指輪の跡
別作品書いてました(3投目、暴投)
彼女はまだ製作中、まだ途中、まだ箱の中。
彼女の形は造られている。
冷たい原型はあるが、それは彼女ではない。
ある女性を模して造られた原型は、硬く重い金属でとても冷たそうだった。だから、運び込まれたあれを見てもそれほど心は惹かれなかった。
原型から鋳型が造られ、その中に人造琥珀が流し込まれると聞いて、やがて生まれる姿を想像し、やっと遅ればせながらやっと私は彼女の美しさに気が付いた。
原型であの美しさ。
神秘的な琥珀で象られたら、彼女はいったいどれほど美しくなるのだろうか?
きっと必ず期待を違わず想像以上に、それはそれはとても素晴らしい彼女となるだろう。
まだ形はない。
砂型は製作中、流し込まれて成型中、型が壊されて冷却中――。
ある日、ついに琥珀の彼女が外気に晒された。私はそれを遠くから眺めるだけ。
製作には関わっていない。関われない。
ある夜、私は仕事でこの製作工房に足を踏み入れた。
運命のように1人きり――いや、彼女と2人きり。
本当にわずかな時間だけ、工房から関係者が消えた。
機会は今しかない。
幼馴染の手を取って街へ飛び出すときのように、彼女の手を掴んで――。
* * *
『……ようやく完成?』
琥珀の人型を指さし、オレにしか見えないディータ姫がそわそわとしつつ訊ねた。
鉄音孤児院の工房で、ほのかに熱を持った飴色の人型が眠っている。中身はまだ入っていないから、寝てるとは言い難い……か?
というか飴色の肉体?
いや鉱体か?
うーん、なんなんだろう?
オレの語彙では、それをなんと形容したらいいのかわからない。
「ん……ああ、完成だ」
形容できない美しさを持つ琥珀の少女。
ディータの新しい身体だ。
人間より滑らかな肌と琥珀特有の光沢。硬いとは言い切れない樹脂鉱物。
大小さまざまな胞体陣を仕込んだ最高級のゴーレム。
史上初の美と、人外の美、さらに規格外の美を持ったディータ姫を模す琥珀人形が完成した。
『かんせーいっ!』
完成だーっ、と嬉しそうにタルピーがオレの頭上で踊る。
ディータもちょっとつられ、小さく肩で踊っている。ついに念願の身体が手に入ると、マイペースなディータも心が躍っているらしい。
高次元体では炎のドレスが無ければ全裸同然の姫様とはいえ、さすがに琥珀の裸体を晒すわけにはいかない。なので砂型を崩してから冷却期間、琥珀人形には簡素な服を着せておいた。
少女としてのシルエットはしているが、具体的な女性の形はしていない。そのせいで服を着せたこともあり、かえって人間らしさがぼやけたような気もする。
原型を作った奇才の彫金士カルフリガウは、そのぼんやりとしたイメージを形にした。
知る者ならばディータと印象が重なるだろうが、知らない者が見ればただ美しいとだけ感じる。そんな曖昧で漠然とした造形ながら、繊細ではっきりとした美しさがあった。
手伝ってくれた孤児院の子供たちも、呆けた顔で見上げている。
……ドワーフのワイルデューは反応が薄い。まあ美意識が違うんだろう。
ハーフエルフのテュキテュキーはここにいない。あいつは手伝わない癖に、おいしいときだけいるからこういう落成式には絶対に来ると思ったんだが……なぜかいない。
アザナもいない。
アイツは「再来事件」で勇者ということが知れ渡ってしまい、各所への説明や対応に追われている。学校も休みがち……だ。
「……ほう、なるほどワンピースか」
それから服を着たイシャンがいて、完成を見守っている。
なるほどという言葉を深読みすると、「あれならすぐすぽーんと脱げる」という意味があるように思えた。
やめてよね、ワンピースを普段着にするとか。
不安になったがそれを口にすると、「その手があったか」とイシャンが言い出しそうなので黙っておこう。
感心しきりのイシャンのとなりには、針金のように細い男が立っていた。
かれこそディータの新しい肉体の原型製作者、鉄音通りの郷士にして彫金士のカルフリガウだ。
「おお、思っていた以上に素晴らしい! 滑らかな飴色の肌に対し、人の手で圧力を加えられ、自然ならざるわずかな波紋が浮かび上がらせ光を歪める琥珀の体内。透明感がありながら、ほんのりと温かみを感じさせ、まるで水銀灯に照らされた氷の彫刻のようだっ!」
「…………あー、水銀灯に照らされた氷の彫刻そのものを、見たことないからよくわからん」
原型を作ったカルフリガウが、感慨深く頷きながらディータの新しい身体をそんな風に形容した。だが、オレにはさっぱりわからない。
さてこれで本当に完成だ。
砂の鋳型を崩しても、完成とは言えなかった。
高温で成型した上に、比重は低いとはいえ体積は人間とほぼ同じ。
冷めるまで丸二日もかかった。
あとはディータが中に納まるだけなのだが……初めてのことで、姫様も戸惑っているようだ。
どうやって琥珀の胞体人形に入るのか、思案しながらぺちぺちと琥珀の人形を叩いている。高次元物質である彼女が触れられるので、いちおう「物質」としてディータに干渉しているわけだ。
これはこれで成功といえた。
琥珀の人形はゴーレムとしての機能は一部削られており、ディータの感覚器官に対応するように造られている。これはカタラン伯を執拗に狙っていたマイカ・ネーブナイトの旦那であるオーラ=ゴーレムを参考にした。
何度か手合わせしながら解析したところ、ゴーレムの機能が非常に簡素化されていた。とても非常に素晴らしく、ありがとうアポロニアギャスケット共和国の技術者さんと言いたい。
「で、なんで服を着せているんだい?」
「イシャン先輩なら、いつかそういうと思った」
ディータの行為を見守ろうにも見えないイシャンが、待ちきれずそんな質問をしてきた。
イシャンの指にはカレッジリングが光っている。カレッジリングは拳側が幅広く、これでもかと模様が刻まれた指輪だ。
手紙の蝋封に使用されていた指輪を起源としている。
今では学園を卒業するとき、家の紋章と学園の紋章を組み合わせた指輪を造る貴族が多い。卒業年度や収めた学科、サークル活動などを意匠に組み込み、この世に2つとない文様となっている。
イシャン先輩も学園をめでたく卒業となり、指輪を造って身に着けているようだ。
「ところでザルガラくん」
カレッジリングを眺めていたら、その視線に気が付いたイシャンが反応した。
重々しくその口が開かれる。
「全裸になるとき、この指輪は素にして原初なのだろうか?」
「それなんでオレに訊くの? 変態問題の相談役なの、オレ?」
「いや、じっと指輪を見ていたからな。君から見ても、やはり指輪は素にして原初ではないと思っていたのかと」
「芥子の実の木っ端みじん切りにも思ってねーよっ!」
イシャンとそんなどーでもいー話を会話をしていたら、するりとディータの姿が琥珀の人形に吸い込まれていった。
どうやら成功したらしい。これで問題なく動くはずだ。
ゆっくりと開かれるまぶた。琥珀の眼球に虹彩はなく、透明感があり無機質だ。感情が感じられないが、意志の輝きは見える独特な瞳だ。
しなやかに自然な動きで両手が上がる。
見ていたオレたちは、思わずおー…と声を上げてしまった。原型を作ったカルフリガウだけ、なぜか反応が薄い。おそらく動くことに驚きは感じず、とどめられた形そのものに感じいるタイプなのだろう。
『……やった。できた、動いた。……ザル様!』
あのディータが珍しく感情あらわに拳を握りしめ、喜びを全身で表し――。
「……さあ、ヨーカンを用意して。まずはつぶから!」
などと言って手近な椅子に座り、作業台をダンダンと叩いた。タルピーもそれにノッて、作業台の上に飛び乗りダンダンと跳ねる。
「だーかーらー、食う機能は無いって言ってんだろ姫さん……て、なんで脱ぐんだよ!」
「脱ぐのは当然だろう、ザルガラ君。まずはこしあんから」
「イシャン先輩には言ってないって、おい脱ぐな! あともうやめようぜ、こしつぶの話題は」
ワンピースを脱ごうとするディータを押さえていると、後ろでイシャンが脱いでいた。
「ふむ、しかしザルガラ君。真面目な話、これでふわふわと好き勝手という生き方はできなくなったぞ」
「急に真面目になったな。その切り替わりに、このオレもついていけない……。いや切り替わる前もついていけないけどさ」
「で、どうするつもりかね? 死んだはずの姫を高次元体として連れまわし、果ては各所で顕現させ、ついには新たな身体を与えた。これは一学生の身にあまることだよ」
オレも含め事情を知ったこの場のみんなが、しん――と黙り込む。オレとディータが共生していたことは、いろいろなところで様々な人にバレ始めている。この琥珀ゴーレムと共に、王城へ参じることも決定済みだ。
面倒事が山積み。だが、それでもオレはこのゴーレムを……いや、ディータの身体を作り上げた。
イシャンはその沈黙の中、言葉を続ける。
「陛下だけではない。国全体、大陸全体を相手にして、なんと申し開きをするつもりだい?」
「……別に。むしろもう一回、あの王様さん相手に文句を言いにいく理由ができて良かったと思ってるくらいだぜ」
「なっ!」
イシャンが息を呑む。周囲も騒然とした。
王に――人種の中位種を束ねる力を持つ畏れ多き存在に、文句を言うなど儀礼的にも社会的にも力的にも異例なことだ。だからみんな驚愕している。
それでもオレはあのディータの父には文句を言い足りない。
「当たり前だろ。オレは王様さんの不始末で面倒背負った身だ。だーれが『陛下の御為を』なんていうか」
オレの忠誠は形だけだ。礼儀を払うつもりはあるが、
「もう一回……といったな。文句……どんな口を利いたんだい?」
「やーい、ダメ親父ー……って言っておいた」
「はあ、その辺にはもう驚かないことにするよ。君にも家族がいるだろう――」
「その台詞を本当に同情される意味で聞くとはな」
イシャンは半歩引き下がる。畏れ多さにオレと距離を取ってしまったのだろう。
まあ、ディータが父親と感動の再会をするなら、空気を読んで黙っておいてやるが――。
「……ぎゅ」
なんか知らないが、ディータがオレに抱き着いてきた。
いくら樹脂状態に近い琥珀とはいえ、やっぱり硬い。しかしまだ冷めきっていないのか、わずかな熱を持っている。人肌よりちょっと熱い。あと重い――。
「……お父様がザル様を害するようなら、これを捨ててまたザル様に憑りつく」
「え? それはそれで面倒くさい上に、せっかく作ったソレを捨てるとか許せねぇんだけど」
「……許されなくても」
少し痛い。なんか重い。さらに重い。
「……そして一緒に高次元存在になる」
「心中かよっ!」
めちゃくちゃ重いな!
オレは物理的にも精神的にも重さを得たディータを、ぺいっと振り払う。
孤児院のガキたちから笑い出し、イシャンやワイルデューがつられて笑う。
和やかになったその時、突然とぶち壊す声が外から飛んできた。
「なら捨てて心中してくれよ、今すぐにぃっ!」
開け放たれたままの工房の裏口から、見たことない青年が飛び込んできた。
「うわぁーっ! なんでだぁーーーっ! なぜ動いているんだ! なんでキミが動いているんだ! なんでだよ!」
ディータを指さし、泣きながら叫ぶ青年。
なんだ、こいつ。と誰もが呆然だ。
流石のディータもうろたえて毅然とした態度ができず、どうしよう……という視線をオレに向ける。
オレも事情がわからないので、青年の疑問に答える。
「え? そりゃ、ゴーレムだぞ。動くように作るさ。樹脂と鉱物の間みたいなコレを動くようにするのは大変……ていうか、オマエ誰だよ。こっちがなんでだよ、だよ」
だよだよ。
しかしこの程度の説明で納得できないのか、青年はそのまま泣きわめき続けた。
この青年、見たことあるような、無いような。
「ちょっとカルフリガウさん。この人、なんかこのディータの姿になにか思うところがあるみたい……」
困ったオレは、この場にいる一番の年長者であり原型製作者であるカルフリガウに助けを求めたが、彼は自分の造ったディータの原型ポーズを変えようと関節技を決めていた。
よくわからないが、蛇がツイストするような技を決め、なぜかディータは座像に変わっていく。
なんだアレ――。
あっちはいいや。とりあえず青年に説明しよう。
「もともとコレはオレが造ったわけ……」
「みんなで」
ディータに訂正された。
「オレたちが造ったわけだし、オマエ関係ないだろ?」
こんな説明では納得できないのか、乱入者である青年はまだ泣きわめく。
面倒くさいし、不法侵入だし、縛って気絶させてとっとと官憲に突き出すか?
「まあまあ、ここは俺たちにまかせてくださいよ」
たまたまベデラツィ商会へ大型魔具搬入の仕事に来ていた白柄組たちが、どやどやと工房に入って来た。
そして手に包帯を巻いている名前も知らない白柄組が、泣き崩れている乱入者を捕まえて引き立たせる。
「おいおい、乱暴なことするなよ」
「いや、コイツね、ウチらの仕事で取り引きがあるヤツなの。そこの親方に突き返して任せるんで」
白柄組リーダーのウーヌが、安心してくれと言う。まあ白柄組も最近は乱暴狼藉もしてないし、乱入者を引き立たせた包帯のメンバーもどこか気遣う雰囲気があった。
「それなら……いいが……。いいのか?」
面倒を引き受けてくれるならそれでいい。オレはウーヌたち白柄組に、乱入者の後始末を任せた。
騒動が収まり、ワイルデューや孤児院の子供たちは後片付けや自分の作業へと戻る。
ふと振り返って見ると、自由に動けるディータがイシャンの指輪をしきりに観察していた。
「……これは………違う?」
「ディータ殿下もやはりこれは素にして原初とはいえない、と思われますか?」
全裸に一言ある2人だ。
指輪に何か思うところがあるのだろう。
しかしディータは手足だけおしゃれしていたというし、彼女からしたら指輪は身に着けておくべきと判断するはずだ。
できればディータは女の子なんだから、服をちゃんと着てほしい。オレの社会性維持のために。
「……家と自らの歩みを記したものだから、原初ではないが素。つけてていいと思う」
なにか納得したのか、ディータはイシャンの指輪から視線を外してそう言った。
姫様のお墨付きをもらい、イシャンは「ならばこれは身に着けておこう」と決意してくれた。できれば着衣を決意してほしい。
反してディータは落ち着かない様子だ。
やはりゴーレムの身体は慣れないのだろうか?
しきりに右手の動きなどを確認している。
「ディータ。どうしたんだ? 腕の調子が悪いのか?」
不具合があったのか、と訊ねるとディータは右手を摩りながら――
「……ザル様」
「なんだ?」
「……彼、指輪してた?」
「カレって?」
「……さっきの泣いてた人」
「いや……してなかったと思うが? それがなにか?」
「……なんでもない」
そう言って、なぜか右手に分厚い作業手袋を嵌めた。
「おいおい、いくらなんだからってそんな手袋はやめろって。なにかいい装飾手袋を買ってやるからさ、それは外せ」
「……感謝」
ディータはそういって、ワンピースを脱ぎながら抱き着いてきた。
なぜか分厚い作業手袋を嵌めたままで――。
* * *
「まったく、雨が止むと変なヤツがわくなぁ~」
「そうっすねー」
ウーヌが呆れてため息交じりに言うと、白柄組のメンバーが即座に同意した。
動かない人形に懸想を持つ青年を取引先に引き渡した白柄組は、帰り道に連れだって飲みに出かけた。
いきつけの酒場で料理を待ちながら、酒に軽く口をつける。以前のように浴びるような飲み方はしない。
親方や仕事の先輩たちに、酒の飲み方は徹底的に仕込まれている。
「まさかゴーレムに惚れるとか……ありえないぜ」
「動かないのがいいってなら、ゴーレムにそういう感情抱いたらいけませんよね」
白柄組のメンバーたちは、引き渡した青年の話題を酒の肴にして飲む。
笑い合う仲間たちの中で、手を怪我しているのか包帯を巻いている1人のメンバーだけ、なぜか盛り上がりに欠けていた。
右手の包帯を撫でながら、そのメンバーは弱弱しく呟く。
「動いてもいいなら、気持ちはわかるけど……」
「え? お前、わかんのかよ!」
「やべーぞ、おまえー」
少しでも理解できる素振りを見せたため、そのメンバーは仲間たちからからかわれ始めた。
仲間たちからいろいろと言われながらも包帯を撫でつつ、大人しくからかいの的として甘んじる。
そして騒ぎの中、誰にも聞こえないような小さな声を口の中で発した。
「まあ……、もうそういうわけにはいきませんし……気持ちは整理がついたから……」
仲間たちからもみくちゃにされながら、そういう彼の緩んだ包帯の隙間で指輪が光った。
これも一種のNTR回?
大変だ! 感想が荒れるぞ!
最後の白柄組メンバーは言明するつもりはありません。謎のままです。
というか白柄組って厳密には何人なんだろう。作者も謎のままです。
一見、せつなく表現してますが変態だし、ディータの手を握った彼は熱さでスーパースター的な「ポゥ」とか「ほわっちゃー」とか怪鳥音を出してのたうちまわったことでしょう。
ネタで別作品書いてましたと前書きに書きましたが、本当はリアルが多忙という理由がありました。
別作品も書いてましたが、それ以上に忙しい……。
申し訳ありませんが、週明けまで感想返しができないと思います。
ご了承下さい。更新遅れとともに重ねてお詫び申し上げます。