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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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解明される意識


 牛の尻尾より鶏の鶏冠。

 『鶏口牛後』という言葉が、コールハースの世界にはある。


 小さな組織の首席になっても、大きな組織の末席にはなるなという意味の言葉だ。 


 コールハースは牛後ぎゅうご……古来種カルテジアンという大きな存在の末席であった。

 

 高次元に住まう古来種の多くが高い能力を持つと同時に、ザルガラたちの住まう低次元世界の人間たち同様、優劣が存在している。

 コールハースは古来種としての能力を持ち、高い教育を受けてきたが、能力はお世辞にも素晴らしいとは言い難い。

 端的に言えば、古来種としてコールハースは落ちこぼれである。だが、それでもザルガラたちの世界ではトップに君臨できる能力であった。


 コールハースという名は、本当の名ではない。


 コンプレックスの強い彼女は本当の名前を隠し、あこがれの人物の名を借りて低次元の世界に舞い降りた。

 

 一万年前、彼女は古来種の末席ながら、世界の統治者側にいた。

 マイク大陸の大半を短期間で支配し、人々に知識と技術を授け、快適に暮らせる環境で研究と思索に耽る古来種たち。コールハースもこの中にいた。

 不満もあったが、満ち足りた期間だった。

 多くの被支配者たちがいて、コールハースは彼らの称賛と尊敬を受けていた。


 やがて高次元へ昇る手段が見つかり、古来種たちは一部上位種たちを引き連れてこの地を去ることとなる。最初のうちは、なんでも自由になる世界にコールハースも満足していた。

 

 上位種たちは他の低次元世界で古来種の命令を遂行する存在となるため去り、その地で蕃神ばんしんとなっていった。


 残ったのは優劣のある古来種たち。

 コールハースはその優劣を気にしていたが、古来種はそれほど個の優劣にこだわりを持たない。


 高次元で無尽蔵に魔法を行使できる古来種は、気の遠くなる長い時間を個として存在し続けることができる。寿命も病も苦痛もなく、ひたすら思索と娯楽に没頭できた。娯楽として他の低次元世界に存在する物質の【劇場】を通して、世界の隅々までくまなく鑑賞し楽しむこともできた。

 

 その中で、コールハースは不満を持っていた。

 強者が優劣にこだわらないとはいえ、それは満たされているからである。コールハースにとって、思索や鑑賞は心を満たすモノとならない。


 さらに彼女は支配欲や承認欲求も高かった。

 個で満足し、他者や他物の鑑賞が娯楽となる他の古来種とは違い、関係性から自分を見出すコールハースはマイク大陸で得てきた称賛が忘れられないでいた。


 だから彼女は、この世界に降りてきた。


 この時点で、この世界最高といえるザルガラの肉体は奪い損なったが、満足のいくアリアンマリという素晴らしい少女の肉体が手に入った。


 しかも、幼いながらなかなかの美少女である。これも彼女の自尊心をくすぐった。招請会の男たちは、若干特異な趣味ながら、アリアンマリ=コールハースを崇拝した。

 支配欲と承認欲求が満たされ、彼女は研鑽などせず甘んじた。


 そのことを見抜いたのか、アザナという少年はコールハースを見下す。


「古来種様って言うほどじゃないね」

 超越者を見下ろすアザナの冷たい目線。


 その一言にはさまざまな意味が含まれているように感じた。


 古来種と呼べるほどではないというのか?

 様をつけるほどではないというのか?

 能力が高いと、言えるほどではないというのか?


 コールハースは何としても、アザナを見返したかった。魔物の駆逐者デストロイヤーが、古来種カルテジアンを見下すなどあってはならない。

 しかし、戦闘用に改造チューンされた勇者という駆逐者相手に、戦いを挑むわけにはいかなった。下手な古来種では単純な戦いにおいて、アザナに後れを取る可能性がある。

 コールハースはアザナを直接対象とせず、なんらかで力を示さなくてはならない。


 だから、ザルガラを発見したとき、コールハースは思わず八つ当たりの攻撃を放ってしまった。

 この次元でいかに優れていようとも、この世界の範疇に過ぎない相手と思いつつ、ザルガラへの先制攻撃である。 

 奇襲は避けられてしまったが、所詮は中位種の末裔である。古来種にかなうはずがないと、コールハースはザルガラへと挑みかかった。


 高位から低位へ。

 旧支配者再来としての生活。


 それが今、中位種の少年によって断たれようとしていた。



   *   *   *



『じゃ、邪魔をするなぁっーーーーー!!』

「悪いが邪魔なのはコールハース。高次元体のアンタだよ」

 暴れて文句をいう黒髪の少女に、オレは冷たく言い放つ。

 ディータとフェアツヴァイフルングは、暴れるそのコールハースに振り回されそうになった。


 意識を失い目を閉じたアリアンマリを、墜落しないようにと左手で抱き寄せる。フェアツヴァイフルング提案の作戦は、どうにかうまくいったらしい。


 タルピーを剣から引きずり出したやり方と同じだ。手を突っ込んで、掴んで出す。それだけである。

 しかし、それだけではアリアンマリを救えないという。

 できるだけ、コールハースの高次元体をアリアンマリの身体から引き離さなくてはならならない。

 

 いったん地上に降りて、気を失っているアリアンマリをカヴァリエールに預ける。

 

 暴れるコールハーツはオレの右手で確保したまま上空だ。


「いったい、あれなんなんだい?」

 フェアツヴァイフルングとディータは見えないが、コールハースの姿はカヴァリエールたちに見えているらしい。


「ああ、アレ。アリアンマリを操ってた悪い子だ」

『ふざけるなっ!!』

 甲高い声が上でうるさい。そうそうに黙らせよう。アリアンマリをカヴァリエールに預かってもらい、オレは上空へと再び飛び立った。

 廃墟群の端を見ると、この騒ぎに気が付いたようで巡回兵たちが集まっていた。カヴァリエールと彼らに地上の騒動は任せよう。


 さて、アリアンマリとコールハースを物理的に引き離すとして、いったいどこへ向かえばいいか。やっぱりそうだな――。


「ちょっとそこまで遊びに行こうぜ! 【王者の行進】」

 フェアツヴァイフルングとディータには離れてもらう。そしてただひたすら、まっすぐ進むだけの魔法を使い遥か上空を目指した。


 もう【王者の行進・・】じゃないな、これ。

 

 地上が遠ざかり、雲が迫って青い空が広がってくる。


『や、やめろ――ッ!!』

 雲を突き抜けたころ、コールハースが悲鳴とも命令ともつかない叫びをあげた。しかし、そんな声を無視して、【王者の行進】に魔力を注ぎ続ける。

 コールハースは顔を掴む右手を引き剥がそうと足掻くが、希薄な高次元物質だけでこの世界にある肉体に干渉などできない。

 肉体のない彼女は投影するための能力を持たず、ディータと同じくこの次元への干渉は限られる。干渉などせず、鑑賞するくらいで満足しておけば良かったのにな、コールハース。


『こ、こんな手……外してやる……』

「させねーよ」

 オレは右手の回りに胞体陣を張る。そして包んだ胞体陣内の反発を利用して、手首からさきを高速回転させた。


『ぎゃーーーっ!! や、やややめめっめめっめーーーーーっ!!』

 右手に捕まれた頭を中心とし、コールハースの身体がグルグルと回転し始めた。


「はははっ、おもしれーな、この魔法。そうだなぁ、【賛成の反対の賛成】って命名しようか!!」

 超高速手の平返しだ。武器を持って突きを行い、この魔法を使えば回転剣とか繰り出せる。アザナにウケること間違いない。


 加速による負荷が辛くなり、オレは【王者の行進】を緩めた。王都も白い雲も遥か眼下に遠ざかり、深い青い空だけが周囲に広がっている。


 そんな空虚で茫漠とした寂しい空で、ふつり――――と、なにかが切れる音がした。


『もう、よいぞ。ザルガラ殿』

 コールハースとアリアンマリをつなぐ高次元物質が途切れたと、フェアツヴァイフルングが宣言してくれた。

 周囲は薄暗い。眼下の地平が丸い。


 【王者の行進】を停止させて右手の力を抜き、コールハースを高速回転ロケットから解放してやった。

 

 黒い上空を背景に、コールハースの薄い高次元体が解き放たれた。あれだけ回転したのに、どうやら目は回っていないらしい。肉体がないと目も回らないのか――。

 

 だが、様子がおかしい。


 コールハースは高い高い空で溺れるように苦しみ出す。確かにここに空気はほとんどないが、呼吸の必要のない高次元物質体がなぜ空で溺れるのか?

 華奢なコールハースの手が、バサバサの髪を振り乱して喉を掻き毟る。


 しかし、別に死ぬわけでも消えるわけでもない。ただ古来種がいる高次元へと、浮かび上がっていくだけだ。なにをそんなに拒絶するのか?

 この世界、そんなにいい場所なのか?


『……ザル様、わたしは苦しくない』

『わらわもじゃ。わらわたちはザルガラ殿に受け入れられておるからのぉ』

 ディータもフェアツヴァイフルングも元気いっぱいだ。

 古来種は高次元物質体ソレだけで存在できず、この世界から弾き出されようとしているのだろう。本来、この世界に留まれる存在じゃないんだ、コイツらは。


『い、いやだ……。わたしはあの世界に帰りたく、ない。あそこは、嫌い……』

「なんだったら、もう一度この世界にくればいいじゃないか」

 もがき苦しむのコールハースの顔が、パッと明るくなる。助けてくれるのか、という表情だ。

 そんな古来種を、オレは突き放す。


低次元こっちで遊びたいなら高次元あっちで、ちゃんとパパとママから許しを貰ってから、な」

『ッ……このっ!!』

 最初から最後まで、悪意を向けているヤツを受け入れられるかよ。オレはそこまで心が広くない。むしろ狭いと言っていい。


「あばよ。今度はパパとママに怒られてから遊びに来な」

 世界とオレに嫌われ、コールハースは拡散して消えて行った。別に死んだわけじゃないし、気も悪くならない。

 終わったのか? 

 心配なのでフェアツヴァイフルングに訊いてみる。


「これでアリアンマリは、もう大丈夫か?」

『うむ。あとはあちらの古来種殿たちが、なんとかしてくれるであろう』

「そうか、古来種が……。やっぱり、古来種たちもこっちの世界にくるのは禁忌タブーか?」

『どうであろうな。確かに好まれてはおらぬだろうが――』

 あちらの世界に行かなかったフェアツヴァイフルングは、現在の古来種たちの状況を推し量るしかない。オレへの解答も歯切れが悪かった。


 そんな雑談をしながら、オレは地上へゆっくりと舞い降りていく。

 さすがに重力を振り切って高高度へ行き、気圧と酸素を胞体陣で確保し続けるのは疲れた。


 地上に降りると、巡回兵と応援の騎士団によって後始末が行われていた。

 招請会【終焉開発機関】構成員のほどんどが捕縛され、余波で崩れた鍛冶屋では、怪我人救出と証拠掘り出しが同時進行されている。

 タルピーはいつの間にかいつものサイズに戻り、掘り出し作業のガレキの上で、楽しそうに踊りを踊っていた。


「カヴァリエール卿。アリアンマリは?」

 陣頭指揮するカヴァリエールに、預けたアリアンマリの安否を尋ねる。


「ああ、無事だよ。部下が治療院へ運んでいったよ。こんなことになってしまったが、アリアンマリ嬢が無事だったのが幸いだ。それから怪我人はいるが、死者はいないので安心してくれたまえ」

 カヴァリエールは笑顔で状況を説明してくれた。

 事が荒立ってしまったが、捕まった【終焉開発機関】構成員からの情報でクラメル兄妹の兄コリンの居場所もわかるかもしれない。

 あのバカ兄に、何事もなければいいんだが――。


「おっとそうだ。今回はオレとアリアンマリがケンカしたってことにしておいてくれないか」

 ふと思い当たったので、オレはカヴァリエール卿に提案してみた。

 これを聞いたカヴァリエール卿は、腕をこまねき腑に落ちないという顔を見せる。


「それはいいが……どうしてだい?」

「乗っ取られて招請会に加担してたとなったら面倒だろう」

「あ……ああ、なるほど」

 納得したカヴァリエールだが、それでもまだ渋る様子を見せた。


「つまり握りつぶせ、と?」

「操られてたんだからしょうがないだろ。アリアンマリ嬢に粉がからないようにしてくれないか」

「それは構わないが……。それではアリアンマリ嬢とケンカしたという説明と結びつかなくなる。招請会【終焉開発機関】での活動が証言されたら、操られていたことを証明したほうがいいだろう」

 そういうか。関係してないというより、操られていたから責任はないとした方が無難か。

 じゃあ、そういうふうに頼む。と丸投げしたら、またカヴァリエールは渋る様子を見せた。


「それを証明するためには、君のより一層の協力が必要となるだろう。いいのかい?」

「証言がいるというわけか……」

 面倒なことになってきてしまった。


「ザルガラ君。すまないが、いろいろ君に投げることになるだろう」

「……ぐぅ」

 自業自得とはいえ、思わず自爆ぐうの音が出てしまった。

 頼んだ身として、「やっぱ無しで」というわけにもいかない。


「わかりました。頼みます。カヴァリエール卿」

「そうか。君がそういうなら、なんとか押し通してみよう」

 仕方なく、証言の協力を受け入れる。カヴァリエールは一笑して、あとは任せてくれたまえと陣頭指揮に戻った。


 残されたオレは面倒事を受け入れ、次なる問題について思案する。


「さて、どうしようか。このことは、アザナにはなんて言おうか」

『……そのまま伝えてよいのでは?』

 ディータが不思議そうに首を捻った。フェアツヴァイフルングも扇で顔を隠し、理解できない様子である。


「感謝されたら困るだろ?」

『……困るのですか?』

「感謝されたら、これからケンカも回避されるだろうし、今以上に手抜きされるだろ? もうちょっと、こうなんていうか、距離感が必要だと思わないか?」

『……言ってる意味がよくわからないです』

『なんとわずらはしなじゃのぉ~』

「誰が面倒な子だよ」

『……ザルさまです』

『そなたであろう』

 人を指さすな。ディータは眉間にしわを寄せ、フェアツヴァイフルングは呆れたとため息をつく。


「とにかく何とか言い訳しないと……そうだなぁ――『勘違いするなよ。別にオマエのためにやったんじゃないからな。アリアンマリの中の人がケンカ売ってきたから、返り討ちにしただけだ』っていうか」

『……ザル様、どう聞いてもそれは勘違いする』

「そうかな? 事実なんだし他に言いようはないと思うんだが……って、フェアツヴァイフルング! なんだよ、その残念そうな顔はっ! 文句あるのかよ!」

 悩まし、とフェアツヴァイフルングが額を扇で抑えるので、思わずオレは怒鳴りつけた。

 しかし、フェアツヴァイフルングは首を振って『違うのじゃ……』とつぶやく。


『いや、そういうわけではないのだ、ザルガラ殿』

「じゃあ、どういうことだよ」

 言葉に詰まるフェアツヴァイフルングへ、答えろと詰め寄るオレ。

 絶望の女王は目を逸らし、そして答える。


『その――アザナ殿が普段とは違うのじゃ。つまりその……』

 暑くもないのに、扇で何度も顔を仰ぐフェアツヴァイフルング。そんなに言い出しにくいことなのだろうか?


『アザナ殿自身も、招請会に協力しておる』

「……な、と?」

 理解できず、オレの声が擦れた。驚愕するオレに、フェアツヴァイフルングは申し訳なさそうに告げた。


『いまのアザナ殿は、この世界の敵じゃ』



<もしもケンカという事にした場合>

カヴァリエール「報告書になんて書くか。そうだな――。ザルガラくんがアリアンマリ嬢のスカートをめくりケンカになった。…子供のケンカだからこんなもんだろう」

ザルガラ「ちょ、やめ…それじゃオレがイジメたみたいじゃねーかっ!」


 この前データが飛んだためファイルの整理をしながら、古いソフトのデータから新しいソフトへ文章を移動させていたら、アリアンマリ=コールハースが活躍するシーンの書きかけがありました。

 数人の魔法使い相手に無双してるシーンなのですが、データ破損騒動のときにすっかり忘れて没ツリーの中に紛れてました。

 というわけで、コールハースは活躍一切なしです。


コールハース「ひどいっ!!」


 ただのヘイト稼ぎシーンなので、あったらあったで「なんだこのコールハースってヤツ! いやな奴だ! こんな調子にのったヒドイやつやっつけちゃってくださいよ、ザルガラさん!」と思われるだけですよ。


コールハース「さらにひどいっ!!」


 あと古来種は当初、小人の予定でした。


コールハース「人間が小さいっていうの!?」


 そうは言ってない。

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