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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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令婿の誤算


 帰ったらオティウムを問い詰める。

 

 騎士団詰所での事後処理が終わって、日もすっかり沈んだ帰り道、オレはアザナのために決意する。


 オティウムは古竜の妻として生活しているだけで、【終焉開発機関】や招請会と関係はないかもしれない。しかし古竜一族内部で、よからぬ活動している古来種という可能性もある。

 アポロニアギャスケット共和国の向こう側で古竜相手に活動されるより、こちらにいてもらった方がよほど良い。そう思っていたが、事情が変わった。

 フェアツヴァイフルングが言うことが本当ならば、今のアザナはアザナであってアザナではない。乗っ取られているわけではないが、古来種にとって都合のよいアザナとなっている。

 

『アザナ殿はアザナ殿だが、性質が変化していてアザナには変わりないぞ』

 精神に関してはプロフェッショナルであるフェアツヴァイフルングが語る。


『二重人格や三重人格でもない。音で例えるならば、1つの音楽が指揮者の指示で、主旋律となる楽器が変わると思えばよい』

「よくわからないな」

 説明を聞いても、例えが漠然として推測がおよびつかない。


『いや、人格が混じりあっているから、すべての楽器の音を出せる魔具のような楽器が、チューナーの調整で様々な楽器に変わると言った方がよいか?』

「……大分違うぞ。どっちが正しいんだ?」

 余計にわからなくなった。


 フェアツヴァイフルングを持ってしても、的確な例えができないということか。

 まさか、アイツの人格がそんなややこしいとは。

 

 苦労してんだな、アザナ。


 ま、今は待機状態だった7番目が、古来種の都合で代入されているから、例えるならアザナ´(ダッシュ)といったところか。


『しかしなんじゃのぉ。アザナ殿と比べて、そなたから得る高次元物質は濃いが、いまいちじゃ』

「うるさい、文句があるなら出ていけ」

 高次元物質の供給がなくなれば、いずれ消えてなくなる不完全な存在だろうが、この絶望の女王が。


『……味、違うの?』

『おお、違うぞよ。なんというかザルガラ殿が濃い目のソースだけと例えるならば、アザナ殿は薄目ながら繊細でなんというか味わい深いスープよのぉ』

『……お、お…………おおーっ!!』

 ディータがフェアツヴァイフルングのテイスティング評価に、やおら興奮して聞いたことも無い大声を上げた。

 そのあとなにやら意味不明なことを話し始め、2人で盛り上がり出したので捨て置いた。


「おかえりっ! ザッパー!」

 ポリヘドラ家が王国から借り受けているエンディ屋敷にたどり着くと、エト・インが待ちきれなかったとばかりに玄関から飛び出してオレに抱き着いてきた。


 そうだ、こいつの問題もあったな。

 たぶん、エト・インは何も知らないだろう。知っていて、こんな子供演技ができるとなったらとても敵わない。タルピーの話では、古来種 が乗っ取った存在同士の子供は、その種族の子となるという。それが真ならばエト・インは古来種ではない。


「きょうの夕食は、ママがつくったんだよー。たべて、たべて!」

 エト・インが無邪気にオレの手を引いて、食堂へと案内する。


「あん? オティウムが夕食を? なんでそんなこと?」

 うちは人手こそ少ないが、料理人と手伝いをする使用人は十全にいる。オティウムが作る必要などない。


「西の食材が手に入ったところ、オティウム様がぜひ西の料理を作らせてくれと申しましたのです、ザルガラ様」

 食堂に向かう途中、出会ったティエが説明してくれた。


「なんだ、どういう風の吹き回しだ?」

「当家の世話になっているから、少しでも御恩返しに……とのことですが、交流の一環でしょう」

 何か裏があるのでは? と考えるオレに、事情を知らないティエが無難にオティウムの弁護をする。彼女の持つ【精霊の目(ダイアレンズ)】を持ってしても、乗っ取った状態の古来種を見抜けないわけだから、まあこれは仕方ない。


「ママっ! ザッパーがかえってきたよ! ママのおりょうり、たべさせてあげてっ!」

 エト・インが食堂のドアを開け放ち、客人ながら今は給仕をしている母オティウムに向かって叫んだ。


「あら、ダメよ。帰って来たところで、そんな無理矢理に食べさせるようなマネをしては。はしたないわよ」

 オティウムがひどく常識的だ。はしゃぐ娘の肩を優しく掴み、しっかりと言いつける。


「エト・イン。帰って来たらちゃんと、まずはお食事にしますか? お風呂にしますか? それともわ・た・し? と訊くのです」

「はしたないのオマエだっ!」

 年齢一桁の娘に何を教えてるんだ、オティウム。


「うん、わかった!」

 一方、エト・インは分かったと頷き、改めてオレに向き直って訊ね直す。

 

「ザッパー、おかえりなさい。ママのおりょうり、たべる? たべるよね? それともた・べ・る?」

「まあ、もうそんな選択肢を夫に与えない応用法ができるなんて! すっかり古竜として立派な妻となっているわ!」

「本性をさらしたな古竜」

 家庭じゃ女性上位のなのか、古竜一族?


「では、いつもの寸劇コントも終わったところで、席にお付きください」

 冷製スープを配膳するティエが、冷静に場の寸劇コント空気を収めてくれた。なんかティエも慣れてきたな。


 タルピーは食卓の上に飛び乗り、燭台を渡り歩きながら踊る。この行動がすっかり習慣となり、食事の催し物状態だ。

 音楽でもあれば、もっと楽しめるだろう。

 もっとも見えるのはオレとティエくらいで、あとは客人のオティウムとエト・インだけだが。


「ザッパーも、たべてたべて!」

「おい、オティウム。オマエの娘だろ。王国流じゃなくてもいいから、少しは礼儀作法教えておけよ」

 隣りでさっそく食べ始めたエト・インが、オレに冷製スープを乗せた冷たいスプーンを「食べて」と差し向けた。

 そのスプーンに向かってディータが――


『……ぱく』

 と噛みつき、横取りして食べるふりをした。

 もちろん映像だけで、スプーンはすり抜けている。


「オマエ……食えないのに何してんだ、ディータ?」

『……私にできないことをしたので、嫉妬。間接キス。だから邪魔した。失敗した』

 失敗するのはわかっているだろうに、いったい何をしたいんだ?

 差し出した礼儀知らずの冷製スープは押し返し、改めてオレは食事を開始した。


「かぼちゃのスープ、おいしいよ」

 口に入れる前から、おいしいと念を押すエト・イン。これをやられてマズいというヤツは性格が悪い。


『……ザル様のこと?』

 ディータ、オマエあとでなんかいいアイデアが出たらお仕置きな。――うん、そうなんだ。身体がないので、お仕置きができない。


 さて、おいしいよとエト・インに念を押されたからではないが、オティウムの作ったという冷製スープは確かに美味かった。

 かぼちゃの強い甘みを抑え、くどくなくそれでいてしっかりとした味わいとほどよく剥いた皮の風味を残している。絶妙な配分だ。

 

「かぼちゃは、エトが切ったんだよ!」

 自慢するエト・イン。オレは竜の姿でかぼちゃを爪で斬る姿を想像してしまったが、まさかそんなことはあるまい。――が、もしかしてと気になり、不安の目線をオティウムへと向ける。


「心配しないでください、婿殿。エト・インは人間の姿で、魔法も使わず手刀で斬りました」

「それはそれですげーなっ!!」

 心配以上の技だったので、素直に感心してしまった。


 さて――この冷製スープは、涼を取るためのスープではない。アポロニアギャスケット共和国より西では、食事が始まるまでの挨拶と応礼に時間がかかるため、最初に口にするスープは冷めても美味しくなくてはいけなかった。

 そんな理由で冷めても美味しいスープが追及され、ついには行き過ぎて冷たいまま供するになり、好評のあまり通常の食事でも冷製スープを食する文化になったという。

 こんな説明を受けながら、オレたちは食事を進めた。


 ほとんどの食事を終え、エト・インはアイスを食べている。アイスに夢中であることを確認して、オレはオティウムに声をかけた。


「オティウム。すまないが、後で少し重要な話がある」

「あら、なにかしら?」

「2人きりでな。オマエが食事を終えたら、裏庭に来てくれ」

 問い詰めるつもりで、オレは渋い顔で言ったつもりだったのだが、オティウムは頬に手を当て困った顔をしてみせた。


「まあ、ダメですよ。私は夫も娘もいる身なのでプロポーズは」

「なんでだよっ!」

「違うのですか? そうですか……夫がプロポーズする時の状況に似ていたので」

「その情報はいらないんだけど」

「思い出すわぁ、『誰の前でも、吾輩はそなたを愛してると言える。そして2人きりなら、吾輩はそなたの子になれる』って」

「パパのぷろぽーずのことばだね!」

「やめろ、そういう情報の暴露は」

 思わぬところで、あのインゲンスのプロポーズが暴露された。


   *   *   *


 なんだか手料理で勢いをそがれてしまったが、オレはオティウムを無事に呼び出すことに成功した。

 エト・インはティエが面倒を見てくれる。憂いは特にない。

 

 裏庭に立ちながら、オレはディータ、タルピー、フェアツヴァイフルングを背後に従えてオティウムを待ち受け……あ、タルピー。踊りながらどっかいくな、戻ってこい。だからといって、オレの前に出るな。

 そのフリーダムダンスをやめろ、頼む。緊張感がなくなる。


『……ザル様』

「なんだ、ディータ」

『……こんなやり方でいいの?』

 どういう意味だろうか?

 エト・イン外しは当然だろうし、こんな場所で問い詰めるのがマズいというのか?


『……別に明日でもよかったのでは』

 ああ、そっちか。確かに、準備無しってのは危険かな? 


「早いほうがいいだろう?」

『……では夕食前でもよかったのでは?』

 え?

 なんで?


『……わからないのですか?』

「あー、出鼻を挫かれたってことか。確かに勢いは減ったが、初志貫徹。問い詰めは緩めないぜ」

『……心は挫けないのに、鼻は挫けやすいのですね。ああ、それで低……なんでもないです』

 褒められたと思ったら、なんか容姿に難癖つけられたような気がする。

 だんだん、姫様がオレに似てきたなぁ……。


 姫様のスレた成長っぷりに感心していると、夕食の後片付けを終えたオティウムが裏庭に姿を現した。


「婿殿、こんなのところに呼び出してなんの用かしら?」

 とぼけた笑顔だ。美人の笑顔なのに、なんかどういうわけか腹が立つ。なんで……だ?

 ……まあいい。

 オレは口を引き締め、不満を呑みこんだ。


「話は重要だが簡単だ。オティウム。オマエはただの古竜……いや、古竜じゃないだろう?」

 直球で決めつける。これで折れて自ら正体を晒してくれたらいい。

 暴れるようなら、即古来種封じの一手を放つ。今日、編み出したばかりだ。オティウムは知らないし、どこかで知っても直ちに対策は立てられないだろう。仮に同じ対策を誰かが編み出しているとしても、オレが使えるとは知らない。

 これは大分有利な条件だ。

 まあ、すべて受動的に対策済みってこともあるだろうが、それならば今日、倒した古来種たちが対策していないのはおかしい。


「……さすがですわね、婿殿」

 意外なほどあっさり認めてくれた。

 あきらめというより感心したという細めた目で、オレを見つめるオティウム。


「そう、私は……」

 軽いため息を1つ。そしてオティウムの告白が詰まる。

 そうか、じゃあオレが言い当ててやろう。

 オティウム。オマエは――


古来カルテジ」「私は真限竜ドラゴンヘッドトーンです」「アン……あん?」「はい?」


 発言は被ったが、ハモらなかった。使った言葉が違うからだ。

 聞いたことない言葉だが、なんだろう、真限竜って?


「いや、ほら、中身は古来種なんだろ?」

「え? 婿殿、中身とは?」

「ほら、古来種の精神体なんだろ? それがその肉体を乗っ取ってるんじゃないのか?」

 問い詰めてみるが、オティウムは話がわからないと首を傾げた。


「婿殿は、わたしが真限竜ドラゴンヘッドトーンと見抜いたのでは?」

「いや……まず、その真限竜ってなんだ?」

「太湖の【遺産】で、生まれたといわれている真祖竜のことですよ」

「え、オマエ、古竜たちのかーちゃんなの?」 

 こいつは驚ぇた。

 いや、違う。

 待て、どういうことだ!


「おい、どういうことだ! タルピー!!」

 上位種であるタルピーならば、どういうことかわかるだろう。オレの目でも見抜けないオティウムの正体を見抜けるはずだ。

 いつの間にか、離れたところで踊っていたタルピーを呼び寄せた。近くで踊ってろと言ったのに、もうまったくしょうがないやつだ。


『ザルガラさま、どうしたの?』

「なあ、タルピー。コイツ、古来種だよな!?」

『ちがうよー』

「へ……」

 あっさり否定された。

 違うというタルピーに向けたオレの指先が下がる。


 あ、そうか。

 古来種ならタルピーが気が付くはずだ……。たしかに今まで全く古来種だと、タルピーは言ってなかった。


「いや、でもやたらオティウムに抱き着いたり、懐いたりしていただろ?」

『……? よくわかんないけど、なんでそれで?』

 タルピーはオレが何を言っているかわからないという様子だ。


「だって古来種だから、実によくなじむって理由で抱き着いたんじゃないのか?」

 古来種は存在そのものが、すべて高次元物質でできている。だからこそ、この次元の物質すべての法則に縛られず、さまざまな力を行使できる。

 上位種であろうと、それを分けてもらって存在している。フェアツヴァイフルングやディータたちと違って、単独でも存在は可能だが枯渇すれば、上位種としての力は維持できないだろう。


『ちがうよー。おっぱいがふかふかだからだよ』

「そんな理由かよ!」

『ザルガラさまにもおすすめ』

「いらねーよ」

 タルピーが右手を引いて、オティウムに押し付けようとしたがひらりと回避する。タルピーはそのままオティウムの胸へ飛び込んでいった。


『わらわから見ても、古来種ではないな』

 フェアツヴァイフルングがタルピーの証言を裏付ける。

 ど、どういうことだ?


「真限竜のオティウムです」

 オティウムがタルピーを撫でながら、再び自己紹介を重ねた。

 そこで気が付く。


 まさか、そんな……そんな恐ろしいことがっ!!

 オティウムが古来種だったとか、オレの予測が外れたとか、それどころの話じゃない!!

 

 うそ、だろ? 

 そんなことがあるってのか?


「え? インゲンスのヤツ、マジで母親と結婚してんのか! いや、真祖だからバアちゃんか? どっちだ!? ええい、どっちでもいい!!」

 新竜含めてすべての竜の大いなる祖だろっ!


「む~こ~ど~の~ぉ。どっちでもよくありませんよ。ママです。グランマじゃありませんよ」

 え、そこ重要ですか?


「ママですよぉ~」

『ひいいぃ、なんか熱いっ!! おっぱアツイッ!!』

 ママであることをオティウムが強く主張する。

 その熱さは底知れない。何しろ抱かれていた炎の上位種が熱いと口走ったんだ。どんだけあのババ……あ、すんません、お姉さん。 


何を勘違いしたのか、前回と今回が時間前後して書いてしまいました。投稿を間違えたのではなく、ごく自然に構成を間違えました。

今日、気が付きました。

と、いうわけで今回は前回の前の時間軸です。

混乱するような構成となり申し訳ありません。

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