不和の種を蒔くアザナ
サボってました(直球)
天才アザナ・ソーハは決して負けない。
怪童ザルガラ・ポリヘドラがそれを信じていたように、公女ユスティティアも信じていた。アザナの身の怪我を心配したことこそあるが、負ける姿など想像できなかった。
幼いころから、アザナのお共をしていたア・フモセも信じていた。
ヴァリエもアリアンマリも信じていた。
先日までの愚図り勝ちな天気が嘘であったように、晴れ渡ったある日。ユスティティアは邸宅の庭で宣言する。
「アザナ様は操られていたとはいえ……彼は負けました」
衝撃を受けた者はザルガラだけではない。
アザナの取り巻きたちも、相応に影響を受けていた。
学年末の試験を終え、アリアンマリが病み上がり直後の追試で悲鳴を上げてる中、ユスティティアは恋のライバルでもある友人たちを集めてこれからの方針を決めようとしている。
「悔しいですが、私たちも意識の改革を行わなくては行けないと実感しました」
アザナを慕う仲間である3人の女性の前で、ユスティティアは忌々しい悪童の顔を思い出し拳を握る。はしたなくも歯ぎしりを立て、見守る3人は軽く身を竦めた。
「ユスティティア様、あの……意識の改革、とは?」
緊張に耐えきれなくなったフモセが問いかけると、ユスティティアはふっと力を抜いて見せた。
「……今回のことでわかったことがあります。アザナ様であっても数を相手にすれば不利となることです。いえ、当然といえば当然ですが」
「負ける姿が想像できませんでしたからね……」
はあ、とため息をつきながらヴァリエは同意する。
落胆しているわけではない。
アザナがザルガラに負けたから、意気消沈しているわけでもない。
自分たちがただの取り巻きであり、アザナの隣りに立つ仲間でなかったことを悔いているのだ。
現在のユスティティアは、ザルガラに対して一種の敬意を抱いていた。
単純に勝つ。などというそんなことに縛られず、いざアザナの窮地に置いては教師陣の協力を得て、最悪を回避し、即興で友人の手助けすら得られる。
そんな万全を期す対応と粗野ながら人望ある姿に、認めなくはないが感服していた。
彼ならばいつか、単独でアザナに勝ってしまうのでは――?
先日の事件は、ユスティティアに初めてそんな考えを抱かせた。
そして何より、大きな懸念。
愛するアザナが凶悪な敵の数や策で後れを取り、万が一のことがあるのでは――。という不安を彼女たちに抱かせた。
「私もこうしてはいられません。魔法の腕を磨くのはもちろんですが、アザナ様の隣りに立つことを……たとえ庇われて後ろに立つことになろうとも……、足手まといから抜け出すだけでなく、助力できる魔法使いにならなければと思いました。そのためにも、お父様の許可を得ていくつかの独式魔法を、あなた方に公開するつもりです」
ユスティティアの決意。これを聞いてフモセとヴァリエは互いの目を見て頷き合う。
「アザナ様の魔具の使用法やコツ。わたしは……その点をみなさんに教えることができます」
「そうですね、わたしは……近接戦闘ならば、アザナ様にも引けを取らないと思いますよ。組み手と指導くらいなら……」
2人はそれぞれ長所を持っている。特にフモセは唯一の長所と言っていい。それをみんなに教えると申し出た。ヴァリエは伝授に乗り気ではないが、これは技術の秘匿というより女の子相手に怪我させてしまわないかという心配だ。
「あの、ちょっと話の腰を折っていいですか?」
いままで静かにしていたアリアンマリが、ノートと教科書から顔を上げ挙手して訊ねる。
「どうしました?」
「あー、あのね。まずはあたしの追試が先かなぁ……って」
「そ、それもそうですわね」
アリアンマリは古来種に身体を乗っ取られ、体調を優先して自宅療養していた。追試では得意の実技加点が望めず、座学がいまいちであるアリアンマリの成績は赤点の危険水域である。
最近、よく本を読んでいたアリアンマリだったが、それは精神を乗っ取られていた古来種の趣向であった。勤勉になったのではなく、古来種の行動だったというわけである。
乗っ取られた期間中の記憶は共有しているが、ひどくあいまいであり勉学の吸収はまったくというほどできていない。
「ま、まずはアリアンマリの勉強を優先しましょう」
提案を受けたユスティティアは、決意を横に置いてまずは目先の問題を解決させることにした。
3人は自習も兼ねて、座学の苦手なアリアンマリに勉強を教え始めた。
やがて集中力が切れかけるころ、フモセは荷物の中から菓子の入った箱を取り出す。
「そろそろ甘い物が必要かと思いますので……。アザナ様のアイデアで作られたこちらのお菓子など、いかがでしょうか?」
アザナ提案の菓子。そう聞けばみんな盛り上がるはずだった。
しかし箱から取り出されたモノを見て、3人は顔をひきつらせた。
「……なんです、の? それ」
黒光りする立方体。
そう表現するほかないソレを、「おひとつどうぞ」と言わたからと食べる者はいない。
皿に切り分けられ、並べられるそれはとても食べ物……ましてや菓子などと呼べないシロモノだ。
「美味しいんですよ、このヨーカンって」
フモセは大丈夫ですよ、黒い立方体……ヨーカンを強く薦めた。
この黒い悪魔が後に大きな騒動を引き起こすなど、露にも思わず――――。
* * *
オレは困惑していた。
二度目の人生を送る上で、いくつか予想外のことがどうしてもある。
前の人生で見なかった光景を見ると、すべてオレが原因ではないかと疑う。
今まさに、その現象が起きていた。
まさかコレもオレのせいなのか?
「ぜぇったい絶対に、こしあんですわ」
「つぶです、つぶあんです!」
「こーしっ! こーしっ! こーしーーーっ! こしったらこしーーーっ!」
「あ、あの落ち着いてください……ど、どちらもありますから」
アザナの取り巻き4人が、真っ二つに分かれてケンカをしていた。いや、フモセは仲を取り持とうとしている。どっちつかずながらも、どちらかに肩入れしたいという様子が見え、それが仲裁の妨げになっているようだ。
全員が仲良しこよしってわけじゃないが、あの4人が争う姿など前回の人生では見たことなかった。
予想外の光景である。
「お、おいどうしたんだアイツら?」
オレは何か知らないかと、親友ペランドーに訊ねた。
「これは……アレだね」
「アレですねぇ」
ペランドーだけでなく、不審者ヨーヨーもいた。いつの間にいた?
2人は顔を見合わせ、何かを知っている素振りを見せる。
「アレ……ってなんだ?」
どうもオレがいろいろ思い悩んでいる間に、彼女たちの間に問題が起きたようだ。それが何かと尋ねたら――。
「コレです」
「コレですね」
黒い立方体を差し出された。
コレと言いつつ木材を薄く剥いだ包みから取り出されたソレは、真っ黒な立方体であった。
ソレが2つ……、ペランドーとヨーヨーから1つずつ差し出される。
「な、なんだコレ?」
コレがなんなのか、見当もつかない。ソレを指さし尋ねる。
「ヨーカンです」
「美味しいですよ、ザルガラさま」
「お、美味しい? 食い物なのかよ、これ」
なんか炭団みたいんだけど?
消し炭を油で固めた物とかじゃないよね?
さきほどまでふわふわ空を漂っていたディータも、興味を示して眉をひそめながらソレをつつく。触れられないディータの指では、硬さなどをうかがうことができなかった。
「さあ、食べてみて」
「さあ……さあっ! かぶりついてみてっ!」
眼前へ強引に差し出される黒い立方体。これほどまで立方体が不気味に思えたことがあっただろうか?
……ところでヨーヨーとペランドーは、菓子を薦めるという同じ行動をしているのに、どこか反目しているように見えた
ま、まあいいか。
まずはペランドーの差し出した黒いブツを受け取り……う、なんか柔らかい、ベタベタする……これ素手で食べるモノじゃないだろ。そして恐る恐るかじってみた。
「こ、これは!」
そのとき味蕾から脳天へ衝撃が駆け上る!
「なんて濃厚な甘み! それでいて呑みこめばさっと喉から落ちて、口に残らない! さらにこの柔らかさを頬張ったままにすれば、いつまでも上品な甘みを味わえる。糖分が染みわたり、ガツンと疲れた脳を健康的に叩き起こすこの強烈な甘みッ! 一口でこれなら緊急時の栄養補給にもイケるな! そうだ、徹夜作業や勉強のお供にもなる! それにこの加工方法……おそらく保存性も高い!」
「さ、ささ、ザルガラ様。こちらも一口」
感激し解説していたら、ヨーヨーが黒い立方体……ヨーカンを差し出してくる。
なんだ、こっちは違う味なのか?
突きだされたヨーカンを一口かじる。
「……む、これは。二口目だから衝撃は減ったが、風味に緩急があるな……。なるほど、つぶつぶがあるが材料が完全にすりつぶされてないのか。……さっきのは濃い甘みと風味がスルッと口に広がるが、こちらはこちらでより風味と甘みに上下があって、なんか食べているって感じするな、もぐもぐ……って、こらヨーヨー! 食いかけを舐めるな、しゃぶるな!」
ヨーカンの余韻に浸っていたら、目の前でヨーヨーがぺろぺろと食いかけヨーカンを舐め始め、ついにはむしゃぶりはじめた姿を見てオレは慌てた。
もう間接キスどころじゃねーな、ソレ。
人目を考えろよ、オマエは女だろ、一応!
「ねえ、それでザルガラくんはどっちが好き?」
……どっちって?
ペランドーに訊ねられ、オレは目を閉じて味を思い出し吟味する。
「そうだなぁ。どっちかっていえばこっちのつぶあ……」
「裏切るの?」
ペランドーの声が冷たい。
「い、いや、やっぱりこのこしあ……」
「男が一度決めた選んだ相手を変える。浮気ですか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
オレが言を翻すと、ヨーヨーが責めよって圧力をかけてきた。
「ザルガラくん……友達だと思ってたけど……」
「1つを選べないとは幻滅しました。考えなおしましょう」
「え、なんでオマエらそんな怖いの? 友情という概念を人質にするなよ……。あ、婚約の話は考え直していいぞ」
「ああん、それはダメぇ」
「お、おい止め……ヨーヨー待て、ヨーカン持ったまま縋りつくな、コラッ! ……って、つぶとこし?」
ヨーカン持ったヨーヨーを追い払おうと、振り回していたらふと気が付いた。
「ユスティティアたちは『つぶ』とか『こし』とか言ってたが、もしかしてアザナの取り巻きたちがもめてるのって、このヨーカンのやつのせいか?」
ユスティティアとアリアンマリが『こし派』で、ヴァリエが『つぶ派』ってところか。
ペランドーとヨーヨーも反目しあってるようだが……たかが菓子の1つでなんてことだ。
「く、くだらねぇ……」
「くだらないとはなんですか!」
「それはないよ、ザルガラくん!」
うわぁ、なんか面倒くせぇことになってきてるぞコレ……。
* * *
オレが初めてヨーカンを経験したその日から数日後――。
あっという間に、学園内は真っ二つに分かれていた。
なにがって?
そりゃ決まってるだろ……。
「なにを言っているのかね、君!」
朝、正門を潜ったその場で、モルティー教頭が同僚の髪の長い教頭を怒鳴りつけていた。
「ヨーカンはこしあん、こしあんだ! つぶあ~ん? あれなど授業中に、ふと気が付いたら口の中に残っていて気になってしかたない邪魔ものだ! その点、こしあんは芳醇な香りが万遍なく広がり、そしてスッと消える……。だがはかなくも消えつつ、甘みはしっかりと身体に残り血肉を癒してくれる……。これがなぜわからん」
筋肉を震わせ、モルティー教頭が叫ぶ。
対して髪の長い教頭も負けていない。邪魔そうな前髪を払って応える。
「ふ、わかってませんね。絶妙な手加減を加えられたつぶあん。素材が豆であると知らしめてくれるのです。あの残った風味がわからぬようでは、いずれ素材への感謝を忘れてしまうでしょう」
「そんな不確かな概念などいらぬ!」
モルティー教頭の筋肉が膨れ、その衝撃が長髪教頭の前髪を揺らす。
「ふ……そこまでつぶあんを否定するならば、こちらにも考えがある」
「お、なんだ?」
「長いこと犬耳と猫耳もありかな、と思ってたが金輪際だッ!」
「な、なんだとぅっ! それとこれは別だろうっ!」
なにを争っているのだろうか?
つぶとこしの趣向から、違う趣向の場外乱闘になってるな、アレ。
教育者のあるまじき姿に呆れ、そっぽを向いてみると……。
「絶対、ぜぇったいにつぶあんです!」
「つーぶ、つーぶ、つぶーぅっ!」
「つぶですね。他はないです」
なにがあったのか、ユスティティアとアリアンマリが『つぶ派』に寝返ったようだ。
たしかこの間は、絶対に『こし』だと言ってたよね、公女様。まったくユスティティアの絶対は信用ならねぇな。
アリアンマリは連呼するだけで、どうにも知能下がってるように見える。
「ざっ……けんなぁっ! ヨーカンはこし! こしあんに決まってんだろ! こしあんになるまでいわすぞぉコラァ!」
孤軍奮闘するフモセはなんかキャラが変わってる。そんな蟹股で地団駄踏んで誰だよ、オマエ……。オレだってそんないっぱいいっぱいな顔で叫ばねぇよ……
見れば学園のあちらこちらで、つぶ派とこし派が反目しあっていた。
好みのヨーカンを崇め称える横断幕に、互いを貶めるビラの吹雪。あらたな『つぶ派』の立ち上げと、団員を募集する立て看板。こしあん普及委員会支部とか看板を掲げているバラックが、こしあん分系秘匿伝承派の襲撃で崩壊して残骸を晒している。支部って本部あるのかよ……。
ひどい……なんてひどい状況なんだ。
ヨーカンの原材料は、ある豆だという。豆ということは種子であることには違いない。
だれだ、こんな毒豆の種を蒔いた悪魔は?
やるせない気持ちを抱いて、ぶつけたい文句を噛みしめていたら――。
「やめるんだ、君たち!」
醜い争いを止めるため、イシャンたち素衣原初研究会が立ち上がった。全裸で!
颯爽と全裸で!
ちゅうもくどは、ばつぐんだ。
「君たちは間違っている! 現象に捕らわれすぎているんだ! 製法は違えど、元を正せば同じ材料のヨーカン! そこに何も違いはないではないか! 学徒である我々、そして先達である教師のみなさんは、世界の本質をみることを忘れてはならない!」
おお、イシャンがまともなことを言っている。まさか、全裸が一番の良識派? だったとは。
だが、学園長の銅像の上に立って語るのはやめようぜ。いくらいるかいないかわからないような学園長とはいえ……それはひどい。
まあそこは普段、タルピーが踊ってる場所なのでオレも強く言えないが……。お気に入りの踊り場を全裸に取られ、タルピーが悔しがっているが今は譲ってやれ。
あの全裸たちは、この騒動を収集しようと頑張っているんだから――。
しかし全裸の声は届かない。
反目しあう生徒と教師たちは、そろって融和派全裸組に罵声を浴びせかける。
「うるせぇっ!」
「どうせ、ヨーカンの黒さが局部修正に最適だとか言うんだろ!」
「そんなことはしないっ!」
「……多分」
「おい! あいつらのだれかが1人、多分とかいったぞ!」
「マジかよ、ありえねぇっ!」
「食べ物を粗末にするな!」
「第一、なにひとつ解決策提案がねーぞ!」
「このやろう! つぶあん食わせんぞ!」
「ま、まて! できればこしあんを……」
「偉そうなこと言って、結局こしあん派か!?」
「殴っちゃれ、殴っちゃれっ!」
「あっ! アイツつぶあんヨーカンを武器にしてるぞ!」
「ちくしょう! つぶあんであんなモノを叩きやがってっ! 許さねぇっ!」
だが、はんかんが、おおきかった
『……みなさん、争いはやめなさい!』
不意にディータが顕現し、その魅力あふれる姿……滑らかな全裸を晒して輝き浮かび上がった。
ちゅうもくどは、イシャンたちとちがういみで、ばつぐんだ。
中位種の管理者として、古来種の手で与えられた魅力の遺伝子が、こしとつぶで争う醜い人々の膝をつかせた。
いったいどんな沙汰を下そうというのか。
こんな下らないことに、沙汰を下すとか王族暇すぎんだろ。
だがしかし、この状況が権威によって収まるならそれはそれでよい。強権発動を甘受し、オレは一歩引きさがる。
オレは見守り、みながやんごとなき方の肌を畏れ敬い、頭を下げる中……ディータは大きく口を開いて畏き言葉を宣う。
『……ぶっちゃけ、食べたくても食べられない私が除け者にされてて、なんかムカつく!』
ただの我がままだった。
ぜんぜん、宣っていなかった。
『私にも食べさせて! ザル様!』
「ちょ、オレに振るな!」
身体を失ったとはいえ、古来種の裏打ちされた力を持つ王族。オレに話を振ったら、ややこしいことになるだろ!
「やあ、ザルガラくん。キミのお姫様だろ? なんとかならないのかね?」
つぶとこしのヨーカンで叩かれ、黒くべたべたに汚れたイシャンが、ディータに畏れいることなく全裸でオレに歩み寄る。なんだかんだ大物だな、オマエ……。
「え? オレがなんとかすんの?」
「ほら……こう……食事のできる代替肉体のゴーレムとか……」
『そう、それ! 作って、ザル様!』
「まだ普通の入れ物ゴーレムも完成してねーのに、無意味で無茶苦茶な要求が来たな!」
『……チッ。ザル様、使えねぇ』
お姫様、ややキレである。
王族としてしちゃいけねぇ顔だぞ、それ……。
* * *
人は飽きやすい。
人は忘却という特権を持っている。
あれほど学園を……いや、王国を荒ませた【こしつぶ戦争】は、流行り廃りという有り触れた時間の力によって終結した。
長く続くと思われた徒労の闘争は、思い出してみればあっという間に弾けて消えた泡沫の喧騒であった。
オレたちは進学し、エンディアンネス魔法学園は新入生を迎え、【こしつぶ戦争】などなかったという学園生活を押し付けてくる。
もう終わった。
終わったんだなぁ。
『……ヨーカン』
ディータはまだヨーカンを口にできていない。
あのね、無理だから。食事のできるゴーレムとか。
騒動の余韻もキレイさっぱりなくなった学園の一角。
日陰が心地よさそうな芝生の上で、アザナが本を読みながら何かを食べていた。
……どうやらヨーカンではないらしい。
よかった。
アレは危険な物として、人前で食べる存在ではなくなった。隠れて食べる趣味の物。そういう物となった。
アザナはあの騒動に関わっていなかったが、つぶ派だろうか、こし派だろうか?
いやいや、そんなことを考えては不和の種だ。
忘れよう。
忘却は特権だ。
「よう、アザナ。何食ってるんだ?」
何事もなかった。
そういう気持ちで、オレはアザナに声をかけた。
「あ、ザルガラ先輩! おひとつでどうですか? 新作ですよ!」
アザナはいつもの人懐っこい笑顔を見せ、小さな菓子をオレの眼前に差し出した。
手に取ろうとすると、ふいっと菓子を逸らすアザナ。
「ダメです。はい、あーん」
「――え?」
そういう食べ方しないとダメな感じ?
慌てて周囲を見回すが、ディータとタルピーの目しかない。
大丈夫だ。よし、誰もいない――。
いやいやいや、ディータとタルピーがいるだろ!
しっかりしろ、オレ!
どうかしてるぞ、オレ!
などと動揺していたら、差し出された菓子が無理矢理にぐりぐりと口へ押し付けられる。
「はい、あーん」
ぐりぐりぐり……。
……あのなぁ、ちょっと待てよ、アザナ。堪え性も雰囲気もなにもないな。
雰囲気?
オレは余計なことを考えてしまった、と諦めの境地を持って差し出された菓子を口に入れた。
ちょっとアザナの指が唇に触れたような気がするが気のせいだ。
『うひゃほう、キタコレ! 友情以上有情欲情っ!』
うるさいディータ。
しかし……これは……ふむ。
小さい菓子ながらなかなかの味だ。黒い悪魔のヨーカンに比べ一口のインパクトはないが、いつまでも飽きない味……といって差し支えない。
なんだかんだ言って、黒い悪魔ヨーカンは重くてちょっと続けて食べるには向かない菓子だった。
それに比べ、この菓子はなんと軽快な味か。
さくさくとつぎつぎにパクパクとイケる。
もっと欲しいな……。
オレは口寂しく、アザナの指先を見――。
い、いやいやいや待て待て。自分の手で美味しい菓子を食いたいわけであって、決してアザナの手で……って意味じゃねーぞ。
「……チョコとビスケットの組み合わせか。うまいな。味もいいが、この面白い形と一口サイズってのがまた食欲を誘う。こりゃ売れるぞ」
素直な感想が口に出た。唇の感触は忘れよう、うん。
菓子について褒められ、アザナのただでさえ明るい笑顔がさらにパッと輝いた。
そしてすぐさま解説が始まる。
「美味しいですか? 美味しいでしょ? そうでしょ? これはですねぇ、チョコのところはきのこの笠で、石突きはビスケットなんですよ。それからこっちは南方にある竹という植物の未生を模した……」
番外編開始です。
き〇ことたけ〇こをばらまく感じで、毒麦の種を〇くサタン的な挿絵を描こうと思ったのですが問題ありそうなのでやめました。