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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第7章 二つ目のサイクロプス
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冷たい優勝


 うさぎさんチームこと、エト・インたちが失格となって退場したあと、ハードルやガレキ乗り越えなどの障害でさらに2つのチームが脱落してしまった。


 接触事故で魔石が吹き飛んだチームは辛うじて残っている。

 だが、ゴールは難しいだろう。

 あのチームのゴーレムは事故が無ければ、かなりいい線にいっていただろう。5回生のチームで脱落した3チームと違い、手堅くそれでいて障害を越えることに重きを置いて製作したようだ。


 頭にバンダナを巻いた痩せノッポの先輩が、必死にゴーレムを制御している。命令1つで自動で動くゴーレムだが、コース上の障害とダメージで簡単な行動も細かい制御を必要としてしまう。

 足は遅めだが、障害はなんとか越えていく。事故で外装の一部がはがれ、バランスが崩れているにもかかわらず、だ。


 隣りのコースの動作不良に巻き込まれなければ、3位は硬かっただろうに非常に残念である。


「ザルガラくん! 残りチームは半周引き離してるよ!」

「よし! やっぱり敵はアザナのチームだけか!」

 サポート役のペランドーにレース状況の確認を任せ、オレは障害への対策に集中する。

 アザナのゴーレムとの差はほぼない……だが、気を抜けば次の障害で勝負が決まりかねない。


「負けませんよ、ザルガラ先輩!」

 余裕そうなアザナでも、緊張を隠すようにぺろりと……舌なめずりを一つした。


「今度はまともに……勝つ!」

 協力者はいるが、それは対等。

 誰かが作ったルールの下で。

 それでも一応は平等の下で。


 中身もアザナのアザナに!


 今度はちゃんとまともにしっかり言い訳のない勝ちを、みんなで取ってやるっ!


「いくぞ、ペランドー! 網のチェックは任せた!」

「任されました!」

 スチャっと望遠レンズを装着するペランドー。その先は次の第5障害は網潜りだ。


『トップの2体が、ついに最後の障害へと飛び込んだっ!! 相手はクモさんのベッド! 誰もが謙虚になるこの天蓋の下を、最初に抜けるのはアザナか? それともザルガラかーっ!』


 テュキテュキーのアナウンスが奮う。


「むぅーー……こいつは、やっかいだ……」

 ゴーレムを這わせ、オレは唸ってほぞを噛む。


 網は成人男性の腰の高さほどに貼られ、そこの下をゴーレムで匍匐ほふく前進させる。……ここ、うさぎさんチームのアレの使用が認められてたら、エト・インの独壇場だったな。


 事前に網の高さは伝達されており、これを想定してゴーレムの厚みを抑えて製作した。

 形が制限されるので、バランサーを前後に配置する方式取れなかった。よってゴーレムはより人間的な形と動作が要求される。


 オレもアザナも手古摺てこずる。なにしろネットが引っかかったら、ゴーレムに繊細な動きをさせて網を取る羽目になる。


「ザルガラくん! ちょっと右、右によって!」

 ペランドーの指示のもと、ネットに引っかからないよう前身させた。


「地味……ですねぇ、これ」

 派手好きなアザナがイライラしている。これはチャンスか?


「ああ、そうだな」

 内心で気を静めながら、さもアザナと同様にイラついているように見せかける。

 アザナが「一緒ですね」という表情を見せた。同じの気持ちを持てなくて、ちょっと残念だ……が、ここは勝負を優先させてもらう。


 あの魔石が脱落したゴーレムは器用になんとか網の下に潜ったが、ここでついに魔力切れとなって動きを止めてしまった。

 

『あーっと、ついについに手負いのファイヤーホイール、ここで力尽きたか! しかし見事な健闘! 事故を跳ね返す素晴らしい走りでした! 観客からも惜しみない拍手が止まりません!』

 

 テューキーの称賛と観客の拍手が、脱落したゴーレムとファイヤーホイールチームメンバーに降りかかる。

 バンダナの先輩も、負けながらも満足そうだ。


『ファイヤーホイールチームのゴーレムは、その場その状況に合わせ、自らを調整するゴーレムだったようです。不測の事故にゴーレム自身が対応し、チームも操者も調整した結果でしょう。まさに障害走向きのゴーレムでした』

『それほどまで特化してたのですか?』

『ええ。言い換えれば、実用的とも言えます。不測の事態はあらゆる現場で起きるでしょうから』

 ファントウス教頭の解説が適格適切だ。さすが魔作科まっさか担当。


「ついに一騎打ちになりましたね!」

「ああ、そうだな……なっ?」


 アザナに声をかけられ、生返事をしたがなにか……おかしい。

 …………あ。


「そうだ、数が合わないぞ? もう1チームあるはずだ?」

 そのチームはどうした、とペランドーに疑問を振る。


「え? あー、そういえばいつの間にかいないね」

「おい、ちゃんと見てろよ。いつの間に脱落した?」

「そのチームなら……」

 疑問に答えたのはアザナだった。眼差しを障害を潜るゴーレムに向けたまま、チームコーナーを指差した。


 操者席とサポーター席に人影はなく、クマさんの人形が1つだけポツンと置かれていた。


「突然、ゴーレムの鎧と一緒に服を脱ぎだして、失格……いなかったことになりましたよ、ザルガラ先輩」

「あー、あいつらね」

 素衣原初研究会あいつらじゃ仕方ない。

 テューキーのアナウンスでも言及されず、クマさん転生となったようだ。

 いや、素衣原初研究会は不参加だった。そういうことになった。


「よし、抜けた!」

 オレがわずかに先んじ、この厄介な網潜りを抜けた。

 ペランドーの適格な指示のおかげだ。

 フモセのサポートも悪くなかったのだろうが、ゴーレムのモニタリングもあって的確さを失っていたようだ。

 投影された多くの情報が、悪い結果を出したか、アザナチーム。


「後は一気に走るだけだ!」

 オレのゴーレムが先に立ち上がり駆け出す。アザナが追う側にまわり、オレは今までにない高揚を感じた。


「アザナ様! 魔力残量40%です!」

 フモセの報告にアザナが頷き、オレが驚く。

 嘘っ! そんなに残ってるんのか?

 どんだけ省エネモード?


 オレのゴーレムは感覚的に2割を切ってるっていうのに、アザナの魔力管理はどんだけ適切なんだ……。

 マズい……こっちが省力に入り、あっちが全力……残りの直線を走るだけなのに……。


 困惑するオレに、アザナの笑顔が追い打ちをかける。

 まだ――まだ、なにかあるのか?


「ボクの秘密兵器で、圧倒的に勝ってみせますよ! さあ、驚いてください!」

 オレを驚かせるのが本当に好き、という笑顔……ちくしょう、見とれそうになる!


『なーんだーっ! ここでアザナチーム! 突如、コース上で立ち止まったーっ!? 故障か? いや、あのアザナにそれはありえなーいっ!』


 なんのつもりだ、アザナ?

 アザナチームのゴーレムは、椅子に座りかけるような中腰でコース上に立ち止まった。


『きっとなにかをしでかすに違いない! アザナとはそういう生徒だっ!』

『最後の最後、ここで出すということは勝利を確信したようだね』

 テューキーが煽り、ファントウス先生が落ち着いてアザナ勝利を算出する。


 何をするつもりだ?


 と、オレたちや観客たち息を呑んだ瞬間――。


 アザナのゴーレムの足元が、土煙と何かこすれるような音を巻き上げた。

 そして中腰の体勢のまま何かに引っ張られるように急発進!


『加速加速! シャフト音! 一気に追い抜き、アザナゴーレムゴォーール! ゴォオオオール! ゴールゴールゴール! アザナチーム、失格ですッ!!』

「え? なんで? なんで? なんでですかーっ!」

「当たり前だッ!」

 パンッ!

 ゴールを祝うクラッカーを手元で炸裂させ、不満を言うアザナに紙テープのツッコミを浴びせた。


「やだっ、やめてくださいよ!」

 クラッカーの紙テープは、常時張られているアザナの防御胞体陣に弾かれるが、アザナは顔を庇って可愛らしく身をすくめる。

 そのアザナに向けて、オレはここぞと説教を喰らわせた。


「人間を模したものゴーレムから逸脱してどうする! どこの世界の人間が、足の裏の車輪で走るんだよ!」

「ボ、ボクの世界からすると、車輪ダッシュは基本……」

「言い訳するな!」

「しゃ、車輪は走ることを究極的に抽象化した原初のシュールレアリズムですよ!」

「そんな話、知らねーよッ!」

「あ、ザルガラくん。ゴーレムがゴールしたよ」

「え、ああ、うん……」

 ペランドーのあっけないゴール報告に、オレは毒気を抜かれてしまった――。


『えー……』

 アナウンスがゴールの実況を忘れている。あっちの方でアザナのゴーレムが壁にぶつかってるが、もうどうでもいい。


『えー、2コース以外全員失格、もしくは脱落しましたので、優勝はザルガラチームです』

 テンションの低いテューキーの実況。まばらな拍手。無言のファントウス教頭。


「ぐたぐたじゃねーかッ!」

 空になったクラッカーを地面に叩きつけ、やり場のない気持ちを表す。


「や、やったよザルガラくん! ぼくたち、か、勝ったね!」

「こんなのうれしくねーーーーっ!」

 絶叫するオレに、執行部のやつらが「優勝者はアナウンス席まで来てください」と事務的な対応をする。

 素直に連れていかれると、テューキーが驚くようなことを言った。


『さ、さあ! 優勝者にはディータ姫からのサプライズ賞品があります!』

『……え? あったの?』 

 テューキーのアナウンスを聞いて、隣りにいるファントウス教頭が素で驚いている。どうやら教員側は知らなかったようだ。教員もサプライズである。


『ではディータ姫殿下、こちらに』

 やややっつけ気味の貴賓席からディータがアナウンス席に降り立ち、差し出されたマイクを受け取る。


『姫殿下? それでサプライズプレゼントというのは?』

『……キス』

 こともなさげに一言、そういった。


「うおおおおおおおおおぅおおおおおっ!」

 そしてにわかに、練兵場が地鳴りを上げた。歓声、歓声、また歓声。終わらない歓声だ。


「あ、あわわわ、どうしよう、ザルガラくん!」

「どうせ、ほっぺにとかだろ。しかもゴーレム体だぞ、いまのディータは」

 慌てるペランドーを抑え、冷静な説明をした。


「ふーん……」

「そ、そう。きっとほっぺにだよ、ほら、ゴーレムだし。だ、だから気にするなよアザナ」

 冷たいアザナを抑えるため、とても冷静な論理的で完璧な説明をした。 


『ひ、姫殿下がキスを?』

 ファントウス教頭が大変なことになった、と泡を食って確認を取る。生徒会執行部主催とはいえ、教師陣が知らなかったでは済まされない。責任問題へ発展することを畏れているのだろう。


『……違う』

 教頭の不安を打ち消すように答え、ディータはマイクを持ちなおす。

 ゴーレムの無機質な唇が動き、言い放つ。


『……2番が1番にキス』

「王様ゲームっ!?」

「キャーーーーーッ!」

「これそういうゲームじゃねぇからッ!」

 黄色い悲鳴が上がる中、オレは魔力弾でディータ姫へ遠距離つっこみを入れる。

 が、胞体陣で弾かれた。

 ゴーレムとはいえ身体を手に入れたディータは、魔法使いとして十全な力を発揮できるようになっている。

 身体無しでもありでも面倒なヤツだ。


 なんかアザナが一瞬喜んだように見えたが気のせいだ。


『しかし殿下。それだと2番のアザナチームは失格で参考記録も無しとなってますので、参考記録のある途中脱落したファイヤーホイールチームが暫定2番となるのですが?』

 テューキーが説明すると、全員の視線がファイヤーホイールチームのリーダーである操者のバンダナ先輩に集まる。 


「え? え? ええっ! 俺? ま、まいったなぁ」

「照れてんじゃねーよ!」

「ごはっ!」

 健闘したバンダナ先輩に、ツッコミ魔法弾を撃ち込んだら直撃してしまった。


「あ、常時防御胞体陣張ってる奴らばっかだから、つい……」

 

 第1回ゴーレムレースは、こうしてぐだぐだした感じで幕を下ろした。


   *   *   *


 ザルガラはすっかり忘れていたが、テュキテュキー会長は忘れていなかった。

 侵入者のことを――。


「会長! 練兵場の片づけ終わりました」

 執行部員が生徒会室へ戻って来た。


「そう」

 この報告を聞き、テューキーは終わった……ほっと肩を落とす。


 テューキーは人に頼る。任せる。丸投げする。

 だが任せる相手は適正である。テューキーの指示も適格だ。


 人に頼る故に、人を扱うことが上手い。扱われる側も、頼られて達成し評価されることを喜ぶ。そうして自然とテューキーと成果を分かち合う者が集う。


 実情を知らぬ者が見れば、テューキーにこき使われている集団に見えるが、生徒会と執行部は居場所を得た組織人の集団である。


 そのためその頼るべき人が役に立たなかった時、テューキーは敏感に反応する。


「それで……あの部外者はどう対処したの?」

「はい。ゴールドスケールジッドには厳重注意。部外者はそのまま帰っていただきました」

「え? それだけ?」

「そう……ですが」

 ことも無さげに告げる生徒会員。

 まだ報告があるのかと、その顏をしばらく眺めていたテューキーだったが――


「ちょっと、あんたたち! どういうことよ!」

 と言って机を叩き立ち上がる。が、あまり目線の高さは変わらない。


「ですが会長。ゴールドスケールジッド侯爵の息子さんですよ。学園側に任せましょうよ」

「いえ、うん。ああ、そう、うん、いや、それはそれでいいんだけど……」


 ――おかしい……この危機感の無さはなに?


 テューキーは息を呑む。なにかがおかしい。自分でもそれでいい、という判断を下してしまいそうになる。 

「それでは会長。学園側に資料の提出と、器具の返却に行ってきますね」

「わたしたちも来客者の対応に戻ります」

 各自、己の仕事へを全うするため、生徒会室を後にしていく。


「え、ええ……」

 テューキーはこれを静かに見送った。

 確かにどれもやるべき仕事である。

 だが、おかしい。

 変だ。

 テューキーは椅子に座り直して考える。


「誰か一人くらい……あの侵入者を気にかけるくらいしてもいいんじゃない」

 このところ学園では事件が多い。古来種再来事件(リ:ストレンジャー)以前から、ゲートの管理などもあって部外者の侵入には目を光らせている。

 そんな中、教員や警備の目を潜り抜け、生徒たちのイベントにするり参加してしまった侵入者。


 危険人物でなくとも、その身柄は確保してしかるべきだ。

 学園側……教員側からの問い合わせもない。警備側からもだ。


 おかしい――。

 

 テューキーは眉間にシワを寄せ、むむむっと唸った。


「もしかして……私以外、事態を問題視してない?」

 この事実に思い当たり、テューキーはいよいよ自分が動かねばならぬと覚悟を決めた。


 生徒会長のテーブルをバンッと叩き、テューキーは自ら働くため立ち上がる。 

 

「よし、ザルガラのやつに任せましょう!」


 ……結局、テューキーは人頼みであった。


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