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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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拳の前にひれ伏せ魔法!


「なにが、なにが久しぶりだ! アザナ!!」

 オレは3階の空き教室から時間が惜しいと飛び降りて、昇降口へ向かうアザナの前に降り立った。

 放課後直後ということもあって、今から帰ろうとしていた学生たちがぞろぞろ下校中である。関心、好奇、注目の的だ。

 そんな状況に構わず、オレはアザナに詰め寄る。


「どういうつもりだ、アザナ! いままで何をしていた! 古来種はどうやってこの世界に降りてきた! なんでコリンやアリアンマリに乗り移ってた? あとローリンを怪我させたのはオマエか? てかオマエは何者なんだ? なにをしてるんだ? なにをするつもりなんだ? 雨降ってきそうだから早く答えろ!」


 矢継ぎ早に問いかけ、つかつか詰め寄る。するとアザナが露骨に距離を取った。

 今までこんなことなかったぞ。

 オレが近づけば、アザナはむしろ寄ってくる。逃げれば追ってくる。なにかと距離感の近いヤツだった。やはり中身が違うのか?

 そんな中身不明なアザナが、眉をひそめて上目使いで答える。


「そんないっぱい質問されても困ります。雨は降らないんじゃないかな?」

「雨はどうでもいいんだよ!」

『降ってきそうだから早く答えろ、と言ったのはおぬしであろう?」

『小雨なら好き。あんまりふると嫌い』

『おお、火の精霊ながらさすが上位じゃな。雨は良いのぉ、絶望に至る哀愁がある』

「ちょっとオマエらは黙ってろ。さあアザナ! 雨が降る前に答えろ!」

「大丈夫。降りませんよ、雨」


『……みんな、雨、気にしすぎ』

 オレとアザナが押し問答をし、上位種2人が和やかな中、ディータが1人冷静だった。


「わかりました。全部一気に答えるのは難しいので、目的と要望から説明しますね。たぶん雨は降りませんよ」

「そこからか……いや、わかった、聞こう。雨は絶対に降る。昼飯賭けるぞ」

 オレの剣幕に観念したアザナが降参と両手を上げた。オレは周囲に魔胞体陣を投影し、静音の魔法で内緒話の準備をする。

 この魔法を確認してから、アザナはふう……と一息ついて語り始める。さすがにどこから話したらいいのかと、困った様子で唸っている。


「ボクはある世界へ繋がる『ゲート』を開くつもりです」

「ある世界?」

「ええ。ボクの世界へ帰るための『門』です」

「ぅッ!」

 ゾッとした。

 アザナが『門』を潜って戻ってこない。そんな映像が脳裏に浮かんで、ガラにも無くすくんでしまった。


 慌てる態度がバレないかと心配するオレに気が付かないのか、爛々とした目でアザナが浮かれて話を続ける。


「古来種に手伝ってもらってたのですが、やっぱり駄目ですね。古来種の下の下じゃ。それにただの付き人だと思ってた子には裏切られて、騎士団の突入を受けて招請会の資金と施設は使えなくなっちゃうし。……そこで思いついたのが学園ここです!」

 

 ……オマエはダレダ?

 ナニをイッてんだ、オマエは?

 

「おい、オレの質問に答えるのはいつだ?」

「まってください。まずこれを話してからじゃないと!」

 いや、まずオマエは話を聞いていない。その話がどうやって、ローリンに怪我をさせ、コリンとアリアンマリを古来種の傀儡にした理由につながる?

 

「ボクはやっと思い出しました。ここにはボク(みんな)の造った『門』がある。古来種が造ったモノと違って、ボクの世界の理を取り入れた『門』が! それになによりザルガラ先輩がこの学園にはいます! あんな古来種なんかより、ザルガラ先輩の方が優秀ですから! ねえ、先輩なら手伝ってくれますよね?」

「オレの協力がいる……っていうのか。へぇ……いいねぇ。頼られてるのかオレ」

 どこを見ているのかわからないアザナの目を追う。そこには特に何もない。オレはいるがオレの向こう側のどこかの世界を見ている。


 そういう目をしているッ!


「そう、それにディータさん! お姫様もいますね! ボクの世界に通じる『門』は今のところ、生命体が通ることができません! でもディータさんなら、ゴーレムに憑依して通過することができます。……たぶん。それに普通のゴーレムと違って不便な遠隔操作も必要ないし、しかも自立行動ができます。なによりあちらで魔法を行使でできます。これは大きいメリットですよ。ああ、そうそう。ディータさんにもいい事があります。あっちの世界は同性同士の芸術があふれてます。楽園ですよ」

 べらべらよくしゃべるアザナだ。

 いや、アザナ=マダンか。

 なにかと問題発言があったが、中でも特に聞き逃せない言葉が聞こえた。


「おい、ディータを実験台にするつもりか」

 それはちょっと聞けない要望だな。


『……ゲイ術。ザルさま。わたし人体実験受けてもいい』

 興味深々だな、ディータ。


『おみやげを頼むぞよ』

 ノリノリだな、フェアツヴァイフルング。


「いいでしょう? どうですか? 異世界への門ですよ! あっちの世界にはこちらの世界にないものがあります! ザルガラ先輩もきっと興味がつきないはずです!」

 何がそんなに嬉しのか。アザナはニコニコとしながら、遠いどこかを見る目でオレに問いかける。

 ひとまず息を整えた。

 興奮しているアザナ相手に、オレはできるだけ落ち着いた言動を心がける。


「異世界への門か。気になるな」

「ですよね? ですよね!?」

 一言いっただけで、アザナは喜び勇んで飛び跳ねる。

 いつもだったらその姿がとても可愛く見えるもんだが、どういうわけか今日は癪にさわる。


「そうだな。三回廻ってワン、って言ったら協力してやるよ」

 ちょっと意地悪に答えてみた。すると、アザナは不機嫌そうに目を細めた。

 

「なんでボクがそんなことをしなくちゃいけないんですか?」

 ああ、やっぱりな。

 

「オマエなら……いやアザナなら、三回廻ってワンと言えと挑発したら、『わかりました』と素直にやる」

「や、やるわけないじゃないですか!」

 戸惑いと苛立ちを見せ、アザナはオレを軽蔑するような目を向けた。


「いーや、オマエならやる。しかも人の注目をわざわざ集めたうえで、いやいやだけど命令されたから仕方ないんですって演技をかましつつ、最後に『ごろにゃん、ご主人様の言うとおりにしたワン。これでいいかにゃーん』とか言いながら抱き着いてきて、オレを社会的に抹殺しにくるっ!!」


 アザナは捨身のいたずらを仕掛けてくる。今までの様子からして明らかだ。

 これだけ人がいる前なら、いい機会だとばかりにやってくるだろう。アザナはそういうヤツだ。今までの行為から簡単に推測できる。 

 死ねばもろとも、いや一緒になって笑われることを楽しむ。アザナはそういうイタズラ好きだ。


「そ、そんな変なことをするわけ……」

 困惑するアザナ=マダンを見て、オレは改めて思う。

 ああ、やっぱりな――と。


「ダメだな、オマエ相手じゃ。その気になれねぇよ」

「……はぁ?」

 神経を逆なでる刺々しい声を上げ、アザナ=マダンが敵意に近い感情をオレにぶつけてくる。今までにない感情を受け、オレは安堵しつつもマダンがアザナでないと確信できた。


「今までのやりとりで確信したぜ。オマエはアザナとしちゃデクリメントだな。アザナデクリメントだ」

「デク……リメント?」


「しゃべればしゃべるほど、アザナじゃなくなる。しゃべるたびにマイナス1だ。魔法陣の変数でも使うよな、デクリメントって。そんな感じでアザナ分が減っていくんだよ。そんなヤツに協力なんてしたくない」


「……じゃあ、どうすればいいんですか?」

 どうしても協力させたい。そのためにはどうすればいいのか? というアザナ=マダンの態度。

 拗ねて「もういい」と諦める方がマシだった。今の言葉は「どうすれば自分にとって都合よく動いてくれますか?」って意味だろう。


「そうだな。オレとケンカしてくれるなら、考えてやらないこともない。このところアザナとはご無沙汰だったからな」

「……そうですか……わかりました」

 諦めたような、呆れたようなアザナ=マダンの反応を見下ろし、オレは臨戦態勢を取る。

 アザナはオレたちの周囲に立方陣を張った。内部にもともといるオレは影響を受けないが、他人の胞体陣や立方陣の中へ、外から胞体陣などを投影することは不可能に近い。

 

 外部からの干渉は、これである程度防げる。教師たちが何人かで対応すれば、この立方陣内に干渉することができるだろう。しかしそれは簡単ではない。しばらくはケンカを楽しめるだろう。


 下校中の学生たちが、遠巻きになってオレたちを見守る――いや、見物だな。ほとんどが観客だ。


 ここは決闘場と化した。アザナ=マダンはハンデだと言う如く、当然のように立方陣を負担してくれた。

 もっとも正4面体陣程度じゃアザナにとって大したハンデじゃない。


「さあ、こい」

「いきますよ」

 いつもと違うアザナ=マダンのテンション――。  


 ふっ、とアザナの姿が視界から消える。魔法的な挙動は感じなかった。まるで机の上の消しゴムが、まばたきした瞬間に消えたかのような感覚――。


「セイッ!」


 アザナが消えた理由を考えるどころか、視線を動かして探す間もなくオレの脇腹に衝撃が走った。ずっしりとした重みが腰からヒザにし掛かる。


「イガハッ……」

 息が――吐けそうで吐けない!

 痛いという言葉が、そんな吐き出す声に変ってしまった。よろめき下がると同時に衝撃の飛んできた右側を見ると、アザナが左足を下しているところだった。

 オレを蹴ったの、か、いや待て防御魔胞体陣はどうし――


「チェストッ!」

 思考も防御も間に合わない。

 下されていく蹴り足の裏に控えていたのか。アザナの左拳が突き進んできてオレの顔面を捉えた。

 熱い痛みが顔面に広がるッ!

 クッソ痛ェッ!

 反応できない、だから逃げる。だが後ろは絶対に危険だ、とオレの勘がささやく。


 オレは『王者の行進』を使って、左半身に構えるアザナの背側……右前方へ向かって突き進んだ。


「セイヤーッ!!」

 とてもアザナの声と思えない大声と共に右上段回し蹴りを放ち、いままでオレがいた場所に薙いだ。もしも後ろに逃げていれば、『王者の行進』の加速中に捕まっていただろう。

 前に逃げたからこそ、蹴り足がオレを追いかける形となった。


 背に回り込んだはずなのに、まったくオレは優位になった気がしない。ああ、やっぱりな。空を薙いだはずの右回し蹴りが、オレの左前方へもう降りている。

 逃げの一手しか思いつかないオレは、再び地面を転がるようにして『王者の行進』で逃げた。もう王者の敗走だ、コレ。


 地面を転がったのが幸いした。

 続くアザナの蹴り技は、振り下ろされるような左後ろ回し蹴り。しかも今までの回転の勢いが乗っている。人間業とは思えない轟音を伴って空を斬った。

 これをなんとかかわす。


 みっともなく地面を転がらず、立っていれば横に薙ぎられ、屈めば振り下ろされた踵で脳天を割られていただろう。

 

「へぇ……。ザルガラ先輩は近接戦闘とか苦手そうなのに、対処方法を知っていて実践もできるんですね」

 いや、勘。完全に勘。完全勘。


「へ、当たり前だろ。オレをダレだと思ってる」

 勘だが、それを言うわけにはいかない。あー、脇腹痛ぇ……。


「侮ってました。わかってればもっとコンパクトな連撃にしたのに」

 などと話をしてる最中に、再びオレの胸に衝撃が走った。

 いつ動いた? 

 挙動が見えない!

 胸の痛みに驚くオレの顔面へ、アザナの小さい裏拳が飛んでくる。見事に命中……はしない。右手を転移させたのが偶然にも間に合い、これで防いだ。


 しかし攻撃はまだ止まっていなかった。


 アザナ=マダンの肘と手首がしなった。裏拳を放った直後の右手が形を変えて手刀となり、オレの右耳を叩く……と痛みを感じた直後、左ひざに痛打。

 肘、裏拳、手刀を片手で放ちつつ、右足でローキック――、これらをすべて見事に喰らって、オレはもんどりうってその場に転がる。

 そこへ――オレを踏む右足、それが踏み込み兼ね、追い打ちの体勢となって、右こぶしを真下に放つ。そんなアザナの虚像が見えた。

 エト・イン相手に散々使用した先読みの魔法が発動し、そんな未来を見せてくれた。よかった、エト・インと一緒に野性的な遊びを繰り返してたおかげだ。

 

 倒れながら、オレは【裏切りの大地】の魔法を使用する。おかげで、互いに体勢が崩れてアザナの連撃が止まった。

 アザナがずっしり地面に根を張るような動きだったからこそ、足元を崩す魔法が効果を発揮した。

 

 めくれあがる道の煉瓦の上に、魔法も使わずどっかりとした低い体勢で立つアザナ。普通ならば転倒、良くてたたらを踏むだろうに、めくれ上がった石畳の上で腰を落とし、足さばきを変えて構えを取っている。


 ずん……、とめくれ上がった石畳を踏んでもとに戻す。

 この間、まったくアザナの上半身はブレていない。


「……ふう。魔法のある世界だと、やっぱり勝手が違いますね。連続技が綺麗に決まると思ったのに」

 アザナが肩をすくめてみせた。

 充分、脅威の連撃を喰らったよ、この暴れん坊が。


「動きも驚いたが……攻撃のたびに、触れた胞体陣内の防御魔法陣を書き換えてやがるのか」

 鼻血を拭きながら、オレはやっと見切ったアザナの技にあたりをつける。


 見て(・・)魔法陣を書き換えるには、投影されている魔法陣が見えなくてはいけない。

 身体を守るための最低限の魔胞体陣や、服などに刻まれた防御魔法陣は直接触れなくてはいけない。


 殴りながら、このアザナはそれをやっている。

 魔法を使いながらなら、このオレでもできる。極端にいえば、手で計算しながら頭の中で違う計算するようなモノだからな。

 でも攻撃動作をしながらというのは、ダンスをしながら机の上の答案用紙に計算を書き込むようなモノだ。そんな曲芸はオレにはできない。


 防御魔法陣への対処は、魔力弾のほかに2つある。  

 武器に防御魔法陣破壊や書き換え専用の魔法を封じ込んで魔具化し、それを持って思いっきり殴る方法だ。エウクレイデス王に謁見したとき、近衛騎士がオレに剣を振り下ろして防御魔法陣を10枚ほど破壊してきた。アレは剣がそういう魔具だっただからだ。

 あとは古竜などが行うが、魔力を載せて思いっきり大打撃を与える。だが、これは人間には肉体的な力が足りなくて、ほぼ不可能である。


 もう1つは触れて書き換えて、無効化する方法。これはオレも得意だ。一瞬でできる。他の魔法使いも時間をかければできる。

 だがアザナは高度な肉弾戦を繰り出しながら、書き換えを行ってくる。


 これがッ! 

 これが勇者かッ!

 おいおい、マダンさんよ。オマエはあの椎の実弾丸を使う魔法が得意じゃないんか?

 泥臭さすぎるが、魔法で身を守るこの世界の魔法使いや魔物相手には抜群の攻撃方法だ。有効すぎて体中が痛いし、涙が出てきそうになる。こんなケンカ、初めてだ。


「ザルガラ先輩……ボクは前からこの世界のケンカって嫌だったんです。魔力弾なんていうちょっと痛いだけの魔法で、魔力を乱して戦意を奪うだけ。わらっちゃいますよ、まったく。やっぱりケンカは骨が軋んで、血を見る殴り合いが健全ですよ」

 拳を握りしめ、アザナ=マダンは低く構え直す。

 あまりに本気なその戦いの体勢に、オレは呆れながらも納得した。

 勇者でアザナじゃない。コイツはマダンだ、と――。


 そんな中、ついにパラパラと雨が降り始めた。雨粒はオレたちを包む立方陣をあちこちかき乱す。

 雨に濡れ始めた煉瓦の道に、血の混じったマズい痰を吐き捨てた。


「へ……オマエの世界のケンカってのはずいぶんと野蛮だな。……やっぱぁオマエはアザナとは違う。あ、雨が降ってきたぞ。オレの読みが当たり」

 アザナ=マダンは当然だ、とオレの宣言を涼しい顔で受け流して嗤った。


「そんなにアザナとボクが違うと思うなら、身に染みるまで教えてあげるますよ。勇者の力と異世界のケンカの作法を。あ、ボクは天気予報って苦手なんです」


急にカラテが来た?

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