ダメが味方 (あとがきに挿絵あり)
1番目の選手紹介でいきなりすったもんだあったが、2番目から8番目まではトラブル無く紹介が終了し、いよいよレース開始となった。
走者であるゴーレムをコースに残し、オレたち操者とサポーターは外縁の所定地へ移動した。
――緊張が走るなかスタートの号砲が打ちあがる。
『各ゴーレム一斉にスタートしました! 綺麗な一歩から、まず抜きでたのはやはり2コースと3コースのザルガラチームとアザナチームだーっ!』
ゴーレムの駆動音が鳴り響き、大重量が練兵場を踏み鳴らす。その音と観客の歓声が混じって、テューキーの放送を掻き消しそうになった。
コースが削られ土埃を舞い上げ、ゴーレムたちが走る。
『このスタート、どうですか? 解説のファントウス教頭先生』
『初動が8体……いや7体ともすべてよい反応をしています。操者とゴーレムのリンクが、皆高いレベルで完成されているようですね』
『なるほど、走行性能は差はあるようですが、レスポンスそのものはほぼ同格というわけですね。さてそのトップグループに追いすがるのはうさぎさんチームだぁー』
オレとアザナのゴーレムから3歩ほど後方には、無塗装のゴーレムがいた。
古竜の娘エト・イン操るゴーレムだ。サポーターはリザードマンという異色チームである。
「トカゲとトカゲの親分のチームなのに、うさぎさんチームと登録する理由はなんなのか?」
「うさぎさんはね、足がはやいから」
「うん、そうか。その通りだな」
第4コース操者席のエト・インが、ゴーレムの操作をしつつオレの疑問に答えてくれた。
足が速いからあやかって、と言われたらトカゲがうさぎさんチームと名乗っても、釈然としないがこれ以上はつっこめない。
彼女は古竜としてではなく、人化の魔法を使える普通のドラゴンとしてこの学園に入学した。折りしも、学園が獣人など投影魔法が不得意である生徒を、実験的に迎える準備をしていたため、そこに捻じ込んでもらうことができた。
隣国からのリザードマン留学生という実力未知数なサポーターを据え、アザナとオレに次ぐ有力チームとなっている。
なお、うさぎさんチームのゴーレム製作者には、孤児のローイが関わっている。孤児院の出身ながら魔具作成科へ無事入学し、なかなかの成績を収めているという。あと数人、鉄音孤児院から学園に入学しているが、今回のゴーレムレースに参加している孤児はローイだけだ。
『ザルガラチームとアザナチームが同時に第一障害に到達です! 第一障害は平均台! その名も蛇くんの背中だ!』
蛇くんの背中というファンシーな名前ながら、これはなかなかの難物である。なぜこれを第一障害に持ってきたのか、と問いたいレベルの障害だ。
コース上に8つ並べられた平均台は、どれも緩やかなカーブを描き、まさに蛇の背中の様相だ。
これを指示一つで越えろと命令しても、並のゴーレムでは平均台に乗るのが精いっぱいだろう。
しかしそこはオレとアザナのゴーレム。胞体石でできた特別製の目と、的確に調整しておいたバランサーを持って、適切に平均台の上を歩いていく。
そう歩く。さすがに走れない。アザナのゴーレムも早足程度だ。
『さあわずかにアザナチームが先行し始めるなか、つぎつぎ各ゴーレムも蛇くんの背中に取りついていきます!』
飛び乗れるゴーレムもいれば、手をついて昇るゴーレムもいた。だが、どれもよい動きを見せている。
学園の生徒ならば、平均台に昇るゴーレムを造るなど容易い。
しかしそのゴーレムをもってしても、左右にカーブする平均台は厄介だ。
完全自立自動では足先が迷うため、いちいち足を下ろす位置を指示するチームがいた。当然、そのチームは最下位となる。
2つのチームが途中で落下したものの、しっかり足から着地したので壊れることはなかった。落下したゴーレムは、その場所から再スタートとなるが、平均台に昇り直す分だけタイムロスをしてしまう。
「魔力残量98%です!」
「よーし、思ったより消費しなかったみたいだね」
隣りの席でフモセが報告を上げ、アザナがイケると微笑む。
アザナのゴーレム……魔石に残る魔力の残量をモニタリングできるのか……。というか、離れた位置でゴーレムの各情報を視覚的に投影するなど、その発想すらオレにはなかった。
普通、魔具は使用者の感覚で使うものだ。
魔具製作者が総じて魔具の扱いが上手い理由は、製作者ゆえに魔具の癖と限界を知っているからだ。触れて魔石の魔力残量を調べたりしなくても、勘で魔具の状態を察することができる。
製作者でなくとも、1つの魔具を長年愛用すればそういう域に達せるだろう。
しかしデータを数値化して手元に投影することにより、製作者や熟練者でなくも魔具の状態を把握できる。
さすがアザナ。やはりオレたちとはどこか違う。
抜き出たアザナのゴーレムは蛇の背中を歩き終え、軽快に平均台から飛び降りて走り去る。オレのゴーレムも負けじとあとを追った。
「アザナ! オマエのゴーレムの走り! やたら滑らかだがキモイな!」
オレのゴーレムは空気圧を利用して、脚部を爆発的に動かす仕掛けを施している。蹴る力が強いが、人間の動きと比べてぎこちない。例えるならホップステップの繰り返しをする走りだ。
アザナのゴーレムは滑らかで、やたら人間染みている。しかしゴーレム特有の正確な動きで、無機質で不気味な人間の走りに見えてしまう。観客の一部からもキモイという声が上がっていた。
「わかりますか、ザルガラ先輩! あれはメイドゴーレムにありがちな機械駆動じゃなくて、モノゴーレムに近い単一物質を採用して駆動しているんです。具体的には電気と魔力に反応する単一の流体を、ゴム管に封じ込め疑似的な筋肉を再現しました! ゴム管の劣化が早いことさえ目を瞑れば、筋肉重量比の瞬発力は動物のそれを越えています。どちらかといえばゴーレムの外骨格を関節にしているので、動きの理屈は昆虫に近いですね。いわば外骨格生物特有のタメの必要ない瞬発力――」
「アザナ様! 操作に集中してください」
フモセに怒られた。他チームのサポーターや観客の一部から、アザナくんキモいという声が聞こえた。
流体を使うってことは、オレのシリンダーと空気圧を利用したゴーレムに近いのだろう。断続的な瞬発力ではなく、継続的に瞬発力の連続性を持たせたというわけか。
「……いずれは単一じゃない流体を別々に制御――」
「集中!」
またフモセに怒られた。しぶしぶアザナはゴーレムレースに集中する。
オレもこの隙を利用し、アザナのゴーレムに追いすがる。
「……ささやき戦法だね」
ペランドーがオレの意図を理解して囁く。なかなか悪い顔をしていた。オレの友人にふさわしいな。
天然なペランドーだが、勝負となると意外と手段を選ばないところがある。
オレが軽く欝ってるときに、容赦なくテストで勝ちを取るもんな、オマエ。
……根に持ってるわけじゃないよ。
『ああっと! 第3コーナーで7コースのブラックチームが、6コースのファイヤーホイールチームのゴーレムと接触したぁっ! ファイヤーホイールの赤い外装が吹き飛ぶーっ! ブラックチーム! そのまま転倒!』
『ふーむ。ブラックチームのゴーレムは問題なく走れそうですが、ファイヤーホイールチームのゴーレムは接触で魔石が脱落してしまってますねぇ。あれでは持ってコース半分ほどで魔力切れとなるでしょう』
オレたちのだいぶ後方を走っていた下位グループで接触事故があったようだ。ブラックチームは走者妨害として失格。ファイヤーホイールチームもそのうち脱落するだろう。周回参考記録くらいは残るだろうが、残念なことだ。
まあ、あれは仕方ない。
ゴーレムの操作はある程度の思念と口頭命令だ。
上位命令にコースを走れと設定せず、あのゴーレムを追い抜けと命令した瞬間に、最適解としてゴーレムが隣りのレーンを走ってしまう場合がある。
ゴーレムとしては命令通りにやったわけだが、それはレースのルール通りではない。
オレのゴーレムはレギュレーション通り、規定された胞体石数内でレーンを維持する制御系を入れてある。アザナのチームもおそらくそうだ。しかし他のチームのゴーレムは高速で安定して走る制御系でかつかつだったのだろう。
逐一、その場で制御する手段を取り、無理が生じてぶつかってしまった。そんなところか。
『さあアザナチームを先頭にザルガラチームが追うなか、次の障害は砂地……その名もアリジゴクのながーい寝床! この地獄を無事抜けることができるでしょうか!』
その命名、絶対テューキーが考えただろ。
しかし、ただの砂地と思うなかれ。
次の障害はコース全体が長い砂地と化している。走り幅跳びに使われるような砂場が、次のコーナーアウトまで続いているわけだ。
ゴーレムは重い。
いくら走る用に調整し、攻撃や防御を捨てていても重い。
今回のレースではレギュレーションに基づき、子供の重さほどある同重量の鎧を着こませ、さらには規定重量以下だと重りをゴーレムに背負わせるルールになっている。
軽いゴーレムを造っても最低重量まで重りをつけられてしまう。そんなわけで、多少重くなってもいいなら魔具や魔石や胞体石を追加してもいいが、速さを前提にするならば最低重量にぴったり合わせるのがベストだ。
こんなゴーレムを砂地で走らせれば、どうしても足を取られる。
アザナとオレは規定重量ぎりぎりに製作した。鎧を身に着けることを想定して、ある程度の剛性を持たせるとどうしても重くなる。本当に、ぎりぎりだった。オレたちの技術を持ってしても、だ。
それはオレたちより圧倒的に軽いゴーレムで、このレースに参加できないということを証明していた。
足の平を大きくして、接地面積を増やすなどの対策をしているチームもいるようだが――。
確かに設置面積を増やす四足歩行なら砂地で有利だ。しかし、そういうゴーレムは通常コースでの走りに無駄が出る。
オレとアザナの出した解は、規定ぎりぎりの重さでゴーレムを造りあげ、軽快な走りで一気に駆け抜けるという手段だ。
正攻法の力技。だが製作と操作はきめ細かく。単純だが難しい手段でオレとアザナが競う。それを追うエト・インのゴーレム。
「エト様! 準備は万全です!」
「よし、いくよ!」
サポーターのリザードマンの合図を受け、エト・インが両手を振り上げてゴーレムに命令を下す。
「うさぎさんッ! リザードモードッ!」
それはうさぎなのかい? トカゲなのかい?
オレの疑問が口に出る前に、エト・インの無塗装ゴーレムが前に転んだ――いや、違う。
『おおっとッ、こ、これはーーッ〔ドキーーーーンッ!〕』
テューキーが驚き、アナウンスマイクがハウリングを起こし青空に轟く。どんだけ声デカいんだよ、オマエ。
『これはまさかの人類退化スタイルッ! おきて破りの四足歩行だぁーっ!』
倒れたと思われたエト・インのゴーレムが、まるでトカゲのような動きで砂地を走る。
足場の悪さなど物ともしない。うねって砂の上を滑るように走り抜けていく。
なるほど、これなら接地面積が増える。砂を蹴る負荷も大幅に減る。
だが――――。
『はい、うさぎさんチーム失格でーーーす。おかえりはあちらからーー』
ややテンションの下がり気味のテューキーが、エト・インたちに退場を促した。
「ええっ! なんでーっ!」
納得いかないのか、エト・インは拳を振り上げてアナウンス席に抗議へ向かう。
「当たり前だ! 四足歩行ありのレースなら、最初から馬や犬の形にするに決まってるだろっ」
走っていくエト・インの襟首を、オレの飛ぶ右手で引っ掴み一気に引き寄せ説明する。
速度よりなにより安定性も抜群だしな。変形ありなら、まったく別のレースになってしまう。
「でもでもザッパー。エトたちはもともとは四足歩行も……」
「それはそうだろうが、ダメなものはダメ」
頭ごなしの言い分だが、それしか言いようがない。ルールはルールだ。
「そっかー……。ここは人の学校だもんね……」
これにしぶしぶ納得したエト・インは、サポーターのリザードマンと共に退場していった。
結局、オレたちに迫るチームが1つ消えてしまった。
「なんだか、嫌な予感がします」
「奇遇だな、オレもなんだ」
いつもニコニコアザナが、ゴーレムレースに不安を抱いたようだったので、オレも同意してみせた。
……なんかダメな何かに味方された気分だよ。