毛の荒物を愛でる者
構成ミスって短くなりました。
「にゃーん……と言ったら、『なんだ猫か』と、油断して捕り逃すのが定番だろう? おい、こらやめろ、つつくな! わたしを誰だと思っている?」
松明という不効率な光源に照らされ、木々の合間に網で吊られた虎のマスク男が、半裸で文句と不満を並べた。
太い枝に吊られた網が揺れて、くるくる回る。
凶悪な村人たちは、マスク男を突いて疲労させようとしている。
そんな光景の中に入り込み、部外者だがオレは堪らず口を挟んだ。
「目の前マッチョ見え見えなのに、猫の鳴き真似一つでそうはならんだろう。せめて隠れているときにやれ。あと語尾ににゃんとか言うな。キモいから」
「にゃん」
オレの文句に、マスク男が一言返す。
なかなかに反逆してくるヤツだ。
「汚物は消毒だーっ!」
マスク男の態度に腹を立てたのか、村人たちが火あぶりにしようと……アザナが示した発火作業を開始した。
「今から火を起こすのかよ。その手に持ってる松明はなんなんだ?」
どうやらアザナから教わった火起こし法が、楽しくて仕方ないらしい。
村人たちが必死に弓を前後させる隣りで、タルピーが「頑張れーっ!」と応援している。
オマエがつけてやっちゃえ、火。
火起こしに必死な年配の村人の作業を、興味深そうに覗く若い村人がいる。
年配者はその視線に気が付くと、火起こしの作業を止めた。
「なんだ? やってみたいのか?」
「……え、ええ。あ、はい!」
「そうか……。よし、じゃあお前がやってみろ」
「いいんスか、兄貴!」
「ああ、やってみろ。慌てずに……」
「ヒャッハー!」
「ヒャッハー! じゃない! 真剣にやれ!」
「す、すいません!」
村人たちが子弟関係みたいな光景だが、昼間に教わったばかりだよねキミたち。
さて、村人たちの一部が火起こしにかかり切りとなったので、不本意ながらオレがマスク男を警戒することにした。
部外者である立場だが、怪しいヤツを警戒することにこしたことはない。
オレの後ろには、友人たちがいる。
ユールテルの警告と誘導を無駄にしてはいけないからな。
「で、オマエ……どこからきた?」
誰何の前に、とりあえず答えやすそうな質問をしてみる。
「対岸の村からきた!」
「ふーん。ただの猫じゃねぇのか」
思いのほか、素直に白状したので感心してしまった。
網に吊られ、疲労困憊した結果だろうか?
鍛え上げられた肉体の癖に、精神は意外とひ弱なヤツだ。
「猫ではないとバレてしまったからには、仕方にゃいなぁ」
「オマエがバラしたんだろ。いや、その前ていうか最初からバレてたが」
頭がひ弱なヤツだった。
「我らの村民を返してもらうにゃっ!」
虎のマスクは魔具なのか仕掛けがあるのか、グワッと牙の目立つ口が大きく開いた。
「偉そうに言ってるが、ぶら下がる網の中で右手が左に左手が右に、足に至っては後ろから上に、って状態で言われてもな。あととってつけたにゃあとかヤメロ」
「……できればもう少しマトモな体勢で捕まえてほしかった」
「罠相手に贅沢言うなぁ」
網の中の捕らわれ虎マスクは、複雑な体勢でしょんぼりうなだれた。
「おい、アンタら。あの虎マスクのヤツが村民を返せって言ってるが、なんかあったのか?」
どこでも村同士の諍いなど日常だ。
利権や境界、森の資源などで揉めて、村同士が殺し合い寸前という話はよくある。うちの領内でもよくあるもんだ。
そのさい裁可を下すのは領主や貴族の勤めであり、義務であり権利である。……たまーにその裁判権を停止させられている領主とかいるが、これは例外だ。
どっちが悪い、どっちも悪い、どっちも正しいなど色々事情があるにせよ、人をとっ捕まえて監禁くらいの事件があっても驚かない。
しかし奇妙な恰好の村民たちは、互いに顔を見合わせた。
オレが部外者だがら、とぼけているという雰囲気ではない。
虎マスクの言い分に対して、呆れたヤツだ、という態度に見えた。
「いやぁ、そのケダモノが言ってるのは、家畜の話でして」
「わたしのことをケダモノというのは許すが、村民たちを家畜というなど許さん」
「どういうことだ?」
言い分が食い違っている。
家畜泥棒の話だろうか?
ちなみにこれもよくあることで、放牧していた家畜が盗られるなど珍しくない。しかも取った取られたの繰り返しで、どっちがどっち? なんてことすらある。
だが、そういったありきたりな話とは違うように思えた。
虎マスクは、村民といっている。人扱いだ。
つまり変態に変態をかけ合わせれば、おのずと答えが導かれる。
「……あー、大方、ケモノが好きなヤツなんだろ、このマスク男」
いつものパターンだろと、事態を矮小化して推測してみた。
「理解が早いですね!」
「さすが都会の貴族様だで、変態に詳しいべ」
「なんか不本意ッ!」
急に田舎者口調になる村人ムカつく!
あと、実家は十分田舎だから!
田舎は自慢にならないけど!
と、とりあえず村人の反応から見て、おそらく正解だろう。
「ち、ちがう! 彼らはケモノなんかじゃない!」
「変態はみんなそういうんだ」
理解あるオレは、虎マスクの話を聞かない。
「おのれっ! 私には重臣がついている! すぐに助けに来てくれるはずだ……あいててて!」
険路求道の村人たちは、消毒を諦めたのか虎マスクを下ろして護送するようだ。虎マスクは抵抗するが、網の中で1人関節技でこんがらがっているので、勝手に痛がっている。
「重臣ねぇ」
貴族でもないのに、重臣とか生意気だな。
「我が村の重臣は、ただの重臣ではないぞ! 重臣らイガーだ!」
「イガーさん、何人いるん?」
なぜ複数形接尾辞?
運ばれていく虎マスクを見送っていると、突然、オレの脳裏で日中に見た村の風景が、勝手に高速で巻き戻されていく。
無意識に何かに気がつき、オレの脳が自然と活性化する。
魔具のある現代的な宿、舗装のない村道、粗末ながら居住性の良さそうな土壁の家々、完璧ではないが手間をかけ整備された耕作地、そこで生活する奇抜な恰好の村人たちと、農作業を補助する家畜たち――。
オレたちは村を案内させてもらった。
家畜はいた。
村人の住居を、いくつか見学させてもらった。
人だけが住む住居だった。
この村でオレは……オレたちは、家畜小屋を見かけただろうか?
構成をミスして、一話分量のバランスが崩れてしまいました。
次話はほとんど書きあがってますので、近日中に更新します。本当です。




