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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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狂的な少女と絶望の精霊

「おっ……と雨降って来たな」

 古来種時代の建造物が転々と残るスラム街と、下町をわける境界線に雨が降り始める。

 窓枠で踊っていたタルピーが「ひゃー」と悲鳴を上げながら、オレの懐に飛び込んできた。 


 いくら窓にガラスも鎧戸もなく、隙間風が入り込む古来種の廃墟といえど、雨は凌げるんだからオレの懐まで逃げ込む必要はないだろう。それに弱い雨で、吹き込むような風もない。

 

『うーん、気分?』

 適当な言い訳をして、タルピーはオレの懐に収まった。でもまあ肌寒さもあるので、タルピーは懐炉代わりにちょうどいいしそのまま抱え込む。


「寒くないかな?」

 王都騎士団大隊長のフランシス・ラ・カヴァリエールが、懐炉を抱えるオレを気にかけてそんなことをいってくれた。

 女たらしの彼が、男の体調を心配してくれるとは思わなかった。


「ご心配なさらずに、カヴァリエール卿。それに寒いと言っても肌の寄せ合いをするわけにもいかんでしょ」

 聞くだけ無駄。気遣いしてくれても、対策がない。


「はは、それをしてはザルガラ君がご婦人の嫉妬を買いそうだ」

 なにをいってるんだ、こいつ。


『おじさまとザル様っ!?』

 なにをいってるんだ、こいつ。

 急にディータが興奮したが、とてもどうでもいい。


 さて、その女たらしのカヴァリエール卿とこのオレが、どうしてこんなところに一緒にいるのか。

 

 オレとペランドーは交代でアジトの掃除をしているのだが、今日はたまたまその帰りにカヴァリエール卿と出会った。

 何を勘違いしたのか、オレがレピュニット弾丸の調査で、このあたりに来たと思ったらしい。

 秘密のアジトを掃除しに来ました。というのは、何か恥ずかしいしアジトの存在をバラすのもなんなので、「実はそうなんだ」と話を合わせてしまった。


 …………で、結局このありさまだ。


 結局、オレのレピュニット弾丸に描かれた胞体陣の痕跡調査は空振りに終わったが、騎士団側の弾丸捜査はうまくいっていた。

 この国で、あの手の弾丸を作れる者となると数が限られる。カヴァリエールは魔胞体陣ではなく、弾丸の特性から出所を探ってスラム街にある不法鍛冶製作者にたどり着いた――らしい。


「さすがはザルガラ・ポリヘドラ。我々の捜査対象へ同時に行きつくとは」

 いや、違うんだけど。

 オレは秘密のアジトから出てきただけで……と、いうわけにもいかず適当に話を合わせてしまった。


 子供は危ないから帰れと言われるかと思ったら、「では一緒に」と誘われて、不法鍛冶製作者の根城を監視中である。

 ……嘘をつくもんじゃないな。不本意ながら働かされてしまった。


 こうして勘違いされたオレは、騎士団が張り込む現場に同席している。

 古来種の廃墟で不法な鍛冶仕事をする者たちを、近くの廃墟から見下ろして監視する。オレは飽きて早々に部屋の真ん中に来ているが、カヴァリエールと部下の騎士は真剣に監視していた。仕事だから当然か。

 

 不法な鍛冶行為というのは、大きな町なら結構ある。違法行為や借金でギルドから放逐され、非合法組織の下請けになったとかそういった存在だ。ちなみに非合法組織の後ろ盾なしにやってると、ギルドに即シメられる。

 ギルド怖ぇ。

 

 王都騎士団はその一つにあたりをつけ、弾丸の買い付けをする人物を張り込みで見つけ出そうという魂胆らしい。

 オレもそうするつもりだった――と、騎士団の連中に思われてしまったわけだ。


「しかし、騎士団はもっと華々しい活躍してると思ったが」

「それは近衛の仕事だな。私たち王都騎士団は、騎士であっても巡回兵と同じ治安部隊だ。そこに何も違いはない」

「それに大隊長自ら現場というのも驚いた」

 現場で部下と共に、パンをもそもそ食って茶を飲みながら張り込みをするとは思わなかった。

 オレの疑問に、監視を続けながらカヴァリエールが答える。


「クラメル家のお嬢さんが大けがで、跡取りが行方不明なわけだからね。現在、うちも巡回兵も総動員状態だよ」

「そうか……。大変……ですね」

 思わず口調がかわってしまった。

 コリンは行方不明で、ローリンは意識不明。事件は発表されてないが、学園でもそろそろ噂が広がり始めている。世間の話題になるのも近いだろう。

 わずかに朗報としては、ローリンは快方に向かっているという話だ。できれば彼女が目を覚ます前に、コリンを見つけたい。


 だからといって、でしゃばるつもりはない。

 子供の立場もあるが、なにより犯罪捜査というもののノウハウがわからないからだ。


『……面倒だから?』

 それもある。


「さてと――」

 暇になってきたので、邪魔にならないようカヴァリエールの後ろから鍛冶屋の様子をうかがった。


 雨でけぶる向こうに、排気口から煙をあげるスラムの建物が見える。

 古来種の頑丈な遺跡を流用しているため、スラムでありながら建物は立派だ。最も廃材でゴテゴテと建て増しされ、立派さは厚増築であまり見えない。しかしそれでも郊外や新興の街にある掘っ立て小屋や、場合によっては新築の家より頑丈だろう。


「……ん? なんだ、アレ?」

 視線をちょっと鍛冶屋から逸らしたとき、オレは妙なモノを見つけてしまった。


「どうしたのかね? ザルガラ君」

「いや、あそこのアレ。不審者がいるぞ」

 オレが指差す先には、どうみても危険な男がいる。

 

 スラムの境界線あたりで、頭は大型犬の形をしているが、首から下は完全に普通の人間の肉体をしている男が立っていた。

 アレはマスクをかぶっただけの人間だ。獣人ではない。

 鍛えられた肉体にパンツ一つで、雨に打たれながら妙なポーズをいくつも繰り広げている。

 どこから見ても不審者だ。

 しかし、その目立つ人物に気が付かないのか、カヴァリエールたちの反応は薄い。


「誰のことかな、ザルガラ君?」

「あの派手な女の人のことでしょうかね?」

「いやそっちじゃない、って……うおッ!! その夜の極楽鳥みたいな恰好してる女もすごいが、そっちじゃない! 半裸の犬マスクの男だよ」

 キラキラスパンなステージで踊り出しそうな飲み屋の女を指さす騎士団の目線を、犬のマスクマンに向けさせる。


「ああ、なんだ彼か」

「大丈夫だよ、ザルガラ君。我々は監視に戻ろう」

「え? なにその反応。おい、あれだよアレ……捕まえなくていいのかよ!」

 どうみても不審者だ。もしかしたら関係があるかもしれない。捕まえないまでも、監視しないといけないのでは?


「あの人はワン・マスクといって、下町の人気者だよ」

 今回の件とは関係ないといわれるかと思ったら、人気者だとか言われてしまった。


「いやいやいや、パンツ一丁だぞ」

「そりゃ獣人だからね。薄着だろう」

「いやいやいやいやいや、アレは完全に人間だろ! 犬のマスク被ってるだけだろ? ワン・マスクだって? ワン? ワンってなんだよ! 犬の鳴き声じゃねぇかっ!!」

「ははは、ご冗談を。ワンと言ったら古来種様が残した言葉じゃないですか。アインやワンなどよくある名前ですよ。」

 騎士団員が問題ないと手をひらひら振った。正気か、王都騎士団!


「そりゃゼロとかワンはそうだけどさ。あれは絶対犬の鳴き声から取ってるだろ?」

「大隊長! どうやら鍛冶屋に動きがあるようです」

「む、そうか!」

「なあ、アレはいいのかよ。捕まえなくて」

「どうやら来客のようだな」

「ダメだろ、あれ野放ししてたら。なあ、犬マスクがあっちで子供に声をかけてるぞ。事案発生だろ?」

 スラムの子供にお菓子を手渡してるが、どこから出したアレ、ヤバいだろ!


「彼は子供から人気ありますからね」

 団員が大したことないとう反応を見せた。

 くっ! こいつら変態に慣れ過ぎてて、アレくらいじゃ危険だと思わないというのか!?


「お、や?」

 なんとかしてあっちもヤバいことを周知させようとしていたら、カヴァリエールの顔つきが変わった。王都のご婦人方をとろけさせる甘い顔が、一気に仕事をする男のソレに変わった。


「どうし……」

 問いかけようとしたとき、オレたちに向かって敵意と魔法で狙われる感覚を察知した。オレはとっさに常時張っている防御魔胞体陣へ過剰に魔力を込めた。

 ついでに2人の騎士にも防御魔胞体陣を投影し、万全の防御態勢を取る。


 そこに――


『逃げるのじゃッ!! 【蝶追い人が至る死の病】』


 聞いたことある声が降って来た。

 その瞬間、オレの心が揺らいだ。怖いを飛び越して、死に直接触れたように心が縮む。


 恐怖と勘を信じ防御を捨て、胞体内の魔法陣を書き換える。オレは周囲の騎士たちを巻き込み5次元の表層に触れ、数軒離れた廃墟の屋上へと空間を跳んだ。

 このオレが逃げるなど屈辱……。だが、そうせねばならないという気持ちが、心の奥底から湧いてきている。逃げたオレ自身を信じられないと思いながらも、判断は間違っていないと確信する。


 直後、オレたちが先ほどまで廃墟の上部が、魔力弾の直撃を受けて吹き飛んでいた。

 衝撃が廃墟を駆け巡り、壁が内側へ向かってぺしゃりと崩れる。支えとなる要の構造物が、魔力弾の一撃で吹き飛んだのだろう。

 充分離れていたオレたちのところまで細かい廃墟の破片が飛び、パラパラと雨に混じって防御胞体陣の上に降りかかる。

 あの廃墟にいたならば、オレはともかくカヴァリエールたちは無事で済まなかっただろう。


「ばかな……ありえない」

 ありえない光景に、騎士団員の言葉が上擦る。カヴァリエールも声を失っていた。


「魔力弾で……家が、いや古来種の遺跡が破壊されるだと」

 空間跳躍に気が付いていないのか、それとも眼前で起きた破壊の方が衝撃なのか、カヴァリエールがそっちに気を取られて戸惑っている。


 魔力弾は破壊に向かない。向かないだけであって、できないわけじゃない。今のオレだって、全力だせばあの威力と同じ魔力弾をいくつか撃てる。 

 アレほどの魔力弾を撃てる人間は、オレとアザナしかいないはず――。


「逃げるのは正解、だったわねぇ」

 小生意気だが可愛らしい声が上空から降って来た。


「やはりキミは……。どうして、な、なぜ?」

 見上げたカヴァリエールが、職務を忘れた顔をしている。


「オマエ……。アリアンマリ……か?」

「はーい、ひさしぶりね」

 魔力の風を纏って、凶悪な笑みを浮かべたアリアンマリ。まさかと思うが、コイツがあの魔力弾を撃ったというのか。

 10歳児らしからぬ小さな背格好からあの幼い顔まで、どこからどうみてもチンチクリンのアリアンマリである。

 だが、あの表情は信じられない。

 アリアンマリは小生意気だが、どんな時も顔だけは愛嬌のある可愛いヤツだ。


 それが、歪んだ凶悪な顔で笑っていやがる――。いまにもすぐぶん殴りたい。そんなゲスな表情を浮かべて、目をそむけたくなる。

 あの吸血鬼モノイドだって、あんな顔はしないだろう。


『ふう、どうやら間に合ったようじゃ』

 ふっと……先ほど逃げろと警告した声がオレに降りかかる。同時に右手へ負荷を感じた。

 高次元物質を取られる虚脱感だ。

 そうか、コイツがオレに逃げろと警告し、【絶望】を擦り付けてきたのか。警告と絶望がなければ、オレは逃げようなどと考えず、真正面から魔力弾アレを受け止めカヴァリエールたちが犠牲になっただろう。

 感謝しなくちゃいけないな。

 アザナに憑く肉体なき高次元体の上位種に。


「絶望の精霊フェアツヴァイエルングか。助かったぜ」

『フェアツヴァイフルングじゃッ!!』

 間違えた。

 フェアツヴァイフルングに、ペチッと羽扇で頭を叩かれた。


『助けてやったというに、妾へなんという仕打ち!!』

 怒られた。

ディータ『……服が裏返しのひっくり返しじゃない?』

ザルガラ「改善した」

タルピー『アタイの服が、裏返しのひっくり返しなんだけど?』

ザルガラ「あれ? あー、もともと高次元にいるからタルピーの服はレピュニットに変換しなくてもよかったのか」

タルピー『あれ? でもパンツは裏返ってない?』

ザルガラ「タルピー、オマエ……裏表逆に履いてたのかよ……」

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