表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
180/373

そういうふうにできている。

体調崩してましたすみません。


 【ザ・ワン計画】


 ソレをデザインした者たちは、一連の活動と行為をそう称していた。


 彼らの活動がなければ、ソレの存在は欠片もなかったであろう。

 ソレはデザインされ、この世に生を受けた。いや、ソレとその兄弟たちは、デザインされてこの世に生を受けた。


「――残ったのこいつだけか。全部で6つだったらロシアンルーレット……とか言えたのになぁ」

 無神経な1人の研究員が、必死の思いで生き残ったソレを顎で指示して言った。

 ソレはそれを解体された後(・・・・・・)でも覚えている。

 もちろん当時の生まれて間もないソレは、言葉の意味を半分も理解できなかった。だが早熟なソレは保育器の中で、望まれながらも祝福されない己の生を悟ることはできた。

 

 ソレは賢い。そういうふうにデザインされている。


 そうデザインした者たちは、そうであるソレを前にしてそれを忘れていた。


 彼らの無神経はまだまだ続く。


「前の6つだって無駄じゃないさ。ちゃーんと本来の計画の役に立つ」

電子小人ホムンクルスと同じことをさせるから、死んでハズレても狙い通りってことか。じゃあこいつは上が思った通りだから……悪魔が狙ったところに命中……ってことでコイツの名前は魔弾、でどうだ?」

 射手ではなく、製作者が悪意を持って狙った相手に命中させる魔弾。

 だから、ソレの名はマダンだ。


 建前の計画という射手にとっては不本意で、本来の計画にとってはマダンは大当たり。そういうふうにデザインされている。


「知ってる知ってる。それってシェイクスピアだろ」

「ちっがうよ、バカ!」

 研究者たちは雑談のつもりだが、マダンはありとあらゆる状況から情報を得る。そういうふうにデザインされている。

 マダンは貪欲だ。だが凶暴ではない。


 すぐにマダンは自分の境遇を素直に受け入れ、失敗品と判断されないように、良い子を演じて従順さを示す。

 実験では望まれた成果を出し、積み重ねた結果が破滅になるとわかっていても、だ。 


 時にはそんな従順さに何らかの感情を覚え、良い子だと言って褒美を与える研究者もいた。

 マダンは中でも細い焼き菓子にチョコを塗った菓子が好きだった。


「はい、ご褒美よ」

 女性の研究者は優しい笑みで菓子をマダンに与える。その笑みの下に欲望が詰まっていることをマダンは知っているが、そんなことをおくびにも出さず黙って報酬を床から拾い上げる。


 手渡しではない。


 報酬の菓子は壁の穴から転がり出る仕掛けだ。

 透明なボックスを介して間接的に渡される仕掛けもあるが、研究員の数人かは面倒くさがってボックスの投入口へ直接投げ込み渡す。


 ――まるで動物園だな。

 と、マダンは端末から得た知識に照らし合わせ、そんな自虐の感想を抱いた。

 しかしこの受け渡しは手早いため、マダンも場合によっては歓迎だ。

 

 研究者たちとマダンは触れ合わない。

 部屋にあるもの、マダンの触れるモノ、すべてに生物としての温かみはなかった。食事は暖かい物もあるが、生命としての暖かさではない。端末は熱くなるが、それはコンデンサや集積回路が持つ熱だ。

 空調は快適。LEDで照らされる室内のものは、性質上たいして暖かくならない。 


 だからマダンの周囲は冷たい。物理的にも精神的にも。


「こいつはほんと、そのホッキーが好きだな。おー、器用に箱を開けるなぁ、そんな指で」

 褒美を与えた研究員とは別の研究員――後ろから覗き込む若い研究員が、マダンの様子を見て言った。


 マダンと研究員たちの間には、決して開かぬ分厚い強化ガラスの窓がある。それほど広くない部屋がマダンの世界のすべてだ。

 分厚いガラスはマダンの物理的接触を阻む。音も通さない。


 しかし異様に優れた性能を持つマダンは、ガラスの向こう側にある水の入ったコップなどの振動を見て、研究員の会話を推し量ることができた。

 そんな力を得ているなど露にも思わない研究員たちは、マダンの視線を意識せず雑談をする。


「宇宙とか専門外のわたしが言うのもなんだけど、アルゴ計画って結局宇宙空間という極限状態での保存性が重要なんでしょ? 船に載せる遺伝子なんて、もっとデジタルなものでいいんじゃない? スペースを有効利用できるし」


 女性研究員は菓子を食べるマダンの様子を観察しながら疑問を口にした。若い研究員はその後ろで、超立方体の描かれた記憶媒体を手のひらの上で転がしながら答えた。


「この次元記憶体アルゴナウタ電子小人ホムンクルスと同じで、有機体船員ヘラクレスのコイツだって遺伝子だけみたらある意味デジタルですよ。ほら、遺伝子情報なんて二重になってるだけのシーケンスデータでしょ」


「電子小人と違って、経験と知識はちゃんとこの子の脳に入ってるけどね」


「まあ電子小人の方が情報収集欲が高くて記憶量も多いですが……。それに次元記憶の再生装置の故障も考えられるし、まだ見ぬ星の隣人がそこまでの技術を理解できるかもわかりませんからね。計画の冗長性……多くの再現性もあったほうあったほうがいいという理由で、ザ・ワン計画はゴリ押ししたらしいすよ」


「そういう政治的な事情なのね……。まあ、それで予算がつくからいいけど」


「世の中金すよ、マニーマニー。なにしろ【ムーンラプンツェル計画】も進んでますから、お金は大事ですよ」


「ぅえぇ……あの無茶な軌道エレベーター計画、ちゃんと進んでるんだぁ」


「らしいですよ。しかしまぁ……38万キロの垂れ髪かぁ……、どんだけ独身なんすかね。ラプンツェルの婆さん」


「誰が婆さんよ」


「い、いえ先輩のことじゃなくて……」


 研究員の雑談には、神話や昔話に使われる名称と科学と社会の話が入り乱れる。マダンは本やデジタル端末から得る膨大な知識と、盗み聞きの業でかすめ取った知識で、それらすべてを理解していた。


 なぜか言い争い? を始めた女性研究員と若い研究員を背にし、二人の壮年研究員がこそこそと作業を始めていた。


「さてあいつらが遊んでる間に、こっちは次の準備をするか」


「マダンに組み込むアイツらの遺伝子か? これは6つのうちいくつ目だ?」


「2つ目だ」


「うっへ……まだ次男かよ」


「次女かもよ」


「どっちでも同じだ……。まーだ5つもあるのか」


「しょうがないだろ。いくらデザインされた脳髄とはいえ、電子小人と比べたら学習速度は遅いからな」


 とても残酷な会話を、こともなさげに交わす研究員たち。その内容はマダンの兄弟たちの末路についてだ。

 マダンには兄弟がいる。この世に五体満足で生まれ出でることが許されなかった兄弟たちだ。別の遺伝子情報を組み込まれデザインされているため、およそ兄弟などとは言えないが、境遇から考えれば兄弟である。


 マダンは遺伝子の運び手である。そういうふうにデザインされている。


 その兄弟たちの大幅に異なる遺伝子すべてを、マダンはその身に抱えて宇宙へ旅立つ運命だ。


 共食い……いや兄弟喰らいである。


 まだ見ぬ知的生物へのメッセージと共に、宇宙へ地球上のあらゆる遺伝子を放出するなどという、全地球のプライバシー流失計画と揶揄されるアルゴ計画。

 脳には地球のあらゆる情報を叩き込まれ、身体の各所にあらゆる遺伝子を刷り込まれる。

 いずれマダンは解体され、膨大な知識を持った脳と遺伝子情報だけが冷凍保存され、アルゴ船という宇宙船に乗せられ宇宙へと旅立つ(棄てられる)運命だ。


 同乗者は電子小人ホムンクルスと呼ばれる次世代AIたち。

 観察と鑑賞と不干渉を三大欲求としてデザインされた電子小人は、地球のあらゆる知識と文化を学び、主観とともにデータとして記憶する。

 しかし彼らはおよそ生命体などと言えない。

 

 マダンのように肉体がないため、宇宙船のスペース確保のためバラバラにされるようなこともない。


 こんな計画を立て、実行する人間たち。

 コイツらは人間じゃない――と、マダンは信じて疑わない。【ザ・ワン計画】に関わる全ての人間は、人間であって人間ではない。

 

 化け物だ。

 この星の覇者たる種。その種が造る社会の中でも強者として君臨し、マダンを一方的に支配する怪物だ。


 マダンはこの星の上で最強の存在としてデザインされながらも、自らの弱さに歯がゆい思い感じていた。


 最強? 

 個体で強いからなんだというのか?

 そもそも檻の中にいて、個の強さを誇ってどうするのか?


 高い知能を持ち、人間社会を学習するマダンはそのことを知っている。

、自らの弱さに気がついていた。


 だから、いつも笑って研究員たちに従う。


「ははは、こんな『猿』でも人間みたいな表情をするんだ!」

「あら、怒ったのかしら?」


 マダンは笑っていたつもりだが、怒りが顔に現れてしまったようだ。


 そんなマダンを研究員たちは笑う。


「猿? あははー、こんな犬だか猫だかわからない化け物がか?」

「殺す!」

「猫はないわー。トラだろ」

「殺す!」

「俺は知ってるぜ。こういうのを日本に似た存在がある」

「絶対に殺す!」

ぬえっていうんだ」

「殺してやる!」

「おい、なんか叫んでるぞ」

「殺してやる!」

「人間より高い知能が高いっていっても、発声器官は動物だからなぁ~」

「オマエら、全員を殺してやる!!」

「なんだ? なんだ? もっとホッキーが欲しいのか?」

「ボクはあの世界に帰って、あいつらを! あの人間面した化け物どもを、怪物どもを殺すんだぁっ!」


 唯一の望みを、未熟な発声器官で叫ぶ。


 だが、その思いは達成されない。


 計画は滞りなく進み、無慈悲に実行され、マダンはバラバラになって船団へ乗せられる。

 

 そういうふうに出来ている。



   *   *   *


「ア、アザナ……いや、マダン! オマエ……オマエ、なんなんだよ!」

 巨大なナニかわからないモノを見上げ、オレはそう言うことしかできなかった。動きが止まって、思考が空回りする。


 ディータたちによって引っ張り出されたソレは、形容しがたい物であった。

 アザナの中から古来種……少なくても人間に似た姿が現れるであろうと思っていた。


 民家ほどある大きな獣の体に、虎の手足、蛇の尾、そして醜悪な怒りのシワに覆われた猿の顔。周囲に濃密な黒い霧を放ち、小さな放電現象が起こっている。

 言葉を発せないのだろう。ゲーともヒョーとも聞こえる妙な叫び声をあげる。不気味なその鳴き声は、オレの身体を叩いて突き抜けていく。

 怖気を誘う鳴き声だ。悪意に満ち溢れていて、気分が悪くなる。こんなものを聞いていたら、体調を崩しそうだ。

 

『存在が濃すぎるのぉ、あれは』

『……重たい。情報量多すぎ』

 ディータとフェアツヴァイフルングは、暴れるマダンの精神体に吹き飛ばされ、のこのことオレの元へと戻って来た。


『ちょ、ダメ! アタイだけじゃムーリーッ!』

 タルピーはマダンの蛇尻尾にしがみついて、なすすべもなく振り回されていた。小さい姿が幸いし、猿頭にかじられることはなさそうだ。

 振り回され、絶叫しているが。


 こんな姿の魔物など、見たことも聞いたこともない。――いやライオン頭で山羊頭が背中についているキマイラという種は存在しているが、あれと比べたら禍々しさが格段に違う。


「なんなんだ、あれ!」

「化け物だーっ!」

「アザナからなんかでてきたぞ?」

「生徒たちは下がれ、下がるんだーっ!」


 どうやらあの姿は、半透明ながら生徒たちにも見えるらしい。教師たちが生徒たちを避難させているが、わざわざ集まってくる生徒と入り混じって混乱し始めていた。


 まずい――。対抗策が浮かばない。


 オレの右手だけじゃ軽すぎる。仮に全身が高次元化しても、子供の体重では振りまわされてしまうだろう。

 ちくしょう、困ったな。出てきても、せいぜい大人の古来種カルテジアンみたいのが出てくると思っていたので、対抗策がまったくない。

 まさかマッチョでもなく子供でもなく、あんな化けモノが出てくるなんて――。


 無駄撃ちだとはわかっているが、いくつか魔力弾を当ててみるが全然効果がない。物理攻撃はもちろんすり抜ける。火や爆炎、石つぶての魔法も無駄だ。

 オレの軽いけん制に対し、不釣り合いな重い反撃が飛んでくる。

 ただの魔力弾だが、込められた魔力が……違う! 

 これを受けず、高速回避で避ける。直後、古来種の造った学園の頑丈な壁が内側に向かって砕け散っ……いや砕け固まった(・・・・)

 なんだ、この魔法!


 砕けて散らばるかに思えた壁が、見えない巨人の手で握りしめられたような光景だった。

 

 砕けて丸く固まったガレキと、マダンの足元に倒れるアザナを交互に見る。アザナの出血がヤバい。手遅れになる……どうする、どうする?

 まずアザナを助けたいところなんだが、マダンは明らかにオレへ敵意を向けている。


 近づこうとしたら、あの不思議な魔力弾が飛んでくる。胞体陣で受けてみるが、魔法陣ごと崩れて小さくなって無力化された。こいつは……避けないとまずい!

 次々飛んでくるマダンの魔力弾。これを跳んで転がって、口に入ってくる埃を噛みしめながら躱す。せめて転移する時間があれば、アザナのところに行けるんだが――。


 などと戸惑っていたら――。


『ここは我らに任せろ!』

『やっと自由になれたわ!』

『感謝するぞ、少年!』

 アザナたちに憑りついていた上位種たちが姿を現し、マダンへの攻撃を開始した。

 槍を突く戦乙女、戦斧を振るう百鬼将軍、雷撃を放つ偽天使たち。

 高次元体相手なら、彼ら彼女らの攻撃も通じる。心強い援軍だ。


『さあ、今のうちに!』

『アザナを安全なところへ!』

 言われなくても!

 オレをアザナを抱きかかえ、その場から一気に離れ――――


『ああ、き、消える……』

『まて、ザルガラ少年! アザナを置いていってくれ』

「どっちだよ!」

 オレは呼び止められ、【王者の行進】を急停止させた。


 振り返って見ると、身体が薄くなり苦しみだすアザナの上位種たち――。ああ、そうか。ディータと同じで宿り主が近くにいないと、力が出ないどころか消えてしまうのか


『つかず、離れずでアザナの治療を』

『できればすぐ隣で』

「難しいことを簡単に言いやがって……」

 コ、コイツら、役立ち方が微妙!


急にSFが来た?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ