでも」
「そうじゃありません! ゴーレムのことですよ! 下手に人間の女の人に似せようとして、半端に出来がいいから不気味なんですよ! 露骨に似てない作り物の人の顔は滑稽でも怖くないし、ディータ殿下みたいならそれなりの綺麗さや可愛さは感じられるし、文句なしで完全に人間の顔なら変でもないけど!」
アザナは改めて崖下のゴーレムたちを指差す。
確かに変だ。作業ゴーレムなのに、どれもが人間の女性の顔をしていた。
美人……ともいえなくもないが、微妙に作り物で、だが整っているが生気ない……いや足りないというか、そして命とか精神とか、なにかそういうものもあからさまに感じられない。
「アレが不気味に思えないんですか先輩!」
「いやだって、人未満とか人以上とかそういうの見慣れてるしさ、オレ」
「そうじゃなくて……、ああ、もうボク帰りたいです」
あのアザナが知的好奇心を捨てて、帰ると言いだした。ティエも辛うじて踏みとどまっているが、できるなら帰りたいという顔をしていた。
オレはいまいちアザナたちの気持ちを理解できなかった。
大変遅くなりました。
まだ忙しく、とても執筆できる環境ではありません。感想返しや誤字訂正なども対応遅れています。
間違いの指摘や質問などもきてますが、対応できずもうしわけありません。




