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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第8章 楽園の破壊者

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湖上の密会


「私は解放(エルレーゼン)されたのです」


 ポロンと竪琴の弦を掻き鳴らし、巨体のモルティ教頭がしんみりと言った。

 学園の研修旅行ということもあり、合宿を兼ねてコテージに男女に分かれて泊まることになっている。

 班は学年も男女も混合だが、さすがに宿は別だ。 


 現在、この小屋にはオレを除いて、4人の男が集まっている。

 そのうち1人が、豹変したモルティ教頭である。


 モルティ教頭が一つ覚えに掻き鳴らす校歌にノリながら、オレの肩の上でタルピーが踊って…………おい、男子部屋に女子いるぞ。


『ダメなの?』

 ダメかなぁ?

 精霊だから性別は関係ない……のか?

 オレは踊る暫定女子をテーブルに乗せ、モルティ教頭の解放されたという言い分に呆れて溜息をつく。


「解放ってわりには飼育檻の内側にいたけどな」


「だーっはっはっはっ! いいじゃないか! 引率の教頭先生がこんな状態なら、残りの6日間は好きにしてもいいんじゃないか!」


 友達になった覚えのない友達チャールポールが、豪快に笑いながら余計なことを言いだした。

 彼の実家であるコブ・ダグラス家は、お堅い財務官僚の役人というイメージだったのだが、チャールポールを見てるとそんな印象も吹き飛んでしまう。


「それはいい案……」

「ダメだぞポール、そういうのは。……ってなにか言ったか、アザナ」

「じゃないですね。なんでもないです」


 どうせ遊び遊び半分だから、真面目に研修は終わらせようと提案したのだが、アザナは不満そうだった。

 そっぽを向いて小さく文句を漏らす。


「そういうところで真面目なんだから」

「やっぱり絶対確実に何か言ったよね?」

「言ってないです」

 強く否定するアザナ。 

 さらに追及しようと思ったら、ペランドーが口を挟んでくる。


「モルティ教頭先生がこんな状態でも、もう一人ちゃんと引率の先生やら護衛の方たちがついてるからサボったりできないよ」


 2回生と3回生の特別クラスで、ワナナバニ園のある東部地方を研修旅行先に選んだ20人の生徒だ。

 オレを含めその生徒たちを引率する教師は3人いる。

 モルティ教頭とマトロ女史と……えっと名前を忘れた2回生特別クラスの担任だ。


「うむ、もっともだ。引率はマトロ女史ともう一人が引き継ぐんだ。勝手なことは慎むべきだ。わかったか? アザナ」

「はーい」

 至極常識的なことを言うと、アザナは素直に返事をした。

 そうそう。

 人間、素直が一番だよ。オレみたいにね。


   *   *   *


 そして、翌日。


「と、いうわけで、今日は釣り大会でーす!」

「おおーっ!」


 山間の綺麗な湖のほとりでアザナが鬨を挙げ、取り巻き女子4名とペランドー、チャールポールたちが呼応して釣り竿を天に突きあげた。


「おいおい、まてまてまて、待てい!」

 

 集合場所に遅れてきたオレは、遊び気満々でボートを借りてきていたアザナを始めとする9人の班員に静止の声をかけた。


 映える木々の緑ときらめく湖面を背にしたアザナが、口をとがらせてオレに不満をぶつけてくる。


「遅いですよ! って、なんで釣り竿持ってないんですか、ザルガラ先輩。なにしにきたんですかー?」

「何しにって、もともと釣りの予定なんてなかっただろ!」

 不満に反論する。

 アザナはまだ不満


「せっかく釣りで勝負しようと思ったのに、なんで遅れて釣り竿も持ってないんですか?」

「ちょっと新しい公式を追及してて寝坊……だから釣りの予定はなかっただろ! え? 勝負?」


 釣りに興味はないが、勝負となったら話は別だ。

 

「釣りで勝負か? 何で競う? 大きさか? 数か? 特定獲物のゲットか?」

「勝負には反応するんですね。しかもなんとなくガロワをリスペクトしてるし」

 

 オレの食いつきに、アザナが呆れる番だった。

 しょうがないじゃないか、最近ご無沙汰だったし。


「安心してください」

 珍しくユスティティアが、オレとアザナの会話に割って入って来た。

 公女は護衛の家臣から細い木の棒を受け取り、オレに差し出す。 


「こんなこともあろうかと、釣り竿は用意しておきました。どうぞ、お使いになってください」

「お使いにって……それ。やっつけ手作り感で負けさせる気満々だな」

 そこらの枝に糸を括りつけたその釣り竿は、子供がそこらの川でカニでも釣るかのような代物だ。


「ま、無いのも恰好が付かないから、借りて置くぜ」


 釣り竿に手を伸ばすと、ユスティティアは本当にこれでいいのか、という顔で手渡す。

 オマエが用意したんだろうが。


「なんだかんだ釣り、やるんだね。ザルガラくん」

「もちろんやりますよー、ペランドーくん。勝負は逃さないからな、オレ。よし、チャールポール、こい」

「はははーっ! いっちょやってやるか」

 チーム戦になることを想定して、ペランドーとチャールポールを呼び寄せたが、それでも数が足りない。

 タルピーは釣り竿に触る気すらなさそうに踊っている。


「オレたちは人数的に不利だな。タルピーは釣りなんてしないだろうし……」


「安心してください」

 さきほどユスティティアが言った台詞をアザナが言った。

 台詞的にも発言者的にも安心できない。 


「くじ引きで2人4チームつくって競いましょう」

 意外にもまともな提案だった。

 しかし、それではアザナとオレが同じチームになってしまう可能性も…………。

 それはそれでいいか。


 前日に準備してあったのか、フモセが棒くじの入った箱を持ってオレたちに差し出してきた。


 オレ、チャールポール、ペランドーと順番に引いてみると、全員が別チームだった。


「フモセとわたしはいっしょね!」

「え、ええ……」

 ヴァリエは棒くじごと拳を握りしめ、フモセと一緒のチームになれたことを喜んでいる。

 一方、フモセは困惑気味だ。

 使用人としては、アザナとペアになれたほうがよかったのだろうか。


「なんであんたなんかと!」

「そう言うなよ。うははははーっ!」

 チビっ子アリアンマリと謎の友人チャールポール。

 このチームはダメそうだ。

 釣りの成績とか相性とか、いろんな意味でダメそうだ。

 お互いがすごい頼りない。


「……はあ」

「…………はあ」

 ユスティティアはペランドーをペアになった。

 公爵姫様は庶民の鍛冶屋と組まされ、どう対応したらいいのか頭を悩ませている。

 当然、ペランドーもである。

 身分差と男女差と学年差で、2人は付き合い方に思い至らないらしい。

 このペアが一番心配だ。

 

「ザルガラ先輩! 一緒のチームですね!」

 さて懸念した通り、オレはアザナと同じチームになってしまった。

 でもまあ、これはこれでいいだろう。

 チーム内で競い合ってもいい。

 頑張った結果、チーム戦でも有利になるわけだから悪いことじゃない。


 しかし、アザナと2人きりで船の上かぁ…………。


『アタイもいるっ! ズビシッ! ビシイィッ!』

「ああ、オマエもいたな」

 タルピーが踊りつつ自己主張し、オレの目の前で懸命に手を挙げる。


 少年少女8人と上位精霊1体は4つのボートに分かれて乗り、湖へと漕ぎ出した。護衛の人たちは、船に乗って岸付近で待機である。

 互いに邪魔にならないよう、あちこちへと漕ぎ出し、思い思いに釣り糸を垂らす。

 オレたちは湖の中央へと船を漕ぎ出す……と、言ってもそこを選んで漕いだのはアザナだ。


「釣りも狩猟も趣味じゃないんだが、たまにはいいか」

 代数で解くことが不可能な方程式に挑んだ翌朝には、こうしてのんびりするのもいいだろう。

 昼までどれほど釣れるか。

 成果に思いを馳せていると、背中合わせに釣り糸を垂らしていたアザナがオレにこれをかけてきた。


「先輩。実は内密のお話があります」

「あー…………、なるほど。それで釣り大会なんて企画したわけか。湖の上は密談に最適だもんな」

 釣り竿はそのままにし、アザナの言葉に耳を傾ける。


「もちろんそれもありますが、密会にも最適だからです」

「密会だって?」

「実は先輩に会ってほしい人がいるんです。そのためわざわざクジに細工をしたんですから」

「……ほう」

 いつもニコニコニヤニヤクスクスなアザナが、真剣な口調で物を言うなんて珍しい。 


『ザルガラさまー! なにかきたよー』

 

 小舟の縁で踊りながらも、周囲を警戒していたタルピーが、湖の対岸を指差した。


 指差す対岸から小舟が一隻、ゆっくりとこちらにまっすぐ進んでくる。

 2人のフードを被った男が乗っており、1人は明らかにオレたちと同年代の少年だ。

 あれが密会相手か?


 確か対岸は保養地で、ワナナバニ園のあるこちらとは別の貴族の領だったはずだ。

 湖の中心付近には明確な領境があるわけでなく、そういった意味でも密会に向いている。 


 服のシワが見えるほどの距離までくると、少年はフードを脱いで見せ、栗毛色の短い髪と整って愛嬌のある顔が露わになった。

 見覚えが、ある!

 オレはこの少年を知っている。


「お、おまえは……」

 

 目礼をする少年を指差しオレは――


「だ、誰だっけ?」

 と、どうしても思い出せず尋ねる。

 フードを脱いだ少年は、落胆した様子を見せ、アザナはオレを横目に見て呆れている。


「先輩……。ご冗談でしょう?」

「いや、待て、アザナ。ここまで出てるんだよ、ここまで!」

 喉元に手を当て、もう少しで口に出ると言い訳をする。


「そこまでってことは、結局出てないですよね、それ」

「こ、ここまで来てるんだよ!」

 もうちょっと腕をあげて、もう少しだとアピールする。


「それ……目から出るんですか?」

 慌てたあまりに手が口より上に行ってしまい、アザナにツッコミを受けてしまった。

 もう待っていられないと、アザナがフードの少年を紹介する。 


「この子はルテル……ユールテルですよ!」

「あ、あー。あーっ! 古来種の使っていた魔力プールへのアクセスを、オレが横取りした! ……髪型変えた?」


 そうだ、ユールテルだ。

 エン地方を収めるエッジファセット家の長男であり、ユスティティアの双子の弟で、アザナの友人であるユールテルだ。

 完全に思い出した。


 昔はもうちょっと髪が長かったが、今は短くさわやかな髪型になっているユールテルである。


「そうですよ! 顔に似合わない自己犠牲でルテルを助けたのに、ザルガラ先輩は自分を大切にしてないのか、他人に興味がないのかどっちなんですか?」


「きょ、興味とか関心あるぞ! 特にアザナ。オマエとか」

「なんですか、それ! 告白ですか!? うけますよ!」

「う、受け入れちゃうのかよ」

「笑うって意味のウケるですよ! 変なこと考えないでください」

「笑うんじゃねぇよ! 変じゃねぇよ!」


「仲が……いいんですね」

 ユールテルの小船が器用に後進していく。

 魔法でも使ってないと説明できない動きだった。


「改めまして、ユールテル・マルセルです。お久しぶりです。その説はお世話になりながら、直接お礼を申し上げませんで、恥じ入るばかりです。お詫び申し上げます」

 少し距離を置いた小舟からユールテルが挨拶する。

 オレはユールテルの家名を聞いて首を傾げた。


「マルセル……?」

 ファセットの家名がなくなったということは、家を出て独立をしたのか。


「去年、マルセル地方を拝領いたしまして。まあ……嫡子から外されて、領を一部頂いただけなのですが」


 マルセル地方とは、この湖の北部に位置する保養地だ。

 エッジファセット公爵の実子であり領主ではあるが、名目上ユールテルは公爵家の家臣となったわけか。長男でありながら、三男、四男くらいの扱いだ。

 分家なら家の名を受け継ぐが、領の名を名乗るということは完全に別の家で家臣扱いである。

 学園で引き起こしたあの騒動を、公爵家が重く見たということだろう。

 そしておそらく……たった一人の男子を分家にしてしまうという罰を与え、オレが強く怒れない状況を作りだしているのかもしれない。

 さすがアイデアルカット公爵。

 オレへ恩を返す前に、まずは見せ罰を用意したというところか。


「子供なのに苦労をしょい込んだな」

 公爵の手管に気が付き、オレは小さく笑った。

 嫡子から外され、保養地とはいえ辺鄙な領を任され、仕事だけあるのに実家から家臣扱いか。

 ユールテルなどどうでもいいと思っていたので、公爵の意図とはズレているが同情すらわいてきた。

 

「用意されたとはいえ、それも独立だ。たとえ情けと罰が混じった沙汰でもな。おめでとう」

「ありがとうございます」

 皮肉とも取られそうな祝辞を、ユールテルは温和な表情で受け止める。

 オレへの恩義か、それとも貴族としての振る舞いを覚えたのか。なかなか立派な応対である。


「それで話があるのか? まさかオレへのお礼を直接いうためだけ、じゃないだろう?」

 礼をするならば、ユスティティアを立ち会わせない理由が思いつかない。

 密会というほどだ。

 なにか厄介ごとでもあるのだろう。


「はい。実はこの湖周辺で異変がありまして……」

「異変?」

 釣りをする振りをしながら、ユールテルの話を聞く。


「ザルガラさんは【険路求道ベスティゴエレファント】という団体をご存知ですか?」 

「知らないなぁ……。知ってるか、アザナ?」

「いいえ」

 釣り竿をいじりながら、記憶を探るが思い当たらない。さしものアザナも知らないと首を振った。


「僕も内情まで詳しくしっているわけではないのですが、小さい組織で古来種の技術や魔法に頼らず、農業などで暮らしていこうという団体です」

「魔法に頼らないって、別に普通じゃないか?」

「人力や家畜だけで農業を行うという意味ではありません。古来種や精霊たちが、祝福し加護する農地を利用せず生きていこうという団体です」


「ええっと、それはつまり……苦行かなにかですか?」

 驚くアザナの言うとおり、苦行か実験かというほど不効率な農法だ。


 古来種は土地に、豊作の魔法をかけている。

 このおかげで作物は病気や蝗害などを受けず、手入れさえすれば土地は肥沃で連作障害は少なく、最大限の収穫が約束されている。

 王国内で貧富の差はあれど、大陸の人々が食うに困らない生活ができる理由はここにある。


 さすがに天候まで操ってはいないので、不作や凶作が絶対に起こらないというわけでないが、正しく運用していけば人口が億を超えても問題ないと試算されている。

 

「まさか、なんの祝福も魔法もかかっていない土地で、作物を育てて生活しているのか、その団体?」

「ええ。しかも、古来種由来の魔具や魔法は使用していません」

「信じられないな……」

 例えるならば、親に武器と防具を買ってもらった騎士が、そこらの棒きれを持って戦いに出かけるようなものだ。

 なぜそんな苦難な道を選ぶのか?

 【険路求道】という団体の目指すところが理解できず困惑していると、ユールテルが説明を続けた。


「ワナナバニ園を中心に、この活動が広がっているようなんです」

「あそこから、か……」


 そういえばあの土地は、牧畜に向いているが古来種の祝福がある地ではなかった。


「てっきり魔法を使って環境を整えていると、ボクは思っていました」

「オレもそう思っていたが、まさかそんな面倒な運営方法をしていたとは……」


 ふと何かが引っかかる。

 つい昨日、ワナナバニ園で何かがあったような?


「もちろん、それだけでしたら古来種に頼らず、自立しようという人たちで済むのですが……。ワナナバニ園を訪れた人が感化されて、まるで人が変わったようになるんです」


「あっ!」

 ユールテルの告白を聞いて、先にアザナが声を上げた。

 遅れてオレも思い当たる。 


「そうだ、いたよ!」

 オレとアザナは向かい合い、思い当たった人物の名を叫ぶ。


「モルティ教頭先生!」


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