一つ目の造物
表層とはいえオレの心を読み、意図を汲んで動いてくれる仲間がいる。
しかもそれが炎の精霊である上位種と、中位種の魔法使いの束ね役ともなれば、戦力としては言葉通り以上になる。
オレが隠れていた魔法使いを一撃のもとに倒した直後、その2人が同時に動いた。
アイマスク女イマリーが反応する暇もない。
タルピーは熱源を頼りにして伏兵を見つけ出し、その小さな体躯でガレキの中を駆け巡り、瞬く間に鎧で身を固めた冒険者風の男たちを炎の体当たりで打ち倒す。
ディータは探知した相手に向かって、オレからの評価低下著しい王族の面目躍如を思わせる魔力弾の雨を放ち、ガレキを弾きながらその向こうに潜む魔法使いを倒した。
『ザルガラさまーっ! 2人捕まえたよーっ!』
「……わたしは1人」
「よーし、よくやった」
この連携攻撃で、敵はもうイマリーだけだ。
潜んでいる気配ももうない。
あっという間に伏兵は全滅。残るはアイマスク女と、閉路のどっかにいる味方か敵か、敵の外付け装置かわからないカトゥンだけである。
倒れた冒険者たちはみな、片方の目に宝石の義眼を嵌めていた。
ちょっと見たところ、この閉路を維持する胞体陣が仕組まれている。だが単純な効果を繰り返して増幅する機能しかなさそうだ。
【単一仕事】の義眼といったところか。
攻勢のタイミングを失ったイマリーは、間合いを取ってガレキの上へ飛んで偉そうに腕を組む。
せめてもの虚勢か、高いところが好きなのか、かっこいいとでも思っているのか。
高所からオレを見下ろし、余裕を見せつける。
「軽く力の差を見せようと思ったけれど……なかなかやるじゃない」
「ありがと。腕試しをされるなんて貴重な経験をさせてもらったよ。しかしこれで時間が戻らないってことは、こいつらは別に大したヤツらじゃないってところか」
どちらかといえば、オレが大上段で相手の力量を測ることが多いため、今回のような上から視線はムカつくが貴重だ。
だがオマエの魔法の仕掛けはバレてるぞ、という意味を込めて言い返す。
「そこまで読めるの? 私が見込んだ通りだわ」
するとイマリーがまだ負けてない、という振る舞いで減らず口を叩く。
本気でオレの力量を測っていたようだ。
感心すると同時に呆れる。
まさか今時、オレの力量をそこまで知らないヤツがまだいたとは……。
「まあ……どんな意図があったか知らないが、オレにちょっかい出すのは1万年、早かったな」
オレがやる気を見せる前に、ちっこいタルピーがびしっと戦闘体勢で前に立ち、ディータが後衛として身構える。
サインも無しで時間差もなく、意図を汲んで動ける味方がいるというのはいいことだ。
できれば……魔法的に心がつながっているより、関係性から繋がっているほうがうれしいが……、贅沢をいったら一回目のオレに悪い。
「さあ、オレに勝てるまでやり直す気かい? その前にオレがこの魔胞体陣を解析し……お、え……て」
イマリーは数の優位を失ったから、時間が巻き戻るだろう……と構えていたら、予想外の存在がオレの考えを吹き飛ばす。
『ザ、ザルガラさま……、あ、あたい……あれを知ってるけど……』
小さいままのタルピーにとって、その存在は物理的に大きすぎた。
閉路を作る胞体陣の外界は、遺跡群の風景が重なって合わせ鏡のように、どこまでも繰り返し連なっている。
タブって重なるそこに、単一のモノが立ち上がり、無き通信塔より大きな姿を持って異様な姿を現した。
身体は人型だが、眼は単一。
いくつも同じモノがある世界に、たった一つという神秘性。
見たことない、しかもあるはずのないものが現れ、知的好奇心から嬉しくてたまらなくてオレの眼が奪われる。
「……サイクロォ……プス……だと?」
吸血鬼以上に伝説でしか存在しないサイクロプス。
監視者として古来種が造ったとされる巨人だ。
古来種はこの世界にいる生きる者から死んだ物まで、果ては精霊や土着神まで支配下に置いたが、あらたな生命体を創り出したことはない。
古来種はこの地にいた存在を利用することを考えて、改造してまでとことん扱き使った。いや、遺跡の遺産などでいまでも扱き使われている。
そのような中で唯一、単一で、最初に造られたという一つ目の一つ目巨人。
伝説のサイクロプスが重なる外の景色に中に現れた。
伝説を背にしたイマリーが、威を借りるような態度で言い捨てる。
「覚えておきなさい」
「罠付き待ち伏せ5人掛かりの後は、ありきたりな捨て台詞かよ」
オレの皮肉を物ともせず、イマリーは口元に笑みを浮かべている。
そんなに逃げられるのが嬉しいのかよ。
笑うイマリーの後ろで、サイクロプスが拳を振り下ろす。
轟音と共に、タブる遺跡群の背景が連鎖して同心円状に倒れていく。
上空から見れば、さながら花が開くような光景だったろう。
そしてオレたちは閉路空間から解放された。
『ザルガラさま、どうしたの?』
「……アジトの掃除。するの?」
いつも通りの無傷なアジト前で、オレは一人立ち尽くしていた。
閉路空間での記憶も保っていないディータとタルピーの2人は、オレの様子に違和感を感じている様子だ。
アジトの通信施設塔は破壊されていない。
あの閉路空間の性質からして、どうやら違う過去を重ねた時間にオレはいるらしい。
もちろん巡回兵も野次馬もいない。
アジトが壊されたと大騒ぎしたペランドーもいない。イシャンもヨーヨーもいない…………んだが、アイツらの私物、どうしよう。
「しかし…………サイクロプスか」
伝説の存在を見たショックは、オレの思考を奪ってやまない。
時間が巻き戻り、違う時間軸にオレが立っていることよりもサイクロプスの存在は大きい。
なにしろ時間が巻き戻るとか、知っている事実と違うとか、そんなのいままでオレ自身が引き起こしてさんざん経験している。
『ザルガラさま、おかしいよ』
「……おかしいのはいつものこと」
「おい、いい度胸してるな、ディータ」
ディータからいわれのない印象を打ち消すため、閉路空間であったことを説明した。ついでにアジトが破壊された過去が、あったことも。
「……はあ」
ディータのリアクションが薄い。まったく信じてないな。
やっぱりオレのこと、おかしいんじゃないか、と疑ってるように見える。
ゴーレムの姿で顔の表情などほとんど変化がないが、そういうのわかっちゃうんだオレ。
タルピーは途中から踊っている。
もう信じる信じないの話じゃないな、タルピー……。
『信じるよ』
「え?」
『信じるよ、ザルガラさま。なんとなくそんな気がするし』
「お、おう! そうか」
タルピーの信頼の踊りが頼もしい。
オマエはどうなんだ? という視線をディータに浴びせる。
「……まあ……今のわたしはザル様の嘘とかわかる。だから信じる。けど……理解の外」
「ああ、そうか。内容的に理解の範疇じゃないってことか」
そりゃそうだよな。
閉路空間だけでも驚きなのに、サイクロプスが出たなんて話……真実でも理解しがたい。
オレだって話を聞いただけなら、とてもじゃないが信じられないし、証拠があっても疑いつつ理解できそうにない。
「少し状況をまとめようか」
オレ自身、理解を深めるために状況を精査する。
アジトの戸を開き、階段を昇りながら考える。
まずなぜアジトを破壊して、閉路にオレたちを呼び込んだのか?
「この場所に誘い出すため……アジトを壊したのは野次馬を集めるためか」
「……どういうこと?」
「あの眼に胞体石を仕込んだ冒険者たちとカトゥンを、群衆に紛れ込ませるためだろう。スラムの住人が行き来する以外、普段は誰もいない遺跡群だ。アジト周辺で5人も6人も待ち伏せてたら、さすがに気が付く」
たしかにここは隠れる場所は多い。ゆえに、アジトを守るためオレ自ら警戒用の魔法を張っている。
悪意を持って待ち伏せるような布陣を行えば、即座にアジトとオレの警戒網に引っかかるだろう。
これを避けるため、野次馬を集めて人の中に人を隠した。というわけだ。
「……アジトもそれで守ればよかったのに」
「いや……誤認識や誤作動を恐れて迎撃や罠魔法は仕掛けなかったわけで……。それに壊されたときオレは王都にいなかったから警報が届かなかったんだよ」
ディータのもっともなご意見を受け、少々見苦しい言い訳を並べてみる。
最上階のアジトの部屋に入り、荷物の確認をしながら椅子に座る。
いやまあ……ホントに直接アジトを破壊されることを想定してなかったので、そっちの警報をつけなかったのはオレのミスだが……。
「こ、今度から番兵代わりのゴーレムくらい置くさ。……まあこの襲撃と、閉路を作る魔胞体陣でわかったことがある」
オレはテーブルの上にボウルを置き、ディータたちに説明を始めた。
このサラダボウル……なんであるんだ?
「あの一つ目アイマスク女が使う魔法……。あれはただ時間を巻き戻すんじゃない。人と事象……。世界のあらゆるものを多元世界からスライドさせてシャッフルさせ、その最中にイカサマを仕込む魔法だ」
なぜかあるそのボウルの中に、古いカードセットをシャッフルしてバラバラし放り込む。
このカードは古来種の時代からある遊具で、52枚と数枚のワイルドカードがセットになっている。
「サラダボウルが閉路空間。このカードセットが元の世界だ。……これに別のカードセットをぶち込む」
取り替えるため買っておいた新品のカードセットを開封し、古びたカードセットがぶちまけられたボウルの中にぶち込む。
「これがあの閉路空間の仕掛けにもなっている。説明の都合上カードセットは二つだけだが、実際はもっと多くの可能性というカードセットが、あの閉路の中にあった」
「……揃えるの面倒」
ディータが即物的な心配をしている。
「ま、これは見分けがつくから新旧をより分けるのも手間だけですむが……。閉路空間は結界として外からの攻撃を防ぐ効果と、内部に誰かを閉じ込める檻を兼ねてるが、同時に副作用もある。閉路空間を解放したとき、あらゆる多元世界から在り得たかもしれない記憶と情報を寄せ集める悪い性質だ」
「……わかんない。三行」
「つまりこうだ」
オレはサラダボウルからカードセットを取り出し雑にまとめ、それを大雑把に2つの山に分けてボウルの外に置く。
「実際は数字と絵柄はそろっているが、新旧のカード……結果が混じってワンセットとなって山となる。記憶や結果がオレの記憶と一致しない理由は、コレのせいだ」
『そろってないよ』
気になるのか、タルピーが自発的にカードのセットを揃え始めた。……あ、それ、新旧の区別がつかなくて間違ったな。
その様子を見ていたディータが納得した様子で頷く。
「……ああやって間違って揃えてしまう場合がある。そういうわけ?」
さすがディータ。あっさり理解してくれた。
「そういうわけ、だ。きっと違う時間軸の世界では、アンドレのゴーレムがちゃんとゴールした記憶を持つテューキー先輩が、なぜか失格したことになってる記録をみて混乱していることだろう」
「……人と物と記憶がシャッフル?」
「そう。そして多分、オレは時間逆行者という例外からか、また何かに守られているのか、統一した本来のこの世界で起きた事象を、一本まっすぐにちゃんと記憶し維持してるってことだ」
説明を終えると、ディータが落ち着かない様子でテーブルににじり寄った。
「…………なんか気になる」
ディータはタルピーに協力して、新旧のカードセットを揃え始めた。
几帳面だな……。
脱いだ服は畳まない癖に。
しかし、なにか悪いので、オレもちまちまとカードを揃える作業に参加した。
しばし無言の作業が続く。
これ、新旧の2セットで良かったな。
調子にノッて新旧のメーカー違いの4セットとかぶち込んだら、いまごろ投げ出してたかもしれない。
……ちまちま、そんな作業の最中、オレは次の方針をつぶやく。
「アザナと研究してみたいところだが、その前にアンドレにあのアイマスク女のことを訊いてみるか」




