奇才の落第生 (挿絵アリ)
2016/9/26 挿絵追加
学園始まって以来の怪物。
学園始まって以来の天才。
前者がオレで、後者がアザナだ。
そしてこの同時期、もう1人、学園始まって以来――という称号を持つ者がいる。
学園始まって以来の落第生、ステファン・ハウスドルフ。
彼は入学時の試験でもギリギリ、入学後の初試験でも最低成績を叩き出した4回生だ。
オレは翌々年、入学したわけだが、その話を聞いて度肝を抜かれた。
入学後の初試験でステファンは、投影魔法陣を作り出そうとして、素体の球を極大に投影した。
素体とは投影魔法陣を作る際の、起点となる点と辺を作るためのパーツである。
それを極大に投影する意味は特にない。デカイ魔法陣をつくるにしても、起点となる素体は小さくてよい。辺を長くすればいいだけだ。
ステファンはそれを人間大の大きさに投影し、分解して、そのパーツでもう1つ、同じ大きさの素体を作り出したのだ。
当然、魔法陣でないので落第の判を押され、補習を受けたという。
魔法を使うにあたっては、それはまったく意味のないことだ。
しかしながら、魔法の根源を知るには特別な事である。
オレにはわかる。学園の優秀なヤツらも、わかっている。
あいつは、1つの球から、同じ半径を持つ2つの球を作り出した。
快挙だ。
単に投影して2つの球を描いたのではない。
1つを2つにしたのだ。
もちろん、物質的な体積のない投影魔法陣だからできたことなのだが、結果的に投影された球を、分解再構築して見た目上で2倍にしてみせた。
古来種が残した書物に、そのようなことが書き記されていたが、証明したものは歴史上いない。もちろん、実際にやって見せたなどステファンが初めてだ。
間違いない。
奴は学園では落第生だが、古来種の持つ真理に近づいた一人だ。
そこだけを見れば、オレやアザナを上回っている。
オレが怪物で、アザナが天才ならば、ステファンは奇才だ。
「助けにいこうよ!」
そんな奇才を、スラムの暴漢から助けようとペランドーがいう。
「あーん? アイツは、あれでも王国騎士を何人も輩出してる名門軍人家系だぞ。魔法すら使わずに済むだろ」
オレはステファンの真意を測りかねているが、彼がスラムの暴漢にやられるなど思っていない。
見れば腰の剣は新品だ。
もしかしたら試し切りの「生き胴」を、スラムへ探しに来たのかもしれない。
哀れ、あの暴漢は選ばれたのだ。
「でも、もしもの事があるよ! ザルガラくん! ぼくはいくよ!」
「お、おい」
オレが止めるのも聞かず、落下制御魔法を使って最上階からペランドーが飛び降りた。
ぬる~っと、ゆっくりと落ちていくペランドーの頭部を見て、オレは考える。
奇才ステファンは、二週間後に古来種の魔胞体陣を利用して、アザナに戦いを挑み倒されるはずだ。戦いの余波で、学園は南校舎を残し、北東西の3つの校舎が跡形もなくなってしまう。
この件で、アザナは一気にその名を天下に知らしめる。
ちなみに校舎が無くなった騒動のせいで、カリキュラムの大部分を終えている5回生は、時々登校するだけになり、現場での実地訓練などで一年を終える。不幸にもアザナの革新的な技術に、触れられなくなってしまう。
逆に4回生以下は、1回生との合同授業が多くなり、アザナの技術に直接触れる機会が多くなった。
オレは学園の消滅を止めるつもりはない。
だが、ヤツがどういう過程で、古来種の魔胞体陣を使えるようになったのか。
これは気になる。
――もしかしたらチャンスか?
ステファンは、試し切りではなく、古来種の魔胞体陣の実験をしようとしているのでは?
オレはたまたま、学園消滅事件のとき、王都にいなかったので事件の詳細をしらない。そこから一歩も二歩も突っ込んで、古来種の魔胞体陣の一端を知る事ができるチャンスが目の前にある。
歴史を変えてまで、接触する価値があった。
俄然、興味が湧いてきた。
「おい、待てよ。ペランドー」
オレは飛行魔法を発動させ、ペランドーを追って飛び降り、その襟首をつかんだ。
「うわわわっ!」
ペランドーが暴れる。しかし、落下制御のおかげで引っ張りやすい。
「ちんたら階段なんて歩いてられるかよ。飛んでくぞ!」
「う、うん」
ぶら下がるペランドーを引っ張り、遺跡とスラムの上空を飛び越える。
前を見れば、囲まれていたステファンが腰を僅かに下げた。それは背後にまわった男が、飛びかかろうとした瞬間だった。
魔法で監視してる様子はない。後ろに目でも付いてんのかという、絶妙のタイミングだ。
「おっと、待った! 邪魔させてもらうぜっ!」
ステファンがスラムの住人を切り殺してしまう前に、騒動の中へ割って入った。
後ろから襲いかかろうとして男も、突如のことに引き下がった。なかなかケンカ慣れしている男だ。
「ちょっと遊びにきたら、おなじ魔法学園の生徒が楽しそうな事してたから、参加させてもらいにきたぜ」
「なんだぁ、このガキ! ぶっ殺すぞ!」
オレの軽口に、捻りのない言葉が返ってきた。余裕ないなぁ、スラムのヤツラは。
そして、当のステファンは無反応。
スカした顔でオレをチラと横に見て、すぐに興味はないという態度で前を向いてしまう。
こういうヤツだ。
寡黙でクール。キザったらしいというか、動きが芝居かかっているというか。
顔も舞台俳優のようなので、女子生徒たちからの人気も高い。こいつが歩くだけで、女性生徒たちが黄色い悲鳴を上げる。
お陰で落第生扱いながら、ステファンは生徒たちから一目置かれている。
素体騒動もあって、分かっている奴は「ステファンはヤバい」という反応で、彼に関わらない。
かくいうオレもその1人だ。
その秘められた実力は認めてる。
「おい、このキザ野郎のお友達か? だったらまとめて通行料を払ってもらおうか?」
チンピラがくだらない要求を突き付けてきた。
ああ、縄張りで妙なのがうろついてたから、粉かけたわけね。
なかなか普通なチンピラである。
金が欲しいわけではない。要求を突き付けて、相手が泣いて詫びて従うか確認しているだけだ。
要求を聞いたら、それはそれでよし。身ぐるみ剥いで追い出し、3日は酒の肴にして楽しむ。
聞かないなら叩きのめして、身ぐるみ剥いで追い出し、3日は酒の肴にして楽しむ。
そういう手合いだ。
ところで、助けようと言い出したペランドーが、いきなりブルってオレの影に隠れてるんだが、どういうこっちゃ?
まあ、それでもチンピラ相手なら問題ない。
「通行料? オマエの汚ねぇ、股下を潜るつもりはねぇぞ」
「あン?」
予想外だったのだろうか。
チンピラのリーダーらしき男が、怪訝そうにオレを見ている。驚いたことに、このチンピラは新式魔法手帳を手に持っていた。全部使いこなせるなら、まあまあの魔法使いだろう。
「ああ、もっともその短足じゃ、潜るのは無理そうだ。次に来るときまでに、もうちょっと足を伸ばしといてくれよ」
「このガキィ……」
さすがに挑発されてると分かったのだろう。短足のリーダーが顔を紅潮させ始めた。
蹴散らしてやってもいいが、コイツらに恨みはない。
少し逃げる理由を与えてやるか。
オレは古式魔胞体陣を投影し、名乗りを上げる。
「ガキじゃねぇよ。オレはザルガラ。怪物で有名なザルガラ・ポリヘドラだ」
オレの名はそこら中に広がっている。もっともほとんどが面白半分の話なんだが、こういう喧嘩では名を出すだけで武器なる。
オレの名を聞き古式魔胞体陣を見れば、聡いヤツならさっさと逃げる。バカは突っかかってくるが、そうなったら遠慮なく捻じ伏せればいいだけだ。
このチンピラたちも、オレの名を知っていたようだ。
「お、お前があの――」
チンピラたちに動揺が走る。
その1人がオレを指差し言った。
「あの怪物ザリガニだと?」
「ザルガラだ。誰の両手がハサミだよ、こら」
「な、なんだって! まさか、あの怪物と呼ばれるガルガラか?」
「ザルガラだ」
「う、うそだろ! ヤバいよ、兄貴! こいつ、あのザルッガラーバキだよ!」
「ザルギャ……ザルガラだ!」
いかん、自分で自分の名前で噛んだ。
一瞬、自分のマヌケさに焦った。が、チンピラはそれどころではないらしい。
リーダーの男が新式魔法手帳を翳し、オレに挑みかかってくる。
「ええい! 狼狽えるな! ザルガラだか、ザルガラだか知らんが、オレの魔法でぶっ殺してやる!」
あ、こいつ何気に2回とも間違えてない。好感触だ、キミ。
短足とか言って、ごめん。
「『かまどの炎で火傷しろ!』」
おっと、驚いた。このチンピラはまともな攻撃魔法を使えるようだ。
どうやらかまどへの火入れ魔法を、飛ばせるほどになっているらしい。
赤々とした炎の塊が、矢のような速度で迫ってくる。これが当たれば、炎に巻かれて大やけどになるだろう。
ボッ……。
しかし、炎はオレの古式魔胞体陣に当たり、虚しく四散した。
投影された魔胞体陣は、それだけで盾になる。
格下の魔法を受け止めるなら、魔力を注いでいない魔胞体陣で十分だ。
「……う」
リーダー格の男は、手ごたえで自分の無力さを悟ったのだろう。一気に顔色が悪くなった。
「そこまでの腕なら、オレがこの魔胞体陣に魔力をいれてないって分かってるよな?」
「……くそ」
「引き下がったら、立場的に不味いってのは分かる。だが、相手が怪物だ。引いても理由は立つと思うぜ?」
これは挑発ではない。
リーダー格の男も、オレが諭していると分かったのだろう。バカな男ではないようだ。
「おい、いくぞ」
リーダー格の男は、チンピラたちにそう声をかけて身をひるがえした。
男たちはちらちらと、オレの方に振り向きながら、路地の影へと消えて行った。
いやいや、なかなか丸く収まったな。
さてと――、チンピラはどうでもいい。
本題に入ろう。
残されたオレは、この騒動の中で、微動だにしなかったステファンに声をかける。
「よぉぅ! ハウスドルフ先輩。なんで王国騎士のご子息が、新品の剣を下げてこんなところに?」
挑発も入れたのに、ステファンの目は反応が鈍い。どんだけ冷徹なんだよ、この男。
ステファンは虚空を眺めた。鳥が飛んでいる。わざわざその鳥が飛び去ったの見てから、このスカした男はオレの問いに答えた。
「……道に迷っただけだ」
「はっ、面白い冗談だ」
本当にマヌケだとしても、道に迷ったからとスラムには入ってこない。緩衝地帯の放棄遺跡で回り右をする。
ステファンは目的があって、ここに来た。
それを探ってやってもいいが、こそこそするのはオレのガラじゃない。
真正面からぶつかる。それがザルガラ・ポリヘドラだ。
コイツがすでに古来種の秘密に触れてるなら、叩けばその片鱗を見せるかもしれない。
オレが睨みつけると、ステファンの表情に変化があった。
さすがにオレが敵意を持っていることに気が付いたか。
「なんで邪魔したのか? って顔だな。そうだな……学園の奇才に挨拶したかった。……てのじゃあ、ダメかな」
「……」
無言か。
オレが古式魔胞体陣を出しっぱなしにして、あとは魔力を注ぐだけという臨戦態勢なのに、こいつは全く反応しない。単にビビってるなら、オレに逃げるか詫びをいれる。
やり合う気がないなら、話をしようとしてくるだろう。
オレとやり合う気なら、準備のため古式魔法陣の投影か、せめて新式の魔法防御を張るはずだ。
だが、ステファンは何もしない。
魔法防御すら張っている様子はない。
無防備だ。
攻撃に使える古式魔胞体陣を出しているってことは、オレは剣を振り上げているも同然の状況だ。魔力を注げば、すぐに大岩だって破壊する魔法が発動するんだぞ。
魔法学園の生徒なら、この状況がどういうことか分かっているはずだ。
なのに、コイツ……なにも……しないだと?
まさか、すでに古来種の力を持っているのか?
オレが認識できない、なんらかの魔法をすでに発動させてるのか?
それとも雑音魔法みたいに、オレの魔法が発動してから効果が発現する力を得ているのか?
ヤベェ……。そういえば古来種の魔胞体陣がどういうものかも知らんぞ、オレ。
単にすげぇ魔法とか思ってたが、もしかして、高次元すぎて認識できないとか――。
オレの背に冷や汗が流れる。
なのに、ステファンは涼しい顔で、オレの出方を伺っている。
スカした顔が気に入らない。
面倒くせぇ!
まずは一発、その顔に打ち込んでからだ!
オレは覚悟を決めて、魔力を古式魔胞体陣に向けた――その時、マヌケな声が上がった。
「ねえ、ハウスドルフ先輩」
あ、忘れてた。
ペランドーが、いたんだっけ。
「迷ってるなら、ぼくたちが出口まで案内しようか? 上から一度見たから、道ならわかるよ」
なんか善意の塊になってるな、ペランドー。さっきオレを盾にしたくせに。
「……そうか。じゃあ案内してもらいたい」
「うん、じゃあ、こっちですよ!」
ペランドーの助け舟に、ステファンがすぐ乗った。いままで反応が悪かった癖に、即逃げの手かよ。
…………いや。
この助け舟は、オレに出たのかもしれないな。
「こっち、こっちの階段を上ってから、橋を渡ると葡萄噴水広場に繋がってるんだ」
「…………」
ペランドーが先行して、道案内をする。ステファンはその後を、黙ってついていく。
このオレが背後にいるのに――だ。
いや、そりゃオレがいきなり攻撃するわけないが、この怪物を背後にして、振り返りもしないとは見上げたもんだ。
「ほら、ついた。あっちにまっすぐいけば、もう葡萄噴水広場ですよ」
「……ありがとう。そこまでいけば、分かる」
「どういたしまして!」
ペランドーはなんでこんなにも、にこやかなのか。
噴水公園へと去っていくステファンに、ペランドーは無邪気に手を振った。
「迷子になると不安だよねぇ、ぼくも経験あるからさ」
度胸あるなぁ、ペランドー。迷子ってのはウソだぞ。天然の煽り怖いぜ。
さすがに思うところがあったのか、ステファンは立ち止まってまた空を見上げた。
そして振り返り――。
「……そうだな」
と、微笑を浮かべていった。
この野郎――。オレをあざ笑いやがった。
「もう道に迷うなよ、ハウスドルフ先輩」
オレは精一杯の憎まれ口を叩くが、ステファンはスッと表情を消して前に向き直った。
そのまま振り返らず、ステファンは去っていった。
バカみたいにオレはその背を見送るしかなかった。
ペランドーはニコニコしている。この野郎、何も知らねぇで……腹立つなぁ。
「ペランドー……」
口元を歪め、オレはニコニコしてるペランドーの名を呼んだ。
「ん? なに? ザルガラくん?」
なにも分かってない顔がオレを見上げてきた。
「ありがとうな」
「……はい?」
オレの礼に、ペランドーは首を捻った。
それでいい。
それでもオレは、ペランドーに礼を言いたかった。
オレは今日、もしかしたらペランドーに助けられたかもしれない。




