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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
181/373

個ハ全


 雨が強くなってきた。

 このけぶる雨であのマダンの魔物が掻き消えてくれねぇかなぁ……。


 気を失っているアザナを治療しながら、さらに回避運動という無茶をしながらそんなことを考える。


『こいつ……重いッ!』

『ヤツが持っているが多すぎて、我々が軽すぎるのだ』

『おい、だれかヤツの注意を引け! アザナがやられるぞ!』

『わかりました。私が後ろから蹴り飛ばす役ですね』

『空飛べねぇオマエがどうやって蹴るんだよ!』

 

 援軍として戦っているアザナに憑りついている上位種たちだが、はっきりいってあまり役に立ってない。 


 百鬼将軍の斧が振るわない。いや斧を振っていないという意味ではない。振り回してちゃんとマダンの身体に当たっているのだが、効果のほどがまるで見えないという意味だ。


 戦乙女の槍も刺さっているようで、はた目で見てもいまいち効果が感じられない。


 周りの一般人に姿が見えるほど情報量と高次元物質が濃いマダンと違い、薄い(・・)上位種たちは苦戦しているようだ。


 さらに悪いことに、どうやらアザナの中にいる上位種たちは、連携ってモノを知らないらしい。仲良くアザナの高次元物質を借りて存在しているというのに、全員が全員で好き勝手をやっている。

 考えてみれば、各々が各種のトップを張っていた存在だ。リーダーシップを発揮したり、一番前に立って突撃とかは得意そうだが、同位で力を合わせてというのは苦手らしい。


 ……いや待て。と、なるとあのマダンは誰によってどういう目的であれほどの力を与えられた?


「単体での強さ……なら、古来種カルテジアンがご丁寧に造った勇者様デストロイヤーが最強ってか」

 上位種が束になっても敵わない、それがマダンということなのか。

 ……なぜだろう。ぴったりな言葉があるが、それを口にしたくない。


 逃げ回る、くるしい、つかれた――。


 息切れをして一旦停止、アザナの治療も一休み――。

 その一拍を狙って、マダンの目がオレを捉えた。


 盾にするため上位種たちを後ろに回り込んだつもりだったが、マダンの視線はしっかりとオレとアザナを狙っていた!


「こっちだ、化け物め!」

 化け物という言葉にちょっとショック、ビクつく。もちろんソレはオレへ向けられた言葉ではない。

 あっけにとられるオレの背後から、暴れるマダンへ向かって魔力弾が放たれた。

 ダレだ!?

 マダンの注意は逸れたが、余計なことを……?


「ぐう……、なんだアレは……まるで効果がない、な」

 ベクター・アフィン教頭だった。

 止血を終えたのだろう。アフィン教頭が青い顔をして囮を買って出てくれたが、数発の弾が貫通し、致命傷とは言わないまでも重傷であることは間違いない。

 そんな老体に鞭うって、アフィン教頭はオレから離れつつマダンをけん制する。


 他の教頭たちも重傷ながら、マダンという化け物相手に対応しようとしてた。あるものは棒立ちになりながらも拳を上げて構え、あるものはアフィン教頭と同じように目立って囮となり、あるものは生徒たちを庇うように胞体陣を貼っている。


 物理的な壁というのは魔力弾を防ぐには良いが、どうしても効率が悪い。

 有力な魔法使いならば、石壁と鉄壁も造り出せる。実力が足りなければ、足元の石畳をめくって壁にしてもいい。しかし大きく厚ければ造り出すのに時間がかかるし、魔力の消費も激しくなる。そして足元の石は当然数が限られる。

 石の壁などを移動させるとなったら困難だし、造ったら後ろに隠れるくらいしかできない。

 

 魔力弾の撃ち合いで物理の壁が有効であろうと、石壁での防御を選べば亀のように身動きが取れなくなり、しかも魔力が穴の開いた桶に入れた水のように減っていく。

 

 全身を包む防御胞体陣や鎧や服に新式の平面陣を仕込む方が、はるかに有効で身軽で応用もきいて負担も少ない。

 教頭たちは、この負担を買って出てくれた。


「順番に壁を造れば、アザナくんの治療時間くらい稼げるだろう」

 治療を続けている間、オレの前に物理的な障壁を作ってくれる。都合のいいことに、マダンの魔力弾は特殊だ。命中すると対象を砕いたガレキごと丸く圧縮する。

 オレとアザナにガレキが降りかかる心配がないってわけだ。


「助かるぜ。ちょっとの間、任せる」

 今にうちにアザナを治して、身軽にならねーとな!


 治療したアザナの中へ、マダンが戻ってしまったら台無しだ。苦労が無駄になっちまう。

 5人の教頭にオレの防御を任せ、アザナの治療に集中――する。無我夢中でレピュニット弾丸を反射してしまったが、もう少し浅く当てればよかった――。


「ぅ……」

 後悔しつつ治療を開始すると、アザナがわずかに苦痛の声を洩らした。意識を取り戻すかと思ったが、まだ目を開かない。汗と雨でぬれたアザナの髪が、苦痛に歪む顔半分を隠す……。

 そんなアザナに見とれていると、背後で物理の壁が幾重にも破壊される音が鳴り響いた。

 振り返れば教頭たちはヒザをつき、石の壁は崩れてマダンがこちらを覗き込んでいる。隙間から伸びるマダンの虎の手……治療に専念していて、逃げる余裕がない。


 アザナの治療に力を回したから、防御は最低限だ。

 まずい……あれを耐えきれるか?


 マダンの爪が、魔力弾を放つ!

 防御胞体陣が破壊される!

 そして迫る爪がオレを――。


 響き渡る爆音、そして黒い大きな影がオレの前に飛び出してきた。黒い影は鈍く光る鉄の腕を突きだし、魔力弾の一つを叩き落とすと、続くマダンの爪を受けながらオレを守り、さらにはマダンの突撃そのものを巨体で受け止めた。

 

 黒い影の正体は、オレたちが作り上げた高機動重装甲ゴーレムのグレープジョーカーだった。マダンの爪で外装を破壊されたが、辛うじて持ちこたえ踏みとどまっている。

 マダンの噛みつき攻撃を受けながらも、ゴーレムはオレとアザナを守るため一歩も引かない。 


 誰がコイツをここに持ってきた?


「ザルガラくんっ! 大丈夫!」

 校舎の影からペランドーが声をかけてきた。そうか、オマエか。

 ペランドーも製作者の1人として、グレープジョーカーを操作できる。オレの次くらいに、うまく扱えるだろう。 


「助かったぜ、ペランドー。なんでまたコイツを持ってこようと思ったんだ」

「なにかの役に立つかと思って」

「でかした」

 騒動が起きたから、という理由だけでグレープジョーカーを持ってくるなんて普通じゃない。ある意味ではおかしい。だが正解だった。褒めるほかない。


「でも、壊れちゃったよ」

「ペランドーが割って入らせなければ、オレがどうなってたかわからねーよ」

 グレープジョーカーはボロボロに破壊されたが、マダンの最後の一発を防いだ。

 一瞬しか役に立たなかったが、十分すぎる活躍だ。後でちゃんと直すからな、グレープジョーカー。

 

『よくもやったなぁっ!』

 実体化したタルピーが、マダンの横っ面を蹴り飛ばす。怯んだ隙に再び上位種たちが群がり、グレープジョーカーからマダンを引き剥がす。

 こうしてマダンの脅威が離れた時、オレの腕の中でアザナが身を捩った。


「……う、うう。ザルガラせんぱい……」

「気が付いたか、アザナ!」

 顔色は悪いが、意識ははっきりとしているよう――


「ひ……ひどい、ですよ。ボ、ボクの(胞体陣の)中に……出すなんて……」

「ななな中じゃねーよ! 外だよ、外! 胞体陣内へ跳躍させられるわけねーだろ!」

 このバカ、なんてこと言いやがる!

 慌てて周囲を見回すが、誰もがマダンを相手にしていてそれどころではないらしい。

 しかし……、この態度はいつものアザナだ。

 安心した。

 いつものアザナらしい応対だ。


 息も絶え絶えなので、声が小さく周囲にも変な発言は聞こえていないだろう。

 安心した。

 本当に安心した。

 あんな台詞を聞かれたら、身の破滅と言うほかない。


「おい、アザナ。なにか対抗手段……あのマダンを倒す手はないのか?」

「な、中に……」

「まだ言ってるのか!」

「ち、ちが……真面目です……。聞いて……ザルガラ先輩は転移できるようになったんです、よね……」

「ああ、といっても高次元で別軸へむかって跳躍して、そのまま惰性で落ちてくる感じだがな」

 5次元側を自在に移動してから降りてくるくらいでないと、とても転移とは言えない。だが、それでもこの点でオレはアザナを越えたと言っていい。


 ……この瞬間、オレはもやもやした気持ちを覚えた。説明のしようがない、違和感だ。


 もやもやを抱えたまま、オレはアザナからマダン対処法を聞く。

 作戦としては単純だ。本当にそんなのでいいのか? という疑問すら湧く。


「信じて……アレはボクのありえたかもしれない……もう1人だから……」

「よく知ってるってわけか」

 ――オマエも一皮むいたら、あんな姿なのか?

 という言葉は呑みこんでおいた。


 オレはアザナをペランドーに預け、マダンを見上げて覚悟を決める。


「さぁて、ヤツの腹へ飛ばしますか」

 最低限の防御に魔力を残し、あとは空間跳躍の魔胞体陣へ注ぎ込む。少し遅れて胞体陣が回り出し、規則正しいレピュニットの術式へ魔力が充填され輝き出す。

 

「お願いします」

「任せとけ!」

 アザナの期待を背に受けつつ、高次元物質であるオレの右手を空間跳躍させた。マダンのへ!


 マダンへの物理攻撃はすり抜けた。つまりヤツは胞体陣も立方陣も張っていない。物理的な攻撃を防御する必要がないからだ。

 魔力弾は高次元の存在となっているから効果がない。

 ゆえにマダンはその特性上、防御胞体陣に魔力を回す必要がない。


 一方で空間跳躍は、他人の胞体陣の中へ跳ぶことはできない。立方陣相手なら可能かもしれないが、4次元である胞体相手では5次元から『落ちる』ときにぶつかってしまい、三次元での座標が逸れてしまうからだ。


 だからオレはやすやすとマダンの中へ、右手を送り込むことができた。


 マダンもオレの右手も高次元の存在である。だが高次元物質として濃さでは、オレの右手の方がはるかに濃く重い。

 薄い存在であるマダンの内部を押しのけ、濃いオレの右手が『5次元から落ちて』入り込む。

 レピュニットを組み込んで無ければ、やはり右手は弾き出されたことだろう。


 異物を感じて、マダンの動きが止まった。これを確認して、オレは次の手を打つ。

 次の行動は魔法でもなんでもない。


 ただ正16胞体陣を右手の周囲に張り、それを正4面体の合計16個の胞に分けて分裂させる。

 マダンの内部で、だ!


『ヒューッ! ゲッ…………!!』

 擦過音のようなマダンの声が響き渡り、16個の正4面体によってスカッと気持ちいいくらいバラバラの不気味な姿と化す。

 引きちぎられた実体のないマダンの欠片かけらは、薄い色素でそれとわからない……はずだったがそれらが色を持って形を変えていく。


「消えた……」

「魔物が、消えたぞ!」

「ザルガラが倒したんだ!」


 消え……た?

 見えてないのか? 

 マダンはバラバラになって、どうやら生徒や教師たちには見えなくなったようだ。


 だがオレにはまだ見える。

 バラバラになったマダンの欠片は、ゆっくりと落ちていきながら意味のある形と変貌していく。

 すべてミニチュアサイズの馬や犬、大型のネコ科動物や鳥や爬虫類までいる。さらには見たことない動物……魔物ではないだろう、普通の獣たちの姿となって散らばった。


「見た目通り、寄せ集めだったのか……オマエ」

 どれも動かないミニチュアの動物たち。まるで死体だ。

 雨の中を四散する動物のミニチュアたち。オレはバラバラにした正16胞体陣を元に戻して、ファンシーな動物の間を縫って右手を飛ばし引き寄せる。


 回復したアザナがふらりと立ち上がり、オレの隣りへ立った。普段はふわふわしている非対称の髪が、ぺたんとしていて、いつにない雰囲気を醸し出している。どこか陰鬱だ。

 そんな憂鬱なアザナが両手を伸ばし、近くに落ちてきた犬のミニチュアをそっと捕まえた。


「ボクがこの間連れてきたユニコーン知ってますよね」

「ああ、あのセクハラ馬な」

「ボクは各地で蛍遊魔ディスクワイティングを集めて保護しているんです」

「そういえばうちで預かってるケルベロスもいたな。慈善活動かなにかか?」

 蛍遊魔は人間にとっても勇者にとっても、最優先の駆逐対象だ。それを保護するなど、勇者であるアザナとして矛盾のある行動だ。


「違います……。この時のために」

 アザナの立つ場所をすり鉢の底とするかのように、マダンの欠片である動物のミニチュアが滑って集まっていく。濡れた小さな体に触れるたび、ミニチュアの動物たちは解けて吸い込まれて消えた。


「蛍遊魔はマダンの眠るベッドです」

「……バラバラにして、集めた蛍遊魔の中に封印するってわけか」

 なるほど、ね。バラバラになって弱体したマダンを、そうして封じ込めるわけか。


「違いますよ」

 濡れる髪から水滴を飛ばしてアザナは否定した。


「マダンは……この子たちは今度こそ、個として生まれ変わるんです。蛍遊魔の子供たちとして」

 事情はよくわからないが、マダンは集合体として生まれてきた。アザナはそんなマダンを、個として分けるつもりらしい。

 あとでよく聞いて置くか?

 ――アザナが話してくれるなら、だが。


「ザルガラ先輩のおかげで、ボクでも敵わないマダンを眠らせることができました。……ありがとうございます」

「……おう」

 そうか……こいつはいつものアザナより強かったのか。

 そんなマダンが支配していたアザナを地に着けたオレは――――。


 アザナに……勝ったことに、なるのか?



雨の中での戦いは主人公の敗北フラグです。

あれ?なんか違う……?

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