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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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家路のあとさき


 店持ちの裁縫士を目指していたのに、どうしてこんなことをしているのか?


 ドット少年は薄暗い地下アジトの一室で、見たことも無い魔具や魔力のない不可思議な道具に囲まれてそんなことを考えていた。


 現在、ドット少年は親不孝中である。

 

 放火に失敗し、家出も断念してとぼとぼ帰る中、篤志家でもある恩人ローラードに声をかけられた彼は【終焉開発機関】の集会に誘われた。

 物は試しと集会へ顔を出し、ローラードと一緒に頭を下げてもらって一度は家に帰った。以来、何度かローラードに誘われて、【終焉開発機関】の集会へと出席した。


 ドットの父親は、街の名士でもある篤志家ローラードに就職の面倒を見てもらっていると思っている。まさか反社会組織の会合に参加しているなど、露とも思っていない。それも仕方ない。名士であるローラードを信用しているし、なにより息子を信用しているのだ。


 やがてドットは【終焉開発機関】の構成員として迎えられた。

 

 だが多少、教育を受けた程度の子供に、構成員としての仕事はない。

 そんなドットに与えられた仕事は、年下の子供の世話係である。

 年下の子供といっても、相手はただの子供ではない。

 古来種に比肩すると言われる天才少年だ。


 ドットの目の前では、アザナ……いやマダンという天才少年が、目ぬきのないヘルメット被って小型ゴーレムを操作している。

 どういう仕掛けになっているのか、ドットには見当もつかない。言葉の命令すればある程度自立して動くゴーレムを、どうしてわざわざ遠隔操作するのかも理解できない。


 年齢が近いからと世話係をしろ、と言われたドットだったが、実はアザナ=マダンの発明品を見ても理解できず、盗むどころか人に伝えることも不可能だから選ばれたのだ。


 時々、飲み物など用意して手渡すだけで、ドットには仕事らしい仕事はない。あとは掃除と洗濯くらいだ。


 そんな役立たずなドットの前で、小型ゴーレムはアザナ=マダンの意志を受け、とことこ歩いて不可思議な門をくぐる。

 魔具やむき出しの『門』だ。

 それは大陸各所に古来種が残した一方通行の『門』に似ている。

 大きさや台座の形は大分違うが、ほぼ同じ用途に使われるとドットは考えていた。


 『門』の向こうへと消えて行った小型ゴーレム。

 それを無言で操作するアザナ=マダン。

 わけもわからず見守るドット。


 やがて――


「やった、成功だ! ここは……どこかの裏路地かなっ! 見たことはないけど、見たことある感じだ!」

 アザナ=マダンは興奮して叫んだ。ドットは思わずビクリと反応してしまった。


「よし……今回は、前みたいなどこかわからない山奥じゃないぞ……」

 舌なめずりしつつ、ゴーレムを操作する少女と見まごう美少年。目元がヘルメットで隠れていても……いや、そうして顔の一部が隠れていることによって、より見てみたいと思わせる美しさを醸し出している。


 ドットはそんなアザナ=マダンの横顔を眺め、いつでも指示に従えるように待機していた。


 指示といっても、飲み物や軽食を手渡す命令くらいしかこない。たまに「あの魔具を取ってくれ」といわれるが、知識のないドットはその指示は持て余す。

 アザナ=マダンも数回でそれを理解して、今ではドットができる範囲の指示しか行わない。


 そもそもアザナ=マダンの助手をできるような【終焉開発機関】構成員はいない。

 いや、以前はいた。

 

 古来種を自称し、【終焉開発機関】の構成員たちから崇められていた2人の少年少女たちだ。

 今はもういない。

 騎士団に捕まって、その古来種というものはもうどこにも存在していないらしい。


 【終焉開発機関】の士気は大いに下がった。

 崇めていた古来種が騎士団の部隊どころか、エンディアンネス魔法学園の生徒相手に負けたのだ。幻滅しないわけがない。


 ドットも幻滅した1人だ。心酔していたわけではないが、古来種の力は信用していたし憧れてもいた。

 伝説では上位種をもしのぐ魔法を使いこなし、たった数千人で大陸を支配してしまった古来種たち。複雑な胞体陣をちょっと捻るだけで、奇跡をいくつも行使したという。


 そんな古来種が、あっさりと敗れ去った。


 伝説は所詮、伝説だったのか?

 いや、あれは偽物だったのではないか?


 およそ人格者とはいえなかった古来種たちということもあり、瞬く間に組織は求心力を失っていった。


 そうして分裂とまではいかないが、統制が崩れた【終焉開発機関】のアジトのいくつかに、王都騎士団が捜査の手を入れた。

 短期間で膨れ上がった【終焉開発機関】は、あっという間に瓦解してしまった。

 もろいものである。

 急速に構成員が増えたことも、もろさの原因だった。もしかしたら、密偵の何人かが手引きしたのかもしれない。


 ドットも他のアジトにいれば、騎士団によって捕まっていたことだろう。

 だが幸いにも彼は、アザナ=マダンの世話係となっていた。


 国の治安部隊として最強とも言われる騎士団を返り討ちにしたアザナ=マダンは、一部の【終焉開発機関】構成員たちを引き連れ脱出した。


 以来、こうしてドットは家にも帰れず、幹部構成員ですらしらないアジトの一室で、アザナ=マダンの身の回りの世話をしていた。

 残った構成員はわずかに20人。組織としては小さすぎる。

 だが、アザナ=マダンという少年は、無理矢理に力で組織を維持し続けていた。


 家族にはローラードが「ある魔具製作者のところで、試しに採用されている」とウソを伝えているというが、それも本当かどうかわからない。

 今のドットは、そんな危うい立場にあった。


 これからのことや、家族のことなどつらつら考えていたら、いつの間にか時間が大分経っていたようだ。


 一方通行のはずである不可思議な門から、小型ゴーレムが小さな箱を持って帰還した。


「今日の戦利品はこれだけ……。だけど、久しぶりのホッキ―だ!」

 その小さな箱な赤と黒の箱がどれほど大事なのか?

 大掛かりな魔具で小さな『門』を造る価値があるほどのものなのか?

 ドットには段階的な試験や実験が理解できないでいた。


 アザナ=マダンはドットの視線も気にせず、箱を開けて細い食べ物を取り出して迷わず口に入れた。

 細長い食べ物は一口では口に入らず、それをアザナ=マダンはまるでタバコかキセルかというふうに咥えている。

 それ中ほどで折り、口をすぼめて順繰り咥内へと招き入れながら目を閉じ味わうアザナ=マダン。


「ああ……懐かしい味だなぁ……」

 そう言って右手に残っていた棒の元も平らげると、早くも2本目に手を伸ばし――


「キミも食べる?」

 と言って、1本差し出してきた。


「は、はい! い、いただきます!」

 その食べ物には興味があった。ドットも子供である。

 差し出された細長い棒の菓子を摘まんで取り、まじまじと眺める。

 ペンより細い焼き菓子に、チョコレートが塗られたお菓子だ。たまにアザナ=マダンから下げ渡された高級お菓子やケーキと違い、どこか適当な作りに見える。


 アザナ=マダンはドットなど構わず、2本目はかりかりかりと小刻みに、3本目と一気に棒を口の中に押し込んで平らげていた。


 ドットも意を決意して、一口先をかじってみた。

 鼻まで伝わるほろ苦さと、舌にじんわりと残る甘味。噛めば焼き菓子の触感が交わって、食べる楽しみが増す不思議なお菓子だった。


 美味しい。しかし、高級なお菓子と比べると物足りない。味的にも量的にも。

 これはきっと庶民的なお菓子なのだろう。


 あの『門』はどこに通じているのか?

 という疑問をドットは持たない。

 どこかの街につながっているのだろう、という浅く検討違いな理解をしているからだ。


 その『門』が、急に激しい閃光を放つ。

 大人の両手の平くらいという『門』の大きさからすると、それは驚くほどまばゆい閃光だった。一瞬、ドットは爆発をしたのかと思って、頭を抱えてしゃがみ込んてしまう。


「ネズミ、か。小さいから人が出入りできないとはいえ、開いたままは危ないか」

 驚きもせずアザナ=マダンは魔具の様子を確認して、小型ゴーレムを再び『門』に突入させて原因を探り終えた。


「前回は、コスモスタとかいう『エーアイ』の端末が紛れ込んできちゃったし、なにか通過するのに制限でもかけるかしないと、面倒なのがアッチからきちゃうね」

 小型ゴーレムを帰還させると、アザナ=マダンは『門』に魔力を供給する魔具の魔石を取り外した。

 途端、ふっと『門』は輝きを失い、その形を失う。


「……ふう」

 ひと段落した、と何もしていないドットが肩から力を抜く。


 確かに前回は大変だった。

 見たこともない鋼鉄のゴーレムたちが『門』を潜って現れ、街の一角にあった前のアジトを破壊して回った。

 その時は古来種たちもいたので、アザナ=マダンと共に『門』の中へと押し返せたが、もしもまた危険な存在が現れたら、ドットなど巻き込まれて死んでしまうかもしれない。


 『門』から巨大な竜が現れて、自分が焼き尽くされる姿を想像して身を震わせた。


 もっとも、ドットのその想像は杞憂である。生物はその『門』を通れないし、前回の事件以来、門は小さく作られているので、大型の存在は物理的に通過できない。

 

 そう、生物は通れない。

 生物は一瞬で死んでしまうため、この門に触れることは禁じられている。


「……これが完成すれば、帰れる」

 アザナ=マダンは細い焼き菓子を食べ終えると、箱を握りつぶして呟いた。

 

 ドットは少年の言葉を聞いて、自分の帰る場所を思い起こす。

 両親と大勢の兄妹たち。今頃、どうしているのだろうか?

 【終焉開発機関】の構成員の家族、と責めを受けてはいないだろうか?


 遠い目をするアザナ=マダンのことなど構わず、ドットは懐のハンカチを握りしめた。


 放火をしようと思った先の孤児が、わざわざ届けてくれた自作刺繍のハンカチ。

 拙い裁縫を見られたことは恥ずかしい。しかし、それ以上に危害を加えようとした相手に、落とし物を届けられたことを恥じ入った。


 孤児たちは恵まれているように見えたが、実は自分たちと変わらない子供たちだと知った。いや、違う。彼ら彼女たちには親がいない。

 相手からすれば、自分の方が恵まれている。ドットは今更ながらに気が付いた。


 まだ帰れるかもしれない。


 もしも放火が成功していたら、ドットは後戻りしようなどと考えなかっただろう。

 罪悪感から、放火は間違いではなく、当然の報いだと思い込み、それを【終焉開発機関】の思想を無理矢理重ね合わせて正当化したことだろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 放火どころか、火種の一つもつけていなかったので未遂ですらない。もちろん、糖蜜タンクの破裂がなければ、どこまでことを進めたかはドット本人にもわからない。

 もしかしたら留まったかもしれないし、まさかとは思うが実行したかもしれない。


 だからドットは悩んで、道を探していた。

 今の自分は、考えて行動を起こせる立場にある。


 帰ろうとしても帰れない、なにをしても帰れないアザナ=マダンの後ろで、ドットは家へ帰るための決意を固めた。



アザナ=マダン「今度はジャン〇を盗ってこようかなぁ」

ザルガラ「万引きか! 見損なったぞ、アザナっ!」

アザナ=マダン「……マダンです」

ザルガラ「すまない、どうやら別人だったようd……って騙されるかっ!!」

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