ザルガラ・ポリヘドラという怪物の死
20160615 魔法の表現変更
これは夢じゃない。
オレは椅子を蹴飛ばし、おびえる生徒たちを後目に教室から飛び出た。
はっきりと覚えている。
オレはこの場所を、隅々まで覚えている。
廊下を駆け出すと、一人の女性とぶつかりそうになった。
この学園の教師だ。彼女は出方を伺ってるのか、立ち竦んでいるだけなのか、オレの前から退こうとしない。
「ち、邪魔だ! どけ」
悪態をつき、教師の腕に手をかけ押し退ける。
「ど、どうしたのですか? ポリヘドラさん」
女教師が怯えながら声をかけてきたが無視した。それ以上、彼女はオレを呼び止めようとはしない。
オレは廊下を走って、アイツがいるであろう教室に向かう。
ここはエンディアンネス魔法学園。
大国エウクレイデス王国の首都に門を構えて300年。有望な魔術師を集めて教育し、有能な魔術師として各所に輩出する世界最高峰の学園だ。
やけに廊下の柱が大きく感じる。こんなに大きかっただろうか?
もしかしたら、オレの身体が小さいからか?
アイツが入学した直後だとすると、オレのこの身体は11歳……ってところか。
11歳だとすると、まだ成長しきる前だ。卒業当時の記憶で走ると、廊下が長く感じられる。
光景も感覚も、すべてに現実感があり過ぎた。
オレは確実にいる。エンディアンネス魔法学院に。夢なんかじゃない。
夢なら焦がれて毎晩見た。
夢を見過ぎて、夢だとわかるほどに。ゆえに、夢との違いがはっきりとわかる。
このままだと怪物と呼ばれることになるだろう。それを断ち切るために、オレはアイツの教室へ駆け込む。
数人の女の子に囲まれ、教室の中心で笑顔を浮かべる少年。
その姿を見つけ、荒れた息も整えずオレは叫んだ。
「オマエかっ!?」
居た。
居やがった。
ヤツだ。
アイツが居た!
オレが逆立ちしても敵わない相手。
銀髪の軟弱お人よしの癖に、世界最高の能力を持つアイツ。
アザナ・ソーハ。
突然、怒鳴りこんだオレに驚いてはいるが、それでもアザナは異常を察知したのだろう。
取り巻きの少女たちを、危険がないようにと左右へ退けさせた。
いいぞ、さすが英雄で勇者で王国最高の魔術師だ。女を守る姿が様になってる。
そして願わくば、十年先を行く俺より優っていてくれ!
「【困り者の達人め!】」
これでもくらえ! っと、オレは万感の思いを込めた魔法を、アザナに向かって放った。
机と椅子を蹴散らし、取り巻きの少女たちを掻き分け、大敵を打ち砕く魔力弾がアザナに突き進む。
オレの魔力弾がアザナの顔面に直撃した。ヤツの身体は吹き飛ばされ、ガラスを突き破って――空中でくるりと蜻蛉を切った。
何もない宙に浮く、アザナの顔は無傷。
魔力弾が命中したはずの場所に、いつの間にか展開した防御用の立体陣が浮かんでいた。
「やりやがった! 10年先の新式魔法を防御しやがった! しかも、この頃からコイツは空を飛べたのか!」
浮遊魔法のような単純なものではない。
アザナは空中で反動を打ち消し、完全に体勢を整えている。オレが次の魔法を打ち込んでも、ヤツはどんな対応もできるだろう。
10年前からこれか?
10年の差があっても、オレはコイツに勝てないのか!
「いきなり、何をするんですか!」
アザナがキレいな顔を怒りに染めて叫ぶ。
女みたいな顔で、女みたいな声だ。
コイツ、この頃はまるで女みたいだ。
アレ?
ちょっと記憶と違うような気がするが……、10年後の成長したイメージとギャップのせいだろう。でもまあ、子供のころだからこんなものか。
オレは気を取り直す。
「決まってんだろ! 学園史上最高成績のオマエに、喧嘩を売りに来たんだよ!」
オレが叫ぶと、教室内は騒然となった。
不意の行動に戸惑っていたヤツラも、事態を理解したようだ。
教室内の空間に魔法陣を叩き付けるように描く。
イメージしたとおりに光が空間を走り、立体的な魔胞体陣が完成した。これも10年先を行く、オレの独式魔法だ。
【魔胞体陣】。それは2次元で描かれる平面陣や、3次元で描かれる立方体陣などより、さらに高度な4次元の超立方体で出来た魔法陣である。
いくつもの図形が組み合わさり、網籠のようなる魔胞体陣の中に、魔法陣を個別に投影して描く。
こうして魔力で立方体を空間に投影して描き、放たれる古式魔法は一般的に威力が高い。
「きゃぁーっ!」
「だれか! 先生を呼んできて!」
古式魔法に恐れをなした下級生たちが、騒然として無秩序に逃げ出している。
魔胞体陣は一般的に制御が難しいから、下級生たちが驚くのも当然である。
しかしオレの手にかかれば、完璧に制御して巻き込むことはない。だが、オレの事をよく知らない下級生にわかるはずもない。
さて、10年の差がどこまで通じるのか試したい。
もしもアザナが耐えきれなかったら――。また怪物と呼ばれる日々か?
でも試したい。
アザナが本当に、オレなどが及ばない存在であるかを知りたい。
覚悟はあったが、どこかオレに迷いがある。その隙を見つけたのだろうか。アザナは先に新式魔法を発動させてきた。
「【│悪戯常習者を黙らせろ!《T・T・Y・F》】」
聞き覚えの無い魔法発動語だが、見覚えのある魔力弾が天井からオレに向かって降ってきた。
なんとか初弾は躱したが、次から次へと降ってくる魔力弾に、たまらずオレは防御魔法陣を展開して凌ぐ。
「オレの新式魔法をマネしただと!」
しかも、学園の天井板の描かれた魔法陣を利用したのか?
天井のソレは、略式化された形式だけの古式魔胞体陣とはいえ、新式で反応させたということは、オレの独式と同じ……いやさらなる応用が組み込まれているということだ。
コイツ……。
オレがやったことを全部……すべて一瞬で見切りやがった……。
しかも天井に描かれた既存の魔胞体陣を使うことで、不安定さがなくなり威力も上がっているようだ。
防御陣を規則正しく、オレだけを狙って叩いてやがる……。
ついに防御陣を突き破った魔力弾が降りかかり、オレは意識を失った。
こうしてオレは、入学式直後の新入生を嫉妬心から襲った上級生として、悪名と嘲りを浴びることとなった。
どういうわけか、10年前に戻ったオレはまた負けた。
だから――。
今回も学園の怪物は死んだ。
小ネタの「これでもくらえっ!」
次回は明日投稿します。
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