働いて食う者たち
翌日、オレたちの班は、3台の馬車に分乗して湖畔の農場へと向かっていた。
昨夜の不審者目撃もあり、馬車を守る護衛はピリピリしていた。襲撃事態を恐れているのだろうが、同時に手柄や特別手当の機会だという空気も、彼らから感じ取れた。
そんな緊張感ある中、向かい合って座るアザナはすーすーと寝息を立て、隣りにいるフモセの肩に寄りかかって寝言を呟く。
「うーん、もう食べられない……」
「ありきたりで捻りのない寝言を……」
「のなら、食わせてみせようホットドッグ」
「オマエ、ほんとは起きてるんじゃねぇの?」
見事な切り返しだったので、まずオレは寝たふりを疑った。
しかし、よく見るにアザナは本当に寝ているようだ。
……寝言が続く。
「むにゃむにゃ……。だいじょうぶですよ、ザルガラ先輩……。潰して水で押し込めば……まだまだいけるいける、そのまま飲み込んでホットドッグ」
「食わされてるのオレかよ!」
たたき起こしてやろうかと思ったが、フモセが怯えながらもアザナをかばうのでやめた。
席を立ったが夢に腹を立てても仕方ない、と座りなおす。
『ねえねえ、ザルガラさま、ザルガラさまー』
落ち着いたところで、馬車の窓からタルピーが文字通り踊り込んできた。
『どうした、タルピー。馬車上で踊ってていいんだぞ』
念話で反応してやると、タルピーはオレの膝に飛び乗りながら尋ねてくる。
『きのう、イマリーにたのんだ調べもの、もういいの?』
『いや……別に無理して調べるほどでもないからな』
【険路求道】という組織が気にならないと言ったらウソだが、敵対しているわけでもない。
ただモルティー教頭の異常行動に困っているので、関係があるかどうか調べたかっただけだ。
それにもしかしたら、オレやアザナ、その友人たちが巻き込まれる可能性だってある。
だから、念のため頼んだにすぎない。
『アタイなら、しのびこめるよ。まかせて!』
驚いたことに、タルピーが労働意欲を示してきた。
踊りもせず、真面目に胸を張り手を挙げている。
精霊の姿を視認できる者は、同じ精霊か古来種と同等の存在や力を持った者。もしくはティエの持つ【精霊の目】でもないと、察知することは難しい。
とはいえ、警戒魔法や魔具などの存在もあるため、万能斥候とはいいがたい。
それに前述のとおり、無理して調査する必要もない。
正直に言うと、あのアイマスク女イマリひょんに調査を頼んだのは、本当にオレの側にいる人物なのかを見定めるためだ。
……安請け合いした上に、最初からアレは役立たずだったので目論見は外れたが。
『まー、そんなわけでオマエはいつものように気楽に踊って、ついでに周囲の警戒をしてくれ』
『まかされた!』
クルッと無駄なターンの後、ビシッと敬礼してタルピーは馬車の外に飛び出した。
屋根の上で踊る気配がする。
「いいなぁ、馬車の上……」
馬車の中という空間が嫌いなオレにとって、屋根の上は落ち着く場所だ。
生徒たちの目がなければ、オレも上に登りたい。
「それって人としてどうなんですか、ザルガラ先輩」
「おう、起きたか」
散々、寝言を漏らしていたアザナが、まなこをこすりながら起き出した。寄り掛かられていたフモセが、ちょっと残念な顔をしている。
アザナも高次元体の仲間を持ち、高次元体状態のタルピーを認識できるため、その気配に反応し、目を覚ましてしまったようだ。
「おい。よだれ、垂れてるぞ」
「っ! ……ってないじゃないですか!」
アザナは頬を拭うポーズをしつつ、まぶしいふとももを伸ばして蹴りを脛に飛ばしてきた。
足癖の悪いヤツだ。
無論、防御胞体陣に守られているので蹴りは届かないが、打ち抜く魔法でもかかっているのか衝撃だけが伝わって来る。
相変わらず器用なことをする……。
「さすがですね。片足吹っ飛ぶくらいの衝撃浸透魔法だったのに」
「にかっと笑って、さらっと怖い魔法使うな」
オレじゃなかったらどうするつもりだったんだ。
やり返そうと右手に魔力を込めたとき、フモセが車外の異変に気が付いた。
「そろそろ到着……みたいですね」
先頭の護衛と馬車が歩を緩めたため、続く馬車も速度が落ち始めた。
さすが侍女であるフモセは、こうした兆しに敏い。先んじて、すぐさま馬車から降りる準備を開始する。
主人であるアザナが快適に降りるための準備だが、オレがそれを待つ理由もない。というか早く降りたい。
「お先に」
速度の落ち始めた馬車の戸を開け、止まる前に馬車から飛び出し、街道脇の草むらに着地した。
御者と護衛がびっくりしているが、気にせず立ち上がる。
前の馬車からは、ペランドーとチャールポールが談話しながら降りてきた。
「延々と校歌を聴かされて、すっかり覚えちゃったよ」
「なははははっ! ほんと、困ったな!」
彼らはモルティー教頭と同乗していた。そのため、ずっと終わりなき校歌を聴かされていたんだろう。
「これを機に校歌を覚えておくんだな」
「鼻歌ならできるようになったよ」
「ふーんふふふふーん、ふふふふふーん……てな! わははははっ!」
ペランドーたちに愛校精神を求めたら、鼻歌で切り返されてしまった。
そんな談笑をしてる後ろで、オレの乗って来た馬車がやっと停車する。
「とうっ!」
「ア、アザナ様!」
先に降りて降車の準備をせっせとしていたフモセの頭上を、アザナが跳び越える。
ピンと伸びたつま先が、引き締まったふくらはぎが、柔らかそうなふとももが、順に木漏れ日を遮って飛んでいく。そこで無駄に回転と捻りが入り、スタッと草を払って着地した。
着地後に胸を張り、さっと両手を広げて挙げて叫ぶ。
「10点、10点、10点! ボクの勝ちっ!」
「なんだとこのッ! 待ってろ、やり直す!」
まさか馬車からの降り方一つで、勝ち負けを言いだすとは思わなかった!
「いいか! 今からオレが本当の降車ってのを見せてやる!」
フモセが荷物を降ろそうとしているので、反対側の戸から馬車に乗り込む。
「いくぞ、タルピー!」
「はいな、ザルガラさま!」
未だ屋根で踊っていたタルピーに合図を送り、同時に飛び出した。
「とうっ!」
「たーっ!」
「や、あぶなっ!」
慌てて逃げるフモセの頭上を回転しつつ飛び越え3回転……すぎて廻りすぎた!
そこでタルピーがオレの短外套をつかみ、オレを4分の1回転引き戻す。
つんめりそうになっていたオレだったが、アシストを受けて見事足から着地し、手助けしてくれたタルピーは、空を裂く縦回転からオレの頭頂部に降り立った。
「どうだ! 即興でこのダイナミックユニゾンッ! オレの勝ちってちゃんと見てろやッ、アザナーーーーッ!」
「今日のお昼は農村の方々が作ってくださったこの土地のものだそうですよ」
「それは楽しみだなぁ」
フモセから荷物を受け取ったアザナが、背を向けて集合場所に向かっていた。オマエからやっておいて、無視とかひでぇっ!
「はいはい、ダイナミック愉快な子たちも集まって並びなさーい!」
「誰が愉快だ!」
まとめ役として、ユスティティアが号令をかけた。
家の地位が一番高いため、何かとまとめ役に適している。
号令をかけるなど、いずれは彼女の側近がやるようなことだが、学生である今は彼女にはちょうどよい仕事だ。
遅れてオレが合流すると、マトロ女史が手を叩いて注目を集めて宣言する。
「さあて、みなさ~ん。これからは徒歩になります」
「ええ~~~~っ!」
悲鳴と反発が入り混じった声が、女子生徒たちから上がった。
貴族が大多数であるため徒歩を嫌がる生徒たちが多いが、オレは大いに結構だ。徒歩が多い方が大いに良い。
馬車嫌い。ほんと嫌い。
護衛を先頭とし、マトロ女史が農道を進む。しぶしぶ、ユスティティア以下女子生徒たちが続くなか、オレは爽快な気分でついていく。
動く牢獄から解放され、背伸びをして歩くオレの横で、先ほどオレのダイナミック愉快……じゃなかったダイナミックユニゾンを無視したアザナが、うつむき何かを考え込んでいた。
「ん~~、どうしたアザナ。酔ったか?」
「いえ……ちょっと農村と聞いて気になることが……」
うれしいことにここ2、3日、アザナと一緒にいて同じ情報に触れていたので、即座にピンとくる。
「まさか、これから行く農村が、【険路求道】の奴らモンかと心配してるのか?」
「え、ええそうです」
「ふふん、言い当てられて驚いたか?」
「勝手に心の中を読むとか、ザルガラ先輩の変態っ!」
「まさかの冤罪!?」
「冗談です。流れ的に、そうではないかと、ちょっと心配でして……」
不安になっているアザナはちょっと新鮮だ。
未来を知っている優越感に浸り、オレは胸を張って答える。
「ないない、絶対ない」
オレは断言した。
「これでもオレは二度目だ。ちゃんと覚えてる。以前、研修旅行で訪れた農村は普通の農村だった。害獣を防ぐ結界に守られた畑に種を撒けば数日で芽が出て、すくすく育ち虫もつかず病気にもならず、豊穣間違いなしという普通の農村だよ。普通、普通」
「ボクの基準からするとそれ、ぜんぜん普通の農村じゃないんですけどね……」
眉をひそめるアザナにとって、普通の農村はどういうものなのだろうか?
「ポリヘドラさん。実は今回、そういう普通の農村ではありませんよ」
「な……んだと?」
そんな会話をしていたら、前を進むマトロ女史がオレの知る未来を否定してきた。
「去年から話を進めていたのですが、とある団体の実験的な農村を見学できることになったのです!」
「……先輩」
「いや、まて、そんなはずは……」
アザナの目を見れない。
顔を背け、また未来が変わったというのかとオレは汗を拭う。
しかし、マトロ女史のメガネは期待に満ちて輝いている。
普通の農村に行くのに、なんでそんなに嬉しそうなのか?
学者肌の彼女が興味を抱く対象ということは、普通の農村ではない……とか……まさか……ねぇ。
「慌てるな……。ちょっと普通じゃないだけで、【険路求道】とは関係のない農村かもしれない……。マ、マトロ先生。その村はなんて名前……」
「ふふふ……。楽しみですね~。【険路求道】村」
「まんまかよ!」
まさかの的中である。
「な、なんでそんな村を選んだ!」
「え? それはその魔法を使わず農業を行うなんて、とても興味深いでしょう?」
しれっと答えるマトロ女史。
思い出した。
この方は、学園の中でも指折りの学者肌だ。
危険性を知らなければ、公私混同して探究しかねない性格である。
「モルティー教頭先生が今年の予定を変更したので、私もちょっと取り入れてみたんですよ。ほら、世界の成り立ちを知ることが、魔法の深みにもなるわけですし……。楽しみですね~。魔法も無しでどうやって生産、生活するのでしょう? きっと清廉で静謐で、赤貧、洗うが如しなんでしょうね~」
「その想像図に、楽しみは見いだせないです……」
アザナが困惑している。もちろん取り巻き女子生徒含め、ペランドーとチャールポールもだ。
どうやら何かが原因……いやだいたいオレが原因なんだろうが、未来が少し変わってしまったようである。
まさか問題の団体の中に飛び込む破目になるとは……。しかも人数は少ないとはいえ、学園の生徒たちと一緒に巻き込まれるなんてさらに想定外だ。
ユールテルに警告された後、もっとちゃんと対策を立てておけばよかった。
「どうする、アザナ……」
ひとまず相談しようと、アザナの袖を引っ張って隊列から抜け出した、その時。
街道脇の藪から、斧を持った大男が姿を現した。
護衛たちに緊張が走った。各家が集めたせいで統制がとれていない。各々が、各々の主人や雇い主を守ろうと動いている。
一番近くにいる生徒は、オレとアザナだ。
さすがのオレたちも、奇妙な恰好の斧男に目を奪われ、あっけにとられてしまった。
出会い頭のせいで、斧の男も戸惑っている中、最初に口を開いたのはアザナだった。
「なんで世紀末?」
セイキマツという意味は分からないが、アザナも驚くその男の恰好は、昨夜の不審者目撃情報に酷似していた。
頭部の側面を頂点近くまで剃り上げ、そこへ数字の入れ墨を施し、雄鶏のように逆立てた髪型。
地肌の上に着こんだ革製の上着に、無意味としか思えない金属製の突起物の装飾。
そんな非常識で凶悪そうな大男が、オレたちを見渡し――。
「あ、もしかしてあなた方が、村長のおっしゃられていた見学でいらっしゃる魔法学園の生徒さん? ようこそいらっしゃいました! わたくし、険路求道村のヘクサコシオイヘクセコンタヘクサと申します」
などと、常識的な挨拶と自己紹介をしてきた。
名前なげぇな。
長くて聞き取れなかったのか、失礼にもアザナが名前を再確認する。
「ヘクヘクセコセコンタヘタレさん?」
本当に失礼だな、アザナ。名前なげぇな。
「いえ、ヘケ……ヘクサコシオイヘクセコンタヘクサです」
自分の名前を噛みやがった。名前なげぇな。
まだ護衛たちが緊張している様子を見て、ヘクなんとかは斧を地面に置いた。
「失礼いたしました。木の切りだしに斧を持っていまして、驚かせてしまいました」
男の武装解除を見て、一応護衛たちも武器を収めた。
まだ警戒はしているが、無手の1人相手ならば、どうにかなると護衛たちも生徒たちも判断し緊張も解けた。
そこでマトロ女史が前にでて、当然の疑問を投げかける。
「え、えっと……ヘクサコシオイヘクセコンタヘクサさん? あなた本当に村の方なんですか?」
「はい、そうです。ご案内いたしますね」
「ええ……それはありがとうございます。ところでなぜそのような恰好を?」
さらに当然な疑問を投げた。
これはオレも、そしてアザナも。さらに後ろにいるすべての生徒、護衛たちの代弁であった。
疑問を持つ者たちの視線が集まる中、ややうろたえつつ、気を取り直してヘクなんとかが答える。
「魔法文明崩壊後といったら、この恰好だろうと村長が……」
村長の意見を尊重して、そんな姿に?
「なんか思ってたのと違うっ!!」
頭を抱えたマトロ女史の叫びが、森の中に木霊した。




