アジト探し
「話は聞かせてもらいました」
休日の朝。
出かけるため玄関へ向かう途中、後ろに従うティエがそんなことをいいだした。
「なんで……知ってる?」
「アジトを作られるとか?」
「あ、ああ、うん。そっちか。ああ、そうだよ」
今、なんでオレは、学校崩壊の話を聞かれたと思ったんだろうか?
「いや、まて。でも、なんでそれを知っている? ペランドーから聞いたのか?」
鍛冶屋で会っただけで、それ以上アイツとティエに接点はない。アジトの話をペランドーに持ちかけたのも昨日の夕方だ。
「それは、本人から――」
「ごめん、待ちきれず来ちゃった」
ペランドーが玄関ホールにいて、手を振っていた。魔法学園の制服ではなく、リュックを背負った鍛冶屋の作業着姿だ。
「いや、いいぜ……」
すげーな。末席とはいえ貴族の家に、一人で遊びにこれるとか普通じゃない。
「よく場所がわかったな。このあたりは、似たような家ばかりだぞ」
基本的に表札や家紋も描かれていない。仮住まいだしな。
「朝市へ出かけたおりに、エンディ屋敷街の出入り口で出会いました。ザルガラ様から、ペランドーさんとお遊びになる約束をしていたと聞いておりましたので、ここまでご案内しました」
ああ、なるほどね。ティエの説明にいろいろ納得した。
案内したのはティエ。アジトの話は道中、ペランドーがしゃべったのだろう。
「時間短縮になっていいくらいだ。いい判断だぜ、ティエ」
「ありがとうございます」
ティエが深々と頭をさげ、護身用の手槍を差し出す。それを受け取り、オレはペランドーと共に出発した。
馬車は出さない。
目的地が目的地だけに、馬車は適さないからだ。
「すごいね、ザルガラくんのお家! メイドさんがいっぱいいる!」
エンディ屋敷街の道は閑散としている。その道中で、ペランドーが興奮したようにいった。
「三人しかいねーし。あとティエはメイドじゃないぞ。彼女はうちの陪臣とはいえ、爵位持ちだ」
「え? そうなの?」
「オレの身の回りの世話を専任してるから、そう思えんだろうが、れっきとしたポリヘドラ家の騎士だ。もっとも、剣の腕があるから騎士ってわけじゃないがな」
王国騎士ならともかく、地方領主の騎士になると、特殊技能を持っているから爵位を与えて囲い込むという事が行われる。
ごく稀な例だが、やたら上手い料理を作るから騎士爵を与えて召し抱える。なんてことだってある。
ちなみに、ティエの特殊技能は二つあるのだが、その話はいずれまた――。
「へえ。でもなんでメイド服なの?」
ペランドーの疑問は当然だ。
「それがよぉ、ティエのヤツが着たいって言い出してな。なんでも侍女とかの仕事が憧れだそうだ。できれば、若い女に仕えたいんだろうが、オレの縁者に未婚女性がいなくてね」
「兄弟とかいないの?」
「兄はいるが、10歳も上だ。姉や妹もいないし、姪とか従妹とかもいない。男ばっかりだなぁ」
思えば、男くさい一族だ。ポリヘドラ本家では、ここ80年くらい、女児が生まれてないというし。
貴族としては悪いことじゃないんだが、家同士の紐帯確保を考えると面倒なことになる。なにしろ政略結婚で、受けるだけとなってしまう。
こちらから血縁を他家に出せないというのは、それはそれで勢力が弱くなる。
ポリヘドラ家が中央で政治的に弱いのは、この辺に理由があるだろう。
「そうかぁ。ぼくは兄弟誰もいないし、お兄さんがいるだけいいなぁ」
「おいおい、貴族にとって兄がいるってことは、オレは予備扱いなんだぜ」
「あ……ごめん」
「いいって、気にするな。オレの実力なら、家を継げなくても問題ないし」
そもそも家の管理を出来る性質でもない。ボッチとかそういう意味じゃないぞ。気質だ、気質。
「ところで、目的地はどこなの? 葡萄噴水公園のあたりでアジト探すの?」
「あのあたりは、無理だろうな。小さいとはいえ市場が立つし、"空き"がない」
葡萄噴水公園付近は、豊かではないが、生活が軌道に乗っている市民の区画だ。
「ああいうところは、人の動きが――引っ越しとか家の取り壊しとかがない。空き地もない。アジトになるような場所はそうそう見つからなんだろう」
「そうなんだ。じゃあどこにいくの? 目星がついてるっていったけど」
「葡萄噴水公園から東に行くと、放棄遺跡がある」
「ほ、放棄遺跡だって!」
ペランドーが驚くのも当然だ。放棄遺跡は構造上取り壊しが面倒なので、後回しにされている区画である。
遺跡だからって、別にモンスターが出るというわけじゃない。
「あそこはスラム街じゃないか!」
そういうことだ。
貴族のオレや、つつましいペランドーが行く場所じゃない。
王都はデカい。この王都は、太古の大きな遺跡を間借りする形なので、遺跡を侵食しているような街だ。
街を広げたければ、遺跡を壊してそれを材料とし、その場所を新しい街にすればいい。
公に、王都の人口は10万をちょっと切るとされている。しかし、不定期な流入や不法流入などを考えるとさらに増える。市民も貴族も下層市民も浮浪者も多い。
その下層市民や浮浪者が、放棄遺跡に住み着いている。
「ところが、そういう場所だからオレたちでも場所を占有できる」
遺跡に所有権はない。一応、王国のモノなので、開発するとなったら出て行けとなるが、そうでもないかぎり野放しである。
「で、でも……」
ペランドーはまだ不安そうだ。
「別にがっつりスラムの中につくるわけじゃない。スラムの連中が市民を睨む。市民がスラムの人間を避ける。そういう間の場所に作るんだよ」
「なるほど、緩衝地帯をねらうんだね?」
「そういうことだ。ペランドー。オマエですら、魔法使いとしたらそこらのヤツじゃかなわない。しかも、新式魔法手帳さえあれば、だいたい全部使える」
「つまり、ぼくだけでも防犯ばっちりなアジトをつくれるね。すごい魔法使いとかスラムにいるわけないし、どうにでもなる」
「そういうこった。冴えてるじゃねーか」
オレは荷物を背負ったペランドーの肩を叩く。
「うん、これでも町内の防犯魔法は、ぼくがやってるからね」
「おー、それはいい収入になるじゃないか」
「……え?」
「え?」
お互い見合って、足が止まる。
「おい、ペランドー、どういうことだ?」
「どういうことって……。収入って?」
「いや……、あのな。つまり、明かりの魔法や警報、戸締りの魔法とか近所にしてあげてるってことだろ?」
「そうだよ?」
きょとんとしているペランドー。
ちょっとまて、つまりは――。
「オマエ、善意でやってんの? 金貰ってないの?」
「善意っていうか、ぼくの役目っていうか……」
「お人よしすぎんだろ!」
呆れてモノがいえない。
魔法使いってのは、特級の技能持ちだ。ペランドーほどになれば、街の魔法使いって立場で、くいっぱぐれがないうえに、名士扱いされてもおかしくない。
それを安売りどころか、タダで――。
「ペランドー。だれにやれって言われた?」
まさか、自分でやってやると言ってはいないだろう。
「ソ、ソフィに――」
「あー……」
大方、あの女が「そのくらいペランドーがやってやりなさいよ」とか、考え無しに言い出したのだろう。
そういうカンジがする女だ。
「まあいいや。オマエの街を縄張りにしてる街士(街の魔法使い)がいなかったからいいが……」
「う、うん」
「あとで、組合長に話だしておくわ」
あんまり組合と関わりたくないが、これは酷い。ほんと酷い。
ソフィは組合長から、大目玉の上に、お尻ぺんぺんを喰らうような話だ。
魔法使いの既得権益を、ソフィの思い付き提案で潰してたわけだから。
そうこうしているうちに、葡萄噴水公園区画を越え、俺たちは放棄遺跡区画へと到着した。
「初めてきたけど、結構しっかりしてるんだね」
ペランドーは、壁の残っている家の遺跡を見て、そんな感想をもらした。
古来種が人類に作らせた遺跡は、頑丈な事この上ない。
そのまま住んでもいいが、なにぶん外側だけではどうにもならない。なので街を広げる場合には、基礎を残して更地にするのが一般的だ。
「どうしてここは、開発されないの? 一応、王都中心に近いのに」
「まあ、東を開発するより、西に広げたほうが楽なんだよ。あっちは平らだし」
「そっかぁ、ここは階段多いもんね」
この区画は起伏が多い。
低い丘と浅い谷が織りなし、中央の低地には池まである。
能力の高い魔法使いが、大勢集まって作業するならともかく、魔法無しの人力では取り壊しの片づけが難しい。
金がかかるので、楽な西を開発してこのあたりは放置されている。
「とりあえず、近くの遺跡から覗いていくか」
「うん」
オレは手槍を鞘に収めたまま手に持った。短杖扱いで、攻撃を受けるくらいはできる。
ペランドーには後ろを見てもらい、オレは前や上を警戒して太古の家に侵入した。
「天井がないのは当たり前だが、これはだめだな」
床板がない。地下室が剥き出しで、ひどく汚れている。雨水が貯まった後に乾燥したのだろう。こけやドロがびっしりとある。
「床板貼るのもいやなくらいだ。次いこうぜ」
「ねえ、ザルガラくん。そっちの砦みたいのは?」
ペランドーが緩衝地帯の中央を指差した。
「あれは――。みたところ古来種の通信設備跡だな」
「通信設備!? なにかあるかな!」
「王都の遺跡調査は、建国から100年もかけて200年も前に終わってるよ。なにもねぇって」
そのころは、王都も冒険者の街になっていたらしいが、今は昔。兵たちが夢の後である。
しかし、ペランドーは諦めていない。
「で、でも、もしかしたら――」
「なーんて、オマエみたいなことを考える人間やガキが、200年も放っておくと思うか?」
「う、そうかー……」
残念そうにするペランドーを見て、オレは少し悪い気がした。
「そんなに遺跡調査が気になるなら、後で北で発見された遺跡にでも行ってみるか」
「ほ、本当に! いけるの? ザルガラくん! あそこって許可制でしょ!?」
「ティエが資格持ってる。ティエに同行すればいけるぞ」
「やったぁ! すごいなぁ、ティエさん!」
ペランドーの機嫌がアゲアゲになった。
その勢いのまま、オレたちは古来種の通信設備跡らしき場所へと向かった。
近づいてみると、やはり通信設備だ。
円柱型の塔で、窓は最上階までない。昔、天辺には腕木と呼ばれる人型の装置があったらしいが、いまは何も見えない。
オレは誰かいないか、魔法で確認しながら内部に侵入した。
「階段は……おー、さすが残ってるな」
一階はガランドウとしていて、手すりの無いらせん階段のみがあった。
オレに続き、ペランドーがおどおどと内部に入った。
「く、暗いね」
「暗視魔法は使えるよな」
「あれって、転びそうになるんだよ」
「ああ、階段とかじゃ怖いわな。よし」
オレは明かりの魔法を灯し、階段を先行させて登らせた。
途中の階にあるべき床板はすべて抜け落ちていた。木材は燃料として大昔に持ちだされてしまったのだろう。
本当になにもない。
最上階の石床だけは、十字に作られたアーチ型の張りによって支えられていた。
これなら期待できると、最上階まで登る。
「……がっかりだね」
登り切るなり、ペランドーが肩を落とした。
「なにかあると思ってるオマエにがっかりだわ」
仮になにかあっても、無宿人の汚い生活用品くらいだ。
「とはいえ、これは充分に使えるな。階段に幻覚魔法使うなりして、階段を消せば……」
「ザルガラくん! あれ見てあれ!」
ここをアジトにする場合の計画を考えていると、窓の外を眺めていたペランドーがオレを呼んだ。
「あそこ! あそこ見てっ!」
ペランドーが必死に叫ぶので、億劫だが隣りから指差す方を覗き見た。
指差す方向にはスラム街。階段があちこちある錯綜とした中、数少ない広場で1人の少年が、ガラの悪そうな武装する5人の男たちに囲まれていた。
とくに珍しい光景ではないんだろうが、少年が少々珍しかった。
囲まれている少年は、魔法学園の制服を着て、腰には剣を下げている。とてもじゃないが、スラム街にいるような存在ではない。
いや、あれ? オレらは?
……緩衝地帯だからセーフ。
「大変だよ! 助けないと!」
「なんで?」
「な、なんでって、あの子、どうみたって絡まれてるよ!」
「あのなぁ……。魔法学園の生徒ってことは、だ。落第生でも、一個小隊の歩兵と戦える魔法使いなんだぞ」
「そ、そうなの? でも、ぼくはそんなに強くないよ」
おい、なんで自己評価がそんなに低いんだ?
もしかしてソフィのせいか?
「自覚しろ! オマエのレベルなら弓兵40人分に値するわっ!」
直接戦っても、補助や援護にまわっても、ペランドーならそのくらいの働きができる。
「ぼくでもそうなのかぁ~。で、でも、あの人、ぜんぜん動かないよ!」
「う~ん?」
さすがに様子がおかしい。
包囲されるがままってのは、なにか理由があるのか?
遠目の魔法を発動させ、状況を確認する。
「先手を取らせる戦法なのか、他に理由が……」
――オレは思い当たった。
あの魔法学園の生徒が狙う戦法ではない。あの生徒の名を――だ。
女みたいに長いストレートの金髪。王子様と言われても、信じてしまいそうな美形。
ステファン・ハウスドルフ。
二週間後、学園を消滅させる張本人――。




