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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第8章 楽園の破壊者

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神の心と悪魔の毒の持つ男


「ヒャッハツハツ! 水だ、水だっ!」


 【険路求道ベスティゴエレファント】の村――。その名もずばり険路求道村へ向かう道中、桶をひっくり返して頭から水を被っているヘクサコシオイヘクセコンタヘクサにそっくりな恰好の男たちがいた。

 体格良い男たちが上半身裸という姿になって、実用的な筋肉のラインに、陽光を返しきらめく水をしたたらせている。


「なに……あれ?」

 やたら楽しそうに井戸水を汲んでは頭からかぶる儀式めいた様子を指さし、ペランドーが道案内のヘクサなんとかに訊ねた。


「ああ……、あれは以前、苦労して井戸を掘り当てたとき、作業で疲れた体を冷やそうと水をかぶったら、みながみな、あんな感じになってしまいまして。以来、野良仕事や山仕事の後に水をかぶるさい、ああするのが通例というか……、ノリでやってしまうというか……」


「毎回ですかっ?」

 ヘクサなんとかの説明を聞いて、女性陣たちがやおら色めきたった。

 ヨーヨーならば男たちの半裸に、余計な反応をしただろうが、取り巻きの彼女たちはまだ12そこらの普通の女の子である。

 やましい反応ではなく、ヒャッハーな男たちに驚いている……はずだ。


 なお、マトロ女史は村人の実情にショックを受けたままだ。


「だが……最初の気持ちはわかる。成功で気勢が上がりまくってるところで、水を被ったら奇声を上げるだろうな」

 

 人力で井戸を掘るなど、方法すら思いつかない。

 どんな道具を使い、どうやって水源を探し出し、どのような土木技術を使うのか。


「険路……険しい路か」

 俄然、険路求道村に興味が湧いてきた。


 拙い技術でつくられたガラガラという釣瓶の音を背にして、気になる村へと足を進める。


 しかし、水を頭からかぶって、あの逆立った髪の毛、よく保持できてるな?

 セットしにくい硬い髪質の自分の髪をつまんで、オレも水をかぶってもあんまり髪型が変わらないな、と肩を落とす。


「先輩にあの髪型は似合わないですよ」

「しねーよ」


 悩むオレを見て、ふわふわさらさら髪質のアザナは、あんな髪型にしたいと考えていたと思ったのか?

 このままでいいという意見は素直にうれしい。

 だが、オレを指さしニヤつくその顔には悪意が感じられる。


「おい、アザナ。脳内でどんなオレの未来予想図を描いた! こいっ! オマエの髪を逆立ててやる!」

「きゃー、やめてくださいっ!」

 オレは物体高質化の投影魔法陣を右手の前に描き、逃げるアザナの首根っこを左手でつかんだ。

 この三角陣一枚でできた新式魔法は、紙など柔らかく軽い物を高質化させる効果がある。

 手櫛の一発で、髪の毛を逆立てることが可能だ。


「来いッ! 笑える髪型にしてやる!」


 高質化魔法をかけた右手を突き出すと、アザナが背面エビぞりから左脇でオレの左手を巻き込む。

 そして同様に高質化魔法をかけた右手を、オレの頭髪めがけて突き出してきた。


「させるかぁっ!」

 お互いの高質化魔法が、互いの眼前でぶつかり合う。

 右手と右手が触れあわず、そこに無い物を高質化しようと三角陣の間で魔力が激しく叩きつけあって火花を散らす。


「やる……なら、ザルガラ先輩のほうが似合いますよ」

「て、てめぇ……さっきは似合わないっていったくせに……」


 魔力だけでなく、バチバチと視線をぶつかり合う。


「むしろ似合いすぎるかもしれねーぞ! だーっはっははっ!」

「やらねーって言ってるだろ!」


 横からチャールポールの茶々が入り、続いて不機嫌そうなユスティティアの声も飛んできた。


「おやめなさい! アザナ様も隊列を乱さないでください!」

「はーい」 


 まとめ役のユスティティアの言葉に素直に従い、アザナがパッと後ろへ飛び下がった。

 その際、ちゃっかり静電気をオレの頭上に発生させる。


「あまくみるなよ、これごときでオレの髪が逆立つなんて思うなッ!」

 自慢じゃないがこの頑固な髪は、静電気くらいで逆立ったりしない。

 寝癖が付いたら直すのに魔法がいるほどだぞ、オレの髪。


「これはこれで……」

 なにがこれはこれでなのかわからんが、アザナの取り巻きの1人ヴァリエが、三つ編みを胸で抱えて、息を荒くしながら言った。


 さて、そんなことをしながら、道中珍しい農園風景を見ながら進む。


 魔具ではなく物理を応用した器具と、人力と家畜の力で農作業をする妙な恰好の村人たち。

 あまり整備が行き届いてない農道を進んでいると、急に嫌な臭いが鼻孔を突き、オレは鼻を覆って顔をしかめた。


「む、な、なんだ……。このにおい……」


 嗅いだことのない臭いだ。

 周囲の誰も……いや、護衛たちの数人は顔をしかめて鼻に腕を当てるなどの仕草をしている。


「ああ、それは田舎の香水です……」

 前を行くヘクサなんとかが、歯切れ悪く答えた。


「洒落ていってますが、それって肥……堆肥ですよね」

「さすがは学園の生徒さんですね。よくご存じです」


 アザナの答えに、ヘクサなんとかが嬉しそうに反応した。


「学者でもあらせられるマトロ女史は、そこで首を捻ってるがな」


 アザナは時々、こういったまったく要らない知識を持ち合わせている。

 オレも知らない知識だ。

 おそらく……以前、断片的に聞いたアレ(・・)が原因なのだろう。しかし、それを一々確認したり訊ねたりしない。

 オレたちには、そんな根掘り葉掘りする会話など必要はない。


 それに……詮索されれば、未来においてアザナが孤軍奮闘して負ける。という別存在のアザナから貰った情報を、隠し通せる気がしない。

 嘘をつき通す自信はあるが、アザナに嘘を言い続ける自信がない。

 

「……っ! なんだこのにおい!」

 嗅いだことのない刺激が、鼻孔をついた。

 しかし、周囲の誰も……いや、護衛たちの数人は顔をしかめて鼻に腕を当てるなどの仕草をしている。


「オマエらなんにも感じないのか?」

「なんのこと?」

 ペランドーもアザナも、ユスティティアたち4人も反応が薄い。


「もしかして?」

 アザナが何か気が付く。


「さっき村人の人たちが休憩してて、そこでタバコのにおいが嫌なんで、みんな魔法で悪臭を防いでるから……かな?」

「ああ、防御陣の一枚をフィルターにしてるのか」


 触れているならともかく、一目見て、防御陣全部を見通すのはオレでもアザナでも不可能だ。

 この体、この時代に戻る前のオレはヘビースモーカーだったこともあり、それほどタバコの煙に忌避は覚えない。

 しかしまだ子供の彼ら彼女たちは、そうでもない。

 道中、村人たちは休憩、野良仕事中に関わらず、タバコを呑んでいた。

 煙が拡散しやすい外ではあるが、あいさつにくる村人たち誰もがタバコ臭いので、臭い対策を前もってしていたようだ。 


「たかが臭いで、魔法に頼り過ぎだぞ」

 と、言った瞬間、それ言ったらオレがこの悪臭を防げないじゃん、と気が付くがもう遅い。


「さすがです、ポリヘドラさん! 魔法で感覚を遠ざけず、文明と文化を肌で感じるわけですね! 学者たるもの、そうであるべきです」

「学者はあんただけどな」

 マトロ女史がなにか勘違いをして、さらに前言撤回しにくくなってしまったぞ……。

 どうしよう。


「生涯、学徒たるべしと決めた先生も見習いたいです!」

「お、おう……」

 なにか感じいったマトロ女史が、臭気フィルターの魔法を解除しようとして……


「まあ、わたしは遠慮しておきます」

 ぷいっと青い空へ顔を背けてやめた。


「解かないのかよ!」

 肩透かしに、オレだけでなく生徒たち全員が脱力した。

 一瞬、さすが教師と感心した数秒を返せっ!

 

   *   *   *


「ようこそ、我らが険路求道村へ!」


 村長というに髪の長い大柄なエルフの男性が、オレたちを出迎えた。

 エルフの年齢は見てもわからないので、壮年か老人か若者か、判断できないなぁ……。などと、愚にもつかないことを考えていたら。


「今回は無理を言いましたのに、歓迎してくれてありがとうございます」 

「ルドヴィコさん!」

「なぜ、あなたがここに? というか、その恰好は……」

 出迎えた村長に、マトロ女史は至極普通の反応で挨拶をし、アザナとユスティティアは驚愕で答えた。

 そうか、あのエルフの村長はルドヴィコというのか。


 どうやら、アザナとユスティティアの知り合いらしい。

 そりゃ昔の知り合いが、あんなイメージチェンジをしてたらそんな反応もするだろう。


 なにしろ、エルフの端正な顔はそのまま、険路求道村の住人ヘクサなんとかたちと同じ異形のいでたちだ。

 長い髪を逆立て、顔には南方の戦化粧を施し、およそエルフとは不釣り合いなとげとげしい革の上着を着ている。

 変貌甚だしい。


「暇をもらったと思ったら、こんなことをなされていたのですね」


「ええ、そのたびにはご本家に大変ご迷惑をおかけしました」


 ユスティティアとの会話から、ルドヴィコがエン・エッジファセット公爵家の家臣……いや、ご本家という言い方からして、公爵家陪臣の臣下といったところか。

 暇をもらった……とは、辞めたのか、それとも辞めさせられたか、辞めざるを得なかったのか?


 ユスティティアの表情から、それらを読み取ることはできない。もちろん終始笑顔のルドヴィコからもだ。


「どうしたんですか、ルドヴィコさん。この村はもしかして、なにかの悪だくみですか?」


「はっはっはっ。お話の悪役ですかな、わたしは。これは引退した私の老後の選択ですよ」


「え?」

「なんですって?」


 問いかけに笑って答えたルドヴィコに、アザナたちが驚きを見せた。


「まあ思想は大きく関与してますが、あくまで老後の一つで……。どうかされましたか?」

 なにかまずいことを言ったか、とルドヴィコが言葉を補う。

 まるで言い訳みたいだ。


「いえ、エルフが老後だなんて……ちょっと意外だったのもので……」

 アザナの言葉も、どこか言い訳染みていた。


「ははは、こうみえてなかなかの歳ですよ、私は。さあ、村を案内しましょう。体験ですが収穫のお手伝いも、お願いしますよ。その新鮮な素材で昼食を振る舞わせていただきます」


 案内のため先頭に立つルドヴィコ。

 ついていく一行の中で、アザナとユスティティアだけが立ち止まって、いぶがしげにエルフ村長の背を見つめている。


「……妙だな」

「ど、どうした? アザナ。そりゃあの恰好はおかしいが」

 いつもどこか柔らかく子供らしくいたずら心に満ちているアザナのが、やけに神妙な面持ちになっている。

 子供っぽくないうたぐりの顔だ。


「彼……ルドヴィコさんは、あんなことをいう人じゃありません」

「じゃあ、どうだっていうんだ?」


「悪事ばかりを考えて、悪事を公言してはばからない。そういう人物でした」

 オレの質問には、アザナの向こうで立ち止まっているユスティティアが答えた。


「そ、それは……こ、更生したんじゃないかな?」

 ちょっと理解できなかったが、以前のルドヴィコは変わり者だったらしい。

 不思議なユスティティアの言を、アザナが引き継いで補足する。


「いえ……そういうのとはちょっと違うんです。ただ言うだけで実行はしないんです。そして、いつも悪事を言うのも、『わたしに関わらず、こういうときはこういう好事魔多し』という意味で周りに伝えるんです」

「なるほど。そういった……嫌われ役か」


 直言は直言ゆえに、時として人に届きにくい。

 だが、露悪とはいえ悪事を目の前に置かれれば、感情はどうあれ頭の回るものならば、意図を理解できるだろう。


 同時に……万が一、そういった悪事を考えていたものは、先手をふさがれる。少なくても、一手が奪われる。


 毒を吐いて、毒に慣れさせる。といったところか。

 

 そのルドヴィコという人物が、毒を吐かない。

 

 いや、その行動は家臣ゆえの行動だから、いとまをもらって、自分の思想に基づき、自由に生きる今は、そんな毒を吐かなくてもいい。

 だから、それは気にならない。

 ルドヴィコを知らないオレは、そこはそれほど気にならない。

 問題はそこじゃない。


 ユールテルの情報によれば、険路求道に接触したものは人が変わるという。その犠牲者と言えば答えが出てしまうからだ。


 アザナたちのように一応の答えが出る疑問とは違い、オレにはまったく答えの出ない疑問がある。


 ユールテルは村長の存在を、オレたちに伝えなかった。ということだ。

 ユスティティア同様に、ルドヴィコが村長をやっていると知らなかった、というならわかる。

 

 だが、調べればすぐわかるような情報を集めもせず、わざわざ湖上で密会して警告してくるなどあるだろうか?

 

 下調べすらできない、部下にさせない、させられない、のだろうか?

 それとも、知っていてオレたちに情報を与えなかった?

 

 前者ならまだ子供だ。立派な貴族はまだまだ遠いな、で済む。

 しかし、もしも後者であったなら――?


『ザルガラさま、ザルガラさま!』

 肩の上で踊っていたタルピーが、思案していたオレの頭を揺さぶって訴える。


『あのエルフ! 古来種様だよ!』

「そうか……」


 この報告に、あまり驚きはなかった。

 オレが持つ疑問点ではなかったし、人が変わった答えとしてお馴染みの事実だからな。


「オレたちを虎口に放り込んだのは、マトロ女史の気まぐれか、運命か……」

 エルフの背を指すタルピーの手を、オレの手の平で包んでおさめて思わず笑ってしまった。


「それともユールテルか」

 魔法使いとしてではなく、貴族として成長しているユールテルを思い浮かべて、オレは嬉しくて笑ってしまった。


 


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