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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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だれもかれもが勘違い

  

 ……勝ったのか?


 オレはアザナに勝った、のか?

 アレで勝ったと言えるのか?

 アレは勝ったうちに入るのか?


 小さな下級生も、ガタイの大きい上級生も、皆がオレの前から退いていく学園の廊下を歩きながら、頭上のお姫様に問いかける。

 なあ、ディータ……どう思う?


『……勝ったと思う』

 ふわり、と逆さになったディータの顔がオレの眼前を右から左に横切って行った。

 ディータもそう思うか。

 やっぱりそうなのか。

 アレは勝利なのか。


 なあ、タルピーはそこらへんを上位種としてどう思う?


『たりらりら~…………ザルガラさま、なにかいった?』

 ……あ、いやなんでもない。


 両肩を行きかい踊るタルピーをそのままに、オレは学園の廊下をさまよう。誰も彼もがオレを避ける廊下を、次の授業まで時間つぶしに歩き回る。

 そしてまた自問をする。


 そりゃ確かにいろいろいい条件がそろっていた。 

 怪我人とはいえ教頭たちがいたし、上位種たちもあまり役に立たなかったとはいえそろい踏み。ペランドーのアシストもあったし、マダン相手にはアザナの助言もあった。

 オレは勝ったのか?


 一連のマダン騒動以来、オレはそんな事ばかりと考えていた。学年末の試験にも身が入らず、いくつかの問題を間違ったような気がする。そもそも問題をよく覚えていない。目に入ったから解いた。実技は言われたからやった。

 それだけだ。


 あの騒動は巷で『再来事件(リ:ストレンジャー)』と呼ばれ、古来種の再来はマダンの拡散と魔物への代入を持って解決した。


 ローリンを負傷させ、コリンとアリアンマリを乗っ取った古来種たちは、【交信会】の発表により高次元世界からの逐電した者……平たくいえば犯罪者として発表された。

 なんでも正当な理由なく低次元世界へ降りることは禁じられているらしい。


 そんな古来種たちの取り決め(ルール)を、この世界の住人は誰も知らなかった。

 エウクレイデス王はもちろん、国家の重鎮も歴史学者も宗教家もだ。

 そのため古来種の対話を独占している【交信会】が、勝手に都合のいい発表しているのではと騒がれたほどだった。


 しかし、古来種の探求を旨とする【研究会】の資料により、この地を去る時に不干渉の提示をしていたことが後追いで証明された。

 文化を復古しようとする【回顧会】も、「そういえばそんなこと言ってたような気がする、という話をきいた」という、あまり役に立たない説明をして【交信会】の信用へ僅かばかり寄与した。


 一方、学園で暴れたマダンは勇者や駆逐者として認識されず、古来種の残した魔法生物と判断された。アザナはその被害者だ。

 つまりオレは不逞ふてい古来種の犯罪行為を、身体を張って解決したということになる。世間ではそうなった。

 オレに否定する手段もないし、深く事情を知っている騎士団長やら騎士大隊長やら、アリアンマリの祖父であるルジャンドル中央官は世間の認識をそのまま利用した。たぶん、そのほうが都合が良かったからだろう。

 結局のところ古来種たちは、ガキのオレに完膚なきまでやりこめられた。そういうことになった。


 オレの評価が上がったり、古来種の評価が下がったり、経済や【交信会】の権威が落ちて、エンディアンネス魔法学園の評判が浮上したりして、とにかく【再来事件(リ:ストレンジャー)】は王国内の価値観が変わるきっかけとなった。


 価値観の一変。

 王国内はその状況についていけないでいる。

 古来種の権威を取り戻そうと必死な人たちがいる一方で、旧来の価値観からの脱却や各人種の自立を訴える者まで現れ始めている。


 そんな社会情勢の中で、オレは1人で困惑していた。


「……勝ったのか?」

 何度目かわからない独り言。ディータが心配そうにしてくれるが、それに構っていられる状況ではない。


 あの事件以来、学園もなにかと大変だ。

 アザナは魔法で治療を受けたとはいえ、出血でかなり消耗していた。そのまま自宅療養となり、面会もできていない。

 合わせる顔もないが――。


 5人の教頭はそのまま治療院送りとなり、さらには騎士団や巡回局への事情説明、さらに学園では学年最後の試験まであり、教師たちはてんてこ舞いでひーひーと悲鳴を上げていた。


 さて――状況を振り返って見て、やはりオレはアザナに勝ったのか?


 学年末の試験も終わって学生たちが羽を伸ばし、教師たちが後始末で疲れ果てる中、オレは自分の勝利を疑っていた。

 なぜ疑う必要があるのか?

 どうして勝ったとオレが認めたくないのか?

 わからない……。


 ――悩み歩き続けるなかでふと前を見たら、そこには賑やかな人だかりがあった。

 オレの視線に気が付いたのか、学生たちは道を開ける。

 人垣が割れたその先に、今の今まで学生たちから注目を浴びていた掲示板が姿を現す。


「ああ、そうか……。試験の結果発表か……」

 せっかくみんなが道を開けてくれたんだ。ちょっと見ていこう。

 オレは張り出された試験結果を、当然のように上位から眺めた。


 燦然と輝くオレの点数と順位。実技の加算もあって2位以下を突き放している。

 一方、一年の試験結果のトップにアザナの名前はない。順位は30位まで書かれているが、そのどこにもアザナの名前はない。間違って3年や4年や5年にでも書かれるか?

 と、万が一にもないことを思い浮かべ、上級生の試験結果を眺めるがどこにもアザナの名はない。

 当然だ。何をしているんだ、オレ。


 アザナは試験を受けられなかったため追試は確定。アザナの事だから満点は確実だろうが、追試となれば評価は『良』止まりで、実技も加算は望めない。

 つまり……それはアザナの一年時の成績が頭打ちになるということだ。

 それはもしかしたら去年のオレの総合成績を追い抜けないかもしれない。


 前の人生では、オレの首位記録がアザナによって5年間毎年書き替えられた。

 それなのに――。

 たとえ一年時だけとはいえ、これではオレの記録がトップとして魔法学園に残り続けることになる。オレとアザナ以上の天才が現れない限り……ずっと、ずうっと…………だ。


 オレはアザナに一年時だけの記録とはいえ、勝ったことなるのか?


『……あらら、それでも一番なんですね』

『ザルガラさますごーい』

 ディータはやや抑揚のない声で、タルピーはいつものように明るい声で称賛してくれた。


 オレが上の空で試験を受けていたこと、ディータもタルピーも知っている。あの調子でマトモな成績など取れると思わなかったのだろう。

 そこはオレ。というか2度目。よほどの引っかけか、問題文に不備でもないかぎりこのオレが……あ、結構間違ってるな。学科試験の点数が芳しくない。

 ――が、それでも学年首席だ。


 2度目という有利な条件もあるが、上の空でこれほどの成績を残してしまった。

 手を抜くべきだったのか?

 いやそれじゃ真実は変わらない。仮に世間を騙せても、オレはオレを騙せない。

 

 オレはオレが勝った事実を否定できない。


 じゃあオレは、アザナを乗っ取るほどの存在に勝ったのか?

 じゃあアザナにも勝ったことになるのか?

 じゃあ不等記号がアザナにケツを向け、オレに向かってデカい口を開いているのか?


 険しい顔で掲示板を見上げていると、あたりを囲っている学生たちがひそひそと囁き始める。


「……なにあれ、圧倒的じゃない」

「加点しすぎだよ」

「勝てねぇよ……」

「だってほら、このあいだの」

「……おれさぁ、あの化け物を一発に倒すの見たんだ」

「アザナにだって勝ったんだろ……」

「悲願達成?」

「マジかよ、手に負えなくなるんじゃねぇか?」

「これから誰があいつ止めるんだ?」


 ぐるぐる回る。

 ひそひそ話が周囲を回る。みんながオレを取り囲んで、勝手なことを言って言葉が回る。


 待ってくれ。違うんだ、待ってくれ。ほんと待ってくれ。

 わかったんだ……。

 なぜオレがこんなふうに悩んでいるかわかった。

 わかったから、みんな待ってくれ!


 みんな勘違いしている!


 全員、誰もかれもなにもかも、ひどく根本から勘違いしているやがる。


 もしもオレの人生が愉快な物語にでもなって、それを楽しむ読者や観客でもいたら、ソイツらもみんな勘違いしていることだろう。

 だが待ってくれ。


 オレもたった今……今更だが気が付いた。そう、オレも勘違いしていた。

 そうだ、ちくしょう!

 オレは――――なにがあろうと、どんな条件だろうと、天が滑って落ち、地が裏切り浮かぼうとも


 オレはアザナに……オマエだけには勝ちたくなかったんだ。


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