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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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マダンの6発


 アザナの拳という肉の手が、オレの胸という肉体に当たって金属音を響き渡らせた。

 金属と金属がぶつかる甲高い響く音だ。


 肉と肉がかち合って、どうやったらそんな音が鳴り響くのか?

 原因の半分であるオレもわからない。

 衝撃で周囲の雨粒を吹き飛ばし、飛沫しぶきが投影魔法陣を掻き乱す。


『ひゃーっ』

 避難しながら踊るタルピーが、水しぶきを蒸発させて喜んでいる。


 続いて繰り出される左拳を先読みに従って躱すが、逆から迫る蹴りはオレの脇腹を捉える。そして今度は大岩が落ちたかのような轟音が鳴り響いた。


 見物していた学生たちが身を竦めて耳を抑え、集中が切れて傘代わりにしている投影魔法陣を消してしまう者もいた。

 悲鳴を上げて騒ぎ出す学生たちもいる。 

 

「ねえっ、これって本当に決闘なの?」

「おいおい、これってケンカなんて範疇じゃないよ!」

「先生たちはまだかよ!」


『……ザル様、大丈夫?』

 オレの背後にいるディータが、心配だと声をかけたが大丈夫だ。安心しろ。


 心配するディータや困惑している奴らをしり目に、オレは自信を持ち直し拳を握りしめる。


 ――よぉ~し。

 大丈夫、大丈夫だ。

 

 一瞬ならばアザナ=マダンの攻撃を防御できる!


 連撃の合間に、オレは防御と攻撃を兼ねた魔力弾を放つ。直撃しても突き進むアザナ=マダンだが、それでも勢いが減じて攻撃も鈍る。充分なけん制だ。


「ふふ……」

 思わず笑ってしまった。

 防戦一方なのに、笑うとかちょっと情けないぞオレ。


 連撃、連撃、絶え間ない連撃……やがてそれもついに収まった。アザナ=マダンは息を整えるため、軽快なステップで間合いを取る。


「ザルガラ先輩。防御魔胞体陣を古式に……暗号化したんですね。それでこの防御力、さすがですね」


「はんっ! いくらオマエも、触れた一瞬でこうして暗号化した魔法陣を書き換えはできないだろう?」

 オレも息を整える。初手で鼻血を出すハメになったのはマズかった。だいぶ体力を奪われている。


 器である魔胞体陣。それを制御する魔法陣。器である魔胞体陣の複雑さで込められる魔力の総量が決まる。その魔力を使って、魔法をさまざまな条件に合わせて発動させるのが魔法陣だ。

 この魔法の性質を決める魔法陣を、複雑に暗号化させると効率がひどく悪くなる。発動までの時間が遅くなったり、条件が限定的になったり、魔力を無駄遣いしたり、最大出力が下がったりする。


 通常は古式や独式など特別な魔法の使用がバレないように、もしくは盗まれないようにするための手段だ。しかし魔法陣の書き換えをさらっとやってくる相手では、防御という単純な魔法でも暗号化せざるを得ない。

 

 おかげで使いやすくて魔力の消費も少なくて済む身体強化も防御も、すべて古式にして暗号化まで組み込み不効率なこと極まりない。

 これだけで、オレの能力が2割近く無駄になっているだろう。


 まったくアザナ=マダンのヤツ……本当にやっかいな相手だ。

 

 魔法使い殺しもここに極まれり、だ。


 いや、魔法の武器防具で強化している戦士や騎士も、アザナ=マダンに触られた瞬間に無力化される。強力な魔法の武器防具が、ただのありふれた製品となりさがり、下手をすれば一瞬にして呪いの魔具へと書き換えられてしまうわけだから。


 ……そうか。

 そうやって、魔物の能力すら書き換え、無力化する。

 それが勇者……いや駆逐者デストロイヤーマダンというわけか。


『……ザル様、大丈夫なの?』

 ふたたびディータが問う。

 つらい、な。でも――もうちょっと時間を稼ごう。


「おいアザナ。あの『ゲート』を再利用するっていっても、騎士団ががっちり固めてるぜ? どうする気なんだ?」

「そこは押し通します。1回か2回、実験する程度で充分、終わりますよ」

「終わる……」

 それはオマエがどこへ行ってしまうということか?


 これを問えばもうちょっと時間が稼げるが、どうしても声に出せなかった。


「さあて……そろそろ……ボクも魔法も使わせてもらいます!」

 休憩終了、と言いながらアザナ=マダンが構えを変える。同時に妙な音が鳴り響いた――。キューンとかヒュイーンとか、低空飛行艇ミドルクライマー発着場で聞くような耳障りな空気が震える音だ。


 地面を蹴って迫るアザナ=マダン。その動きに迷いがない。

 真正面からオレが放つ魔力弾は、どういうわけかアザナ=マダンの手に弾かれ……いや捻られて曲がって逸らされる。

 

「ぐぅっ!」

 前面に防御魔胞体陣を投影し、さらに土と石の障壁を十重二重に作り出して並べる。それらを破壊しながら突き進むアザナ=マダン。

 ちくしょう、時間稼ぎにしかならない!


「海王の力でぬくもりも届かぬところまで吹き飛べ! 【散って乱れろ、追放者ハウメアマケマケエーリス】!」

 迷わず突き進むアザナ=マダンが、絶対当たらない距離でオレへ向かって遠間から拳を突きだした。


「うげっ!」

 途端、オレは内臓を吐き出しそうな加速を感じた。

 全身を守る防御魔胞体陣とともに、オレは弾き飛ばされる。強烈な加速の衝撃がオレを襲い、一瞬意識が飛びそうになった。


 吹き飛ばされたオレは、まず平面陣を校舎の壁に張る。オレはそこへ向かって着地した。全身を包む防御魔胞体陣で、校舎の壁を壊さないためだが……。

 

「はっちゃぁああぁっ!」

 引っ張られるようにアザナ=マダンが迫って来た。オレは重力に身を任せ、ついでに地面へ向かって【王者の行進】で突き進む。

 今までオレがいた場所に、飛び蹴り態勢のアザナ=マダンが名のごとく弾丸のように突っ込んだ。


 学校の壁が土煙を上げ、アザナ=マダンの突撃を包み込む。


「あ、アザナめ。こんのぉ~……せっかく壊さないように気をつかったのに、校舎の壁を壊しやがって」

 しかし躱せなかったら、オレが壁にめり込んでダメージを受けただろう。


 エト・インと散々追いかけっこをしておいてよかった。

 アイツとの追いかけっこで編み出した先読みの魔法は、未来予測ではない。

 この先読みは見える範囲と空気の動き、服のシワやわずかな筋肉の動きからも感知して、推測される動きをオレに視覚的に伝える。

 もっともコレに対応できるかどうかは、オレの運動神経次第だが……あいにく、オレのソレは常識の範囲内でしかない。


 そしてアザナのソレは常識外だ。つまりかなり分が悪い。


 まさかヴァリエより肉弾戦が強いとは予想外――いや、あのアザナだ。頭脳も肉体も、なんでも天才だとしてもおかしくない。


 こうして状況は悪化していく。


 騒ぎ出す学生たち。オレたちを止めようとするものがいないのが幸いだ。

 一向に姿を現さない教師陣。


 どうみても悪化の一途だ。


「よし、いい感じだ」

 そんな辺り様子を確認し、オレはほくそ笑む。


「あのーザルガラ先輩。そろそろケンカなんて終わりにしませんか?」

 思惑に気が付いていないアザナ=マダンが、オレに降伏勧告を迫ってきた。


「先輩を動けなくなるまで殴って、協力してもらえなくなったら困るし……。こんどまた付き合いますから、ちょっとだけ手伝ってくれません?」

「へえ、殴って無理に従わせるつもりじゃなかったのか、アザナ」

「もちろんです。報酬だって用意しちゃうますよ」

「万年金欠で、財布の中に昼飯代くらいしかないアザナが、か?」

「お金じゃ渡せないものがある!」

「あいにく金でも物でも満足できない性質でね」

 

 会話が続く。アザナ=マダンも本気でオレをねじ伏せるつもりなどないのだろう。


 アザナ=マダンはオレに力を見せつけ、敵わないと思わせるつもりだった。まちがいない。

 そして自分流のケンカと言いながら、オレに付き合ってくれた。

 バカ騒ぎもいい感じに盛り上がった!


 すべて計画通り!


「そこまでだ! アザナくん!」

 ベクター教頭の声が上空から降りかかる。

 5教頭筆頭であり、学者肌ながら教師陣の中でもっとも魔法に長けるベクター・アフィンが、大魔力の籠った正12面胞体陣を投影しながら現れた。


「っ!?」

 アザナ=マダンはとっさに防御態勢を取り、上空のベクター教頭を発見した後、何か感づいて周囲を見渡す。

 

「おとなしくしたまえ」

「古来種の残した遺構である校舎を壊すとはっ!」

「こいつは反省文が厚くなるな!」

「こんな雨の中に面倒を起こして……進級休みはないと思いなさい!」

 明るい巨漢、暗い長髪、オールバックメガネ、年齢不詳のグラマラス。

 そんな4人とベクター・アフィン。

 エンディアンネス魔法学園の5教頭そろい踏みだ。


 なにもかも計画通り(・・・・)。5教頭がそろい踏み、アザナ=マダンを封じ込めるように胞体陣を幾重にも張り巡らす。

 これにオレも加わって、アザナ=マダンは檻の中の檻の中の檻の中の檻の中の檻の中の檻の中の鳥と化した。


「へい、アザナ。オレたちのケンカをあのベクター教頭が、止めに来ないなんておかしいと思わなかったか?」

「……一斉にボクを制圧するためですか」

「そのとおり」

『……こすい』

 ディータがなんか言ったが無視。

 

 先日の事件後、オレは5人の教頭たちへ、ただ事件の事情説明とアザナへの温情だけを頼みにいったわけじゃない。

 さきほどユスティティアたちと揉めた時も、明かせない事情があった。


 それがコレだ。


 エンディアンネス魔法学園の地下には、古来種の残した無尽蔵の魔力プールがある。これを古来種の残党や、アザナが利用する可能性があった。

 魔力プールを利用するため【終焉開発機関】や古来種、最悪の場合アザナ=マダンがやって来た場合の対策として、教頭たちとオレが共同戦線を張る。

 

 個別に対応せず、時間を稼いで一斉に対処。


 オレも5教頭もそろっているときに、アザナ=マダンが襲来したのは幸いだった。1人でも欠けていたら、ここまでうまくいったかどうか……。まあ結果的には良かった。


 教頭たちは古来種の遺物である学園の様々なシステムを使用する権限がある。

 学園に埋設された魔具や魔法陣を多用し、オレと共にアザナ=マダンを封殺。如何に規格外の天才と言えど、オレと王国の頂点付近にいる5人と、数々の遺物を前に手も足も出ない。


「悪いな、アザナ。オレはオマエとのケンカは大好きだが、今のオマエじゃいまいちなんだよ。だからケンカは、いつものオマエに戻ってからだ」

 8つの胞体陣の檻に捕らわれ、大人しくなったアザナ=マダンへケンカ終了の宣言を放つ。

 するとアザナ=マダンはうな垂れた。


「……へえ」

 口元が歪んで笑う……いや、怒りを呑みこむように白い歯を噛みしめていた。


「ザルガラ先輩は、そういう……本気・・なんですね?」

 そういってアザナ=マダンは懐に手を入れた。


「やめたまえ、アザナくん! 抵抗する気か? 動くんじゃない!」

 マッチョなモルティー教頭が、筋肉を震わしデカい手をかざしてアザナ=マダンに動くなと警告した。


 同時に乾いた炸裂音が1つ、パンッと間抜けな子供のおもちゃのよう音が鳴った。

 そしてモルティー教頭の大きな手に小さな穴が開き、遅れて血しぶきが上がる。


「なっ!」

 モルティー教頭が血の噴き出す手を抑え、防御魔胞体陣を厚くする。その厚くなった胞体陣を突き抜け、アザナ=マダンの元へと戻っていく黒鉄の礫があった。


 複雑な4次元の影をこの世界(3次元)へ落とし、変化し続ける魔胞体陣の檻と檻と檻と檻と檻。そのすべてを無視して、アザナ=マダンの周囲を飛び回る鉄の礫。

 不気味にヒュン、キューン、チュンチュンと鳴り響く耳障りで甲高い音。これは……もしかして磁励音じれいおんか?

 強力な電圧と磁気が発生している?


「…………なにが」

 すべてに圧倒され、オレも教頭陣を学生たちも言葉を失った。


「さあああぁボクも本気を出しますよ! なーに、ザルガラ先輩がいなくたって、学園の魔法陣書き換えなんてすぐできますからね! なんなら実験なんてしないで、即『門』を潜ったっていい! ボクはあの世界へ、死んだって帰るんだ!」

 そこまで……そこまでオマエはここがイヤなのか、嫌いなのか、こっちに大切なモノはないのか?

 せめて、アザナの身体と心は置いていけ!


「い、いうじゃねぇか! オレ(・・)が妨害しないとでも思ってるのか?」

「ザルガラ先輩たち(・・)じゃ、無理ですよ」

 アザナ=マダンはそう言って懐から黒い鉄の魔具……アポロニアギャスケット共和国で見られるような銃を取り出し、天へ向けて引き金を引いた。

 

 銃声は5つ。

 放たれた弾丸は天へ向かわず、すべてがアザナ=マダンの周囲を回り始めた。

 本来、物体が通過できない胞体陣の壁を、阻むものなど何もないかの如く突き抜け飛び回る6つの弾丸。


「弾は6発。教頭先生方、そしてザルガラ先輩……弾数はぴった」『はわわ、1発あまるよ』「り……え?」

「なにいってんだ、タルピー」

『え? だって1発多いから大変だよ、ザルガラさま!』

 離れたところで踊っていたタルピーが、足し算すら間違えて怯えていた。



補足

ザルガラの一人称なので表現できませんでしたが、アザナの銃弾は被甲が軟鉄性です。

貫通力低いと操り続けるわけにいきませんからね。

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