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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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暇へ与えた猶予の終わり


 アザナが敵?


 どういうことだ――。

 フェアツヴァイフルングに問い正そうとしても、ショックで口が回らない。

 まさか、あのアザナが古来種に身体を乗っ取られた?

 オレでも覚えてないくらい、あっさり拒絶できたってのに、あのアザナが乗っ取られるなどありえない。


「それはどういうこと……」

 絶望の女王を問い詰めようとしたその時、何者かが襲撃する轟音が、片づけをする巡回兵たちの間で響き渡った。


「何事だッ!!」

 と、叫んだ巡回兵が、どこからともなく飛来した魔力弾に撃たれて倒れた。

 続く攻撃の雨が降りかかり、能力の高い兵士が選抜されている優秀な巡回兵たちが、高威力の魔力弾を前に一撃で倒されていく。


「た、態勢を立て直……」

 指揮をする巡回兵が、死角から飛来した魔力弾で意識を狩り取られる。

 フェアツヴァイフルングと会話していたオレに向かっても、魔力弾がいくつか飛んできた。なかなか高い威力だ。悔しいがさらなる不意打ちや追撃を警戒するため、離れた位置や視界外にいる巡回兵まで守ることができなかった。

 

「おおっ! 俺たちの古来種様がいらっしゃってくれたぞっ!」

 捕縛されていた【終焉開発機関】構成員たちが、巡回兵たちから逃れてそんなことを叫んだ。

 スラムや廃墟の各所からいくつもの魔力弾が襲い掛かり、次々と巡回兵たちが打ち倒される様子を、彼らは喜々とした目で眺めている。


 魔力弾の威力は驚くほど高くないが、一発で確実に巡回兵を行動不能にさせる的確かつ効率的な攻撃だ。


 あっという間に、残った治安側は重武装の騎士とカヴァリエール卿だけとなってしまった。

 騎士が優秀という理由もあるが、巡回兵より重武装が彼らを守ったといえる。それでも魔力弾の余剰威力は、騎士団の盾と鎧をひどく消耗させている。物理的にも損壊させ、魔具としての機能を削っていた。


「はーっはっはっ! 騎士だ、巡回兵だ、といっても動く的と変わらないな」

 消耗する騎士たちを、笑い飛ばす人影が雨と土煙の向こうから現れた。


「君はッ!?」

 カヴァリエールは襲撃者の姿を見て驚愕した。そして交戦しようとする騎士団員たちを押しとどめる。

 相手が行方不明だったクラメル兄妹の兄コリン、その人だったからだ。


 しかもコリンは1人ではなかった。分散配置した胞体陣が分身を投影しているのか、10人のコリンがあちこちに現れていた。

 この分身たちどれもが、あの魔力弾を放っていたとするならば恐ろしい魔法である。10人の分身が的確な威力の魔力弾を放ち、個別の対象へ命中させるなど魔力は間に合っても制御が追いつかない。

 力任せのアリアンマリ=コールハースなどと比べたら、コイツははるかに強敵だろう。


 どこでなにをしていたのか、妹が大けがをしているというのに、分身コリンたちの1人がマントを振り払って口上を述べ始める。


「ふぅうはーっはっはっ! コールハースのヤツを倒したようだが見たところ疲労しているようだな。この私はコールハースのようにはいかんぞ! なぜならばコールハースのようにただこちらへ来ることだけを目的とした落伍者と違いこの私は志を持ってこの世界にきた古来種だからな。いや古来種などとそちらが一方的に称する名称などに当てはまらない。私こそこの私こそがそう私が真の支配者たりうるものだ。よって消耗している中位種など敵ではない。この私スタ」

「うるせぇ、いまそれどころじゃねぇんだよ」

 息継ぎせずベラベラしゃべるコリン=スタなんとかという古来種?たちの中から、唯一の本体狙って右手を飛ばした。いくら右手が転移できるといっても、がっちり貼られた防御胞体陣の向こう側へ――というのは無理だ。

 しかし今はその複雑な胞体陣の向こう側へ、転移させるワザがある。そのワザであるレピュニットを使い、オレの右手を胞体陣の向こう側へと転移させた。

 まさかの行動にコリン=スタなんとかは反応できない。 


『え、ちょ……』

 本体を見抜かれ、防御胞体陣を突き抜けるオレの右手に驚き戸惑うコリン……から抜き出された古来種スタなんとか。

 気を失ったコリンの向こう側で、丸顔の男が目をぱちくりとさせていた。そのリアクション、可愛くないぞ、おっさん。


「分身してようが、古来種であるオマエはそこにいるんだろ? たしかにコリンの姿は分身してたが、オマエはそのままだったからな」

 光を屈折させようがなにしようが、高次元物質であるコリン内の古来種は存在している。オレの目とタルピーがいれば、それを見抜くのはたやすい。

 しかも、なんでこいつ、本体だけでしゃべってんだ?


 偽装かと思ったがそうでもなかった。本体と推測できた奴が、本体らしくしゃべっていた。分身も分身攻撃も見事だったのに、なぜかそこらへんだけ抜けていた。

 そこまでできるなら、分身にしゃべらせるとか少しは偽装をしてもいいだろうに……。


 もしかして、古来種って抜けてる?


 オレはそんな疑問を抱きながら、コリンからスタなんとかを引き剥がすため、コールハースと同様に成層圏まで引っ張った。


『そ、そんな……私の出番……』

 スタなんとかは、そんな言葉を残して高次元へと浮かび上がって行った。

 まったく本日二度目の成層圏だよ。上を下へってヤツだな。

 秘密のアジトの掃除をしにきたら、なんだかいっぱいお仕事をしてしまったよ。

 

 労働しすぎの気分で地上に舞い降りると、【終焉開発機関】の構成員たちが口を押えて茫然としていた。


「うわっ……俺たちの古来種様、弱すぎ……?」

「……実は古来種様って大したことないんじゃ?」

「で、でも騎士団と巡回兵を圧倒して……」

「それは不意打ちだったからじゃないか?」

「言われてみれば……」

「ていうか、いまの古来種様ってなんて名前だっけ?」


 【終焉開発機関】の構成員たちが、再び騎士団に捕縛されながら古来種に幻滅していた。

 これはこれで良い効果あった。幻滅してくれれば、招請会の勢力も弱まることだろう。

 よし、これから古来種は全力を持って、余裕の振りをして見せつけつつ排除していこう。


「……う、なんだ? 我はどうして、ここに? ……っ! そうだ! ローリンはどうした!?」

 オレが成層圏へのプチ散策ついでで古来種退治をしていた間に、騎士たちから介抱されていたコリンが気が付いた。


「大丈夫か、コリン先輩」

「う、む……なんだか、雑に助けられたような気が……」

 よし、大丈夫だな。よくわかってる。気は確かだ。


「ローリン先輩なら怪我はしてるが、今は回復に向かってるよ。クラメル家総出で、集中治療を受けている」

「……そうか。なんとか逃げられたのか」

 話しぶりから、ローリンが怪我をした当日の記憶が残っているようだ。

 アリアンマリは気を失って、治療院にいってしまった。代わりにコリンから情報を聞き出せるかもしれない。


「何があったんだね、コリン君? 良かったら話を聞かせてもらえないか」

 周囲に警戒人員を配したカヴァリエールが、オレに先んじて事情を尋ねた。


「……今まで我が我でなかったような。そう、誰かが我を我の中で監視して……後ろから操られているような……」

「なぜまた、君はそんな目に?」

「アレは……前の赤満月の夜……我と妹は特訓に利用できる秘密のアジトでも作ろうかと、古来種の廃墟を巡っていたのだが――」

 コリンが説明を聞いて、フェアツヴァイフルングが背後で呟く。


『その歳で秘密のアジトとは、恥ずかしいの~』

 

 ギクッ!!


『?』

「……?」

「どうしたのかね?」

 フェアツヴァイフルングとコリンとカヴァリエールが、動揺してしまったオレに視線を向けた。

 どうぞ、続けて――と、オレは何でもないような笑顔で、コリンに説明を促した。

 釈然としないながらも、まあいいかとコリンが再び語り始める。


「そこで、そこで我らはアザナと出会ったのだ」

 そこで……そこでアザナ、だと?

 似ているだけの別人じゃないのか?

 だとしても、そっくりなマルチということもないだろう。まさかもう一人、アザナにそっくりな人間がいるとは思えないので、別人説は難しいところだ。 


「本当にアザナだったのか?」

「そういわれると……姿はそっくりだったが、アレはアザナだったのかどうかわからないが……」

 コリンは自らの発言に疑問を抱きつつも、アザナと出会ったという廃墟の場所をカヴァリエールに伝えた。


「その廃墟は終焉開発機関の拠点が隠されていた。すぐに逃げ出したのだが、見つかってしまい……妙な音……キーンとかひゅーんとか聞いたことも無い音がして、四方から鉄の礫が……」

 鉄のつぶて……レピュニットを施された弾丸アレかな?


「鉄の礫の癖に、我らの防御胞体陣を撃ち抜いてきたのだ……」

 コリンは物体による攻撃で、胞体陣を無効化されたことに未だ衝撃を受けているようだ。


 妙な音に心当たりはないが、防御胞体陣を撃ち抜く方法に思い当たる節があった。

 つい先ほど、オレがスタなんとかという古来種が貼った防御胞体陣の向こう側に、右手を転移させた仕掛けと同じだろう。


 弾丸は高速であるため、撃ち抜いたように思えたのだろうが実は違う。

 防御胞体陣の面に触れた瞬間、空間を反転させて内側に弾丸を転送させる仕掛けだ。弾丸の運動エネルギーを維持させているなど違いは多少あるが、オレの推測は間違っていないはずである。

 

 物理に無敵の防御胞体陣を貫通する弾丸。その仕掛けは分かった。

 疲労しているコリンは、大事を取って休ませる。あとは騎士団に任せることにした。


 とにかく今はコリンが見たアザナが気になる。信じられないが、やはり古来種に操られているのか?

 オレが疑問の視線を向けると、フェアツヴァイフルングは意を得たように答えてくれた。


『アザナ殿は操られているわけではないぞ』

 どういうことだ?


『……どういうことだと、ザル様が聞いてます』

 オレの意図を読み取ったディータが、代わりに訊ねてくれた。


『信じられんかもしれんが、アザナ殿の精神は1つではないのだ』

 信じられないな。


『……信じられないと、ザル様が言ってます』

 そこは別に通訳しなくてもいい。


『アザナ殿の精神6つある……はずなのだが、なぜか今は4つしかないのだ。しかも1つは休眠状態じゃ』

 ――つまり多重人格?

 そんな素ぶりは――いや、あるな。結構、コロコロ変わってるような……あー、そうか。オレが精神が6つあると言われて、簡単に納得できる理由はアレか。

 死にかけた時、出会った2人のアザナ。

 女性化したアザナと、一度目のオレと死闘を繰り広げた精悍なアザナ。おそらくその封印された2人が、失われた2つの精神だろう。


 しかし、よくわからないな。6つの精神が今は4つというのは分かる。しかし、1つ休眠とかどういうことだ?


『……よくわからない』

 オレの疑問を通訳したというより、ディータ個人の疑問のようだ。


『失われた2つの事情と行方はわからんのだが、休眠の1つの理由は分かる。ザルガラ殿、そなたのせいじゃ』

「オレのせいだと?」

 思わず声が出てしまった。カヴァリエールが何事だと、こちらをちらりと見た。しかし、たまたまタルピーが目の前で踊っていたので、上位種イフリータと会話していると思ってくれたようだ。


『ほれ、そなたが以前、古来種の魔力プールと直結してアザナと戦ったであろう?』

 ああ、あの時か。


『あの時、本当にそなたは死にかけたのじゃ。それを1つの精神がそれこそ懸命に精神を削って助けたわけじゃ。まったく、萌え……ではない、泣けるのぉ』

『……興奮します』

『そう思うじゃろ!! そう思うじゃろ!!』

 ディータはなぜ興奮する。そしてフェアツヴァイフルングも絶望の女王の癖に、なぜそこまで白熱する。


『こほん……失礼した。そしてそれから、3つの精神だけでアザナ殿は生活していたわけじゃが、そこを7番目のマダンという精神につけこまれてしまった』

「7番目?」

 アザナの中にある精神は6つじゃないのか?


『7番目は古来種にとって、都合のよい勇者としての……そう駆逐者として代入される精神体じゃ。普段はアザナの自由意志に任せているわけじゃが、いざという時はマダンが古来種によって代入される。まあ7番目のマダンは、一言で称するならば古来種に唯々諾々と従う軟弱者じゃな』

 その軟弱者が、勝手にアザナを乗っ取ってるというわけか!!

 

『せめて、精神が4つあれば対抗し、耐えられたであろうにのう……。死に直面した思いび……友人を助ける献身のアザナ殿はなかなか眼福であったが、こればかりザルガラ殿、そなたを助けたせいなのじゃ』

「オレのせい、なのか」

 つい落ち込んだ声が洩れてしまった。

 続くフェアツヴァイフルングの声が、少し優しくなった気がする。


『アザナ殿が望んでやったことじゃ。しかし、責任は取ってもらうぞよ。そのためわらわが代表でそなたに憑りついたわけなのじゃからな』

 ああ、わかってる。

 責任は取ってやるよ。

 だが、その前にやるべきことがある。


 帰って、もう1人の古来種――。保険のため泳がせておいたオティウムを締め上げて、問い詰めてやろう。

 あのすっとぼけたオティウム()モラトリアム(猶予)も今日までだ。

 

『……アザナ様がかかわると、必死になる』

『それがタマリマセンワー』

 

 決意するオレの頭上で、タルピーを除く精神的居候がどういうわけか騒ぎ出した。

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