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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第7章 二つ目のサイクロプス
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アンドレの運命は誰が変えたのか?


「アンドレくん、かわいそう……」


 学園の廊下の陰に隠れる女子生徒が、同情とも憐憫ともつかない言葉をつぶやいた。


 不思議なことに、エンディアンネス魔法学園でアンドレ・ゴールドスケールジッドは、新入生からそんな風に思われていた。

 王都のみならず王国全土を揺るがし、多くの恨みを買った上に力をそがれ、東部の辺境へ押し込まれたままの貴族連盟。その盟主の息子であるアンドレが、である。


 ではなぜ、彼はそのように思われているのか?


 その原因は、アンドレを打ち負かした大きな口の三回生にあった。


「はっはーっ! いやぁ~、悪いなっ! まーたオレの勝ちだッ!」 


「う、この…………この……このぉ~~」


「じゃ、このクッキーを貰うな。いやー、オレばっか勝ってるから太っちまうなぁ。ペランドーにでも持っていくか。アンドレくんも食べないと大きく強くなれないゾ」


 テラスのテーブルを即席のコロシアムとして始まった紙ゴーレム勝負は、ザルガラ・ポリヘドラの勝利に終わった。

 あっさりと投げ飛ばされた紙ゴーレムを拾い上げるアンドレ。それを見下すザルガラは、賭け金(ベット)としてテーブルに残されたクッキーを、大げさに手に取って呷るようにして口に頬張った。

 

 このようにザルガラ・ポリヘドラによって、完膚なきまでに打ちのめされたアンドレを見れば、自然と同情の声も湧くというものだ。


 人間関係とは不思議なものである。

 

 ザルガラに同調して侮り、アンドレを虐める輩が出てきてもおかしくない。いじめないまでも、負ける姿をあざ笑ったりすることもあったかもしれない。


 だが、そうはならなかった。


 このところなにかと良い噂の出回るザルガラだが、いまだその悪評はぬぐい切れていない。特に王都の外から来たばかりにの新入生には、その悪評が根強く残っている。

 

 とっつきにくい悪童が、露骨にアンドレをかまっていると、どうしても新入生たちは遠巻きになってしまう。しかも同情付きで。

 さらにあのザルガラに目をつけられなくてよかった、と考える我が身可愛いという生徒もいた。


 分かってやっているのか、それとも分かっていないのか?


 ザルガラの行動と態度は、いじめられるはずだったアンドレの運命を大きく変えた。

 ……とはいっても、傍から見ればザルガラがいじめているように見えるので、アンドレが元気いっぱいに反発している点を除けば、前回・・の状況とあまり変わっていないかもしれない。


 とにもかくも、こうして微妙なバランスながら生徒たちからは距離を持たれ、アンドレは親族を起因とする悪意をぶつけられることはなかった。それは間違いない。現在の学園に陰湿さは皆無だ。

 生徒たちはとりわけて好意的ではないが、おおむね同情的である。


 さらにはアンドレを、好意的に見守る女生徒すらいた。


 学園の廊下には、建築者と増築設計者の意図せぬ死角が各所にある。

 一部、古来種の施設を流用しているための不具合が残っている。その死角からアンドレを見守る少女もその一人であった。

 なにしろアンドレの見目は悪くない。新入生の男子生徒でも指折りだろう。ザルガラと並べれば、遥かにアンドレを選ぶ面食いも多いはずだ。


 その少女が悪意をぶつける相手は、成績優良素行不良少年ザルガラだ。

 ザルガラは恋する乙女から恨まれていることも気付かず、得意げに勝ち誇っている。


「ちょっと勝ちすぎだなぁ…………。あんまりオレが勝ちすぎると、勝率の変動が鈍くなるから一回リセットでもしてやろうか? ま、一回も勝ってないんじゃ、そっちはゼロをゼロにリセットするだけでなんにも変わらないけどな」


 どういうつもりなのか、悪童はアンドレにひどい言葉を浴びせる。ザルガラにとってはいつもの口調だが、新入生にとってそれは恐怖の対象だった。

 これもあってザルガラの後尻に乗り、いじめをしようなどという雰囲気にはならなかった。


 悔しがるアンドレは、唸りながらザルガラを睨みつける。

 その視線を浴びながら、あっけらかんとザルガラは言い返す。


「そういえば……この前のゴーレムレースは失格で不戦勝か。これは計算に入れないでおく……」


「し、失格だと! バカにするなよっ!」


 見せつけるように指折り勝ち数を数えるザルガラの言葉を遮り、紙ゴーレムを拾い上げたアンドレが怒鳴る。


「ちゃんとゴールして2位だっただろう! アザナが失格となったからだが……それでも2位だ!」


「え? そう…………だったか?」


 強く訂正され、「妙だな」と顔をしかめて顎に手を当て考えるザルガラ。

 

「こ゛ーの゛ーや゛ろ゛うぉおおぅっーーーーっ!」


 それを馬鹿にされたと感じたアンドレは怒りを露わにし、侯爵の子息としてあるまじき声をあげて胞体陣を投影した。


「こんな紙のゴーレム勝負で力が計れるかっ! 実力勝負だ!」


 修得したての胞体陣を投影し戦闘体勢に入るアンドレに対して、ザルガラは慌てて落ち着けと手をかざす。


「お、おいっ! ちょっと待て!」


 正5胞体とはいえ、一回生で胞体陣を投影できるものはそうそういない。とはいえ、ザルガラはアンドレの実力を恐れているわけではない。彼が恐れている存在は――。


「待ちたまえっ! 君たちっ!!」


 ロングスカートを翻し、初老の男がどこからともなく颯爽と、矢のように降り立った。

 着地の衝撃をどこかに送ったのか、針がゴムへ突き刺さるかのように静かな登場だ。しかし、その登場……その恰好は周囲を騒然とさせた。

 

「アフィン教頭!」

 

 乱入にアンドレが飛びあがって驚く。

 野次馬たちの反応もさまざまだ。またかという声や、アフィン教頭を気遣う声。悲鳴を上げる者。初めてみた衝撃で、卒倒しそうになっている新入生もいた。

 

「……最近、タイミングを見計らって来てないか?」

 この場で唯一、慣れている・・・・・ザルガラのみが、アフィン教頭の乱入を訝しがった。


「君たちが、そのような行いを、するたび、私は……私はあきらめんぞっ!」


 疑いの目を受け流し、アフィン教頭は一言一言を噛みしめて言い切る。


「きょ、教頭先生! や、やめてください!」


 それを見たアンドレは、教頭が苦悩していると受け取った。


 アンドレは5教頭に頭が上がらない。特にベクター・アフィンは、政治的に微妙な立場である彼の入学に尽力してくれた。

 そのことを忘れるな、と父ゴールドスケールジッド侯爵から念入りに、特に念入りに言い聞かせられている。


「仲良く…………するのかね?」


「も、もちろんです! サー!」

 

 なぜか敬礼をして、胞体陣を消し去るアンドレ。

 ザルガラも不本意という表情で、構えを解く。しかし、同時に安堵のため息も含まれていた。

 

「それからザルガラくん。……君もいたずらをやめたまえ」


 追及の矛先が悪童へと向かった。

 なんのことかわからない、とザルガラは首を捻る。


「なんのことだ?」


「学園中の時計を狂わせたのは君だろう?」


 アフィン教頭に言い当てられたのか、ザルガラは顔色を変えて目線を逸らす。


「い、いやあれは時間に干渉する魔法の実験で……って、それの主犯はアザナのやつで」


「言い訳はやめたまえ。君は言い訳だけはしない生徒だろう?」


 アフィン教頭はザルガラをそれなりに評価している。

 成績の評価ではない。残した数々の結果への評価でもない。

 ザルガラは悪いと思ったら謝り、口が回るわりに言い訳をしない性格を評価している。


「うぐ……」


「ふっ……」


「アンドレくん……」


 返答に詰まるザルガラを、後ろから鼻で笑うアンドレ。それを後ろから見守る女生徒。

 さらにその後ろから状況を眺める生徒がいた。


「……よかった、ザルガラ先輩がボクの代わりに怒られてくれた」


 それはザルガラと共に学校の時計を狂わせた、我が身可愛いアザナであった。

 

   *   *   *


 ザルガラとアンドレが、深窓の令嬢姿の老教頭から説教を受けている頃……。


 テュキテュキー生徒会長は、生徒会室で執務を行っていた。何事も人任せの彼女だが、全体を把握する作業は怠らない。何を任せるか差配するには、すべてを理解する必要がある。


「会長! ゴーレムレースの報告のまとめです」


「ありがとう」


「では失礼します」


 小さな会長を相反あいはんして、大柄な生徒会役員が資料を手渡す。受け取ったテューキーがその資料をに目を通し始める前に、忙しい役員は退出していった。


 記録を確認してテューキーの手が止まる。そして生徒会長としての目が光る。


「この記録……」


 ゴーレムレースは盛況ながら、第1回ということもあり運営的には反省すべき点が多かった。洗い出しをしながら


 部外者の侵入騒動が、どこにも記録されていなかった。


 書記が書き洩らしたのか、あえて書き残さなかったのか、それとも記録されたページが抜き取られたか、それとも改ざんされたのか?


 なお無事にゴールできたチームは2つとなっている。しかしテューキーはその食い違い(・・・・)には気が付かなかった。


「なんていうことなの……。私が会長になってからこんな不始末が起きるなんて。前会長の時代なら、改ざんをしようと思う役員だっていなかったはず。……私が侮られている?」


 テュキテュキー生徒会長ならば、この程度の記録改ざんしてもいいだろう。そんな気風が生徒会にあるのかと考えがいたり、テューキーは自分の至らなさを恥じた。


 恥じたのその上でテューキーは――。


「ヨシ! 見なかったことにしよう!」


 書類束を机の端に退け、とても小さな生徒会長は、とってもダメな大人の判断を下した。



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