これを敬い、これを愛しますか?
「この時を待っていたぞ、アァザァナァアアッ!」
大敵者を殲滅した今、もうオレたちを邪魔するものはない。
いい具合に周囲も開けている。廃鉱山も磨り潰して、見通しのいい戦場だ。派手なケンカをするに、ちょうどいい。
「さあ、やるぞ!」
「ザルガラ先輩。どうしてもボクとやるんですね?」
「あったりまえだ。いっしょに極大に増幅した魔法を使ったからって、仲良しになったわけじゃねーぞ、こら!」
オレの挑発に、アザナは神妙に頷く。
「……わかりました」
脱ぎ……。
突如、アザナが服を脱ぎ始めた。
「あ、お、おいちょっと、待て……」
止めようとするが、声が詰まる。そうこうしているうちに、アザナはズボンを脱いでしまった。
決定的な場所を見ないためにも、振り返って元凶であろうイシャンに向かって叫んだ。
「てめぇっ! イシャン! オマエの変態が、オレのアザナにうつったぞ!」
イシャンはオレの後ろで、しっかりとした服をなぜか着て立っていた。
古臭い宮廷用の儀礼服だ。
「え? なんでそんなの着てるの?」
「そりゃ、キミの結婚式に出るのに、いくら私でも全裸はないよ」
「オレの結婚式?」
イシャンから結婚式という言葉に聞いて、オレは首をひねる
「ボクとザルガラ先輩の結婚式ですよ」
「はぁっ!」(グキッ!)
背後からアザナの声でいわれ、ひねりながら無理に振り返ったせいで、首を捻って痛めてしまった。
痛いが、そんなことより驚くべきものを見て、苦痛を忘れる。
そこには純白のウエディングドレスを着た美し――、じゃなかった、綺麗――じゃない、とにかくそういうアザナがいた。
満面の笑みで青い花のブーケを両手で持ち、小さな身体を嬉しそうに大きく見せる胸を貼ったポーズで。
「ななな、なんで、そんなもの着てんだよ! 脱げよ!」
首を押さえながら、近寄るアザナの手を払った。
「そんな……せっかく着たのに、もう脱げだなんて……。わかりました。夜まで待てないんですねっ!」
「あ、ごめん。やっぱ着てていいから! 脱ぐなっ! 着てていいから、そのドレス!」
肩口を抜こうとしたアザナの手首を掴んで止める。
思わず胸元を覗きこんで、息が止まった。
まて、こいつは男……のはずだ。
なぜそこを見ようとする、オレ!
ちょっと不機嫌に唇を尖らせたアザナが、硬直するオレを見上げた。
「ボクのドレス……似合ってる?」
「ににに、似合ってるわけねーだろ!!」
「そんな……。わかりました、赤いドレスにします」
「あ、ごめん。すげー似合ってるから、それでいいから! うん、すげぇ可愛いからっ! 着替えなくていいから! って、おい! なんでパンツから脱ぐっ!」
オレは必死に脱ごうとするアザナの腕を掴んで止める。
なんでドレスなのにパンツから脱ぐんだよ!
意味わかんねーよっ!
そしてなんで純白の女物パンツなんだよ!
ドキッとさせんな!
「えへへー、やっと褒めてくれた。ザルガラ先輩って素直じゃないんだから」
着替えを止めたアザナは、スカートの裾をちらちらとさせながらパンツを履き直……な、なんでオレの目を見ながら履く!
オレは目線を逸らす。
ふわりといい香りが舞い上がった。なんで?
スカートの裾で、仰がれた香り?
オレの視線は、アザナの股間へ――。
はっ!!
ここっこここここれは、決してスケベ心からではない!
ツいているのか、確認のためだ!
ツいてたら大変だからん!
――え?
ツいてなかったら、どうするつもりなんだ、オレ?
「ありがとう! ザルガラ先輩」
不意打ちで、アザナがオレに胸に飛び込んできた。
ふわりといい匂いが、オレの鼻孔をくすぐる。
「おおおおっ?」
オレの両手が、アザナの両肩付近で彷徨った。
突き放せ!
脳がそう命令するのに、腕がいう事を聞かず震えている。
「ザルガラせん、ぱい……」
アザナの顔が近づいてくる。
アザナの潤んだ目と、柔らかそうな唇が――。
「う、うわぁああっ!!」
オレは目を閉じて、飛び退いた。
ゴス……。
オレの視界に、逆さの世界が広がった。
「ここは?」
ベッドから落ちた状態で、誰へとなく訊ねる。
ふと視界が暗くなり、オレの顔を上から覗きこむイシャンがあられた。
「うむ、起きたか。ずいぶんとうなされていたね」
「こ、ここは?」
もう一度、訊ねた。
「ここはカタラン卿のランズマ屋敷だ。キミは大敵者との戦いのあと、倒れたんでここに運んできたんだ。もう、あれから丸一日たっている」
「そ、そうだったのか……」
良かった、夢で――。
安堵で胸を撫で下ろし、オレは逆さの世界を元に戻した。
床に座り、ぶつけた頭を擦っていると――。
「ざりゅぎゃらせんぷぁあい……」
オレの名を変なイントネーションで発音する声が降りかかった。
な、なんだそのあざとい寝言は?
立ち上がり振り返る。
いた。
あざといアザナが、オレがいままで寝ていたベッドで寝ていた。
「ななな、なんでこいつとオレが一緒に寝てんだよ!」
アザナを指差す。手が震えてる。
「廃鉱山を壊したあと、なんか、キミが魔法陣を描きだして、抱き付いたアザナくんがそれを次々と解除していくうちに、二人仲良く気絶してしまったんだ。大魔法の後に、あれだけ複雑な胞体陣を描いたり消したりしてたら、そりゃ倒れるな」
「ななな、仲良しじゃねーよ! だ、だいたい一緒のベッドに寝させるってどう」
「ん? 男同士だから別にいいんじゃないか?」
「よくないわーっ! 引き離して、寝かせればいいだろうが!」
ベッド脇から飛び跳ねて退き、オレはイシャンに食ってかかった。
「うーん、むにゃむにゃ……。おはようございます。ザルガラ先輩」
ヤバい、危なかった。
ベッドから飛びでてなかったら、一緒に寝ていたと勘違いされるところだった。
あ、いや、一緒に寝てたんだが――。
アザナはきょろきょろと周囲を見回し、唇に指を当てて不思議そうに首をかしげた。
「あれ? ボク、いつの間に寝ちゃったんだろう?」
「お、おう。いつの間にか気を失ったらしいぞ、俺ら。それから、決して一緒に寝てはいない」
「そうなんですか。そういえば転移門作ったから、疲れちゃってたんだなぁ」
「……よし、上手く誤魔化せた」
「正気か? ザルガラくん」
誤魔化せてるだろ?
と、いう目をイシャンに向けると、いまので? と、彼は首をひねった。
いや、誤魔化せてるだろ?
ほら、アザナは納得顔だ。
「そうかぁ、ボクと先輩が一緒に寝てたから、ザルガラ先輩とボクが結婚する夢みちゃったんですねぇ」
アザナが嬉しそうに言った。
その顔、見ていられない!
「う、うわぁああああーーーっ!!!!」
オレは堪えきれず、アザナを残して部屋を飛び出した。
なんで一緒の夢をみるんだよ!
帰ろう。
一人で、家に帰ろう……。
帰る、もう帰る……。
* * *
ユールテルはエンディアンネス魔法学園の図書室で、蔵書を相手に悪戦苦闘していた。
相手は魔法書ではない。
「参ったなぁ。司書の手伝いすれば、魔法書読み放題と思ったけど、結構忙しいぞ、これ」
若いのに肩を叩きながら、ユールテルは蔵書を本棚に戻し、時には間違った位置にある本を取り出してブックワゴンに載せる。
梯子の上り下りも多い。
なにしろ二階建てくらいある本棚だ。
本棚は高さだけでなく、数も幅も多い。
これを整理するのは一仕事だ。
ユールテルはキリのいいところで、書庫から出て読書室へ戻った。
読書室には人はあまりいない。もう時間が遅すぎるからだ。
日は沈みかけている。
読書室の窓から裏庭をみると、そこには魔胞体陣が浮いていた。小屋ほどの大きさの魔胞体陣。
それは転移門だ。
鳴り物入りで入学したアザナが、「先輩が心配です!」という理由で作ったカタラン領ランズマまでの片道転移門。
転移門など、王都に数えるほどしかない。そのほとんどが、太古の支配者たちがつくった遺跡の流用である。
アザナは一人で、片道とはいえ同等のモノを作ってしまった。
辺境への片道転移門。その恩恵は大きい。
増援や物資の補給を、短時間で行える。カイラル・カタランは中央が近くなり過ぎ嫌がるかもしれないが、王国側は大きな資産を手に入れた。
「あそこまで……とは言わないけど、僕も早くエッジファセット家に相応しい力を得ないと」
それには勉強だ。
早く本を整理して、魔法書を見せてもらう。と、ユールテルは作業に戻った。
「さあ、次はこの新書棚だ」
新しいインクの匂いが立ち込める書庫に入り、ユールテルは真面目に作業を開始した。
「ん? なんだろ、この古い本」
目録通りに本を並べていると、一つの不審な本を見つけた。
この辺りは、最近書かれた本が並んでいるはずだ。誰かが適当に置いて行ったらしい。
「まったく。こういうので時間がとられちゃうんだよ」
この古い本のタイトルと目録を照らし合わせ、振り分けてある番号と合っていれば本棚に戻す。間違っていれば、目録と番号の合う本を探し出す。そしてこの本の正体を探って、また目録を整理しなくてはいけない。
目録の整理は手伝い係のユールテルには無理なので、その辺は司書に任せる。しかし、照合はユールテルの仕事だ。
「まあ、こういうので変わった本の発見とか、蔵書の位置とかわかるから、役得もあるんだけどね」
古い本に手を伸ばす。すると勝手に本が本棚から飛び出した。
「うわ! 大変だ!」
傷でもついたら大事だ。古い本なので、それどころかページがバラバラになって元に戻すのに一苦労になる。
バラっと本が開いて、あるページが晒された。
そこには――。
『古来種の魔胞体陣再現法』
と、いう文字。その上には見たこともない魔胞体陣が描かれていた。
「古来種……」
それは魔法を人類に与えた古い支配者たち。伝説にある存在だ。
存在を確認されてない伝説上の人々ではあるが、およそ人が作れぬ魔胞体陣で、さまざまな恩恵を未だに人類へ与えている。そのことから、古来種は太古の支配者であり優れた魔胞体陣を描ける、なんらかの種族と学会では位置付けられていた。
「偽物? でも……」
仮に本が偽物であっても、魔胞体陣は本物だろう。
なにしろ、その魔胞体陣は――
本の上に投影され、輝きながらクルクルと回っているのだから。
あとは魔力を注ぐだけで発動する。素体の魔胞体陣。
「まさか、そんな……。で、でも、これが……これがあれば……」
ザルガラの強引な魔胞体陣。アザナの美しい魔胞体陣。そのどちらとも違う、誰も知らない魔胞体陣。
目が離せない。
ユールテルの心が奪われる。
知識を独り占めできる――。
ユールテルはこれを運命だと思いこみ、魔胞体陣を投影する本に手を伸ばした。




