不正な引数
サード領は形の上で、オレの領地である。
オレが影門守に就くにあたって、箔付けと爵位の整合性のため与えられた土地だ。
そこでゴーレムの暴走事故が起きたという。
取る物もとりあえずオレたちは、空中遺跡から飛んで近くの河港へ行き、ランニングウォーター運河を西に向かう高速艇に乗り込んだ。
出発時にはすっかり日が沈んで、まぶしい西日へ向かう心配は無くなった。
「なんで代官がいるのに、ザルガラさまが行くの?」
ウラムはなぜか残ると言ったが、当然のようについてきたタルピーが訊ねてくる。
おう、オマエが政治に興味を持つなんて珍しいな。
ルジャンドル中央官が用意してくれた高速艇の乗り心地を楽しみながら説明をしてやろう。
「本当は官僚が管理すべきなんだが、最近の中央官がオーバーワーク気味でな。官僚側じゃ誰も即応できないそうだ。そこで一発、オレが出向いてガツンと決めてやるのよ。というのはオレが身勝手で飛びだしたように見せる言い分で、実は中央官と話はついてる」
ルジャンドル中央官……アリアンマリの祖父はもう歳だ。このところの立て続けな騒動と、トドメの空中遺跡を纏めるにあたってノックダウン。自宅療養となった。
「なにより、サード領の代官がオレを名指しした。まあサード領の代官は、中央官に泣きついて王宮に泣きついても、オレに泣きついてもいいらしいけど……。独立したとは言え子供……学生のオレに頼ったら管理能力を疑われると思うんだが……。もしかして王家やルジャンドルじゃ名前が大きすぎるので、オレの名代にして、事件を解決でもしたいのかな。そういう家格が必要な事件なのか……」
「……ふーん」
まったくこれっぽっちもわかってないな、タルピー。
途中から聞いている様子がなかった。わかってた。
マスコットサイズのタルピーを膝に乗せ、あとは自由に踊らせる。
「ザルガラ様。明朝にはサード領の河港につくそうです」
高速艇の乗組員から行程を確認し、戻って来たティエが報告をする。
オレの祖父が趣味で放蕩していたころ、ティエは何度かこのサード領へ訪れたことがあった。たしか知り合いがいたはずだ。
土地勘どころか地図の上での所在地しか知らず、現場にまったく伝手のないオレなんかより、ティエの方がはるかにマシな影響力を持つ。普段なら留守番をさせたいところだが、そんな理由でアンに後を任せて連れてきた。
「ティエ。サード領って、どんなところなんだ。少し教えてくれ」
軽く仮眠をとる前に、少し情報を仕入れておくか。
座席に深く座り込み、ティエに話すように促した。
「なんと申し上げたらよいか……」
ティエが言葉を濁す。
その視線が隣りの席の人物。アザナに向いた。……って、あ。
「おい、アザナ。なんでいるんだよ、なんでシレッと寝ようとしてるんだよ、あとそれオレの毛布だよ、っていうかなんでまだ侍女姿なんだよ。ツッコミどころが多すぎて、ツッコミきれねぇよ!」
「も~う、律儀に全部指摘してるじゃないですかぁ~」
隣の席で勝手に仮眠しようとしているアザナが、オレの声に反応して気怠そうに身を起こす。
「ザルガラ先輩が急いで出かけるから、着替えている暇がなかったんです」
「オレのせいにするなよ、ついてくるなよ!」
「あと暇だったので、ついてきました」
「暇があるなら着替えろよ! 暇なヤツが、ばっちりメイクまで変えてンじゃねぇよ、このッ!」
アイマスクを取ったアザナの印象が、少し明るく目立つようになっていた。
パーティの時は侍女として振る舞うために控えめなメイクだったが、今のアザナは少し明るく目立つ印象の女性……じゃなかった女装姿になっていた。
「気が付きました? 似合ってます?」
「ふざけんなッ!」
ペチッ、とアイマスクをアザナのアイメイクへ投げつける。
「おやすみなさい」
アザナは器用に投げつけられたアイマスクを装着して、そのまま椅子を倒して仮眠モードに入った。
まったく、寝てる間にこの侍女服をなんとか脱がせ……いや、それはまずいな、着替えさせ……いやそれまず脱がさないといけないじゃん、だが【極彩色の織姫】で服を着せても、侍女服の上に重ね着をさせるだけだし、不自然な格好になるし、アザナならその魔法で固着させた重ね着部分だけ、解除して脱ぎ去ることができるだろう。落ち着け、オレはクール。
元々、服を着てない相手に服を着せるための魔法――じゃなかった、元々は服がないとき用だった。
「そういえばザルガラ先輩はサード領のことを知らないんですか?」
「本に載ってるようなことや歴史的なことは知ってるよ。いいから寝ろよ」
アイマスクをしたままアザナが聞いてきた。
そう、知ってる。調べたわけじゃない。
所詮、影門守の任につくため、形の上で拝領した土地だ。代官は中央官のところから派遣されるし、オレは追認でサインするだけで口も出せない。責任のほとんどだって王家にある。
だが、まあ事件となると話は別だ。
ルジャンドル中央官の派遣した調査隊や治安維持のために派遣される軍、それらには多少は口出しができる。
ゴーレムが領内に被害を与えているというなら、まずは先に現場くらい見ておいたほうがいいだろう。
しかしルジャンドル中央官も大変だなぁ。
オレが拝領した土地でいきなり事件だもん。普通だったら、貰ったオレが怒るよ。
楽しそうだからいいけどさ。
などと他人事のように考えながら、オレもアイマスクを装着した。
「じゃあ、少し寝るから」
「は、はい。では明朝に」
ティエは慌てて退出していく……あ、ティエにサード領について聞くの忘れた。
ま、いいか、明日で。
* * *
翌日、オレはサード領近郊の河港に降り立った。
魔具で突き進む高速艇が、波と流れを掻き分けて上流へと帰っていく。
「あー、よく寝た」
高速艇を最後まで見送らず、河港施設のロビーへ入って背筋を伸ばす。
「よくあの環境で熟睡できますね」
アザナが目を擦りながら、おぼつかない足取りでオレの隣りに立つ。
ティエもあまり眠れなかったのか、少々辛そうだ。パーティの準備や何かで連日忙しかったはずだ。後で休暇あげないと――。
「うーーん……っと、そうだ。ザルガラ先輩。元はこの辺りが大湖だったらしいですよ」
オレと一緒に背伸びをして眠気が覚めたのか、背の高い草原を指差してアザナがそんな話題を振って来た。
「そうなのか? ここはランニングウォーターの7分目だぞ。ってことは大湖ってさらにデカかったのか?」
東の連合との国境から王都を通過し、東の大湖まで繋がる運河ランニングウォーター。
その運河を王都を5分目とし、つまりちょうど中間点として見ると、サード領は2分ほど東寄りに存在する。
「いいえ、少しづつ西へ移動しているようですよ。100万年単位で。運河も移動した跡地の低い地形とか利用しているそうです。大湖の名残りの湖を繋いでいったりとか」
「へえ。昨日57億年とかいう数字が叩きこまれたから、なんか驚かないや」
そうなるっていうと、あの石灰石の島【ぬけがらの遺産】は昔は普通の山だったのかな。
「ふ~ん。デカくて動きそうにないものも、形を変えている。俯瞰してみれば動いてる……ってことか」
そうか、そういうものか。
そうだよな、うんそうだ。
うん、変わるんだなぁ。
動くんだよなぁ。
感慨深く浸っていたら、河港の待合ロビーでタバコを模したチョコ棒が売っているのを見つけた。途端食い気が感傷を打ち消す。
ちょうど軽い朝食後の甘い物が欲しかったところだ。
ふらりとチョコ棒を買って、ロビーの席に戻る。
「あれ? アザナはどこに?」
アザナがいなかった。タルピーもいない。……と思ったが、天井にぶら下がるシャンデリアで、いつものように踊っていた。
「アザナ様はわたくしの代わりに手荷物を受け取りに」
申し訳なさそうにティエが答えた。護衛を務める騎士だが侍女をやっているティエと、貴族だが侍女の恰好をしてそれっぽい仕事をしているアザナか。ややこしいな、オレのまわり。
「まったくチョロチョロしやがって」
「もうしわけありません」
「いや、ティエを責めてるんじゃないよ。ていうか侍女の格好で勝手についてきたんだ。勝手に働いてもらおう」
突き放した態度を言い捨てたころ、アザナが侍女っぽく振舞い、河港施設のカウンターから手荷物を受け取って来た。
ほう、なかなか様になっているじゃないか。
「うむ、御苦労」
ぷはーっとチョコ棒を咥えて、荷物を持ってきたアザナへ対し偉そうに振る舞ってみた。
「これ、ボクの荷物です」
「しまいには物理で突っ込むぞ、アザナ」
「うそうそ、はい、センパイの荷物」
「おう……。って、オマエが持つんだよ!」
思わずバッグを持ってしまったが、すぐに突き返す。
なんて押し問答をしつつ、河港正面玄関から外に出る。
そこへちょうど馬車が辿り着く。
サード領の紋章入り。出迎えか。
チッ……。
もう少し遅れれば、飛んでいったのに馬車に乗る羽目になったか。
ぎりぎり間に合った、という慌てた様子の御者が馬車を正面玄関前に滑り込ませ、これまた慌てた様子で1人の男? が扉を開けて飛び出してきた。
「よぉうこそん、おいでくださいました。サード卿~」
背がよく伸びているオレより1.5倍が大きい男だ。
筋肉質で短い髪は逆立っている。厳つい顔つきに太い首。それだけなら歴戦の男といったところなのだが――。
「恥ずかしながらこのような事態を招き、御足労を願った経緯こそあれ、とぉっても光栄ですわ。うふっ」
野外なのにやたら鼻をつく化粧の臭い。アザナより長いまつ毛……あからさまな付けまつ毛。筋肉質なシルエットに不釣り合いな、女性的なポーズ。
「ジュン・ドーケイ。王国騎士を拝命し、サード領にて代官を任されております、のよ。よろしく、ね」
ドーケイ代官は巨体をくねらせ、ウインクをして見せた。
「ひぃ……」
ティエが震えあがる。
ああ、こういうの苦手なのか、ティエ。
「あらぁ~、サード卿がこういったことに偏見がないようで良かったわ~」
「ん? なんの話……」
代官の怪しい視線はアザナに向けられていた。
まさか、初対面で見抜いたのか!?
「あ、ボクですか?」
アザナが見抜かれた、という顔で自分を指差す。
オレも笑ってアザナを指差す。
「ははは、一目でバレやんの。…………って、違うからな! オレがこの格好させているわけじゃなぇからな!」
ついつい笑ってしまったが、すぐにこれは大問題だと気がついて訂正をする。だが、ジュン代官はしなって受け流す。
「恥ずかしがらなくて結構ですわよ。そうだとしても、アザナ様がこんな可愛い姿でおられてもよろしいわけでしょ?」
「ザルガラ先輩も、このメイクを褒めてくれました」
嬉しそうに応え、捏造するアザナ。
「褒めてねぇよ! 違いに気が付いただけだよ!」
慌てて否定するが、味方であるはずのティエが反応してくれない。ダメだ、ジュン・ドーケイのウインク一つで精神がダウンしてる。
「あら、メイクの違いに気が付くなんて、とてもいい男ですわねぇ、サード卿。ディータ殿下がいらっしゃらなかったのは残念ですけど、こっちの子を連れてきてくれて良かったぁ」
感心ねぇ……、と頬を押さえて微笑むジュン・ドーケイ代官。
「そんなの関係ないだろ! 洞察力の問題だろ? アザナが勝手にこの格好して、勝手についてきているだけだから。マジ心外だがら、ちーがーうーかーらーっ!」
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