天才の児戯 (挿絵アリ)
2017/06/26 挿絵追加
今回はアザナ回です。
後書きに多胞体のGIFがあります。GIFなので動きます。お気をつけください。
ずうっと見てると酔います
ザルガラ・ポリヘドラが竜上の人となっていたころ――
学園では、野外学習が続いていた。
本来は野外での魔法訓練なのだが、新入生たちは予定が変更され、青空学習となっていた。
講師役が生徒たちの中心で一人立ち、残りはみな草原で車座に腰を下ろし、真剣に講義を聞いていた。
「……このように、正16胞体陣と正8胞体陣は双子みたいな関係です。正8胞体陣の8つある胞の中心を結ぶと、正16胞体陣を投影することができます。つまり難しい投影計算しなくても、正8胞体陣さえ描ければ、正16胞体陣は描けるようになるのです」
「う……ぉおおー!」
講師役が空中に正8胞体陣を描く。つづいて胞の中心を説明しながら、その正8胞体陣の中に辺を投影していき、内包する正16胞体陣を描きあげた。
講師役の妙技を見て、新入生たちが興奮の声を上げる。
投影魔法陣が出来る新入生は少ない。だが、いずれ古式魔法陣を描けるようになるので、予習としてこの講義を受けていた、
新式の二次元的な魔法陣や三次元的な魔法陣は、ここにいる生徒たちなら問題なく描ける。だが、古式の胞体魔法陣となるとそうはいかない。
講師役が易々と描く正8胞体ですら、意味が分からないという生徒が多い。
しかし、この裏技を憶えれば、おまけでもう一つの古式魔法陣が描けると知り、皆が会得したいと決めて高揚していた。
講師役は生徒たちの反応を見て、皆が理解しているようなので内部に描いた正16胞体を消し、次の説明に移った。
「しかも、この正8胞体陣の頂点。これを1つおきに結んでいくと……正16胞体陣が出来るんだけど、いま描くとき飛ばした頂点を別に結ぶと、ほら、もう1つ正16胞体陣が出来て、これで1つの正8胞体陣と2つの正16胞体陣が完成します」
空中に講師役作りだした魔法陣は、まさに複雑怪奇。ただでさえ四次元的に辺が出たり消えたり交差したりする陣のなかに、さらなる複雑な魔法陣が2つも浮かび上がり、複雑な動きを見せながら回っていた。
丸い網籠を丸い網籠で編み込んで、それを四角い網籠にいれて封をしたような魔法陣である。しかも互いに網が干渉しあっている。辺が交差したり、通過したりしているのだ。
あまりの光景に、新入生たちは騒然となった。
「ええーっ!」
「きゃーっ! うそ!」
「なにあれ! そんなのありなのーっ!」
「新式魔法の何個分だよ! あれ!」
「描けても魔力が足りねーよ!」
生徒たちは阿鼻叫喚となっていた。
出来るということは、見たので一応のところわかったが、頭で理解が追い付かない。
講師役が説明する裏技的な古式魔法陣の描き方は、革新的でセンセーショナル過ぎた。
「と、まあ双子関係にある胞体は、こういう特性がいろいろとあるんです。最初に説明した方法は、全ての双子関係にある胞体の特性なので、片方描ければ、もう片方も描けるようになりますよ。……えっと、あと何か質問ありますか?」
講師役は空中に描いていた魔法陣を消し去り、居並ぶ生徒たちを見渡す。
「はーい。先生ー」
一人の生徒が手を上げて立ち上がった。
「はい。なんでしょう」
その発言に反応したのは講師役ではなく、生徒たちと一緒になって講義を聞いていた眼鏡の女性だった。
「なんで先生が生徒側にいるんですかー?」
「アザナくんの講義が受けられるなら、教師のプライドなんて捨てます!」
女性はマトロだった。学園の教師である。
教師でありながら、アザナが講師役となって講義してくれたので、彼女はプライドを捨てて聞き手にまわったのだった。
講師役は教師ではない。アザナであった。
「アザナくん。キミのお陰で、先生……やっと正16胞体陣が描けるようになりました。ありがとう」
「はい。先生のお役に立ててうれしいです」
生徒に感謝する教師。
傍から見れば、謙虚な教師に見える。しかし教師の意味があるのかと問われると、皆が首を傾げることだろう。
「ていうか、こんな講義受けても、俺たちは新式の平面的な五角形……五芒星くらいしか描けないんだぜ。すごすぎてついていけないよ」
一人の男子生徒が、泣き言とも文句とも言えない呟きを漏らした。
「安心して。その辺は先生が教えられるから!」
「……お、おう」
マトロ女史の自信に満ちた宣言に、男子生徒も苦笑いで頷くしかなかった。
なにかとややこしい古式魔法の胞体陣講義前に、アザナは新式魔法陣の説明も済ませていた。
アザナにとって新式で描く図形は、〔コンピューターに数値を打ち込むだけ〕のような基本的な作業だ。生徒たちに改めて説明すると難しくなるが、アザナは基本理論から理解してるので、教えるのも容易かった。
「じゃあ、アザナくんに教わった事を復習してみましょう! では以前、分かれたランク別のグループで、確認しあいながら練習してね」
やっと教師らしい行動をとったマトロ女史の指示の下、新入生たちはグループごとに分かれて、魔法陣の練習に移った。
投影出来ない者は手書きで、投影できるものは平面投影して、立体投影できるものは立体的な魔法陣を描きだしていた。
アザナたちのグループは、それらより一段階上。全員が古式の胞体陣を投影できる。
アザナとユスティティア、アリアンマリの三人だ。
残りの取り巻き二人は、残念ながら胞体陣を投影できないので、一つ下のグループに入っている。
アリアンマリは10歳児とは思えない、幼い姿をした女の子だ。知らない人が見たら、7、8歳の女の子と思うだろう。
髪を両端で縛り上げ、愛らしいリボンで結んで飾りの角を付けている。そんな髪型のせいで、より幼く見えた。
彼女はこんな姿で、魔法の能力はアザナに準じ、新入生では二番手である。
不器用なせいで魔法陣を描くのは遅いが、一度完成すれば新入生とは思えない魔法を行使できる。
ユスティティアは辛うじて、正8胞体陣を描ける。魔力が少し足りないので、ここから正16胞体陣を描いても、魔法として発動させることはできない。
しかし描く事だけを、今から始めても早すぎることはない。
何度も失敗しながら、正16胞体陣を描く。
その横で、アザナは――。
「あ、ティティ! 見て見て、実験上手くいったよっ!」
正24胞体陣を投影して、内部に複雑な魔法陣を描いていた。
「アザナ様が良く使われる正24胞体陣に、独自の数値と魔法語が投影されてますね」
「うん、それでね。ザルガラ先輩が使ってた古式を見たんだけど、胞体の辺と面が別の多元に稼働するとき、先に魔法陣を書き換えてるの見て思いついたんだ」
「え、ええ――」
すでによくわからない。ユスティティアは学園の怪物と、天才アザナの才能を笑うしかなかった。
「ほら! 正24胞体って4次元なのに、2次元の正6角形を持ってるから、別に六芒星を書き込めるんだけど……見てて、こうして回すと辺が出たり消えたりして、タイミングよく中心対象の瞬間に別の魔法陣を投影しておけば、その時点で新式魔法の六芒星を最大8個の空間充填できるんだ」
「なるほど、わからん」
複雑な立体魔法陣がくるくると回る。たしかに見えたり消えたり交わったりする辺が、時々正6角形を描く瞬間がある。アザナはその瞬間、六角形の中に魔法陣を別に描いてみせた。
「要するに、魔力に余力さえあれば、正24胞体の古式魔法を一つ発動させる間に、8個の別な新式魔法を発動させられるんだよ!」
興奮気味に語るアザナに、さすがのユスティティアとアリアンマリも戦慄を隠せない。
古式の大魔法を発動させる前に、8つの新式魔法が勝手に発動。
それがどんなに恐ろしいことなのか……。
アザナの常識外れな技に、対抗できるのは、あの怪物ザルガラしかいないだろう。
辛うじてだが――。
「あ、そうだ」
アザナは別に投影した正24胞体より球形に近い、網籠のような古式魔法陣の正60胞体陣を、空中できゅるきゅると回し、腕を組んで眺め始める。
「うーん……うまくすればこの正600胞体で、20個ある正4面体を利用して……手前と奥の像を重ねれば別の新式の20面体相当になるじゃないかなぁ。あ、でも正20面体と正8面体は三次元だと他の立方体と類似性が無いから、新式魔法陣に応用できないか。それならそんな裏技的なことするより、正120胞体で全部の頂点つかって同時に正24胞体と、正600胞体を別の魔力描いて、これなら古式を3つ分……いや正120胞体は無理をすればすべての胞体を内部に描けるし、6つ分の古式を発動……でも魔力が足りないかな……ぶつぶつぶつ……」
「ひぃい……アザナくんがアッチ側に行っちゃったよー」
練習の手を止め、アザナの様子を伺っていたアリアンマリが、ヤバいものを聞いてしまったと悲鳴を上げていた。
発動するでほどはないにしろ、魔力が込められてた投影魔法陣をいくつも描きだし、くるくると回すアザナの姿は神の領域に見える。
細かい網目のような正120胞体陣の中に、6つの胞体を別に描き始めたときは、国を吹き飛ばす魔法でも作り始めるのではないか――と、ユスティティアは慄いた。
普通の人なら恐れを抱くだろう。だが、ユスティティアは知っている。
無邪気なのだ。アザナは高度な魔法陣を、こうして玩具のように扱っているだけで、楽しんでいる。
「うーん。ザルガラ先輩ならどうするかなぁ。あとで古式魔法陣の投影方法とか、いろいろお話してみようかなぁ」
「最近、アザナ様はポリヘドラさんのことばかりおっしゃいますね」
ユスティティアはため息と共に、湧きだした嫉妬をため息に混ぜて吐き出した。
「アザナくん、あんな乱暴な人なんて放っておきましょうよ。ていうか、むしろ退学させちゃうとか?」
アリアンマリなどは、あからさまにザルガラ排除を狙っている。
もっとも彼女は、本気でそんな事を言ってるのではない。思い付いたことを、後先考えず言ってしまったりしているだけだ。
彼女の性格的な問題である。
ユスティティアもアザナもそんなアリアンマリに困っていた。悪意がないから、また困る。
そんなアリアンマリはともかく――、ユスティティアはアザナが慕う男子生徒の姿を思い出す。
アザナはザルガラに好意を抱いている。
ザルガラもアザナに好意を抱いているだろう。
(それならば、いいでしょうか)
ユスティティアは二人の関係が良くなることを避けたかった。しかし、これ以上アザナに隠し事が出来ないと、意を決意した。
「重要なお話があるのですが――。よろしいでしょうか? アザナ様」
「うん? いいよ。なぁに、ティティ」
アザナは胞体陣を霧散させ、ユスティティアの話を真剣に聞こうと向き直った。
真摯なのに、可愛らしく絶やさぬ笑顔。
それに胸を撃たれ、ユスティティアは息を飲んだ。
「……どうしたの? ティティ?」
2撃目。
可愛らしく小首を傾げるアザナのあざとい攻撃を受け、ユスティティアはよろめいた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です、アザナ様」
何とか気を取り戻し、ユスティティアはアザナに「恋敵」の情報を伝える。
「実は休学中のポリヘドラさんなのですが――」