裏切りの応酬 1
自他ともに認める王国の【煙たい男】ゴールドスケールジット侯爵は、ザルガラが登城する前に馬車に乗って城を出た。
二者の馬車は、すれ違ってもいない。時間も出入りする門も、意図的にずらされている。
なぜかディータ姫とザルガラが正面の門からではなく、裏手を守る側堡の間を抜けた外壁門からの登城であったが、正門続きの侯爵はそれを知らない。
「次が最後の登城か」
緩やかな坂を下りきり、高低差で王城の城門が見えなくなったころ、ゴールドスケールジット候は煙まじりに呟いた。
相談役である筆頭家臣は、難しい顔で主君の声に頷く。
「やはり、あの話は事実でしたか?」
「うむ。……まさか後継者の話があそこまで決まっていようとは……」
王城へ上がる前より、抱いていた懸念が事実であったと侯爵は頷いてみせた。
ディータ姫が復活した。――などという話は信じていない。
よくできた偽物だろうと踏んでいた。
貴族連盟は王国にとって煙たい存在だが、その力は未だ侮れない。
王朝の終焉と共に、貴族共和制を旗印に蜂起される。という評価を、王国側から下されていた。
しかし、魅力強化という王族の象徴である力を持っている後継者がいれば、話は別である。
それがディータ姫であろうと別人であろうと、一応は新たな忠誠を誓うのもやぶかさではない。
ディータ復活の話を聞いてから、ゴールドスケールジット侯爵にいくつかの考えが浮かんだ。
まずひとつ目に、新たな王族の血族が見つかったという可能性。
この可能性は、まだ現実的だ。
なおかつ事実であるならば、他にも王としてチューンドされた者がいるかもしれない。
出自……古来種が与えた力の原初を別とする、王の能力と血をひくものがいた場合、王朝として終止符……最悪、王国としての国体が変わり国の名前から中身まで別物になるかもしれないが、王政は存続できるかもしれない。
養子にでもして、無理に王朝を存続させる場合もあるだろうが、その場合は貴族連盟の叛意が大きくなるが、別王朝を興すのであれば協力するだろう。
ふたつ目は、消失の聖痕の影響で、ディータ姫が古来種と同じ場所へ行き、なんらかの力でそこから帰って来たという可能性だ。
この場合、貴族連盟は今と真逆の活動を始めることだろう。
連盟の所属する貴族たちの多くは、【招請派】である。
古来種と同じ高次元から戻って来たとなれば、その扱いは下にも置かないはずだ。むしろ王族以上の存在と認識し、そのように敬意を表すことだろう。
ふたつ目が起きている可能性は低いが、この場合は騒動の大きさに反して、貴族連盟の面倒は収まるはずだ。
みっつ目は、姫が実は生きていたという可能性だ。
この場合は、連盟だけでなく国内から周辺諸国から、エイクレイドル王は顛末の説明を求められ、場合によっては責任を追及されるだろう。
あまりこの状況は見たくない、と思うゴールドスケールジット侯爵であった。
あとは完全な偽物や、生き返ったなども考えられるが可能性が低い。前者はそんな愚かなことを王がするわけがないだろうし、後者は摂理に反している。
「まずは姫殿下に、会ってみないことにはわからんか……」
ディータ姫復活の事実確認と王と中央の判断を訊くため、数年ぶりに王城に上がったゴールドスケールジット侯爵であったが、結果は空振りであった。
再び部外者扱いされたも同然である。
とはいえ、冷遇される理由もちゃんとあり、彼らもそれを理解していた。
「このまま……扱いと現状が変わらぬのであれば……」
盟主として侯爵自ら決起派を集め、無駄と知りつつあえて蜂起し、諸共一掃されるという道もある。
王国の行く末を思うと、そんな最悪な退場の仕方くらいしか思いつかない。
共和制移行までじっくり待つという手もむろんあるのだが、決起派を抑えるのも限界が近い。
息子アンドレを遠縁に預け、養子とするための布石は順調だった。
根回ししたところ、王と中央官からの反応も悪くない。
盟主としての事情を知って、決起派の自滅とその血族延命には理解を示してくれている。その上で「早まるな」と言い含められていた。
「せめて古来種様の導きがあれば……」
貴族連盟の多くは、古来種の帰還を願う【招請派】である。
王のカリスマに従う理由は、その不可思議な力の影響だけではない。古来種がそういう風に造ったため、古来種の意志を【招請派】の信条として尊重するからだ。
その強化の力が薄れ、なおかつ血筋が絶えたとなれば、その信条により従うつもりはない。
この場合の反発は、他の中位種……他の貴族たちより大きいだろう。
仮に貴族たちや【交信派】の神官たちが、選考した王だとしても、古来種由来の魅力強化に従うつもりはない。
ゴールドスケールジット侯は大きくたばこを吸いこみ、唸りともため息とも思えない声とともに煙を吐き出した。
と、その時。
風とも衝撃ともつかない、空間を押すような不思議な力が侯爵の身体を、後ろから前方へと抜けて言った。
「なんだ、今のは!?」
「どうやら王城の方からのようです!」
対面に座る筆頭家臣も衝撃を感じ、その位置関係から即座に方向を察して侯爵へ報告した。
「状況確認できるまで馬車を止めろ!」
動揺する馬をなだめる御者に、筆頭家臣は停車を促した。安全を確保してから、筆頭家臣は馬車の窓を開けて王城の様子を見た。
「な、なんと……」
絶句する家臣を見て、少なくてもすぐに危険はないと判断し、侯爵も反対側の窓から王城を見上げた。
「これは……なんと大きな胞体陣だ……」
我が目を疑うほどの大きさの正24胞体陣が、その内部の辺と魔法陣をぐるぐると回して、ラブルパイル城とその周辺施設を覆っていた。
「胞体陣も、驚きだが……あの……あの巨人は……どこにいた? どこからあらわれた?」
さらに二体の鎧を身に着けた巨人が両手を広げ、城をすっぽりと覆う巨大な胞体陣を張って抱えている。
城と比べれば、巨人の大きさは民家と人間ほどの差がある。
しかし胞体陣を支えて持ちあげるような芸当は、大きさとは関係なくできるようなことではない。
膨大な魔力を必要とするはずの巨大魔胞体陣は異常だ。
平面、立方に大きな魔法陣は、その中を満たすために必要な魔力が多くなる。さらに平面、立方、超立方と、べき乗的に必要魔力が多くなる。
ゴールドスケールジット家伝来の儀式魔法を駆使した上で、数十人からの参加者の中から数人の衰弱死を覚悟し、相当量の魔力を注ぎこまなくてはならないだろう。
あれほどの魔力、異常という他ない。
そして鎧の巨人も、姿形が異質だ。
向かって右で胞体陣を支える存在は、伝説の一つ目巨人である。
そして、反対で支える巨人は、下顎から上がないという生命体として奇妙な姿をしていた。
「い、いったいなにが起きて!」
やっと言葉を発した筆頭家臣だったが、驚きのあまり具体的な行動と考えは浮かんでいないようだった。
そんな家臣の姿を見て、侯爵は冷静さを取り戻す。
「いかん、すぐに城へ戻るぞ!」
馬車内に戻り、御者へ引き返すように指示を下す。
「あ、あの状況にですか? 危険です!」
筆頭家臣は当然のごとく主君を引き留めた。
しかし、ゴールドスケールジット公爵は構わず馬車を引き帰させる。
「このまま立ち去れば、我々が仕組んだと思われかねん。所在を明らかにし、解決に協力をして、間接的に身柄を確保させるくらいしなければ!」
幸い、王城へ続く道の人通りは少なく、外壁門は胞体陣の外にあった。
できることなら、この異常事態の解決に手を貸さねばと、ゴールドスケールジット侯爵は煙と気炎を吐いて馬車を急がせた。
諸事情で分割投稿です。
次話の[裏切りの応酬 2]は近日中に投稿します。
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