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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第1章 天才と怪物
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忘れたいカタランの悲劇

ショッキングなシーンがあります。

ご注意ください。

「がははははっ! 上手くいったわい! がっ……ごほっ、げほ、がは、ごははははっ! ごっほ、ごっほっ! ふはははぁっ!」

 爆発で吹き飛んだ虫たち――大敵者アーチエネミーたちを愉快そうに差しながら、カイラルは豪快な笑いと咳を交互に繰り返す。


 鉱山滓集積場は、廃坑前に作られている。ここに部隊を展開させたカイラルは、廃坑から進撃してくる大敵者を爆破剤の罠で吹き飛ばした。


 爆破剤とは、混ぜ合わせると一定の衝撃で爆発する魔法の粉で、普段は鉱山の採掘に利用されている。


「二年分ほどの爆破剤が吹き飛んだが、これは痛快だな。やはり戦はいい! 起きてきてよかったわ! がはっごほはははははっ!」

 英雄カイラルは、すっかり生気を取り戻している。

 肌は痩せこけてくすんでいるが、目は英雄のソレだった。


「しかし、よく敵が廃坑から出てくると読めましたな」

 控えるハンマーが、さすが英雄と感心した。 


「ふっ……。このカイラルが、開けた安全な場所だからと、鉱山滓集積場に彼奴らの卵を置いて陣を貼ったと思うか?」

 槍の石突きで地面をつつき、カイタルはニヤリと笑う。


「ここはゴミ捨て場よ。とてもではないが、触れられぬような毒が埋まっておる。彼奴らは地面を掘ると聞いていてな。ここの毒の中を掘り進んでくるわけがない。そして、空を飛ぶという。だが、存外薄い羽で飛ぶのは難しいものだ。飛来するとなれば、ゴミ集積に使うクレーン用に張り廻らせた鋼線に接触し、下に仕掛けた爆破剤の爆風で舞い上がり地に叩き付けられる」

「な、なるほど」

 

「かといって開けた街側から這い出れば、見つかりやすい。しかも、道中は砕石の坂道。仕掛けを踏めば砕石と毒の洪水に巻き込まれる」

 徹底的な罠の張りように、ハンマーは言葉を失った。


「しかしなんだなぁ、街を襲撃して我らをおびき出すような、狡猾さがないのは、敵といえ褒めたいくらいだわい。ふはははごほはははっ!」

 もちろん、その対策もしてあるのだが、今回は出番がなかったようだ。


 初撃は大打撃を与えたが、大敵者たちはまだ多い。

 廃鉱の暗がりから、光る眼がいくつも覗いている。


「くるぞ! ものども、油断するな!」

 肺の病気とは思えないカイラルの声が、ごみ溜めの戦場に鳴り響いた。

 筆頭家臣オーバラインが前線を率い、大敵者の攻撃を受け始める。

 

 戦線は廃坑入り口から始まり、だんだんと鉱山滓集積場へと下がっていく。

 鉱山滓の貯まるこの場所は、ある程度の高さを持つ。人工的な高地だ。

 高所は罠を使うのに有利となる。

 兵は退くとき、攻撃を受ける矢盾を後方に倒して進み、それを回収していく。進軍する虫がゴミを踏み抜き、さまざまな罠の餌食となっていく。


 戦線は下がっているのに、損害を受けず敵を倒していく。

 戦闘ではない。まるで作業だった。


 早くも勝ちが見えてくると、如何に精鋭といえど緩みがでる。

 カイラルは部下のその緩みを瞬時に見抜く。日頃から兵たちを、自らの手で訓練で叩き潰し伸ばしていたからこそわかる。


「む、いかんな。ハンマー殿以下、巡回兵には左翼の援護の用意を願いたい」

「は、はい」

 ハンマーは巡回兵を連れ、配置についた。

 すぐさま予備兵力を待機させる。


 左翼が一時崩れても、ハンマー以下巡回兵が援護に回り持ち直すだろう。だが、何度も耐えることはできないはずだ。


「……これは、いかんなこれは」

 戦況はまだ押している。圧倒的も言える。だが、遠からず戦列が瓦解するとカイラルは踏んでいた。

 相手が悪い。罠で戦うしかないとなると、どうしても後手に回る。

 こちらに損害がなく、敵にばかり損害が出ているが、戦線はゆっくりと下がっていた。

 いずれはジリ貧だ。

 しかも、初手はかならず敵の攻撃。こちらの被害もゼロではない。


「勝っても……これは諸手を上げるような……ものではないかもしれんな」

 カイラルの目にまだ火は灯っていたが、怜悧な頭脳は早くも戦死者の数を数え始めていた。


「老いた……な」

 そう呟くカイラルの背後で、黒い影が腕を広げる――。


   *   *   *


「と、いうわけで一通り、妄想が終わったから平気ですわよ。もう安全」

 メルセルは息絶え絶えのヨーファイネを抱きかかえて、立ち尽くすオレに安全宣言を告げた。

 ヨーファイネは母の手の中で、恍惚とした表情で気を失っている。


 内股のヨーヨーが、ときどきビクビクとしているのは何故だろう。

 

「悪いわねぇ、娘の寸劇(コント)に付き合わせちゃって」

「あれをコントと言うか、この人は」

 神経太いというか、頭おかしいというか。


「この子ったら、妄想始めちゃうとアク……満足するまで止まらないのよねぇ。だから煽って早いところ、オ-ガズ……満足させてあげないと終わらないのよ。もうちょっと簡単にOrgasmus……満足してくれればいいんだけど……」

「何回言い間違えてんだよ。つか最後はやたらいい発音で単語を全部言ってるじゃねーか」

「あら、やだ、私はイってないわよ」

「そういう意味じゃねぇーから!」

 オレの怒り溢れるツッコミを、メルセルは笑って受け流す。

 

「悪いわねぇ、私のコントに付き合わせちゃって」

「コントだったんかい!」

 オレは大敵者アーチエネミーの卵を床に叩きつけ、行き場のない怒りを発散した。

 たった今、大敵者の卵が一つ、コントの犠牲となった。


「ああ、くそ。こんなことなら、カイラルと一緒に鉱山滓集積場に迎撃行った方が良かったぞ。なんだこの疲れる遊撃とコントはっ!」

 地団駄を踏みざるを得ない。

 いまいましい。

 もう卵の反応もないし、寝るか?

 なんか疲れた。


 そう思って、頭オカシイ母子に背を向けた。と、何を思ったか、メルセルがオレを呼び止める。

 

「ところで、あなた。あのザルガラ・ポリヘドラさんよね?」

「そうだな。あの怪物だな」

 自嘲気味に答えてやる。

 出来るだけ凶悪に笑って顧みる。


 すると、メルセルはオレに深く頭を下げていた。


「……なんのつもりだ? 礼か?」


「それもありますが……。できれば、あなたに助けて欲しいのよ。お願いできるかしら?」

「あん? もう助けただろうが?」

「いえ、わたしの夫。カイタル・カタランよ」

「英雄に助けなんていらんだろ」


「そうでもないわ。あの人でも万が一……いまの夫では、さらに危ういわ。それに兵の死は確実に増やしてしまう。わかるでしょう?」

「さあね。戦争には疎くてね」

 これは本当だ。オレは所詮、匹夫の勇がお似合いの怪物だ。一匹オオカミですらない。集団の中にいるのに、飛び出して好き勝手をする。それができないなら、大人しく縮こまる。

 そういう怪物だ。


 それを理解してるのかしてないのか。たぶん、分かっていないメルセルは、まだ頼みをオレに受けてもらおうと食い下がる。


「無論、タダとは言わないわ」

「へぇ、金か。……悪くないな」

「この娘をあなたにあげます」

「産廃じゃねーか!」

 ビクビクしてるヨーヨーをオレに差し出す鬼母の図。


「実際、末の娘だし立地的にも孤立してる辺境伯で政略婚もねぇ」

「産廃じゃねーか!」

 娘を邪魔もの扱いして差し出す鬼母の図。


「そう、わかったわ。お客さんにはまいった。私のお願い聞いてくれなかったら、この娘、ヨーファイネをあげちゃう! もってけドロボー!」

「いくら願われても聞かねーってい……じゃねぇ! ガチで産廃扱いかよ!」

 あぶねぇ。ひっかかるところだった。


「今の半分くらい引っかかったということで、ヨーファイネだけあげますね」

「いらねぇって言ってるだろ! うるせーな! カイラルのおっさんを助けに行ってやるから、その産廃は大事にゴミ箱に入れて置け!」

「あらあら」

 まったく、付き合いきれない。

 オレは二人を残し、空に飛びあがった。常時発動させている正24胞体陣が飛行魔法の負荷を受け、キラキラと輝く。

 オレはコイツをつかってやっと空を飛べるのに、アザナは新式魔法で飛んでたな。後で解析してやろう。


 一先ず、オレは戦闘の続く鉱山滓集積場へと飛んだ。


 残していったメルセルが、ヨーヨーを抱きしめたまま何かを呟く。


「あれがツンデレってものなのね……」

 オレにはメルセルが何を言ってるのか、風を切る音で分からなかった――。


   *   *   *


 廃坑前と鉱山滓集積場は地獄と化していた。


 オレは飛行魔法が弱まるのもそのまま、空中で茫然と戦場を見下ろす。

 とてもじゃないが、オレが降り立つ場所など、この戦場にはない。


 地獄だ!

 

 なぜこんなことに……。

 直視出来ない。こんな光景を、誰がマトモに見れるというのか。


 尽きることなく、無機質に次々と現れる大敵者アーチエネミーたち。ヤツラは恐怖ってのを持ってないのか?

 どうして、そうやって地獄に這い出てくる。もうやめろよ――。


「や、やめろ……」


 対するカタラン配下の兵と、巡回兵たち。

 見るも無残な姿で、獅子奮迅の戦いを繰り広げていた。

 吐き気を催す。

 オレは口を押えた。


「な、なんで、やめろよ、オマエら……。もうやめろぉおおおおおおーーーっ!」

 オレは無駄と知りつつ、上空からカタランとその兵たちに叫んだ。







「早く、服を着やがれぇぇええええーーーーっ!」

 全員が全裸だった。

 ハンマーも巡回兵も、カタラン辺境軍の兵も……全裸で群がる大敵者たちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ぶらん、ちぎっては投げ、きらん、ちぎっては投げとしていた。


 なにより異様なモノが、全軍の最前線にあった。

 たった一人暴れる筋肉の存在だ。

 攻撃とは思えないポーズを流れるように組み換え、背中の筋肉で、腕の筋肉で、胸の筋肉で、腿の筋肉で、新式魔法陣を描き、それを肉体強化の魔法として戦っている。

 一撃一撃がオーバキルだ。

 殴られ破裂する仲間の外骨格で、周囲の大敵者たちが薙ぎ払われていく。雑音魔法も、破裂する味方から飛び出る外骨格を防げない。

 一方、筋肉は散乱する外骨格を浴びても、微動だにしていない。


「ふははははっ! 絶好調、絶好調! 10歳! いや、20歳は若返ったぞっ! がははははっ! このカイラル・カタラン! ついに筋肉の真理を知ったぞ!」

「カ、カイラル……カタラン卿……なのか? あれ?」

 確かにあの筋肉の上についてる顔は、カイラル・カタランだ。しかしあの肉体と全裸はなんだ?


 出涸でがらしカタランが、出しっぱなしカタランになってるぞ?


「筋肉とは漫然と鍛え、単に敵を倒すための肉体の奴隷ではない! 筋肉とは人に見せてこそ! 自由にしてこそ! 初めて筋肉は喜ぶのだ! まさに! 自由筋肉の解、放、奴、隷!」

 大敵者たちが全裸と筋肉に薙ぎ払われていく。


 虐殺だ。

 見ていられない。


 全裸の進撃が、哀れな虫たちを駆逐していく。

 もうやめろよ、大敵者たち。早く逃げろよ。

 もうやめろよ、旧人類たち。早く服着ろよ。


 飛行魔法が徐々に消えうせ、オレは地上へと着地した。


 そのオレに、一つの黒い影が語りかける。


「ふふ。ザルガラくん。風邪をひいてこのイシャン。役に立てないと思ったが、全裸……じゃなかった、素衣原初の伝導でカタラン卿を勝利に導く事ができたぞ」

「オマエが犯人かぁああっ!」

 なぜか服を着ているイシャンに、怒号を叩き付けた。

 オレの怒号もどこ吹く風。イシャンは毛布に包まって笑っている。

 

 忘れたい。

 このカタランの悲劇。

 


ひどいはなしだ

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― 新着の感想 ―
お巡りさーん! こいつが(作者名)が犯人です!!
[良い点] 見ていたれねぇ話だな(褒め言葉) カタランの悲劇にて再び怪物の名が轟くでしょう
[一言] ああ、シリアスよ。コメディに殺されてしまうとは情けない.....。 あのシリアスがコメディに虐殺される小説って此処で合ってます?
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