一つ目のサイクロプス
風邪ひいてました
更新遅れて申し訳ありません。
ゴーレムレースもぐだぐだの内に終了し、早くも6日。
連日連日飽きない快晴のもと、オレは古来種が残した通信塔を改装したアジトで、ぼんやりと過ごしていた。
「…………なあ、ペランドー」
「もぐもぐ、え? なに? ザルガラくん。もぐもぐ」
テーブルの向こう側で、飽きずに菓子を食うペランドー。
しばらく、お菓子を食べるその友人を見つめる。
「…………オレ、なにか重要なことを忘れてるような気がするんだけど? なにか知らないか?」
「? さあ、そういわれても……」
不明瞭なオレの問いに、ペランドーが眉を顰めた。
「いや……悪い。なーんか忘れてるような……。学園でなにか言われて……」
「もしかして課題?」
「それはやった」
「え? もう!?」
反応を見るに、ペランドーはまだ宿題をやっていないようだ。そんな気がする。
「まあ……いい。忘れてるならどうでもいいことなんだろう」
「そうだね」
……軽いな。いや、いいんだけどね。
ペランドーはお菓子の処理に戻った。
さて――。
さんざんな結果となった学園のゴーレムレースであったが、やらかしたやつらのせいで研究肌な教師陣の間では激震が走っていた。
本来、ゴーレムとは創造主や操者の意識を拡張して動いているものだ。
バランスや動作などは、作り手たちや操者の感覚を利用している。語弊ありで単純にいえば、運動神経の一部を間借りしてゴーレムは動いている。
単純なモノゴーレムと違い、複雑に作り上げられたメイドゴーレムは、魔胞体石での体勢の制御と運動の管理が行える。しかし作り手の設計思想次第では、パワーや継続力を重視し、作り手と操者の運動神経依存するのメイドゴーレムも製作可能だ。
モノゴーレム同様に操者が制御にかかりっきりになるという負担を強いるならば、だが。
このことから、一般的に人型のゴーレムが作られる。
馬型ゴーレムなどは、生物である馬を研究し、ゴーレムの制御用の魔法を魔胞体石に投影できる独式魔法にまで発展させた者や、それらを受け継ぐ一部の魔法使い集団や一族の専売特許となっている。
さてここで獣人たちがモノゴーレムを造った場合どうなるか?
答えはゴーレムレースで古竜のエト・インが見せたゴーレムだ。
魔法が不得意だったゆえに、獣人たちにゴーレムを造らせようなどと思わなかったし、また彼らも造ろうとは考えていなかった。
しかし、いざ造れるならば、人間がその獣を研究して造るゴーレムとは出来が違うということがわかった。
動物の動きをゴーレム再現できるだけではない。
人間より優れた体幹は、ゴーレムの質にも直結する。
つまり人やエルフやドワーフが作ったゴーレムより、同質であっても獣人のゴーレムは体幹が優れているのだ。
暑苦しいマッチョなモルダー教頭と陰鬱長髪のファントウス教頭は、この新しいゴーレム形態の未来に感銘を受けている様子だった。
個人的にも研究を始めたようで、魔法に長けた獣人や非人間型知的生物の協力先を探し始めている。さすがエンディアンネス魔法学園の教頭ともなると、新技術の開拓に精力的で余念がない。
いつかオレが立場を得て忙しくなっても、そういった情熱は失いたくないもんだな。
ほんと、見習いたいものである。
「ところで――」
学園内で進む研究を回想をしていたオレだったが、無視できない存在を思い出した。
「なんでオマエらはオレたちのアジトになんでいるんだ? いやなんで来たんだ?」
「我らの持ってきた手土産を食べながら、その言い分はないであろう」
「そうよ、そうよ」
視線を横に向けると、学園を卒業したコリンとローリンの2人は2人で1人前のクラメル兄妹がいた。
2人はテーブルの斜め向かいで、ペランドーの差し出したレモネードを飲んでいる。
「秘密のアジトに入れるほど、仲良しのつもりはないんだが……」
なんだかんだでクラメル兄妹はライバルだ。ことがあれば競いあう。
仲が険悪というわけでもないのだが、アジトに招き入れるのはちょっと違うような気がする。
ペランドーが菓子につられたのか、それとも気にしなかったのか、あっさり2人を招き入れてしまった。
まあ、その菓子をオレも食べているわけだが、食べ物に罪はないもぐもぐ。
「我らは挨拶に来たまでだ。……べ、別に仲良くしようと来たわけではない。断じてないから勘違いするなよ」
「そ……そうよ、そうよ」
「……あー、うん」
コリンは強く否定している。だがその浮ついた様子から嘘を言っているとわかる。
なんだろう。
前にこんなことをアザナに言おうと計画した記憶があるが……。
やらなくて良かったかもしれない。
過去の計画を悔やんでいると、持ち直したコリンが軽く咳払いをして床を指差した。
「それに、もうここは秘密じゃないのだろう?」
ああ、床じゃなくてこのアジトを指差したのか。
「まあ、うん。そうなんだが……」
古来種の残した通信塔を改装したアジトは、このたび正式にオレとペランドーの所有物となった。
占有を続ける実績と、いくばくかの支払いと、ちょっとした手続きを終え、秘密のアジトは公然のアジトになってしまった。
別に秘密のアジトのままでも良かったのだが、なんでもスラムと境界であるこの緩衝地帯を、酔狂にも開発しようという資産家がいるらしい。
これにより、秘密のアジトのままだと、この廃墟群を買い取った資産家と揉めることになる。かといってこのまま引き払うのも癪だ。
アジトの今後についてペランドーと話していたら、ベデラツィが商会の倉庫用にすると購入を申し出てくれた。最上階以外はまったく利用していないので、商会の倉庫にする分には問題ない。
そんな世知辛い理由で、秘密のアジトは秘密ではなくなってしまった。
こどものつくったアジトが金の力で残る。ちょっとこれはこれで納得できないが……まあ仕方ない。
「そういえば、2人はこの辺りの治療院に赴任してきたんだっけ?」
治療魔法の大家であるクラメル家は、王都の各所で治療院を開いている。
クラメル兄妹は現場を肌で感じつつ修行をするため、あちこちの治療院へ回され務めることになるのだろう。
まず手始めに学園から近い治療院へ赴任となった。しかし親心というか、なんというか……。
下積みをする必要もない。2人は基礎は家で叩き込まれているだろうから、あとは現場を知るだけといったところか。
コリンは腕を組み、尊大に答える。
「うむ、そうだ。今は歯の治療を任されていてね。どうだね? ひとつ治療してやろうか?」
「よろしかったらいらしてくださいね」
「いらしてくださいねって……。それって歯がよろしくない状況だろ?」
ローリンが社交辞令を言ってみせたが、歯の治療はなぁ。
「気軽に来てもらってよいのだぞ、ザルガラ」
「いや、そんな気軽に言われても歯医者はなぁ……」
「ええ……やだなぁ……」
オレとペランドーが露骨に嫌な顔をしてみせると、コリンとローリンが立ち上がって抗議の声を上げた。
「なんですの! わたくしたちのこと嫌いですの!」
「そりゃ歯医者が好きって者は、あまりいないだろうであろうが……」
怒るローリンとちょっと寂しそうなコリン。
高位の魔法使いの手にかかれば、歯の治療も簡単なものだと聞く。
しかしそうそう高位の治療ができる魔法使いがいるわけでもなく、街士の中で治療に優れた魔法使いが歯の治療院を営んでいる場合も多い。
そういう治療院は……まあなんていうか怖い。
それに歯医者が嫌いってわけじゃないけど、歯医者へ行く場合の理由がそもそも限定的すぎてね。
「ここにいつきていただいてもいいですよ。いつもいるわけじゃないけど、こっちが仕事場にお邪魔するよりいいと思います」
ペランドーが気を使って、クラメル兄妹が遊びに来てくれと提案した。兄妹が卒業したこともあり、先輩後輩という学生同士という気軽さと態度は、一市民であるペランドーから抜けている。
「うむ、そうさせてもらおう。なあローリン」
「新しい戦術や魔法ができたら、ザルガラに挑戦させてもらいますわ」
クラメル兄妹は申し出を快く受け入れた。
それが悪いわけではないが、腑に落ちない。
「ちくしょう……。俺たち男の城が」
秘密のアジトが公然のたまり場になっていく――。
『……男の城。ごくり』
「オレたちの城。ごくり」
悔やんでいたら、オレの右にいるヨーヨーと左に浮かぶ非実体状態のディータが、同時に生唾を飲みこんだ。
「なんでオマエもオレたちのアジトにいるんだよ」
「あ、気にせず続けてください」
ディータはしょうがないが、ヨーヨーは気になる。
「招いたつもりはないんだが?」
『……私が招いた』
「姫様か。余計なことをしやがって……」
文句の一つでも言おうとした瞬間、オレの脳裏にアイツの顔がよぎる。
そうだ!
ここまでアジトに無関係なヤツが来るのなら、アイツが来てもおかしくない。そういう流れだ!
この流れからして――ッ!
「後ろか!」
オレは椅子から立ち上がって、バッと振り返った。
「ど、どうしたの? ザルガラくん?」
ペランドーがびっくりしてお菓子を食べる手を止めていた。クラメル兄妹は眉を顰めている。
『……?』
ディータが不思議そうな顔で、オレが睨む空間をまさぐり始めた。もちろん、そこには何もないし誰もいない。
「ま、まあ……アイツとはいえ、そうそうオレの邪魔をしにきたりは……」
「たいへんですよ! 大ニュースです! ザルガラ先輩!」
「おごっ!」
オレは柔らかい衝撃と重さを背中に浴び、つんのめってアジトの床へ倒れてしまった。
防御胞体陣を張っているので痛みはないが、オレが相手を弾き返せないほどの大魔力を持った相手の体当たりだとすると…………。
「ア~~ザ~~ナァ~~……」
声が震える。奮えて震える。
無理に身体を捻ってオレの背に乗る者を見ると、やはりアザナがいた。
オレの背に尻もちをつく形で、アザナのヤツは上から降りてきやがったのか。
「ど……どうやって入って来た?」
簡単な魔法だが、防犯魔法陣くらい仕掛けてある。オレやペランドーの許可なく入った瞬間に、警報くらいはなるはずだ。
……いや、アザナならそんなものを軽く無効化する。
それでもどうやったか尋ねた。
「急いでたので、ザルガラ先輩の空間跳躍をマネしてみました」
「……そうか」
アザナの身体の自由を奪っていたマダン。そいつを相手にしたとき、オレは独式化していない空間跳躍魔法を使った。
その時に解読されてしまったようだ。
一歩先んじたと思ったら、たった半年で追いつかれてしまった。
「あ、練習と実験と独自理論の組み込みはして、ちゃんと安全確認もしてますよ」
あ、これ追い越されてるな。
アザナに半年という時間があったら、たっぷり中から裏まで研究されて当然だ。
「……で、いつまで乗ってるんだよ」
「え? ごめんなさい。座り心地が良かったものでつい……」
「オマエ、普段はどんだけ質の悪い椅子に座ってんだよ」
『……つまりザル様はちょっと質のいい椅子』
アザナに当て擦りしたら、ディータに当て擦りされてしまった。
柔らかい尻を当て擦りしていたアザナがオレの背から降り、ペランドーに進められてちゃんとした椅子に座る。オレも自分の椅子に座り直した。
一息ついたところで、コリンの奴がアザナに話しかけた。
「ところでアザナ君。大変であるとかニュースだとか言って飛び込んできたが、いったいなんの騒ぎであるか?」
「あ、そうでした。そう、大変なんですよ!」
騒ぎながら空間跳躍でやって来たくせに、レモネードを受け取りのんびりし始めていたアザナがまた騒ぎ出す。
「あの伝説の……一つ目の巨人! サイクロプスが【霧と黒の城】に現れたんです!」
――サイクロプス。
それは強大な力を持つ古来種が、支配することを放棄したといわれる伝説の一つ目の巨人だ。
「サイクロプスだとっ! 本当か、アザナ!」
古竜とならんで古来種が支配できなかった存在が現れたと聞き、オレも興奮を隠せなかった。
私は歯医者好きです。
あの匂いとか治療とかなんかいいんですよね。
異世界なので歯医者という言葉も言い換えようかと思ったのですが、そのままで表現してみました。