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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
間章

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226/373

形のない墓の数列 1


 【霧と黒の城】の開発区画で、2軒の宿を営業するターラインは、音楽とタバコの煙に包まれながらいくつかの問題に頭を悩ませていた。

 一つは、開発局から提案された新しい区画での開業を受諾すべきか。

 もう一つは、一人娘アンの勤め先であった。


 初期につまずいたが、【霧と黒の城】も解放と開発が進み、開拓街の一部は通常の街として機能を持ち始めていた。

 王都から正式に代官が派遣され、商売人も職人も集まり、遺跡とも冒険者とも関係ない市民も住み始めている。

 こうなると宿の形態も変わってくる。


 発展した街に新しく開業する宿は、冒険者相手だけではなくなるだろう。

 商売人や旅行者がターゲットになる。

 貴族も顧客の視野に入ってくる。

 そのため、アンには宿の接客と行儀見習いを兼ね、冒険者たちの伝手をつかい、いくつかの商家や下級貴族の屋敷に修行へ出すつもりだったのだが…………思わぬところから、採用の通知が届いていた。


「しかし、よりによってここか…………」 


「お父さん、ただいまー!」

 

 悩んでいたところへ、目に入れても痛くない娘が買い物から帰った。

 これも巡り合わせかと、ターラインは決断する。


「ヤーマン……。あまり勝手なことはするな、アン」


 握りつぶすべきか悩んだ末、貴族のサインが入った用紙を粗雑にはできないと、ターラインは観念して採用通知を娘に手渡した。


「なにこれ…………貴族様からのお手紙?」

「貴族のからだから、家人が書いたものだろうがな」

「採用? …………ええっ! あたしがザルガラ様…………ポリヘドラ様のお屋敷にっ!? ほんとう? ほんとうにいいの? お父さん!」


 娘アンは驚き喜び戸惑っている。


 まさかの反応に、ターラインも驚いた。

 てっきり彼は、娘が勝手にポリヘドラ家の使用人の募集へ応募したと思っていた。しかしアンの反応を見るに、自ら応募したということはなさそうである。


「ジャスクゥー……ヤーが願い書を送ったんじゃないのか?」

「知らないけど? ……お父さんが送ったんじゃないの?」

「フィリール?」

 どういうことだと首を捻った先には、こちらの様子をうかがう2人の従業員がいた。


「……あいつらか」

 従業員が勝手なことをしたと頭を抱えるターラインだったが、これも何かの巡り合わせかと、叱責の言葉を煙草の煙とともに呑み込んだ。

 しかし、後で罰の仕事くらいは覚悟しておけと、内心では怒鳴った。

 

 一方で、アンは浮かれていた。


 まるで友達が舞台俳優に応募しました的な経緯だが、アンはこうして王都のエンディ屋敷で働くこととなった。


 憧れのザルガラ・ポリヘドラのエンディ屋敷。

 たとえ影門の守り人として城内に引っ越し、ほとんどの時間をそちらで過ごすとしても、学園に通うザルガラはまだエンディ屋敷を利用していた。 


 そして数十日が過ぎ――――。


 王都のエンディ屋敷の中で、アンが目撃した光景は――――。


「うあぁ~~っ、もう学校いきたくなーい!」

 ベッドの上でシーツを被り、学園をサボろうとするザルガラの姿であった。


「いやーっ! こんなザルガラさま見たくなーい!」

 シーツを引っ張りながら、踊ることも忘れたタルピーが叫んだ。

 アンも見たくなかった。


 通常であれば新人の使用人が、主人の近くで仕事をすることなどない。ましてや寝室に出入ではいりするなどないのだが、アンはもともと知り合いということもあって、それを許されていた。

 これが普通の貴族であれば、やっかみやイジメ原因になるのだが、家人からも畏れられるザルガラという特殊な評価により難を逃れている。


「あ~~もう今日はお休み!」

 ズル休みを決めたザルガラを見て、アンは幻滅する……かと思いきや、思いのほか微笑ましい視線を向けていた。

 憧れの存在に、可愛いところを見つけたという視線である。


 屋敷を守る騎士と侍女を兼任し、さらにアンの教育係を務めるティエが、ベッドの上掛けを引っ張り尋ねる。


「ザルガラ様。なぜそこまで学園に行かれたくないのですか?」


「よくわからない友達が、よくわからない秘密を共有してるっていうんだぜ。話を合わせるのも大変なんだよ」


「よくわかりませんが、よくわからないことになっているのですね」

 ティエは諦め半分にシーツを引っ張る。

 なんだかよくわからないが、ザルガラも大変らしい。


「これは。よい機会!」

 そこへ、よくわからない人物が突如現れた。


 少しアンより少し年上の女性で、一つ目の絵が描かれたアイマスクで素顔がよくわからない。

 とにかくよくわからない人物だ。


 アンにとっては先輩にあたる使用人(・・・・・・・・・)なので、さっと道を譲った。


「学校をお休みになる。ということは。ついにわたしの話。聞かれるご用意ができたわけですね」

「別にそういうわけじゃないんだが…………」

「監視者の名に恥じない。歴史の記録。わたしの隠れ家には山のようにうず高く積まれています」

「なにそれ、見てみたい」

 シーツの中のザルガラが興味を示す。するとアイマスクの女は調子に乗った。


「監視者の名に恥じない。この半年漏らさぬザルガラの記憶メモリー。これ。今まさに。高さを増しているところです」

「なにそれ、燃やしたい」

 なにそれ、見たいと思ったアンと対照的に、ザルガラのかざした手に力が入る。

 

「おい、ちょっとそこへ案内しろ」

「ちょ、完全に燃やす気!?」

 ベッドを抜け出したザルガラの目に、本気を見つけたアイマスクの女が飛びのいた。

 途端、アイマスクの女の姿を誰もが見失う。


 いつの間にかいたメイドが1人、そそくさと退室していっただけで、アイマスクの女は忽然と姿を消してしまった。


「たく……、ここまで他人の完璧に意識に潜り込めるのかよ……。まいったな。こりゃあ対策考えないと……って、熱ッ! 暑いじゃなく、熱い! 出ろ、タルピー!」

「わーっ」

 逃げられたことがよほど悔しいのか、ザルガラは背中に潜り込んだ火の上位精霊を引っ張りだして投げ飛ばす。


 結局この日、ザルガラは学園を休んだ。

 

   *   *   *


 翌日。

 もともと学園は休みということもあり、ザルガラは学園に行きたくないなどと醜態をさらすことなく起き出していた。


「城詰めだと外出が面倒になるから、学園卒業まではなるべくエンディ屋敷で生活するようにしてるんだ」

 ブランチを済ませたザルガラが、控えているティエとアンに言いわけのような説明を始めた。


「今日は来客の予定があるんで、おとといからエンディ屋敷に来てるんだよ。うん」

 誰かに言い訳しているようで、自分にも言い訳しているかのようなザルガラの背中に、アンは「昨日休みましたよね」とは、もちろん言えなかった。


「私の記憶が確かでしたら、昨日はお休みになられましたよね」

 しかし、ティエはずけずけと言った。

 

「おー……」

 その対応に感銘を受けてしまい、アンの口から声が漏れた。


「おーって、なんだよ」

「ごめんなさいっ! じゃなかった! も、もうしわけありません!」

 2年間だけ務めて実家に帰る期限付きの侍女見習いとはいえ、以前とは違って主人と使用人である。

 不用意な発言や言葉使いは禁物だ。

 ティエはそこを踏み越えているが。


「気にすんな。オレがいちいちツッコミするのが癖なってるだけだ。でも外や来客者の前では無し、な」

 さほど咎めず、指導の範囲でザルガラは注意してくれた。


 当たりが強く怖い人で優しくはないが、誰に対しても鷹揚さのあるザルガラに、改めてアンは魅了される。

 付け加えて謝罪と礼を述べ、アンは本日の業務に戻った。


 昼を過ぎたころ、アンは来客を出向かえるため、玄関にてティエの後ろに並ぶ。

 にぎやかし要因ではあるが、ティエや諸先輩方の立ち振る舞いを見習う意味もあった。


 馬車が玄関前で止まる音が聞こえ、家人がドアを開く。


 まず小さな子が、エンディ屋敷のエントランスに飛び込んできた。

 細く軽やかで小さいが、可憐さと躍動と野生を発露した強烈な印象の女の子だ。

 少女らしからぬ脚力で侍女たちの間を駆け抜け、階段に立つザルガラに向かって飛びついた。


「ザッパー、おはよー!」

「おはよう。てか、おいエト・イン。強化してなかったら、腰折れるか転ぶぞこれ」

「ぎゃおっ?」

 少女エト・インは、不思議な返事をする。


「しょうがないヤツだ……。これからは階段で誰かに飛びついたりするなよ。で、オマエの父親はどうした?」


「ここにいるぞ」

 エト・インが返事をする前に、どこからともなく威厳溢れる声が降って来た。

 何事かと思って皆が天井を見上げると、古臭い礼服を来た男性が中空に姿を現していた。


 10年後……大人になったザルガラは、このような外見となるだろう。そう思える男性だった。

 

 仮に大ザルガラ。大ザルと表記することに……いや、やはり大人のザルガラがいいだろう。


 中空に現れた男性が、重力に引かれてる。

 しかし彼の着地地点は階段の中腹だった。危ない。


「あ痛ッ! あ、あだ、あだだっだだだだーっ!」

 段差に右足を取られ、大人のザルガラはバランスを大きく崩して階段を転がった。

 危ない転げ落ち方に、一同騒然である。 


「いてて……、どうもこの体は慣れん。これが痛みというものか?」

「ああ……。鱗が無いから、防御無しも同然なのか」

「う、うむ。そういうことだ。これからは防御立方体陣くらい張っておくべきか……」

「大丈夫? パパ?」

 床にうずくまる大ザルガラに、階段を下りてザルガラと少女が声をかける。

 アンはその様子を見て、大きなザルガラが少女の父親と察した。そのエト・インの父を、ザルガラの兄と勘違いした。


 彼はザルガラの兄なのではなく古竜インゲンスなのだが、事情を知らないアンには想像すらできない。 


 インゲンスは立ち上がりながら、心配するエト・インを抱き上げた。


「ああ、大丈夫だよ、エト・イン…………。ど、どうだ、急に現れて驚いたか?」

「お、おう、かなりな」

「ぎゃお……びっくりした……」


 アンももちろん驚いた。内心、手当てをしなくて良いのかと、聞きたくて仕方なかったが、出しゃばれないので我慢している。


「急に現れたといっても、転移してるように見せて、実は姿隠しなんだろ?」


 一瞬で見抜かれたインゲンスは、階段から落ちたときより痛そうな顔をした。


「まあ、いい。茶を一杯貰ったら、さっそく墓参りに出かけるとしよう!」

 まずは一休み、とインゲンスはテラスへと向かう。

 対応はほかの侍女の仕事なので、アンは墓参りに同行するため支度を始めた。


 アンは今日の予定を、『客人が古い友人の墓参りに行くため、ザルガラも同行する』と聞いていた。

 エト・インの立場も婚約者と聞いていたが、姪という近親者との婚約も、血と力を守るため貴族において珍しくもない。おそらく形だけだろうと、アンは考えていた。

 と、思い込んでいた。

 できればそうであってほしいと思っていた。


 アンはしばらく困惑したのち、インゲンスをザルガラの兄と推測した。同時に、エト・インも姪であると思い、親しくする姿への嫉妬も和らいだ。


 やがてインゲンスとエト・インの休憩も終わり、ザルガラとティエとともに玄関へと戻って来た。


 アンは静かに頭を下げて膝を曲げ、目立たず控えめに挨拶する。

 主がその場にいる際は、使用人による大げさな挨拶は出しゃばりとされ、かえって非礼となる。


「友人の墓参りか……まさか王都に墓があるとは」

「墓といっても、今は形も残っていない」

「それもそうか」

 

 ザルガラとインゲンスの会話を聞いて、形もない墓という言葉にアンは内心で首を捻った。

 どういうわけか使用人の立場なので聞くわけにいかないが、墓参りに同行できるならば自然とわかるだろうとアンは控えた。

 その脇をエト・インが駆け抜け、馬車へと飛び乗った。


「ぎゃお! お墓参りより、ピクニックにいこーっ」

「……は、ははは。まったくエト・インは我がママだな」

「我が儘の意味合いがどこか違うようだが、確認したら言語野にダメージ受けそうだ」


 ザルガラは何かを察したのか、2人の会話にそれ以上関わろうとはしなかった。



思いのほか長くなってしまったため分割。

次回は少々短い代わりに、ちょっと難しいお話になるかも。


更新遅れてもうしわけありません

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