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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第7章 二つ目のサイクロプス
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裏切りの応酬 2


 監視者として古来種に設計デザインされたイマリー・プライマリーは、他人から知覚されないから、人の記憶に残らないわけではない。 


「これで一応、ひとつめは完成だな」

 彼女の最初の記憶は、ガラスの向こうで成果を確認する古来種の声だった。

 うっすら、片目を開けてみると、薬液とガラスで歪む3つの人影があった。


「奴らの監視も、これのおかげで楽になるだろう」


 閉路回路サイクルオプスの基板であるイマリーは、不都合な力を与えられている。


 閉路回路の機能を限定的に与えられたイマリーは、それゆえに1万年……苦悩を続けていた。


「私たちが彼らの元にいくと、畏まってしまいますからね」

「その点、彼女の力なら誰にでもなれる」


 なるほど、そうか。わたしにはそういう力があるのかと、イマリーは説明を受けずに理解する。


 イマリーは奴隷であるこの星の人々の監視者として、他者の記憶に都合よく潜り込み、都合のよい記憶を持たせて、そのように振る舞える。

 対象の母だろうと子だろうと、恋人だろうと上司だろうと部下にだろうとなれる。

 

 記憶を改ざんすれば、どんな場所にでも潜り込み、そして好きに観察し監視できるわけだ。


 しばらくして、イマリーは実験と研修を兼ね、古来種の奴隷たちの中に潜入させられた。

 

 そしてすぐに自分の力の不都合さを理解する。


「誰も、わたしを覚えておいてくれない……?」


 つい先日まで親しくしてくれた少女が、イマリーをまったくの他人として扱う。


 記憶など改ざんしていない、普通の友人の少女なのに、なぜかイマリーを記憶してくれない。 

 同じ奴隷の友人として、一緒に働き、協力しあって、胸のうちを打ち明けてくれたはずの少女が、挨拶したイマリーにまったく無関心の態度を示す。


 父娘、友人、姉妹という立場に偽の記憶を刷り込んで潜り込み、情報を収集するというと、卑劣な監視方法だが、それは彼女にも等しく苦痛を与えた。


 古来種はその都合の良さに制限を与えた。

 彼女に関する記憶は差し替えられ、結果、だれの記憶にも残らない。

 改ざんの結果だけでなく、通常の人間関係まで消えるという、行き過ぎた安全装置である。


 イマリー自身の記憶が、周囲から欠落してしまう。

 刹那的に、誰かの「誰か」になることはできるが、恒常的には誰でもない。


 何ものでもあり、何ものでもない彼女は優秀な監視者だ。


 しかもひどいことに、古来種たちは無責任にもこの地上から不意に姿を消した。奴隷として従えていたこの星の住人だけでなく、一部の上位種とイマリーを置いて、だ。

 

 地上の諸々たちは慌てた。いままであれこれと指図しながらも、あらゆる問題を解決してくれた古来種が、急にいなくなってしまったのだ。


 中位種たちは捨てられた犬のように、動転しながら泣き叫びながらも懸命に魔力を絞って古来種との交信を試みた。のちの【交信派】である。


「畏き至尊の方々よ! 我々を置いて、いったいどこに行かれたのですか?」

 

 必死の問いかけに、古来種の反応は冷たかった。

 

 曰く、――すべての事象を観測するため、高次元へ赴いた。そういえば連絡をするのを忘れていた。わりぃ、わりぃ。お詫びに置いていった物は好きにしていいよ。慰謝料ってやつ?


 間違いなく、引っ越しで犬を捨てるがのごとき所業であった。

 いや、犬小屋に忘れていったというところか。

 慰謝料代わりに置いていったさまざまな魔具や資産がなければ、人々は文化的な生活どころか、生き残ることもままならなかっただろう。


 それでも、従えていた者たちが古来種への信頼を失わなかったのは、魔力を核にして子々孫々へと擦り込まれる人格調整ギアスの賜物である。

 

 上位種に値し、特別な監視者であるイマリーも、その呪縛から逃れられない。


 ゆえに古来種を恨むことすらできず、監視の任務すら行う必要もなく、約束された仲間の製作すら反故にされ、無駄に与えられた能力を抱いたまま1万年を過ごす運命をたどった。


 対策はない。

 監視者として有益であるように、記憶されない存在と古来種が意図してデザインしている。このため、わずかな伝聞でその存在が記録されることはあっても、他人に記憶されることはない。


 それは古来種としては完全な監視者だが、イマリーにとっては不完全な社会構成者だ。

 古来種がいなくなった今、中位種下位種のいる世界で彼女は社会に順応できない。


 イマリーが他者を観測して監視するたび、彼女の記憶は誰からの脳裏からも零れ落ちてしまう。


 対策は、ない。


 互いを認識した瞬間、いつかイマリーは忘れられる運命だ。

 

 そのはずだった。

 

 1万年の孤独の果てに、例外を偶然にも発見した。

 

 エンディアンネス魔法学園の生徒、ザルガラ・ポリヘドラだ。

 いつのころからか、彼はどういうわけなのか、イマリーの閉路回路から起きる副作用の影響をある程度だが受けずにいた。

 最初は観測を始めた途端、忘れられてしまうのではないかと、おっかなびっくり監視を始めた。

 まずは当たり障りのない学園の生徒の関係者として潜り込み、ザルガラの監視をする。


「アザナっ! 勝負だ、勝負! かかってこ……って、違うんです、教頭先生! これはケンカとかじゃないんです」


 彼はケンカばかりしていた。


 だから、次にそのケンカ相手の関係者として、周囲の記憶を差し替え振る舞った。

 うまくはいかなかったが、かなりの好感触であった。


 ゴーレムレースの記憶が書き換えられていたはずなのに、ザルガラはイマリーを覚えていた。

 

 彼ならば、もう1人の巨人を任せられるかもしれない……。

 

 そんな考えが、イマリーの中に浮かんだ。


 イマリーは一対としてデザインされていたが、二体目が完成する前に、古来種が高次元へと立ち去ってしまった。

 残されたのはイマリーと二体の巨人だ。一体は無しである。

 

 その脳にザルガラはなり得るかもしれない。


 だが、問題もあった。

 ザルガラの記憶を、都合よく改ざんして関係者になることができない。

 彼が耐性を持っているが故の問題だ。

 

 しかし、彼とは関わりたい。

 都合よく、他者の都合よい人間になれるイマリーは、通常の社会性を持たない。

 

 どうザルガラと接触したらいいかわからない。


 イマリーはザルガラを監視する。

 

 彼はケンカばかりしている。


 きっと好きなんだろう。

 だから、ケンカを仕掛けてみた。


 結果は好感触だった。

 ザルガラは嬉々として付き合ってくれたが、あっという間に勝負がついてしまった。


 閉路回路の維持ができず、イマリーはケンカらしいケンカ一つできず、退くはめになった。


 どうすればもっと長く、楽しくケンカができるだろう。


 彼女はそんな時、アザナという存在を思い出した。


 最近、ザルガラとケンカできず拗ねている。きっと協力してくれるに違いない。 


 それにアザナであれば、閉路回路の補助を任せられる。


 イマリーは一回限りの仲間として、アザナの記憶を改ざんする――。 



   *   *   *


 アザナが裏切った。


 アザナがオレを裏切った。


 オレを裏切って対峙するアザナの隣には、閉路回路サイクルオプスの使い手であるイマリーがいる。

 イマリーは悪意ある敵というほどではない。だが、オレと手合わせしたいと考えているはずだ。前回はそこまで察せず、ついつい閉路回路の破壊という手段を講じてしまった。

 

 イマリーはそのリベンジにきたようだ。


 しかし、なぜか今回、アザナが閉路回路を発動させたわけだが…………なんで使えるんだろうね、コイツ。

 

「まあ、アザナだからな」

「……アザナですからね」

 アザナだからという言葉でオレは納得し、隣りのディータも納得した。ついでに裏切って、向こうについたことも「アザナだから」の一言で済む。


 閉路という得意技を簡単に奪われ使用され、事実を受け入れられずイマリーが呆然としている横で、アザナがオレに「やるぞ」という眼光を飛ばしてきた。


「いきますよ!」


 嬉しそうにアザナが身構える。


「おう、いくぞ!」

 

 オレも身構える。


「大地に逆らえ! 【反逆者は乙女の味方】」

「無駄に祈れ! 【見当違いの聖者の苦行】」


 ほぼ同時に、オレとアザナの魔法が発動した。


挿絵(By みてみん)


「え? はぁ? うそ、なんでっ!」

 その2つの魔法は、狙いを違わずイマリーを襲う!


 アザナの放った魔法で、イマリーの身体がほんのわずかふわりと浮いた。間髪入れず、オレの放った【見当違いの聖者の苦行】が浮いているイマリーを捕らえた。


 あの【反逆者は乙女の味方】とかいう魔法…………、ユスティティアやフモセたちなど取り巻きや、学園の女子たちから、身体測定前に「教えてくれ!」と懇願されていた魔法だ……。

 あれで体重を誤魔化す気だったのか、うちの学園の女子たち。


 測定時に魔法の使用は禁止なのに。


「なんでっ! あなたはわたし側でしょ?」

 裏切り者に裏切られ、イマリーがアイマスクの単眼で反逆者アザナを睨む。

 

「……ひどい仕打ち」

 ディータ、ドン引きである。


「そんなことない! いや、そうかな? ……そうかも」

 前回は閉路回路破壊、今回は不意打ち2人がかりで無力化。

 ディータに言われて、初めてオレは非道な行いを自覚した。

 

「う、裏切ったのね……、わたしを……」


 鎖で縛られ、床に転がるイマリーが悔しそうに呟く。

 なんとなく――悲哀もたっぷり込められているように感じる。


「違います!」

 

 うしろめたさでオレが口ごもる横で、アザナが裏切りをはっきり否定した。


「ボクは表返ったんです!」

「いやいや、言い換えても裏切ってる。どんなに言葉遊びしても裏切ってるよー」

 

 正義を為した、という顔で言ってるがアザナ。オレから見ても、ダレから見ても裏切ってるからな、オマエ。

 

「そ、そんな……、記憶を改ざんして、わたしはアザナの妹のはずなのに……」

 イマリーがなんかいった。


「そんな力があるのか、オマエ?」


 そういえば、アンドレの側近だか協力者としての立場として、学園に潜り込んでいたな。


「てか、なんで生徒として記憶改ざんしなかったんだろう。追い出されずに済んだだろうに」

「してたわよ……」

「じゃあなんで部外者として追い出されたんだ?」


「記録などは過去にさかのぼって改ざんできないので……、クラス名簿を確認されてバレました」


 大したことないな、記憶改ざん。

 しかも記憶がランダムにすり替わったり、事実認識が食い違うなど迷惑極まりない。

 これ、完全に失敗作だろ。


 でも人格のある存在に、「失敗作」とは間違っても言えないが……。


「失敗作ですね」

「おい、アザナ!」

 アザナがはっきり言った。

 失敗作と言い切った。


 イマリーは観念して、肩を落とし床に身を委ねている。

 アザナの裏切りと失敗作発言がショックだったらしい。

 実際、オレもアザナが裏切ってるの見たとき、げっそりしそうだったもん。

 わかる。


 イマリーを拘束し、魔力封じる【見当違いの聖者の苦行】は効いているようで効いていない。

 たぶん、彼女の力がひどく偏っているからだろう。封じきれない魔力のほとんどが、閉路回路の維持に使われている。

 今の彼女は閉路回路を解除することはできない。

 

 今回、閉路回路の魔法を発動させたのはアザナであり、管理制御しているのアザナだ。今のイマリーは、前回の長手のカトゥンと冒険者4人組たちと同じ状況だ。

 イマリーは閉路のいち回路と化している。


「ひどい……。まさか裏切られるなんて……、失敗作……それはそうだけど……」

 

 アイマスクに隠された目で、彼女は泣いているかもしれない。

 なんかかわいそうになってきた。

 実はこの子、ものすごい不幸な運命の星のもとに生まれて、いままで生きてきたんじゃないんだろうか?


「おい、アザナ。やっぱオマエ、あっち側について遊ぼうぜ」

「……ザル様。うちの家(城)でまだ遊ぶ気なんですね」

「いやですよ」

「嫌なんだ……」


 アザナの嫌という発言の前に、ディータの不安の声が混じり、後にイマリーの消沈の声が下から聞こえてきた。

 そんな雑音を無視して、アザナに問う。


「なんで嫌なんだ?」

 

 アザナはにっこりと笑い、さも当然のように答える。


「だってボクにイマリーさんとか味方がいたら、2対1でザルガラ先輩が勝てないじゃないですか」


「なんだと、このっ! アザナ! このオレが相手にならないってか!? 言いやがったなァー! なめるな! こっちにはディータとタルピーもいるぞ! 」 


「……反論になってない」

「わーってるよ!」


 ディータのツッコミはもっともだ。2対1の構図じゃないという意味で、一人じゃ勝てないことへの反論にはなってない。


 タルピーがあたいも? という顔で自分を指差している。

 オマエもだ。

 サテンのボトムを振り回して踊ってないで、オレに協力しろ。


 それと……そうだな……、よし! オマエもだ!


「おい、イマリー! オマエに決めた! 手を貸せ! アザナを負かして泣かせてひんむいて、負けたのは4人がかりだったからです~! って言い訳させてやるぞ!」


 ここは恥を忍んで数に任せ、確実に勝ちを狙おう。

 オレはイマリーを拘束する【見当違いの聖者の苦行】を解除した。


「え? ……あ、はい」


 イマリーはきょとんとした顔で、緩んだ鎖の戒めから抜け出す。

 その顏に改めて目的を語る。


「一緒に、アザナを倒そう!」

「あ、え? は、はい! 裏切りですね!?」

 オレの差し出す手を取り、共闘者としてイマリーが隣りに立つ。


「……これ、もうわけわかんない」


 裏切りの応酬の果てに、4対1の戦いが始まる。



諸事情=挿絵が未完成だった。

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