分水路の迷宮 1 (あとがきに頂き物ファンアートあり)
「ペランドーのヤツ、このところ生意気だよな」
よく晴れた朝。
5回生が卒業した分だけ寂しくなった学園の登校光景。それを二階の教室から見下ろしていた少年がそんなことをつぶやいた。
短い髪はつんつんと跳ね、目も細く線も細い針を思わせる少年だった。
「だよなー。なんか貴族様に取り入ってるし」
「ペランドーの癖に、ほんとムカつくよなぁ」
針のような少年の呟きに、2人の同級生が同意する。大柄の少年と背の低い少年たちだ。
針の少年……ラウはこの同級生たちを手下と考えている。2人は友達のつもりだが、実情はラウの手下と表現して問題ない。
彼らとペランドーは同級生だった。
1回生時では同級生だった。
2回生に進学するとき、ペランドーは魔法使いの血筋でもなく庶民でありながら頭角を現し、期待を込められてザルガラのような天才たちがいる特別クラスとなった。
反してラウは、冒険者とはいえ魔法使いを祖に持つ郷士の家系だが、普通の一般の凡庸なクラスのままだ。それでも大陸中の同世代と比べれば、彼は充分に高い能力を認められ、ここにいるわけだが――それ理解しつつもペランドーへの嫉妬を抱いていた。
嫉妬がラウの口を滑らし、手下の2人は躊躇なく同調した。
手下の同調によって背中を押され、ラウの中で悪意が膨らむ。
「そーいえば……ペランドーのヤツさぁ。なんかソフィに目をつけられてるんだよね」
ペンを回しながらラウは嗤う。手下は互いを見合い、ソフィという名に見当をつける。
「ソフィ……って」
「たしかぁ、カルフリガウさんのところの?」
「そう、そのソフィだ。性格悪いけど……まあ、まあまあ顔はいいあいつな。うちはカルフリガウのところといろいろあってさぁ。ソフィの子分なペランドー? そいつと一緒にこう……ちょっと教育してやらないか?」
子供の悪事への誘い。立場上断れないが、手下たちは元から乗り気だ。
うっぷんを晴らす相手として、ペランドーはちょうどいい。
「いやちょっと待ってくれ……」
背の低い手下が、マズいことになったという顔で及び腰でラウに訴える。
「ペランドーはあのザルガラと……」
「え? ああ、それが不安なのか」
ザルガラは怖いし、郷士の家系のラウよりはるかに立場も上で、能力も天と地の差がある。
多少の自己評価の高い彼らだが、ちゃんと圧倒的能力差には自覚があった。
「それなら大丈夫だ。計画じゃ直接何かをするわけじゃない。ペランドーが勝手に恥をかいて、飼い主のソフィも恥をかくだけ、さ」
「そ、それならいいけど」
このところ、あの怪物ザルガラが滑稽な姿をさらしているが、それでも大部分の生徒からは恐怖の対象となっている。
見境の無く暴力を振り回すというわけではないが、なにか気に障ると老若男女教師生徒に関わらず噛みつく。よって、触らぬザルガラに面倒無し。という事である。
もちろん、正面切って敵対するなど愚の骨頂だ。
「で、その計画ってのは?」
大柄な手下が、分厚い身体をずいっとラウに詰め寄せる。少し押され気味になりながらも、ラウは余裕の顔で答えた。
「あー、お前たち『白銀同盟』って知ってるか?」
「たしかぁ……冒険者チームの中でも特に大規模で、各地に分派のメンバーもいるっていう」
「そうそこ。実は俺さぁ、最近、そこのメンバーの人と知り合いになってな」
「すげぇっ!」
「さすが、冒険者育ちのラウさんだ」
ラウの父は郷士であるが冒険者家業も続けている。そのせいもあって、冒険者育ちということを誇りにもっていた。それはもちろん悪い事ではない。
ただそれ故に、ペランドーが冒険者登録していることに不満を持っていた。見下している相手が、同じ領域に乗り込んでくる。
ラウはそれが許せなかった。
誇りをはき違えた上の、身勝手な不満である。
「ラウはこの歳で冒険者してるだけあるぜ」
「学園の成績よくても、実践できるとなるとそうそういないぜ」
「まあまあ、それはいいとして」
手下のわざとらしい賛美を、話が進まないと片手で制した。
「白銀同盟は発掘し終えたけど、開発されなかった小規模の遺跡を拠点として手に入れてる。そこが一種の修行場になっていてな。駆け出しの冒険者や一般にも、修行と遊びにも有料で体験させてくれるんだ」
「たしかランニングウォーター運河をさかのぼったところにある【分水路の迷宮】。通称、白銀道場だね」
「そんなのあるのか」
背の低い手下の1人は知っていたが、もう1人の手下は知らなかったようだ。
白銀同盟は身銭を切って、発掘しつくされた遺跡を買い取り、さまざまな罠などを仕掛けて、一種のレジャー施設として開放している。
もちろん、白銀同盟にも下心はある。
自分を勇者かなにかと勘違いした若者もくるが、同時に冒険者の才能を秘めた将来有望な者もくる。
白銀道場は、そういった人物を引き抜くための施設だ。
さらに白銀同盟は大所帯ゆえ、怪我でリタイヤした者や歳で引退した者もいる。そういった人物の第二の職を与える場としても、白銀道場は機能していた。
「あの、デブ。生意気にも冒険者に登録したらしいぜ。あのザルガラと一緒に」
「どうせ、ザルガラの影に隠れていただけだろう」
「はは、違いない」
ラウの侮蔑したような物言いに、手下たちは間髪入れず同意する。こういう反応は早い手下たちだ。ラウの自尊心を満たしてくれる。
「そうそう、どうせザルガラの腰ぎんちゃくだ。それに魔法使いじゃ機械的な罠を相手にするのは苦手だろう」
「ああ、わかったぞ。遊びに行くって誘って、道場で罠に嵌めるんだな?」
「おいおい、人聞きの悪い事いうなよ。あいつが勝手に引っかかるんだよ」
「そうだったな」
「女の前で恥かかせてやろうぜ」
そう決まれば、と彼らは具体的な計画を立てず、ペランドーを誘うため教室へ向かった。
* * *
【分水路の迷宮】と運河の大堰――。
そこはランニングウォーター運河に設けられた堰である。
川運を産業とする王都は運河に面した構造となっているため、常に水害の可能性がある。そこで古来種たちは雨季の増水時に、耕作用水路への分水と運河水位の調整をするため堰を設けた。
中州から南北に走る立派な堰は、橋としても機能する壮大な建築物だ。
古くから古来種の遺跡として発掘、開発、補修され続け、現在の所有帰属は王国にある。王家ではなく王国に、だ。重要な水利施設だから当然である。
一方、堰の南に設けられた【分水路の迷宮】は白銀同盟の所有物である。
ここは堰を造る際に利用された人夫街の遺跡だ。つまり堰が稼働してからは放棄されていた。
しかしながら取水と漁場という巨大な地下施設跡が残っており、遺跡の例に洩れず迷宮化していた。
先代の白銀同盟がここを解放。そのまま購入し、訓練と遊興施設へと改装した。
南側の岸には桟橋が設けられ、冒険者街を模した小さな街となっている。
開拓者はいないが、訓練を求める駆け出しの冒険者や一般人の観光者が訪れ、本場の遺跡とは違う賑わいを見せていた。
そこへ一隻の遊覧船が到着した。
乗客の中には、同級生に誘われてやってきたペランドーと、その幼馴染ソフィがいた。
まずペランドーが下船し、後からソフィが静かに降りた。
彼は暇、というわけではなかったが、ペランドーは同級生に「白銀道場に招待された。一緒にどうだ?」と誘われ、喜んで白銀道場へと赴いた。「ソフィも誘ってはどうか?」となぜか同級生に促され、彼は特に疑問にも思わず彼女もさそった。
待っていたラウたち3人は、その光景を開いた口が塞がらないという顔で眺めていた。
「楽しみだよー。さすがに冒険者でもここにはなかなか来れないからねー。初めてきたよー」
「ですわね。わたくしも初めてですわ」
白銀道場は余暇消化施設として賑わっている。王都に近い安全な遊び場となると、ここが一番手頃だからだ。
流石に親子連れなどは少ないが、ペランドーたちのような子供だけで遊びに来ている者が多く見られる。ここは憧れを体験する地だ。
あくまで体験だが、古来種の文明に触れる場でもあった。力の無い一般市民も古来種の遺跡に触れられる。ここは知的好奇心も満たされる場所なのだ。
ペランドーとソフィは、観光地化された遺跡の様子と人込みを珍しそうに眺めていた。
一方、ラウたちは桟橋を歩いてくるペランドーたちを珍しそうに眺めていた。
奇妙な光景だった。
想定していたペランドーとソフィの様子と違う。
あのソフィが一歩引いて、ペランドーの斜め後ろにいた。
ちょっと前まで立ち位置は逆だったはずである。
手荷物をソフィも持っている。以前ならば、ペランドーがソフィの荷物をすべて抱えていたはずだ。
それがどうだ?
完全に逆転していないまでも、ほとんど逆転している。
「ラウくーん、今ついたよー!」
ペランドーが手を振って駆け寄ってきた。
「あら? ペランドーのお友達ってあなたでしたの?」
ソフィがラウに気が付き、露骨に不満の顔を浮かべた。ラウはその態度を見て、ソフィ本人だと確信した。
彼女は変わっていない。
ということ……ペランドーが変わったのか?
弱小グループとはいえ手下を持ち、少しは人間関係に敏いラウである。他人の人柄や変化、上下関係に目端が利く。
警戒しながらも、ラウはソフィへの態度を急変させない選択をした。
「ああそうだよ」
ふてぶてしく答える。弱気を見せればソフィは突いてくるからだ。
ソフィは半眼で、そんなラウのつま先から頭のてっぺんまで見て――。
「……ふん。まあいいですわ」
と、生意気に顔を背けた。
「むぅ……」
まあいい、扱いをされてラウは不満だった。しかし、これからの事を思って唸って呑みこんだ。
ラウたちとソフィは思うところを腹に、ペランドーは楽しみを胸に道場入場受け付けに並ぶ。
「……なあ、ソフィ。お前たち、どうしたんだ?」
ラウはどうしても収めきれない疑問を、ペランドーが整理券を受け取りに行く隙にソフィへぶつけた。
「どうしたって? 何がですか?」
「お前、ペランドーのことを手下扱いしてたじゃないか。それがなんで……」
しおらしい、という言葉が出てこず、ラウの声が小さくなった。
「もちろん、今でもペランドーはわたくしのモノですわ」
「お、おう」
モノという表現に、いろいろ含む物があった。ラウは察して反応に窮した。
「ですが、ペランドーの成長のためにも一歩引いて見せているのです。わたくしが邪魔にならないように」
「成長ねぇ……」
ラウは心の中であざ笑う。鍛冶屋のせがれが成長などお笑い草だ、と。ラウにとってはペランドーは、学園へ入学できただけでも奇跡だと思い込んでいた。
「それにペランドーを観察するためにも、わたくしは半歩後ろに下がっていなくてはいけませんわ」
「へえ」
「もしもペランドーが他の女の子に目を奪われるようなことがあれば、買い集めたお仕置き魔具の出番となるでしょう!」
「へ、へえ……」
「ふふふ……。そんなことがなければ……なければいいのですよ……うふふ」
ソフィはすでにラウたちなど見ていない。視線は整理券を取りに行くペランドーの背へ向けられていた。
受け付けの女性と会話するペランドー……。女性の応対は非常に事務的だ。ペランドーはいつもの通り……おかしい点はない。だが、それを見守るソフィの目が怖い。
ペランドーに気があるなしの話どころではない。
もうソフィにペランドーをがっちり捕まえてもらった方が、溜飲が下がるのではないだろうか?
そんな考えすらラウの脳裏に浮かんだ。
「な、なあ、ラウ。なんかいろいろ話違う……っていうより、話が進みすぎてない?」
「あ、ああそうだな……。だ、だが2人の邪魔をするのは予定どおりだ」
「なんかそのままにしておいたほうが……」
「なんだ? 今更尻込みか?」
嫌がらせを止めようと提案してきたので、ラウは手下を睨みつけた。
「いや、違……違うんだ、ラウ。その……なんていうか、なんか放っておいたほうがペランドーが苦しむような気も……」
「お、俺もなんだか2人の邪魔をしたらあいつを助けることになるような気がしないでもないが、よ、予定どおりだ!」