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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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高い高い頂点があれば、接する長い長い辺がある

 オレはアザナを信じていた。 


 アイツは絶対に負けないと。


 10年先を行く2度目のオレを、アザナなら負かしてくれると信じてた。


 それがどうだ?

 【空間跳躍】を覚え、それをアザナにひけらかさなかったせいで一手上を取り、あんまり役に立たなかったとはいえ上位種たちや教頭たちと共闘して、強者であり弱点でもあるマダンを攻撃して、ペランドーに助けられ勝ってしまった。

 たったそれだけで勝ってしまった。

 たったそれだけだぜ……。


 そもそも、なぜオレはアザナに戦いを挑んできたのか?


 それは化け物であることを、否定してもらうためだ。

 間違ってもオレはアイツに勝ってはいけない。勝ったらオレは一歩先に行ってしまう。

 もしもアザナが躓いて、そのままそこで立ち往生してしまったら?


 そこからオレが一歩も二歩も進んでしまったら、いったいどうなってしまう。


 ズワッ――――と身の毛のよだつ風が、ありえないことに掲示板から吹き付けてくる。まるで防御魔胞体陣無しに、【王者の行進】で前へ突き進んでしまった感覚だ。

 風景が、人が、光が、すべてが後ろへと流れていく錯覚を味わう。


 掲示板周りに集まっていた学生たちの声が遠ざかる。

 掲示板の周囲が静かになった。

 みんな逃げたのか?

 いつの間に?

 オレの後ろには、もう誰もいないのか?

 あっという間にみんないなくなったのか?


 おいおい、冗談だろ――みんなどこに行った? 


 振り返ったら、誰もいない……何も無いとか勘弁してくれよ。


 オレの背中に追いつくヤツがいないってことかよ……。

 じゃあ、あのアザナさえも……追い抜いて置き去りにした時にはどうなる。


 そこは誰もいない。


 真っ暗だ。前には誰もいない。

 10歳までのオレが見ていたなんにもない景色が、また……またそこに――。


「ザルガラくん!」


 明るい声が背へかかり、ぷにっと柔らかい手がオレの肩に乗った。


 振り返った。

 アザナだけ追いかけて、振り返ったことなど今まで一度もなかったオレが振り返った。

 真っ暗なそこに――。

 

 ペランドーがいた。


 ヨーヨーがいて、イシャンがいて、コリンとローリンがいて、ワイルデューとテューキーと、ユスティティアを筆頭にフモセとヴァリエがいた。

 お互いが微妙な距離をとりつつも、オレの後ろに……いてくれた。

 そして急速に光が戻り、いつもの廊下が視界に入ってくる。

 

 オレはここに居たし、みんながそこに居てくれた。


「ふふ~ん、ザルガラくん! これ見てよ、見て!」

 肩を掴んでいたペランドーが紙切れを――答案用紙を見せつける。

 

「見てよ! 満点だよ! たしかザルガラくんは2つ間違えたって言ってたよね!」

「あ、ああ……」

 そうだ、オレは確かに間違えた。投影胞体陣を描くときに工程を飛ばすため利用するフーリエ変換。これの解答欄を書き間違えるというつまらないミスをした。

 ぼんやりしていたとはいえ、試験としては……つまり学園からの評価としたらオレの負け。点数だけを客観視したら負けだ。


 負けた。

 オレはペランドーに負けた。

 いつか勝つと言ったヤツに負けた。

 一科目とはいえ、宣言通りペランドーに負けた!


「あ……ああっ! あーっ! オレは負けたのか!」

「なんで嬉しそうなのっ! ザルガラくん!」

 悔しがると思っていたのだろう。うれしくて思わず笑ってしまった敗者に対して、勝者ペランドーが不満の声を上げた。

 悪い悪い、ここは悔しがらないといけないよな、せっかくの大勝利なんだから。敗者は悔しがって素直に引き下がる。それが礼儀ってもんだ。


「君ともあろうものが、そんなミスをするとはね。これは珍しいことがあったものだ」

 イシャンが胸をはだけつつ鼻で笑う。だが嫌味は感じられない。それ以上脱いだら嫌悪を感じるが。

 そんな彼の成績は、実技でクラメル兄妹に負けて三位に落ちている。

 気にしている様子は感じられない。どこまでもマイペースなヤツだ。


「……はぁはぁ。ザルガラ様が負けて、ペランドーくんがまさかの攻めに昇格……」

 視界の端から端へ、ふらふらと興奮する女がよぎった。恍惚とした顔が気持ち悪い。

 うるさい黙れ、この不審者通ります(ヨーヨー)


「まったくなんだこのザルガラの点数は! なんて加点だ! この採点方式は是正せねばならんだろう」

「お兄様。その加点のおかげで私たちは首席と次席なのですが」

「うむ、そうだな! よいぞよいぞ加点採点法」

 妹の一言で瞬間手のひら返しを見せつけるコリン。一歩引いて冷静なローリン。

 2人は成績を上げつつ首席次席に返り咲いた。

 なんとまあ嬉しそうなこと。


「ふーん、まあまあねぇ」

「おぬし、大したことしておらんだろう……」

 率先して課題を済ませない癖に、誰かを利用したりこき使ったりいいところをいただいたりして、うまく成績を上げて30位ぎりぎりをキープするテューキーに、あきれ顔の堅実派ワイルデューが突っ込む。

 ドワーフの彼は魔作科で首席を取った。去年は5位だったので、大躍進である。しかし実技で加点が望めないため、学年では30位に入っていない。


 さて……ちょっと離れたところにいた取り巻き3人娘……アリアンマリはまだ自宅療養中……の中からユスティティアが歩み出て複雑な表情でオレに頭を下げた。


「貴方がアザナ様に怪我を負わせたおかげで、私が一回生の首席になってしまいましたわ」

「頭を下げたのは、おこぼれ首席のお礼か」

「まさか! ですが礼を言わなくてはいけませんわね……。貴方のおかげでアザナ様はいくつも救われました……。あの時はひどいことを言ってしまいました……わたくしの短慮をお許しください」

 学園への働きかけや、アザナ=マダンの行動を止めたことを言っているのだろう。それから口喧嘩のことを。

 いやいいぜ。オレと口だけとはいえケンカしてくれるのは、たぶんオマエだけだし。

 結構、嬉しかったからさ。


「じゃあ礼は、あとでエッジファセット家の独式の一つでも教えてくれればいいぞ」

「っ! ……え、ええ。我が家ならば独式の一つくらいなら構いませんわ!」

 強がる公爵姫がとても愛らしくみえた。初めてユスティティアをそんな風に見ることができた。

 フモセが恐縮し、ヴァリエがほっと肩から力を抜いた。


 そんなみんなを見てオレは悟る。


 そうだ、オレがを造ればいいんじゃないか。

 ここにいるみんなを、オレが引っ張っていけばいい。足の遅いヤツだって、うまく誘導すればたどり着くはずだ。もしもアザナがつまずいたら、手を取って助けてやればいいだけじゃないか。

 なんでこんなことに気が付かなかったんだ、オレは……。

 先駆けが怖いなら、みんなと一緒に突っ走ればいい!


 なんで他人の庭で遊んで、人さまの屋敷でくつろぐような考えをしていたんだ?

 オレが突っ走ってたどり着いた場所に、友達たちを招けばいいだけの話だ。オレがアザナの場所にこだわる必要ない。 


 安堵するオレの肩に、ディータが圧し掛かってきた。


『……憑いて離れられない、私たちまで見えてなかったら怖かった。……おかえり、ザル様』

『たりらりら~……え? なに?』

 ディータが無表情で心配していた、などと言った。信じられん。

 タルピーはよくわかって無いようで、ずっと踊っていた。信じられん。

 

 でも、悪かった。

 心配させて悪かったなディータ。

 タルピーは……もうそれでいいよ。踊りを見てるだけで落ち着いてくる。相棒は揺らめいて、そこにいてくれればいい。

 オレも精神が参っていたようだ。オマエたちが見えなくなるなんて、本当にどうかしてた。


 そうだよ、一週目とオレは違って1人じゃないんだ。


『……でもこの状態、とても1人と言えないから早く造って。身体』

 そりゃそうだけどさぁ。

 ほんと、マイペースだよね、姫さま。


 オレは生まれて初めて、安心から笑ってしまった。



   *   *   *




 エンディアンネス魔法学園の正門前に、1人の新入生がたどり着いた。

 期待に胸踊り、スキップを抑えて歩むその新入生は、万感の思いで歴史ある学び舎を見上げた。

 歳が二桁に積もらぬ新入生は、不安もあったがそれ以上に喜びがあった。


 才知に溢れ、家柄もあり、なおかつ欠点などないと自負するその新入生は、魔法使いの頂点を目指す子供である。

 自惚れではない。この新入生の実力には裏打ちがある。

 貴族連合盟主の家に生まれ、あらゆる逆境が降りかかってきたが、幼いにも関わらず1人でその困難を乗り越えた。


 巷ではこの魔法学園に次世代の英雄とか、1万年に1人の天才などと呼ばれる学生がいるなどと噂になっている。


 だが新入生は恐れない。惑わされない。立ち止まらない。


 魔法学園に圧倒されているのか、周囲の有象無象は立ち止まっている。だが、この新入生は止まらない。

 

 これはなんども踏み出してきた大いなる一歩の一つに過ぎない……と、小さな新入生は自信あふれる足を魔法学園の敷地へとドンッ!!


 ッ――!?

 爆音とともに突如、吹き飛ぶ新入生!


 何が起こったかもわからず、空中で立方体陣を操作して足掻き体勢を整えドドンッ!!


 再び吹き飛ぶ新入生!

 今度は何度も吹き飛ばされ、ありえない高さまで舞い上がる!

 白い雲が新入生の視界を奪った。

 なにも見えない――が、誰かがいた。


「せ、先輩先輩、先輩ッ! ダメです! だれかを巻き込んでます! ストップ、中止、タイム!」

 天使の声が聞こえてきた。

 声の主は新入生を雲の中で優しく抱き止め、どこかにいる誰かに訴える。

 哀れな被害者を助けた人は、とても愛らしい銀髪の少女……少年? 

 その美しく中性的な姿を見て、新入生は伝説にある空の国まで吹き飛んだのかと錯覚してしまった。


「ああんっ!? この反発魔法は防御陣に反応するもんだぞ。ここまで吹き飛ぶまでに、普通のヤツなら防御陣がすべて吹き飛んで、今頃はシャボン玉みたいに、ずっと下の方でふわふわしてるはずだ」

 厚く白い雲の向こうから、ガラガラ声が飛んでくる。

 新入生は悪魔かなにかがいるのかと思った。

 そこから問答無用、と飛んでくる魔力弾。


「ひっ!」

 思わず新入生は身を竦めた。

 この状況で魔力弾を受けて気を失えば墜落死だ。


「待って、本当にいます! ここにいます!」

 新入生を抱きかかえたままで、天使が光を振りまきながら飛びまわり魔力弾を回避する。さらに黒い見慣れない魔力弾が脇から迫るが、新入生が気が付いたころには天使の片手でペチンと叩き落とされてしまった。


「ぺ、ぺちん……って」

 魔力弾を素手で叩き落とす、などという常識外れの光景を見て開いた口がふさがらない。

 新入生は何が起きているかもわからず、呆然とするほかなかった。


「あー、声が聞こえるな。マジで誰かいるのか」

 怒気をどこかへと散らしたガラガラ声が迫ってくる。


「お、新入生か」

 白い雲をかき分け、ボサボサ頭のギラギラ眼でギザギザ歯のトカゲ顔が現れた。


「ひっ!」

 新入生はその顔を見て、再び悲鳴を上げる。


「この新入生……。失礼なヤツだなぁ」

「新入生を吹き飛ばすほうが失礼だと思いますけど? あとザルガラ先輩の凶悪顔は初対面に失礼だし」

「ほんとアザナの性格は失礼だな!」

 今の今まで危険な戦いを繰り広げていたはずなのに、天使と悪魔は和気あいあいとした雰囲気で会話を始めた。

 

「しかし驚いたな。あれだけの爆破反発魔法を喰らって、途中で脱落しない新入生がいるとは……フヘヘ。ようこそ、エンディアンネス魔法学園へ。ここまで来れるようなヤツなら大歓迎だ」

 獲物を見つけたように嬉しそうな顔を見せる悪魔……。新入生は今までの自信はどこへやら。

 身を竦めて天使へとすがった。


「いつまで抱き着いてんだよ。オマエなら飛べんだろ? 新入生!」

 悪魔は天使から新入生を引き剥がす。

 そして、それはそれは嬉しそうな表情で、哀れな新入生をポーンと上へと放り投げた。


「もっともっと高い高ーい、をしてやって、このオレがさらなる高みへとオマエを連れて行ってやるぜっ!」


第5章 終了です

次回からいくつから短編入りますが、時間が経過してちょっと成長します。

これからも当作品を応援お願いいたします。

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