ヨーファイネという女(の子)
ヨーファイネはカイタル・カタランの末娘として生を受けた。
母親のメルセルは、後妻としてカタランの家に入り、二男一女をもうけている。不幸なことに若くして亡くなった先妻は、子供を残せなかった。
不幸にも前妻が成せなかった悲願、英雄カイタルの血を未来に残すという貴族の女の使命を、メルセルは全うした。
ヨーファイネを産んでからは、体調を崩しがちとなり、ランズマで療養をしていた。
「いつもすまないねぇ」
はかなげなメルセルは、優しい娘の肩を借りて療養施設へ通っている。
「それは言わない約束でしょ?」
学業を休んでいるヨーファイネは、身体の弱い母の看病をしていた。
ランズマの屋敷には、個人用の療薬石の間がある。しかし、今は不治の病に侵されたカイタルが専用で使っている。
母親は追い出される形となっているが、いくら病弱でも今のカイタルほど弱ってはいない。
むしろ、ランズマ屋敷にカイタルが設置した個人療薬石のお陰で、快方に向かっているといってよい。
こうしてヨーファイネに冗談を言えるくらいだ。
それに街の療養施設に来るのも、今のメルセルには良いリハビリと気晴らしになる。
家の中で治療も生活も行えてしまうと、気が滅入ってくる。ヨーファイネは母が療養施設に出かけるのを、心から楽しんでいると実感している。
「良かった、個室が空いてますよ。お母さま」
「ここは個室が多くて、待ち時間が無いのがいいわねぇ」
療薬石の間は出来るだけ、入室する人が少ない方がいい。個室は別料金。効果は値段と見合う。
母を個室まで案内し、ヨーファイネは個室の外で待つことにした。
個室の外と言っても、ここも療薬石の間である。個室からどうしても漏れ出す魔力を再利用して、安く利用できる大部屋の療薬石の間だ。
一般庶民でも支払える料金で、大抵の怪我や病気を治療できると評判だ。
今日も大変賑わっている。
老若男女……どちらかというと老人が多いが……たちが、あちこちで寛いでいた。
療養施設共通の薄い貫頭衣を身に着け、みなが同じ格好だ。
ヨーファイネは健康な女の子だが、それでも療薬石は心地よい。浴びすぎても副作用がないので、継続するなら治療魔法より療薬石は効果が高い。
しかし――。
「もう……。相変わらず、この貫頭衣は……エッチです」
療薬石の効用は、肌から浸透する。
できれば裸がいい。しかし、それでは風紀が乱れる。でも、出来るだけ効果を得たい。
結果、出来たのがヨーファイネが着る、この貫頭衣である。
細い繊維で粗目に織られた薄衣で、ただでさえ透けそうなのに、濡れるとハッキリ透けてしまう。胸の大きいヨーファイネが、ちょっと胸を張れば形がくっきりと浮かんでしまう。
裾は短く、下着の着用は理由が無い限り認められていない。
「きっと、療薬石の効果を盾に、イケナイ事を考えた大人がこの服を作らせたのに違いないです」
イケナイ事を考えているのはヨーファイネである。
ヨーファイネは胸を隠し、過剰に内股になりながら、母の治療が終わるまで、静かに待った。
「……この個室内で裸になるのだって、きっとイケナイ大人たちが考えたんです。そしてたまに二人で入る人たちは、ソウイウ事を……そういう事なんです。ああ、もしかしたらこの薄着は、女性の品定めのために――。男の人はこの薄衣の上から、裸を想像して……。どうしよう――。わたし、今、裸を男の人たちに妄想されてるんだ……、男の人に……裸にされちゃってる……」
追記。妄想しながら、静かに待っていた。
そこまで妄想している人物は、この大部屋にはヨーファイネしかいない。
あれこれとあり得そうで考えすぎな妄想で、ヨーファイネが身体をもじもじさせていると、大部屋のドアが開かれ賑やかな声が聞こえてきた。
その声でヨーファイネは現実に引き戻され、そちらに目をやる。すると、どやどやと騒々しい男達が大部屋に入ってくるところだった。
居並ぶ男たちの身体は鍛えられ、逞しい肉体の至る所に古傷が刻まれている。
傭兵か前線の兵士か。そういった集団だろう。
国境を守るカタラン領では、珍しくない部類の職業だ。
先頭に立つ男の顔には、縦に走って左目を跨ぐ傷がある。相当の手練れで、経験豊かな古強者という風貌だ。
その男がヨーファイネの前を横切ろうとしたとき、手に持った赤黒い石を掲げて仲間に見せた。
「こいつはぁ知り合いの鉱山夫から譲ってもらったもんだが、見ろ! この脈動する魔力を」
おおっ! と、男性たちの声が上がった。
「きっとこいつなら、俺たちに貯まった古傷を楽にしてくれるに違いない」
「ああ、これでまた戦場で暴れられるぜ」
「いい掘り出し物が手に入ったなぁ」
男が掲げる赤い石。
ヨーファイネはそれに見覚えがった。
「そ、それは!」
石を指を差しヨーファイネが立ち上がると、男たちの視線が飛んできた。
「それは、危険だからと鉱山に集められたはずです! なんでもってるんですか?」
彼らは父の命に背いている。そう思うと、気弱なヨーファイネも、屈強な男たちを問い詰めるほどだ。
「ああ、そんな御触れが出てたなぁ」
「知ってるぞ! あの老いぼれカタランが難癖付けてこの稀魔石を集めてるって。どうせ弱ったから、この石の力が欲しくなったんだろ」
「そうだな。大方これで病が治るってんで、掻き集めてるに違いねぇ」
「もっともそのお陰で、価値が爆上がりってもんだがな」
「ああ、先に買っておいてよかったぜ。考えようによっちゃ、病人の業突く張り様様だな」
男たちはヨーファイネの糾弾など聞いていない。
支配者へのからかいに興味が移っていた。
(そんな風に思われてたんだ……)
父の風評を耳にし、ヨーファイネはシュンと小さくなった。
小さくなったが、11歳児とは思えないほど出ているところは出ている。
返って肩を狭め、腕を抱き寄せたせいで胸のラインが強調された。薄い療養服を着てるせいでなおさらだ。
一応、断っておくが、この男たちは少女性愛者ではない。しかし、ヨーファイネの身体は子供のそれではない。
幼い身体に魅惑の胸元に、艶めかしい腰つき。
顔だって悪くない。むしろ男好きする顔だ。気弱そうだが、大きく自己主張のある目元。優しい口元は、特徴的で目を引く。
「と、ところでお嬢ちゃん。一人なのかい?」
堪らず男たちの一人が声をかける。
後ろにいる男たちも、ヨーファイネににじり寄った。
身を退こうとするヨーファイネだったが、最初から追い詰められたような位置だったため、どうにもならない。
「ああ、そんな……」
今まさに、ピンチでありながら妄想を始めようとしたヨーファイネの背後から、土壁を突き破って黒光りする鎧のようなモノが飛び出してきた。
「おわぁ!」
「なんだ!おい!」
男たちは突然のことにも関わらず、飛び込んできた鎧の一撃を躱した。
いや、鎧ではない。
巨大な昆虫だった。
昆虫は器用に前足と中足で、赤い石を手に持っていた。
さっきまで男たちが掲げていた石だ。
「おい、こいつ、オレの赤い魔石を奪いやがった!」
「なんだと! なめやがって!」
「ま、待て! 俺ら武器持ってねーぞ」
血気盛んだが、冷静な男たちである。それが彼らの命を救った。
武器を持っていなかったため、全員が無理な戦いを挑まなかった。武器を持っていれば、あっというまに自らを攻撃して、命を失っていただろう。
男たちは武器を取りに、大部屋を飛び出していく。
反して、ヨーファイネには力があった。
「あ、ああ! 『目の敵を殴れ!』」
ヨーファイネは、立体魔法陣を投影して呪文を唱えた。しかし、発動する前に、立体魔法陣が動きを止めた。
そして、内部の映像が激しく光って変わっていく。
「魔法陣をそのままで術式を組み替えられた!?」
立体魔法陣は形を崩されていない。内部に描かれた魔法陣の術式だけが書き換えられ、別の魔法が発動した。
ヨーファイネにはその魔法の流れが見えた。自分の魔力が流用されたのだから当然だ。
迫りくる虫の魔物へ放たれるはずだった魔力が、天井へと向かって行く。そこで魔法を発動し、天井の梁に打たれた釘を全て圧し折った。
結果、重い梁と天井が崩落し、虫の魔物を押しつぶす。
虫の反応がいくら良くても、広範囲の天井が落ちてはなすすべがない。
「きゃあっ!」
跳ね飛んでくるガレキを避け、ヨーファイネは足元を取られて転んだ。
「いたぁい……」
薄衣の下は何も着ていない。お尻を床にぶつけ、少し擦りむいてしまった。
お尻を擦るヨーファイネの傍らに、小さなガレキが転がってくる。
見上げると、誰かがガレキの上に立っていた。埃が立ち、その顔は見えない。
「これで三個目か。いやぁ、結構あるみたいだなぁ。なんかだんだん、面倒になってきたぜ……お、よく見りゃ、そこにいるのはヨーヨーじゃねぇか」
虫を潰したガレキの上から、聞き覚えのある声が降ってきた。
ヨーファイネが転んだまま見上げていると、埃の中から膨大な魔力を孕んだ正24胞体陣が埃から突き出てきた。
「せ、正24胞体陣……」
学園でも作り出せるものは数えるほどしかいない。父である英雄カイタルも、正16胞体陣までしか作れない。さらにその上の古式魔法陣を見て、ヨーファイネは震えている自分に気が付いた。
恐怖なのか、興奮なのか、感激なのかわからない。
その正24胞体陣は、漏れ出す魔力だけで立ち込める埃を吹き飛ばした。
きっとこの胞体魔法陣を作り出している魔法使いが、立体魔法陣を書き替えた張本人である。そうヨーファイネは確信した。
吹き飛ばされた埃の向こうから、とても見慣れた人が現れる。
「ザルガラくん……」
「いよぅ、ヨーヨー。三日ぶりか?」
ザルガラの手には、男たちが持っていて、虫が奪った赤黒い石があった。
「あー、なんだこりゃっ!」
男たちが武器を持ち、ガレキが散乱する大部屋へと戻ってきた。そして石を持つザルガラを見つけ、武器を向けた。
「おい、それは俺たちのモン……」
「うるせぇ、黙ってろ。『暴れん坊万歳!』」
ザルガラの新式魔法が発動し、男たちは直立不動で手を上げ固まった。口をきくことすらできないのか、パクパクと口を動かしている。
「しばらくそうしてな」
「ザ、ザルガラくん。どうして?」
「ん? 戦いの邪魔をさせてもらった。……そうかぁ、オマエはここで死ぬはずだったのか。オレは命の恩人ってわけだ」
納得顔のザルガラは、邪悪な笑みを浮かべた。
凶悪だ。耳まで口が裂けそうな笑みだった。
「うう……。きっと、このまま私はザルガラくんに、大衆の面前でこの育ちすぎた身体を隅々まで辱められて、飽きたらボロボロになるまで虫の相手をさせられるんですぅ~。もっと子供な身体なら、こんな目に合わずにすんだのにぃ……」
「な、なんだ、こいつ……。新しいタイプの勘違い……来たな」
ザルガラから笑みが吹っ飛び、呆れとも困惑ともつかない表情を浮かべた。
「な、なにがあったのかしら?」
タイミング悪く、頑丈な療薬石の個室から、ドアを開けてヨーファイネの母親がでてきた。
「お、お母さま! どうか、見ないでください! そして逃げてください! わたし、これから穢されてしまいま……」
「なんでやねん!」
ゴスっとヨーファイネの頭頂部に、ザルガラの拳が振り下ろされた。
「い、痛い……。て、抵抗したら殴られる……。痛いのだけはやめて、ザルガラくん」
ヨーファイネは頭を擦りながら、上目遣いで慈悲を願った。
「正600胞体陣の頂点より、いろいろ言いたい事があるが、まずは言わせろ。そのエロ妄想をやめろ」
「あらあら、そういう事なのね?」
苛立つザルガラに近寄り、メルセルはしたり顔で何度もうなずく。
「うお、なんかまた勘違いされてるのか、オレ」
「うちの娘が勝手な妄想をして、あなたに御迷惑をおかけしたようですね」
「うお、なんか初めて正しく理解されたのか、オレ」
「ああ……、お母さままで怪物の餌食に……。はぁん……そんな、背徳的な行為をお母さまと交互になんて……」
頭を下げるメルセルと、感激するザルガラと、未だ妄想を続けるヨーファイネ。
逃げ出していた療養施設の従業員と、一部の客が戻ってきた。そしてガレキの中で遊んでいる三人を見つけ、唖然としていた。
そんな中で一人、冷静な従業員が状況を無視して後片付けを始める。
その時――、突如として爆音が鳴り響いた。
また襲撃があったのかと、皆が驚く中、ザルガラだけが窓の外に立ち上る煙を見つけていた。
煙は遠く、鉱山の方から立ち上っている。
「鉱山の廃棄物集積場だな。うまく罠が発動したようだが……。まああの英雄なら自爆ってことはないだろう」
事態を理解しているのは、ザルガラだけらしい。
「あのー、ザルガラくん。いったい何が起こってるの……」
恐る恐るヨーファイネが訊ねる。しかしザルガラが答える前に、鉱山の方からいくつもの爆音が鳴り響き始めて会話を遮った。
「おっと、本格的におっぱじめやがったな」
「本格おっぱいイジメ!? 嫌っ! おっぱいは、おっぱいは弱いの! イジメないで!」
「お、お前は妄想しててもいいから、ちょっと黙ってろ! て、おい、こら抱き付くな! キモい!」
イジメないでと言いながら、なぜか足に縋ってるヨーファイネを、ザルガラは汚物でも見るような目で振り払う。
「そ、その目! ザルガラくんは、お、女の子嫌いなんですか? ソッチなんですね? 男の子が好きなんですね! なんだか興奮します!」
「ちげーよ! ソッチってなんだよ! つか、オマエさっきからずっと興奮してんだろ!」
「ザルガラくんが、さっきからずっと興奮してる? 万年発情ですか!? やっぱり、わたし、襲われちゃうんだ! うわぁーーーん!」
「こいつ、イシャンより面倒くせぇっ!」
再び縋り付くヨーファイネを押し退けていると、メルセルが改まった態度で歩み寄ってきた。
「……なんだ?」
訝しがるザルガラに、メルセルが深々と頭を下げた。
「こういう娘ですが、よろしくお願いしますね」
「どういう娘と親だよ。なにをお願いしてんだよ。こういうのこそイラねーよ」
「ザルガラくんは、お、お願いしないと、シてくれないんだ……。うう、そんな事……○○で××だから△△を○○してくださいなんて…………恥ずかしくて言えない!」
「あらあらヨーったら、ちゃんと言えてるじゃない。さあ本番よ! もっとこう、声に出して! ガンバッ!」
今にも貫頭衣を脱ぎだしそうな娘に、もっと少しずつ捲るのよっ! 前からでも後ろからでもダメ、脇から捩るラインで。そうサイドよ、サイド! などとエールを送る母。
この母娘を見て、怪物ザルガラは無表情で言った。
「うん、おまえら、あたまおかしい」