こどものとばく
「ついに……、ついに古来種たちの目的と、彼らのあり方が、この世界への時空間へ与える影響について話す……その時がきたようですね」
乾燥した涼しい午後の風とともに現れたアイマスク女イマリーが、賑わう学園の生徒たちを背景にして、オレに詰め寄って言った。
古来種の目的。
そして時空間への影響。
実に興味深いことだ。
――だが、今はその時じゃない。
「また今度な」
華麗にお断りして背を向けると、イマリーが必死に追いすがってきた。
「なんでっ!? なんでですかーっ! 古来種の謎とか、目的とか、わたしの言い訳とか、わたしの謝罪とか聞きたいって言ってましたよねーっ!? むしろ言えって、言ってましたよねーっ!?」
「確かに話は聞きたいが、時と場所を考えろ。いいか、今日はな……」
すがるイマリーを振り払い、周りを指差してオレは叫ぶ。
「今日は年に一度、学園文化親交会の日だぞ!」
同時にオレの背後で、ぽぽぽーんと花火が上がった。
指差す方向では、生徒たちが学園の敷地内で楽しそうに出店を営み、そこで遊び、そして買い物をしている。
文化親交会。
それは魔法を持ってすれば、なんでもできるということを証明するため、文化と文明の産物を魔法で再現し、表現しようという企画である。
魔法で食材を加工し、販売する模擬店や、魔法で資材を加工する様子を見せ、販売する模擬工場。
ゴーレムなどで合戦を再現する模擬戦争など。
なんでもできるということを世間に知らしめると同時に、できるからとやってしまえば、庶民から職を奪いかねないと、生徒自身が自覚する…………お祭りだ。
魔法の万能性が持つ功罪に対する啓蒙活動は形骸化して、今はもうみんな遊んで楽しんでいる。
会ではなく、もう祭だ。
誰が呼んだか文化祭である。
「わたしより、こんな素人のお店のどこがいいんですかーっ!?」
監視者イマリーは、生徒の模擬店をそんな風に言うが――。
「お面を側頭部につけて、右手にリンゴあめとワナナチョコ、左手に海悪魔焼きとむりやり風船を三つも持って、水風船までぶら下げて、どっから見ても文化親交会を満喫してるオマエがなにをいう」
完全無欠に、ついさっきまで遊んでいたこと確定という恰好だ。
それを指摘され、慌てるイマリー。
「い、いえ、これは違うんです」
「違くねぇよって、おい。リンゴあめを胸元に隠すなッ!」
べったべたになるだろ!
「まったく……しょうがねぇな。……ほら、引換券やるから、今日と明日は遊んでろ。また後で話を聞くから」
「わーい、もろたもろたー!」
「って、オマエそこはさっきリンゴあめを入れたところだろ! なんでもかんでも、胸の谷間に入れるな! チケットを受け取る生徒が、べたべたに困るだろ!」
懐に食券の綴りを押し込み、イマリーは露店と生徒の波の間に消えていった。
『……あの子、元気になった』
「え? お、おう、そうだな」
気にかけている相手の機微に敏いディータが、安心したように言ってオレの肩へと降りてきた。
今日のディータは高次元体状態である。
いくら姫が高次元体として、この世界に残っていると公表されたとしても……いや、公表されたからこそ、ディータ=ゴーレム姿でうろつくわけにはいかない。
ディータは親交会を楽しみにしていたが、さすがに問題になると納得したうえで、高次元体でお祭りを楽しんでいる。
ちなみに近くにタルピーがいないので、いつものぼんやりした全裸スタイルだ。
オレ以外、誰からも視認できないからいいが、高次元体でもなにか服を着てほしい。
『……たぶん、人に覚えてもらえるのが楽しい』
そうだな。
彼女は首なしの巨人……閉路回路を2体とも失い、監視者としての能力しか持たない単なる上位種となった。
誰でもないという状態となって、他人の認識の隙間に滑り込む能力は有しているが、人と空間を閉路の次元へと巻きこむ力は失った。
結果、人から忘れられることのなくなったイマリーは、知り合いつくりに夢中だ。
模擬店の生徒から、また来たのか……と露骨な顔をされて嫌がられているのに、しつこく話かけて追加の注文をしている。
「まあ、アイツはどうでもいいや。そんなことよりアザナだ」
せっかくクラスの出し物を、ペランドーに押し付け――いや、違った。せっかくの自由時間だ。
好評だというアザナのクラスの出し物を見るため、2回生の教室へと急いだ。
やはりというか、さすがというべきか。
期待通り、そこは賑わっていた。
会場である教室の中を覗く。
生徒とごく親しい関係者しか入場できない文化親交会1日目だが、ここは多くの人が集まって…………、なぜか下を向いてカリカリと、せせこましい作業をしていた。
これが好評の光景か?
『……なにここ、暗い』
照明が、ではない。
集まっている人たちが、一生懸命すぎて暗いのだ。
瓶ジュースのケースを足にて、文化親交祭の材料の余り物みたいな板を天板にした雑なテーブルに、子供たちが群がっている。
そして一心不乱に、パステルカラーの小さな板を画鋲の先で突いていた。
異様な雰囲気に気おされ、入り口で固まっていたら――。
「来てくれたんですね! 先輩!」
アザナが子犬のように駆け寄って来て、キュッと急停止した。
ふわり…………と甘い香りだけが、アザナからオレに飛んでくる。
「な、なんだ? ここは」
思わずドキっとしてしまったので、話を逸らすため教室の異様な光景について尋ねると、暗い情熱を注ぐ生徒たちを背景に、アザナが自信満々に胸を張った。
「子供たちが、ガリガリ型抜きしたくなるような射幸心を煽る換金システムですっ!」
「射幸心……? ギャンブル的ななにかなのか? それに……ガリガリ? 型抜き?」
ギャンブルか。
なるほど、それは夢中になるのもわかる。型抜きが何かは分からんが。
「はい、そうです! 型抜きと呼ばれるこれを、チケット3枚で、10枚の型抜きと交換できます」
そういってアザナは、手に持った白く長方形の小さな包みを見せた。
「ふーん……。それ10枚をチケット3枚か。ちょっと高いな」
「チケット1枚でもいいですが、その場合は3枚です」
「つまり3枚なら型抜きが1枚おまけ、ってことか」
イマリーに分けたチケットは10枚綴りだった。1枚でワナナチョコ一本と交換でき、3枚あれば軽いランチ分と交換できる。
つまり10枚の型抜きで、昼食分ってことだ。
オレは試しに、と1枚だけチケットを渡して、3枚の型抜きと交換してもらった。
型抜きと呼ばれるものは、1枚づつ白い紙に包まれて中が見えない。
アザナから受け取った3枚のうち、1枚の包装を解いてみた。
安っぽい板菓子が中にあり、片面に複雑な胞体陣が平面状に浅い溝で描かれていた。
『……まずそう』
ディータの反応が、食い気によるものだった。
「すごい、先輩! 1枚目からそれSRですよ!」
「なんだよ、その等級って」
アザナの反応からして、当たりの部類なのだろうか。
「それはダブルスーパーレアの次にレア度の高い、スーパーレアです。その上にはアルティメットレア。SRの下にはレア、最下級がコモンです。そして最上級にレア度の高い型抜きが|アルティメットスペシャルスーパーレア《USSR》です!」
「ま、待って、待って、なんか怖いぞアザナ。急に早口になるなッ!」
レアとかスーパーとか単語いっぱいならべて、なにそんなに興奮してんだよ!
「すみません……。えっととにかく、それをうまく型抜きすると景品と交換でき……って、先輩ダメですよ、魔法でナチュラルにサクッと切り抜こうとしないでください。この画鋲で地道に抜くんです」
魔法で削ろうかと思ったら、止められた。とりあえず画鋲を受け取る。
「面倒くさいなぁ。ん? おい、この画鋲の先、曲がって……」
「コモンは簡単な図形を二次元化したものです。簡単にできる分、小さなおもちゃか駄菓子の交換くらいです」
「コモンならできそう……いや、そうじゃなくてね、画鋲のね、先がね……」
「USSRって、すごく赤くて寒くて、強制的に勤勉で裏で手を抜き、正しく理想的でありながら、得られる結果が現実的かつ即物的なのに、欲深い人類にはまだ早過ぎたんだ、という実現性の乏しい感じがいいですよね」
「な、なにいってんだオマエ…………。あー、レア以上は模様とかになってるのか。で、SRとかはもうこれ型抜きさせる気ねーな」
教室の壁を見ると、景品の相対表が貼られていた。USSR1枚もしくはSSR3枚で特等と交換か。ちょっと無理くさいな、これ。
景品の特等は…………「アザナになんでも命令できる権利」とあった。
……命令といっても常識の範囲だろうが、なんだこの権利。
景品に金をかけないようにと、そんな特等を考えたのだろう。
あまりにバカらしくて、オレは呆れてしまった。
お金が関わると、アザナはとんでもなく情けない……。
さて、それはさておき。
どんな風に、こんな先の曲がった画鋲で型を抜くのか、教室のあちこちでガリガリと作業をしている生徒たちを覗きみると……。
「ゆっくり……そっと……そっと……ぎゃあっ! 欠けたぁっ!! きーーーっ! もうっ! 10枚追加するっ! …………て、やだー! SRが一枚もなーいっ! くっ…………もう10枚‥‥追加‥‥購入‥‥」
「つ、つばで鋲を濡らせば……溝が少し柔らかく……」
「ユスティティア様が舐めた画鋲……。ユスティティア様、こちらの鋲でしたらまだ先が鈍ってませんよ。交換しましょう」
「え、あ、ありがとう。ヴァリエ」
「いえいえふへへ、頑張りましょう型抜き」
「節約……せめて一か月のご自重……アザナ様にお願い……」
高低様々な生徒たちに交じって、ガリガリと型抜きを画鋲で突く、アザナの取り巻き4人の必死な姿があった。
ちまちま作業に不向きな、なにかと騒がしいアリアンマリ。
公女とは思えない小技を駆使するユスティティア。
いまいち何を狙ってるかわからないヴァリエ。
憑りつかれたようなフモセ。
……ギャンブル怖い。そしてこんなものを生み出したアザナも怖い。
怖い。
アザナがこの光景を見て、どんな顔をしているのかと見てみたら、悪い顔をしてほくそ笑んでいた。
怖い。
「どうですか、ザルガラ先輩。あえて使い古いし鋭さの鈍った錆びた画鋲! 歪んだ天板と他人の作業の振動が伝わる安定性の悪いテーブル! どうみてもこれ無理があんだろうっていう図形! さらに狙った形やレア級が出るか出ないかのガチャ要素! 全方位ギャンブルのお手本!」
ズバッと両手を交差し、ポーズを取るアザナ。
「これが……」
ガリ……!
「これが……」
ガリガリ……ッ!
「これが型抜きだっ!」
ガリガリガリガリガリガリガリッ!!
必死に型抜きする音を背景にし、変なポーズでキメてみせた。
なにそれ、キモかっこいい。
「この絶妙な硬さと脆さ…………。ふふふ、再現するのに3年かかりましたよ」
「3年ってオマエ、どんだけ力入れてんのこれに? バリバリバリー」
「ああぁっ! 先輩! 型抜きしないままなんで食べてるの!」
「え? 食っちゃ悪いの? さっき、失敗したの食べてたヤツいたよ」
反抗的な硬さのくせにに、ひとたび折れれば脆いというこの食感。
実にオレ好みだ。
でも正直、味はそれほどうまくない。
「せめて挑戦してみて、失敗してから食べてくださいよ!」
「そうはいうがな……。このSRってやつは、見た瞬間に無理っぽい形だし、影も形もないようにしてやった」
「ザルガラ先輩、頭おかしい!」
「ハズレと自己判断して食べちゃおかしいのかよ」
などとアザナと言い合っていたら、
「なにをしているのですか!」
ユスティティアが型抜きの手を止めて怒鳴った。
「SRが出たのに挑戦もせず食べるなんてっ! おかしいんじゃないんですか!? できないと判断したら、わたくしがチケット10枚で買い取りましたのに!」
「お、おう、そうか。じゃあ、つぎ出たら横流しするから」
すごい剣幕に圧倒され、思わず転売に同意してしまったが……、いいのか転売?
「絶対にですからね!」
取り巻き4人衆に見守れながら、ほかの型抜きを開封すると、すべてそこそこ難しそうなコモンやレアな形だった。
「まったく、使えないですわね」
出た型抜きのレア度を確認して、ユスティティアたちはがりがりと型を抜く作業に戻った。
「これやべぇな」
世間にこの【射幸心を煽る換金システム】が出回ると、なにかと社会に問題が出そうだ。
せっかくコネができたし、中央官のアリアンマリのじいさんに言って前もって規制しないと。
などと、貴族らしい政治について考えていると、2人の新しい客が入店してきた。
「ほう…………これは変わったことをしておるなぁ」
ドワーフとハーフエルフのコンビ。
ふらりとやってきたワイルデューと、見廻りのテュキテュキーだった。
ワイルデューは別の生徒から型抜きを買い、画鋲を受け取る。
そして一目見て――。
「なんじゃ。もろそうな画鋲じゃの。まあいいだろう……。ふん!」
すぐさま画鋲の先に指を添え、曲がった先を直してしまった。
あの太い指で、針の先を整えるとは……。さすがドワーフだ。
そのとき、隣りのアザナに電流走る!
「はっ! わ、忘れてた……。ここにはドワーフがいるってことを…………」
「ふん!」
「そっ! そんな! レア級の型抜きを一撃でっ!?」
ワイルデューはたった一突きで、立方体陣を模した型抜きをくりぬいてしまった。
驚いたアザナがふらりとよろめいたので、その背をそっと支えて――。
『……そこです!』
なにがそこですなんだよ、ディータ。
トン、アザナを押し返し、ワイルデューの成果を見た。
文句なしに、欠けたところすらない型が、彼の手の中にあった。
「なるほど、一見して筋部分が脆そうに見えるがその実、焼き菓子特有のムラ目で、その筋と周辺が不規則に硬くなっておるのか。料理やお菓子作りは詳しくないが……そう、ダマというやつじゃな。型本体に無理筋がある場合もあるが、ムラ目を見切れば挑戦のしがいがあるのう」
ワイルデュー……いや、ドワーフの手にかかれば、レアを抜くなど造作もないらしい。
「ま、まだだ……、まだ慌てるような時間じゃな……!」
せっかく思いついた集金システムの当てが外れたアザナは、あわあわと両手を震わせ、次の型抜き作業に入るワイルデューを見守った。
「ふん!」
アザナの期待を裏切り、ワイルデューの一突きは次なるコモン級型抜きをくりぬいた。
しかも重ねて3枚。
「そ、そんなぁっ!」
「ドワーフの能力を甘く見てたな……」
涙目のアザナに、少し同情する。
かわいそうなので、震えるアザナの頭をぽんぽんと軽くたたいてあげた。
「うう~、せ、先輩ぃ~」
しかし、不味いなこの型抜き。
…………お、しゃぶるとなかなかうまいな、これ。
「まあ、こういうギャンブルはよくないわね~」
トドメとばかりに、テューキー先輩が生徒会としての意見を述べた。
賭博性が高すぎると判断したのだろう。
「許可はとってますよ!」
「うん、まあそうなんだけど、まさかここまでハマってる人が出るなんて思わなかったから。報告だとお菓子やおもちゃの景品だったし」
「ギャンブルはいかんの~」
呆れるテューキー先輩の向こうで、飽きたように画鋲を放り出すワイルデュー先輩。
どうやらギャンブルはあまり好かないらしい。堅実なドワーフらしい態度だ。
「生徒会としては、特等を別のものに差し替えるようにお願いしたいわね」
「なんでっ!」
「や゛め゛でぇっ!」
「そんなっ!」
テューキーが特等「アザナに命令できる権利」にダメ出しをすると、取り巻き3人が激しく抵抗した。
ヴァリエはなんで画鋲をしゃぶってるんだ?
型抜きの方がうまいのに。
「うう…………、これを作るのに3年かかったのに……」
アザナはドワーフの一突きにショックを受けたままだ。
「たぶん、外(街)でもやろうと思ってたんだろうけど、やめとこうぜ」
痛い目に合う前にやめろ、と忠告する。
しかし、成功と失敗を繰り返すアザナを見て、前の人生のときこんなヤツだったかな? と首を捻った。
涙目で両手を抱き寄せ震えるアザナ。
なんか……可愛い。
ケルベロスのエグザ・アイ・リーが、ボール遊びで失敗した時を見るかのようだ。
別に他意は……ない、だって小動物って可愛いだろ。
そう、あれだよアレ!
でも、まあオレみたいなヤツが、小動物可愛いとか言えないからな!
うん、だからここは耐えよう。
ああ、これが愛嬌ってヤツなのか。
なるほど、怖がられないため、こういう失敗をしてみるのも――。
『……でもザル様がやっても、可愛くないから』
ディータが冷や水を浴びせるようなこといいやがった。
同時に、ディータが想像している光景が、オレの脳裏に浮かんでくる。
それは、涙目のオレが両こぶしを抱き寄せ、震えてる姿だった!
待てよ、何てモンを想像してんだよ!
そういうリアクションは真似しねえからッ!
更新遅れました。
ちょっと忙しかったのですが、軌道にのったので通常に戻る……と思います。
たいへんもうしわけありませんでした。




